12 死神のボート
ルーナの亡骸を草むらに置く。
「お前、何を知っていて、俺に何を求めてたんだ?」
「・・・・・・」
あいつは一体何なんだ?
どうしてルーナ殺された?
近くの川がさらさらと流れている。日が差し込み、草原を明るく染めていった。
何時間くらいいただろう。
死の神の本と剣を持ったまま、ぼうっとしていた。
ルーナはいつまで経っても、眠ったままだ。ゲームのキャラが死んだことなんて今までたくさんあったけど、こんな感覚は初めてだ・・・。
水瀬深雪に似ているからだろうか。
彼女は今、どうしているんだろう。
「!」
気づいたら、ルーナの前に黒いローブを羽織った老人が立っていた。
手には鎌を持っている。
「ふむ。死んだのか、ルーナは。どおりで、こんな一気に仕事が舞い込むはずだ。秘密のルーンの席は、しばらく空席だな」
「ルーナに近づくな」
「ん・・・」
転げるようにして、ルーナと老人の間に入る。
「お前は・・・あぁ、そうか。ルーナと行動を共にしていたテイワズのルーンを持つ者か・・・・」
「?」
「異世界から来たプレイヤーだな。ルーナめ、どうしてプレイヤーなんかを死の神にしたのか・・・わしは反対しておったのに」
しわしわの顔をしかめる。
「死の神か?」
「そうだ。わしは、ラダム。ウルズ(力)のルーンを持つ死の神だ」
「ルーナを助ける方法はないのか?」
「ない。神であっても、死ぬときは死ぬ。この世界に来て浅いのか。お前は自分のことも知らない赤子のようだ」
「っ・・・・・」
「神も死ぬのは当然のことだ。ただ、地上のものよりも大きな力を持っているというだけで、死は等しく訪れるのがこの世界の神だ」
鋭い目つきで言う。
ドクン
自分の中から何か、得たいの知れないものが込み上げてきた。
「その力・・・」
「!?」
「その力は押さえておけ。大切な者を危険にさらしたくなければな。では、この亡骸は回収させてもらうぞ」
「あ・・・・・」
ルーナの体が宙に浮く。
「ルーナはどうして殺されたんだ? あの、神喰らいは、何が目的で」
「あいにく、わしはプレイヤーが嫌いだ。プレイヤーがいなければ、この世界で神が死ぬなんてありえないんだからな」
「え・・・・・」
「お前に話すことなどない」
吐き捨てるように言う。
「・・・・・・・」
ラダムが指を回して、空中にクリーム色のボートを浮かべた。
ボートの先端にはウルズのルーンが刻まれている。
ルーナの亡骸をそっとボートの中に下ろしていた。
「ま、待て、ルーナをどこに連れて行く気だ?」
「わしたちのところにな。死の神の亡骸をいつまでも放置しておくにはいかないだろう」
ラダムがぎろっとこちらを見る。
「神喰らい、と名乗ってる奴ら・・・・おそらく、お前らと似た世界から来た者だろう。プレイヤーと同じ匂いがするからな」
「!」
ラダムが合図をすると、ボートが上昇していく。
「わしは、これから調査がある。忙しい。死の神になった以上、仕事はちゃんとこなせよ。ルーナの分はお前に来るんだろうからな」
早口で言うと、すっと消えていった。
「・・・・・・・・」
何言ってんだ?
このゲームは何が正解で、何が間違いなんだ?
