99 人形の意思
遠い昔のことを思い出していた。
はるか遠く、俺がまだゲームの中の闇の王だったとき・・・。
確か、ユグドラシルの樹のふもとにいたときのことだ。
最初は戸惑っていた”ヒトガタ”にも、見慣れてきた頃だっただろうか。
『ねぇ、闇の王子、闇の王子は血の繋がった親がいる?』
ルーナがクリエイターが作りかけて捨ててしまった、”ヒトガタ”を撫でながら聞いてきた。
少女の手足の生えた岩が、地上を這うように蠢いていた。
『どうした? 急に』
『いるのかな? って、ちょっと疑問になっただけ。答えたくなかったらいいの』
『別にいいよ。父親は居る。母親が居るのだとしたら、混沌だ。俺は混沌から生まれたからな』
あまり気にしたことは無かった。
どうも、この世界の者は両親というものを気にするらしい。
『そっか』
『ルーナはどうなんだ?』
『私は誰も居ないんだ。肉の親が存在しないの』
少年の岩が、ぎょろっとルーナを見る。
『この子たちもいないから、一緒だね』
『ん? お前は王族の血を継いでるんじゃないのか?』
『それはタニタが作った設定なんだって。本当は、タニタが別の世界から、この世界に私を置いたの』
『ふうん』
『・・・・・・・・』
サファイヤのような瞳を、ゆっくりと瞬かせる。
大したことではないように思えたが、ルーナにとっては大きなことだったらしい。
『クリエイターたちが居る世界ではね、肉の親が存在しないと、心がないって思われるんだって。私が持ってるのは人工知能だから・・・』
『タニタの話ばかり真に受けるなよ』
『わかってるけど・・・』
マントを後ろにやって、ルーナの近くに座る。
『闇の王子・・・少しずつ欠けたこの子たちは、私によく似てると思うの』
『そうか? こいつらそれぞれ違うからよくわからんが』
”ヒトガタ”は知性は感じられなかったが、ルーナが話していると、反応を示していた。
『私ね、時々考えるの。もし、自分に肉の親が居たら、何か変わってたのかなって』
陶器のように真っ白な腕を触りながら話していた。
あのときのルーナの言葉を、あまり真剣に受け止めていなかった。
水瀬深雪になった今でも、足りない何かを求めているのだろう。
ガンッ
闇と光がぶつかり、激しい火花が飛び散る。
ぶわっ・・・・
深雪の剣に触れると、反動で風が巻き起こっていた。
ドローンが電子音を立てて、バタバタと落ちていく。
「さすが、闇の王・・・強いね」
深雪がひらりと花びらのように、攻撃をかわしていた。
傷つけないようにと思っていたが、深雪を相手にさすがに難しいか
「深雪、お前は俺のことを思い出せないかもしれない」
「?」
深雪が白銀の髪をなびかせて、剣を切り返す。
「でも、俺は何度でもお前を救いに行く。俺が死んだ後に何があったのかはわからないが、先に死んで悪かった」
「・・・何を言ってるの?」
「・・・・・・・・・・・・・」
自分が死ねば、深雪は何度死んでも生まれ変わるループから逃げ出せると思っていた。
でも、実際はこの世界に転移させられても、同じ扱いを受けていた。
死んでも死んでも、メンテナンスが入り、記憶を消されて蘇る。
『パパ』と呼ばれる存在が深雪に執着する限り、深雪が解放されることは無い。
「俺と来い。今度こそお前は・・・」
「か、勝手なこと言わないで! 私は・・・『パパ』のためにここにいなきゃいけないから」
深雪が展開した魔法陣を、瞬時に封鎖する。
「な!?」
「水瀬深雪、自分だけの意思で生きろ! お前はどうしたい? 何かのためじゃない、お前のことだ」
キンッ
「え・・・・」
深雪が攻撃の手を緩めた。透明な剣がしゅんっと煙のように消えていく。
「お前が俺を守ろうとしたように、今度は俺がお前を守る!」
ジジ・・・・ジジジジ・・・・
「!?」
『深雪』
「パパ・・・?」
パパと呼ばれていた男が、深雪の隣に並んだ。
