11 神喰らい
「あれが『アラヘルム』から一番近い魔族の都市『マラコーダ』、9割が魔族の場所」
「意外と近いところにあるんだな?」
「そ。だから、魔族は気軽に『アラヘルム』に来ちゃうの。『マラコーダ』は元々『アラヘルム』出身の魔族が集まったって言われてるし」
30分くらい飛んでいただろうか。
やっと、ルーナとの会話が成立した。ほんの数分前までずっと無言で、地獄みたいだった。
「そこで、今回死ぬ予定の18人がいるのか?」
「そう。私もここに来るのは久しぶり。別の死の神がやってたから」
「別の死の神?」
「そう。もちろん、この世界には他にも神々がいるわ。死の神の本には、自分がいる地点から比較的近い者が割り振られるようになってるの」
前髪をさらっとさせながら言う。
「たまに、びっくりするほど遠くまで行くことになるんだけど、その時はワープするかな?」
「ワープができるなら、わざわざ飛んでいく必要ないんじゃ・・・」
「こうやって蒼空と話してみたかったから」
「ん?」
ふっと笑いかけてきた。
「この世界はもっと色々あるの。まずは仕事仕事。死の神の本は、ぼーっとしてると次から次へと名前が書かれちゃうから」
「なんか事務的だな」
「実際、死の神の仕事って事務的だからね」
ちょっと、だるそうに言う。
「・・・確認なんだけどさ」
「え?」
「RAID学園の水瀬深雪ではないんだよな?」
ルーナが目を細める。
「どうだろうねー? ちゃんと仕事してくれたら、もっと色々話すよ」
「あ、ちょ・・・」
いたずらっぽくはぐらかして、少し速度を早めた。
『マラコーダ』は尖った岩に囲まれた、大きな都市だった。
ところどころ結界が張られていたが、全体的に活気に満ちている。
巨体だったり、角があったり、尻尾があったり、肌がごつごつしていたり、人間とほとんど同じ容姿の者もいた。
闇属性の魔力以外は、『アラヘルム』と変わらない場所だ。
「特に、何かに攻め込まれた感覚はないし・・・普通に過ごしてるみたいだけどな」
「ま、行ってみればわかるわ」
ルーナが剣を出して、北側にある祠のような場所に降りていった。
壁をすり抜けて入った瞬間、もやもやとした魔力が漂っているのを感じた。
「・・み、水を・・・」
「ほら、今、追加のポーションを持ってきてるからな」
数十台のベッドが並べられていて、患者が苦しそうにしながら寝ていた。
額に、黒い太陽のような痣が浮き上がっている。
看病している者たちは、魔法陣の描いたマスクをしていた。
「疫病か?」
「そうね。でも、この辺に疫病って噂はなかったんだけど」
ルーナが唇に手を当てて、小さな魔族の男の子に近づいていく。
「この模様は・・・どこかで見たことがあるような」
「何があったんだろうな」
ベッドを囲む魔族たちも慌ただしかった。
ポーションを飲ませたり、薬草を与えたりしていたが全く効果がないようだ。
俺も、この模様・・・どこかで見たような。
「魂の重さを量っているうちに、何かわかるかもしれないわ。人数も多いから淡々といきましょう」
「あぁ」
剣を出す。艶やかな銀色で、部屋に灯されたランプの明かりを反射していた。
前よりも、手に馴染むような気がするな。
「一人でできる?」
「大丈夫だよ」
「死者に同情はしないでね」
「わかってる。寿命なんだろう? 他のゲームの中なら、俺だってたくさんの敵を倒してきた。今だって、プレイヤーとして来てるんだから、誰かを倒してのし上がらなきゃいけない」
目の前にいるのが疫病にかかっている魔族だからなのだろうか。
プレイヤーの命が無くなったときよりも、躊躇がなかった。
「じゃ、安心したけど。仕事仕事」
ルーナが剣を握りしめて、ルーン文字が浮かび上がる。
光が広がり、時間が止まろうとしていたとき。
ザンッ
「ん・・・・・・?」
「蒼・・・」
「ルーナ!?」
ふっと現れた青年に、ルーナの心臓が貫かれていた。
透き通るような光の剣だ。
音もなく、ルーナがその場に倒れる。
「ルーナ? ルーナ!!」
すぐに駆け寄って揺さぶっても反応がなかった。
血は出ていない。でも、力が入っていなく、全身がだらんとしていた。
遠くのほうに剣が転がっている。
「そんな・・・死んだのか・・・?」
嘘だろ。こんな、あっけなく・・・死の神が?