ルーナが俺を死の神にしたのに・・・。
死の神の仕事をする気にはなれなかった。
その場に座り込む。
ルーナを刺した男の顔が過る。思い出すだけでも怒りがこみ上げる、人形のような冷たく整った顔を。
水瀬深雪は無事なのだろうか。
ルーナによく似たRAID学園の生徒は・・・。
「おい」
「・・・・・・・」
「おい、お前、そこで何やってるんだ?」
馬車に乗った魔族に声を掛けられる。はっとして顔を上げた。
「俺・・・・」
歩き続けて、気を失っていたのか。日が沈みかけていた。
「人間か? でも、お前からは闇に近い魔力を感じるな・・・憎しみに満ちているのか? 人間にしてはいい魔力だな」
「・・・・・・」
馬がヒヒンと鳴いて足踏みする。
「ま、とりあえず連れていくか。人間なら奴隷になるしな。小遣いくらいにはなるだろ」
「わっ・・・・・・」
ガンッ
一瞬で、両手首を麻のようなもので縛られた。
抵抗する気力がなかった。引きずられるようにして、馬車に放り込まれる。
ザザーッ
「痛っ・・・・・・」
「普通人間だったら、この時点でガーガー騒ぐんだけどな。不気味な奴だ。とにかく、そのままおとなしくしてろよ」
シャッとカーテンを閉めた。
この馬車、魔力を封じているのか。入った瞬間、少し息苦しくなった。
「あの・・・大丈夫ですか?」
ボロボロの服を着た同い年くらいの女の子が話しかけてくる。
馬車の中には同じように手を縛られた人たちが10人くらい乗っていた。
浅黒い肌の男がおしりを引きずって近づいてくる。
「お前、どこから来た奴だ?」
「・・・『アラヘルム』から来たプレイヤーだ」
「『アラヘルム』!?」
男が驚いて一歩下がった。
「『アラヘルム』から来たって・・・・」
「あんなところから?」
「こいつも呪われてるんじゃないのか? 俺たちまで・・・」
「どうしてよりにもよってこの馬車に」
一気にざわついていた。こいつらは『アラヘルム』から来た者じゃないのか?
「みんな、彼はプレイヤーって言ってましたわ。『アラヘルム』にはたまたま来ただけってことでしょう。早とちりは身を滅ぼしますのよ」
女の子が説き伏せるように言うと、周囲が黙った。
「私はエリス。ここから南のほうにあるアポロン王国から捕虜として連れてこられましたの」
「君は・・・・」
服は破れていたが、肌艶はよく、高貴で整った顔立ちをしている。
「姫様、そのようなよくわからない者に近づいてはなりません」
ガタン ガタン
馬車が岩を超える。馬車が少し傾いて、男がよろけていた。
「私のことを人前で姫様と呼ぶのは禁止したはずですわ」
「も、申し訳ありません」
エリスがぴしゃりと言うと、男が軽く頭を下げて黙っていた。
隣にぺたんと座って、足を伸ばす。
「はぁ・・・退屈ですわ」
「この馬車、どこに向かってるのかわかる?」
「お前、んなことも知らないのか」
「プレイヤーならまだこの世界のこともわかりませんものね。魔族の都市『マラコーダ』ですわ」
さっきまでいた都市か。どんな街かはじっくり見ていなかったな。
「俺たちの街は、魔族に侵略されたんだ。戦いは拮抗してたんだけどな」
「・・・どうして、姫様が捕虜になってるんだ?」
「・・・・・・・」
エリスが視線を逸らす。ガタンと馬車が揺れて、体が浮き上がった。
「姫様を捕虜として出すことで、『マラコーダ』の魔族が停戦することに決めたんだ」
「・・・私は気にしてませんわ。どこにいたって私は私ですから」
姫を捕虜にか。随分と大胆だな。
エリスがもぞもぞと動いて、小さな隙間から外を眺めていた。
「あ、貴方様のお名前を聞いておりませんでしたわ」
「蒼空だよ」
「ソラというのですね。覚えましたわ」
にこっとほほ笑む。馬車が岩に乗り上げて少し傾いた状態で止まった。
カーテンが開いて、松明の明かりが差し込む。
「ほぉ、アポロン王国の捕虜たちか・・・手前が姫様だな? 随分と可愛らしい姫様だこと」
「!?」
エリスの顔をじろじろ見る。
「エリスは丁重に扱えという約束だ」
2人の男が手首を縛られたまま、エリスの前に出る。
「はいはい。俺もそこまで馬鹿じゃないさ。さぁ、運べ」
「うわっ」
いきなり馬車がガタンと揺れて、カーテンが降りた。体勢を崩したエリスの体を、図体のでかい男が支えていた。
『マラコーダ』に入ったみたいだな。馬車の外から聞こえる魔族の声が大きくなっていった。
 




