プロローグ
『ソラー、何か見つかった?』
RAID学園で依頼している、小さな妖精のリネルが近づいてきた。
「合成素材は・・・フェンリルの牙か。一つ持っていたがけど、今後も何かに使うかもしれないから持っておくか」
『そろそろ、配信終了して戻らなきゃ。怒られちゃうよ』
「あぁ」
『ユグドラシルの扉』というVRゲームの中にいた。
難しいゲームではないし、プレイ自体はほとんど終わっている。召喚魔法や武器を錬成してプレイしていく自由度の高いゲームだった。フィールドは炎も地も水もあったが、敵が落とす素材を使えば難なくこなせた。
耳を触ってゴーグルを出す。
魔物討伐に使用していた剣について、素材錬成を教えてほしいというコメントが多かった。
「今のは、難しくないから誰でもできると思うよ」
『どれどれ? 見せて見せて』
リネルが空中に映った配信コメントを覗き込む。
『ふむふむ、一角獣の角の粉の入手方法と錬成・・・は私はわからないなぁ』
「コメントありがとう。悪いんだけど、もう、学園に戻らなきゃいけないんだ。説明の詳細はSNSに載せておくよ」
『すごい、同接10万人もいる。わぁ、リネルだよー』
リネルがゴーグルに向かって手を振っていた。
「そろそろ行かなきゃいけないから。配信見てくれてありがとう」
『あ』
モニターを出して、配信をオフにする。
『せっかく人気配信者なのに。もっとアピールしなくていいの?』
「別に興味ない。それに、人気なのはリネルのおかげもあるよ」
『えへへ、そうかな?』
リネルがちょっと照れて、くるッと回ってから近づいてくる。
咳払いして、ノートを出した。
『では、ソラ、ここでセーブしておくね』
「あぁ。ありがとう」
『わー、ほとんどのフィールド制覇してる。次はどこを目指す?』
「うーん、リスナーにリクエストあるか聞いてみるよ」
風が吹いて、木の葉がひらひらと落ちてきた。エリアマップには数メートル先の崖にドラゴン族がいるという情報が記載されている。確か、初期の頃に一度だけ通過した場所だな。
『次も待ってるよー。じゃあね』
「うん。よろしく」
ゴーグルを長押しして、電源を切った。
シュンッ
ピリッとした電流が走り、ゲームプレイ室に戻っていた。
配線を避けて、ゴーグルを外す。しばらくしてドアが開いた。
「お疲れ様、蒼空。人気ゲーム、『ユグドラシルの扉』までランク1位をキープするとはさすがだよ。まだ中等学部2年生なのに、3年生よりもはるかに強いなんて学園始まって以来だ」
「御坂先生、その話は何度も聞きましたよ。それに、ゲームは運もありますから」
「いやいや、君はRAID学園に入ったときからずば抜けていたじゃないか」
VRゲーム、『ユグドラシルの扉』顧問の御坂先生が拍手しながら近づいてきた。
黒縁のメガネをかけた年配の男の先生だ。
「他の生徒は?」
「あぁ、このゲームをこなせるのは中々いなくてね。君の次に成績が良かった生徒たちも、1時間くらいで戻ってきてしまったんだ」
「水瀬深雪は入ってないんですか?」
「彼女は他のゲームで忙しくてね。『ユグドラシルの扉』はいないんだ」
「・・・・・」
いくらゲームのスコアを上げても水瀬深雪という少女がRAID学園のスコア1位をキープしていた。
配信はよく見るんだけど、会ったことはない。
「ん、俺の他にもヒナがランク2位についてるみたいですが・・・?」
キーボードを操作して、画面を眺める。
『ユグドラシルの扉』に入ってるRAID学園の生徒で上位にいるのは、俺とヒナだけだな。ヒナは1つ年下の幼馴染で、なぜか俺と同じゲームばかりプレイしたがる、妹のような存在だった。
「そうそう、1-Aの子ね。プレイスキルはかなりいいんだけど、まだ安定しなくてね。フィールドによって得意不得意があるみだいだ。君よりだいぶ前に戻ってきてるよ」
「そうですか」
「もちろんこの学園でTOPの成績を維持する子だ。かなり優秀ではあるんだけどね。やっぱりゲームによるのかもしれないね」
画面を消して、立ち上がった。
御坂先生が窓のほうへ歩いていき、カーテンを開ける。光が差し込み、白い鳥が空高く飛んでいくのが見えた。
外では多くのアバターが自由に過ごしていた。