でも、ルーナの中の何もかもが止まっているのを感じた。
「せっかくおびき寄せたのに、少女一人とプレイヤーの少年一人か。18人じゃさすがに少なかったか? まぁ、死の神はブラックだからね」
「っ・・・・・・」
「秘密のルーン保持者、死の神ルーナ。意外と抵抗しなかったな」
わなわなと手が震えた。怒りで血管が浮き出る。
「死んでも、綺麗な顔だ。ルーナは神々の中でも特に純粋で妖艶。砂漠を照らす、月明かりみたいだね。クリエイターたちが入れ込むのも無理はない」
鼻につくような声。
青年の歳は10代後半くらい、尖った鼻と、金色の髪、白いマントを羽織っていた。
「・・・誰だ!? お前!!」
「んー、誰だと言われてもなー。最近始めたプレイヤーの君にわかりやすく言うと・・・うーん、このゲームのバグとしておこうかな」
「バグ・・・・」
「一般クリエイターからすると、そうらしい」
あまりにも整った顔立ちは、人形のようにも思えた。
「この世界で、俺たちは、神喰らいと言われている。といっても、俺たちの存在を知る者は少ないけどね。精霊くらいか」
「・・・・」
汗ばむ手で、剣を構える。
相手のステータスは未知数、弱点も何も見えなかった。俺は経験値も浅いし、この世界に来てまだ少ししか経っていない。
通常のゲームであれば、勝負には出ない。
でも・・・・・。
「君は殺すなって言われてる」
「は・・・?」
「これから君はこの世界を変えるらしい。あ、あまり長居すると妹に怒られるから」
「・・・・」
ルーナが視界に入る。
恐怖で震えるより、頭に血が上って何も考えられなくなった。
大きく息を吐いて、男目掛けて突っ込んでいく。
カンッ
「っと、危ないな。さすが、RAID学園の中でもトップのプレイヤーだ。人間だったら刺されてたね」
「クソっ・・・・」
もう一度、振ったがするりと跳んでかわされた。
「人間だったらね。俺は違う」
「お前は何者だ? なぜルーナを・・・」
ぐっと剣に力を入れて、攻撃を繰り出していく。
「そんな激しく振ったら、間違って他の者の魂を取っちゃうよ」
「気にしてないからな」
「普通、死の神なら気にするだろ。やっぱ君も特殊なんだな。すごい闇の力だ」
「は?」
「まさか・・・いや、それはないか」
おちょくるように言ってきた。
こいつの力は何なんだ? 隙を突こうとしても、空を切るようだった。
でも、ここで逃がすわけにはいかない。
シュッ
「あーあっ・・・・・」
男がくるりと回って下がった。マントを伸ばして見つめる。
「少し切れちゃった。大事にしてたんだけどな。ま、いいか。死の神との戯れってことで」
にやりと笑って、こちらに視線を向ける。
「次はもっと大量の神を連れてきてくれよ。神喰らいって意味では、俺、今のところ妹に負けててさ」
「待て!!!」
「さよなら」
突然、男がつけていたネックレスの石が、まばゆい光を放った。
思わず目を閉じてしまった。
「・・・・・・・・」
目を開けたときには、男の姿は無くなっていた。
俺・・・。
「早くこっちへ! ゾムが息してない」
「復活薬を飲ませるんだ。慎重にだぞ」
「わかってる」
「見ろよ。みんなの痣が消えていく。なぜだ・・・?」
周囲の声がだんだん頭の中に入ってきた。
男がいなくなると、魔族の額に浮かんでいた謎の痣は消えていった。
「ルーナ・・・・?」
おぼつかない足取りで、ルーナに近づく。
悪い夢を見ていたようだった。
細い剣を拾って、ゆっくりとルーナの体を抱えた。
羽根のように軽くて、ほんのりと温かかった。何度、揺すっても起き上がらない。
「・・・・嘘だろ・・・? 起きろよ、神なんだろ? 寿命なんてないんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・」
「ルーナ、何自分が死んでるんだよ・・・」
受け入れられなかった。
ゆっくりと飛んで、ふらふらと祠から出ていく。




