13 マラコーダの神殿
死の神のリストが更新されているのがわかった。
誰かの名前が書かれている感覚はあったが、俺がやらなければ他の死の神がやるんだろう?
ルーナだって、代わりがいるんだから。
このゲームの目的は帝となり、『アラヘルム』を復活させることだ。
死の神である必要はない。
深呼吸をして魔力を整える。
ゲームを進める上で重要なのは、冷静さだ。
でも、もし、クリエイターがあらかじめ仕込んでいたイベントだったら、胸糞悪いな。よりにもよって、水瀬深雪に似たキャラを・・・・。
「あいつらアポロン王国から来たんだって?」
「へぇ、かわいい姫様だこと」
「人間じゃなけりゃ、俺の嫁にしてやってもいいくらいだ」
エリスがびくっとして、俯く。
「下種な種族が・・・」
「・・・・・・・」
俺たちは両手首を縛られたまま魔族に連行されて、『マラコーダ』中央の神殿まで向かっていた。
魔族の多い場所だ。
『アラヘルム』と同じように、食材屋、薬草屋、レストラン、武器屋、防具屋などが連なっていて、活気があった。
魔族たちが、珍しそうにこちらを見ている。完全に見世物だな。
「魔族にこのようなことをされるなんて、なんと屈辱な・・・」
背の高い男が魔族を睨みつける。
「仕方ない。俺たちは、みんなを守るためにここに連れてこられたんだ」
「それにしても疲れたな。ここに来るまで携帯食しか食ってねーし」
「確かに、あの辺で売っている魔族の料理はうまそうだな」
どんな条件で連れてこられたのかは知らないが、みんな捕虜にしては余裕がある様子だった。
話を聞くに、アポロン王国は大国らしいからな。
みんなそれなりの階級の兵士らしいし、よほど自信があるんだろうか。
「ソラ、お前、別にアポロン王国の捕虜じゃないのに、いいのか?」
「そうだ。プレイヤーだろ?」
エリスの側近、筋肉隆々のガタリがこちらに話を振ってくる。
「俺も、『マラコーダ』に行こうと思ってたからな」
「え、なんで?」
「ほら! 無駄口叩くな。とっとと歩け!」
パンッ
「!」
鞭のようなもので足を打たれる。
少しバランスを崩しながら、段差を上った。
打たれた部分がヒリヒリする。
油断できないな。俺もここで命を落とす可能性がある。
バンッ
「うわっ・・・」
ガタリの足首が紫色に腫れあがっていた。
「ガタリ、大丈夫か?」
「・・・・はは、俺は元々左足に怪我があって、戦士から引退したからさ。全身の中でこの部分だけはもろに弱いんだ」
「無茶するなよ。お前がしっかりしてなきゃ、姫様が不安に思うだろうが」
魔族の様子を伺いながら声を小さくして会話していた。
「おい、人間を神殿に入れる気か?」
「許可はもらってる。『毒薔薇の魔女』、セレナ様直々の判断だ」
「セレナ様が? 通行証は?」
「めんどくせーな。お前らここで待ってろ」
魔族が会話している隙に、ガタリの近くに寄る。
「ポーション持ってるけど・・・使う? この縄を解けば、モニターからすぐに出せるんだけど」
何度、手首を抜こうとしても解けなかった。
リネルが戻ってきたら、どうにか解く方法を見つけてもらえそうだけど・・・。
「いいって、こんな傷。すぐ治る」
ガタリが左足を引きずりながら言う。
「今、魔族が話していた『毒薔薇の魔女』ってなんだ?」
「あぁ、来たばかりのプレイヤーなら知らなくて当然だな。今から会う魔女は魔族の階級の中でも、上位に位置する。『ワルプルギスの夜』にも参加できるほどの有名な魔女だ」
「魔女?」
「そうだ。無慈悲で冷徹、老若男女問わず殺そうとする残虐な魔女らしいな」
「ただし、めちゃくちゃ美少女らしいけどな」
「ゴトー」
ガタリが顔をしかめる。
「ま、魔女だろうがなんだろうが、俺たちには何もしてこないだろうよ」
「そうゆう意味で言えば、お前もアポロン王国から来たって言っておいたほうが安全かもな」
「?」
「ちょっと・・・」
エリスがくるっと振り向いた。
「ガタリ、ゴトー、その辺で静かにしてもらえます? 私たちは捕虜の身。この先『毒薔薇の魔女』に会えばどうなるかわからないのですからね」
「ハハハハ、エリス様は心配症だ。捕虜は他国間の貴重な交渉材料。そう簡単に、傷つけることはないでしょう」
「そうそう、せっかくここまで連れてきたんだしな。殺すんだったら、わざわざ馬車に乗せてはるばる『マラコーダ』まで連れてこないって」
「・・・・・だと、いいのですけど・・・」
エリスが神妙な面持ちで、会話している魔族のほうを見つめていた。