子供たちも、公園でゲームと同じ魔法を使い、大人たちの移動手段はゲームから召喚した幻獣だった。大きな建物の間を、ドラゴンやユニコーンが伸び伸びと通過している。
VRゲームの世界が主体となっているこの都市では、ゲーム以外で肉体を動かすことのほうが少ない。
近未来指定都市TOKYOにあるRAID学園はVRゲームに特化している学園で、生徒は様々なゲームに入り、スコアを伸ばしている。
VRの世界を実現させようとする、近未来指定都市TOKYOにとってRAID学園の生徒にかかる期待は大きく、生徒がする配信には多くのプレイヤーが注目していた。
「蒼空君に、是非ともやってほしいVRゲームがあってね。かなりのプレイ時間になることが予想されるんだけど・・・」
「いいですよ。どんなゲームでも、そこそこ休憩できてるので。時間制限なければ、ずっと向こうにいてもいいくらいです」
「ははは、頼もしいね」
「SNSでリスナーへの返信をしてからなので、明日からになるのですが大丈夫ですか?」
「もちろんだ。君は学生なのにまじめだね。他の生徒ノルマを終えて、ギルドの中で盛り上がってるのに」
「単独プレイのほうが楽ですから」
空中に映るプレイルームの監視モニターには、男女5,6人がそれぞれのアバターを使って情報交換しているのが見えた。
俺はどうしても群れるのが苦手だ。
「次のゲームはどんなのですか?」
「『イーグルブレスの指輪』という新作のゲームだ。誰もプレイしたことないから情報が少なくて申し訳ないんだが、世界観は『ユグドラシルの扉』と似ているらしい。君の得意な武器防具の錬成もあるし、フィールド移動手段も多岐に渡っているから自由度の高いオンラインゲームだ」
「なるほど。では、そんなに問題ないと思います」
「ただ、フィールドが『ユグドラシルの扉』の15倍あるそうだ。マップに載っていない場所もほとんど、行ってみなきゃわからない部分も多い」
御坂先生が声を低くした。
「君しかできないと思って、君にしか話して・・・・」
「しっつれいしまーす」
いきなりドアが開いて、ヒナが入ってくる。
「あっ、やっぱりここにいました」
「ヒナ・・・・」
ヒナは、日常動画配信では常にランキング10位以内に入っているほど人気の配信者だ。RAID学園でも成績優秀で、アイドルのような見た目から、ファンクラブまでできているらしい。
「蒼空様、お疲れ様です。あの、私のプレイ見てくれましたか?」
「いや、俺も今までゲームの中にいたから」
「はっ、そうですよね。すみません。アーカイブにショート動画載せるので、その・・・お時間あるときに・・・」
「見ておくよ」
「ありがとうございます」
長い髪で頬を隠していた。
「ん? 御坂先生、今、蒼空様に、新作のゲームの話とかしていましたか?」
ヒナがふっと御坂先生のほうを向く。
「一応ね」
「私も行きたいです。是非やらせてください!」
「いや・・・・君は強いけど水瀬深雪や蒼空君には及ばない・・・」
「前のゲームはたまたま調子悪かっただけです。次はちゃんとできますから」
ヒナが両手を握りしめて先生に訴えていた。
「それに、防御力は問題ありませんでした。ステルスのタイミングが悪かったんです」
「ふむ、分析はよくできているようだね」
「はい!」
「んーでもなぁ・・・確かに、蒼空君がいなければ、ヒナさんに頼まなきゃいけなかったんだけど・・・」
御坂先生が空中にモニターを出して、ヒナのゲームスコアを確認していた。
1年生にしては、かなり高い順位を叩き出している。
「ヒナ、今回は大人しく待ってろ。まだ途中の担当しているVRゲームがあるだろうが」
「でも、蒼空様と同じゲームがしたいと思いまして・・・いえ、是非やらせてほしいのです。先生、お願いします」
「っ・・・と、その意気込みはありがたいんだが・・・今、蒼空君しか申請を出してないから」
「そこをなんとか」
御坂先生がヒナの勢いに押されている。
「ヒナ」
「はい・・・すみません」
「俺は一人でも問題ない。一人のほうがむしろ楽だしな」
リュックを肩にかけて、窓から離れていく。
「蒼空君・・・・」
「あ、蒼空様、待ってください」
ヒナが慌ててついてきた。
「先生、明日からは、『イーグルブレスの指輪』をプレイしますので、準備のほうをお願いします」
「ありがとう。頼んだよ」
御坂先生にお辞儀をして、部屋を出ていった。