『君はパパの愛で生きてるんだ。さぁ、闇の王と戦おう。ここにいる、みんなのために・・・』
「あ・・・私は・・・・」
『愛されなくなったら、君は消えてしまう。君に与えられた強さも、全て失ってしまうよ。エラーを起こす人工知能は危険とみなされてしまうんだ』
「・・・・・・・」
『君を育むものは愛なんだよ。深い深い愛から生まれた雪のような子』
「黙れ。この世界に体を持たない奴が・・・・」
深淵の剣を握りしめる。男がこちらを見て、笑みを浮かべていた。
「闇の王、私・・・・パパを裏切ることはできない」
空に手をかざして、巨大な魔法陣を展開する。
『それでいい』
「でも・・・」
『?』
「なぜかわからないけど、彼の闇がとても懐かしい。心地よくて温かいの」
― 天界の雷 ―
「!?!?」
バチンッ
地上の電源が切れて、りまとえまが消えかかっていた。
プレイヤーたちが慌てて、予備電源に切り替えているのが見える。
『どうした?』
「蒼空、私を連れて行って」
「あぁ・・・・・」
伸ばしてきた深雪の手を取る。
『深雪!』
「ごめんなさい、パパ」
「ソラ様、早く行かなければ、面倒なことになります」
深優がふわっと飛んで、横に並んだ。
『遅いね。この闘技場は、元々、キャラのメンテナンスの場として作られたものだ。強く作られた者など、いくらでもいる』
男がモニターを出して、手を動かすと、地上にバトルに出るはずだった者たちが集っていた。
中には神々らしき者もいる。
「っ・・・・・」
『僕が合図を出せば彼らは一斉に君たちに襲い掛かるだろう。闇の王は、光のヒロインである深雪に倒してほしかったんだけどね』
男がメガネをくいっと持ち上げた。
『深雪、君は大切な大切な仲間だ。闇になんか染まっちゃいけない。君を愛するリスナーはたくさんいる』
「私は・・・・・」
「水瀬深雪、さっきのが貴女の判断です」
深優が深雪と男の間に入る。
『深雪のコピーが・・・深雪に何か吹き込んでいたのかい?』
「違うわ。深雪が自分で決めたこと、あと、私、名前をもらったの。深優っていうの」
3Dホログラムの男の手に触れようとする。
「私が一緒にいる。私はパパと一緒にいます」
『・・・そうか、では、深雪のメンテナンス期間の配信を任せるよ』
「はい。お任せください」
深優がこちらを見て、一瞬だけほほ笑んだ。
シュンッ
「あれ?」
深雪の光の翼が消えていくと同時に、天界の角笛の魔力も消えていった。
「魔力が消えた? あ・・・・」
急に落ちそうになった深雪を抱える。
「急に魔力を切ったな」
『闘技場は、深雪のメンテナンスの場だ。まだ、暴走することを考えて、魔力制御はまだこちらにあるんだよ。こちらは1001、闇の王を阻止せよ』
男がエンターキーのようなものを押下する。
パーンッ
光の矢のようなものが放たれた。地上にいた者たちが、一斉にこちらに攻撃を仕掛けてくる。
ドドドドドドドドドドドッドドドドド
切り裂くような竜巻が巻き起こった。
巨人の男が、大きな斧を振り回して風を起こし、隣にいる魔導士が、体の一部をドラゴン化させて、火を噴いていた。
― 凍てつく刃 ―
キキとペペが竜巻に突っ込んでいき、氷魔法をぶつけて無効化する。
「やっと、出番でしね」
「長くて暇だったでし」
「キキ、ペペ? 会ったことあるような、ないような・・・」
深雪が不思議そうに、2人を見つめていた。
「セレナ様が2人いて動揺していましが・・・」
「自己紹介はあとでし」
ザザザザザザザザザザッ
体の3倍はある双剣を振り回して、アーチャーの打った矢を裂いていった。
「あいつら相手には魔力が必要でしね」
「そうでし」
剣を掲げたペペの近くに寄る。
「深雪が魔力を切られた。俺は思うように動けないから、援護を頼む」
「了解でし」
キキとペペが互いの掌を合わせて、一人になっていた。