神殿の扉にはモンスターが2体と、魔族が数名立っていた。
教会にも似た大きな建物だ。周囲には木が生い茂り、所々モンスターの銅像が並んでいる。
ギィッ・・・
扉がゆっくり開いた瞬間、ひんやりとした空気が肌に触れた。
「もたもたするなよ」
槍を持った魔族が、低い声で言う。
「エリス様、足元にお気を付けください」
「わかってますわ」
中は円形になっていて、段差をずっと降りて行った先に大きな魔法陣があった。
途中ちらほら魔族が座っている。
「あっ・・・・・」
「ほら、しっかり立てよ」
「・・・は・・・はい・・・」
アポロン王国からは来る際に、かなり体力を消耗している者もいた。
ゴトーがすぐにフォローしていた。
「エリスは大丈夫なの?」
「私は、自己回復魔法を覚えてますから。アポロン王国の王族の常識ですわ」
気取った口調で言う。
「アポロン王国の王族は自分の身は自分で守れるように、訓練されていますの。私ももちろん、基礎魔法は一通り使えますわ」
「へぇ、すごいな」
入口から、下までは青いカーペットが敷かれていた。
魔法陣の前に一列に座らされる。しばらくすると、神殿内の魔族が増えていることに気づいた。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
さっきふらついてた男が小声で言う。
「俺たちここで・・・・」
「アポロン王国の兵士が、そんななよなよするな」
「そうだぞ。我々は誇り高きアポロン王国の者。エリス様も気高くいらっしゃるのだから、しっかりしていろ。みっともないぞ」
手を縛られている状況はさすがに厄介だな。
デフォルトで設定している剣は出せるが、その他の武器や道具は出せない。
息を深く吐いて、集中する。
こんな中途半端なところで、死ぬわけにはいかない。
ボウッ・・・
ろうそくの火の火力が強くなると同時に、魔法陣の端から紫色の長いローブを着た3人が現れた。
両端の2人は小柄で、背中には小さな羽根がある
深々とフードを被っていて顔はよく見えなかった。
「セレナ様、連れてまいりました。アポロン王国の者です」
「どれどれどれー?」
「キキペペ」
「セレナ様の前にあたしたちが確認するでし」
両端の2人が真っ先に寄ってきた。
「へぇ、これがアポロン王国の者でしか」
「おっぱいの大きな女の子はいないでしか。野郎ばっかでしね」
「ペペはおっぱいばかりでし」
「キキには言われたくないでしよ。はぁ、最近揉んでないから恋しいでし」
悪魔なのか? 2人とも頭に角が生えていた。
フードを取って、俺たちの顔を確認している。
「悪魔・・・」
「この子はおっぱいが小さすぎましよ。あたしらが怖いでしか?」
「こ、こわくないわ!」
エリスが震えていた。
「でも、貧乳はパスでし」
「汚い魔族が姫様に触れるな!」
「くくくく、その魔族に捕まったのがお前らってことなんでしよ」
ペペが笑いながら言う。
セレナと呼ばれていた真ん中の子が、フードで顔を隠したまま、エリスに近づいていった。
「お前が王女か?」
「・・・・そうですわ。アポロン王国の王女、エリスですわ」
「ふうん・・・随分強がってるな。私は欺けないぞ」
「っ・・・・・・」
「今にも逃げだしたいのだな。お前は国に捨てられたようなものだ」
笑い交じりに言う。
「姫様になんてことを!」
「お前ら、いい加減にしろ」
ここで、死の神になるか?
いや、今はまだだ。あれはルーナが俺に残してくれた最終手段だ。
「ん? なんでしか?」
「あれ、なんかお前の顔をどこかで見たような・・・」
「キキペペ、そろそろ会話は飽きたんだが」
「失礼しましたでし」
彼女が『毒薔薇の魔女』。
凍てつくような魔力を放っている。
今まで会った魔族と、明らかに違う。
「セレナ様、この者たち、いかがいたしましか?」
「ふふふふ、せっかく連れてきてもらったんだから、私が好きにさせてもらうわ。人間に直接手を下すのは久しぶりだ」
「セレナ様なら、見学の魔族たちも喜ぶでし」
「皆、人間に恨みを持つ者ばかりでしから」
キキペペが周囲を見渡しながら言う。
いつの間にか魔族が集まってきていた。
ふぁさっ
セレナがローブを脱いだ。
「!?」
目を疑った。
嘘だろ? 白銀の髪に、サファイヤのような瞳・・・。
「ルーナ!?」
「なんだ? お前は」
ぎろりとこちらを睨む。
「っ・・・・・」
ルーナと全く同じ人物が、セレナとしてエリスの前に立っていた。




