勇者パーティーのサポーター俺、魔王に殺されたと思ったら生まれた直後の魔王に憑依していたので、死にたくないから過去の仲間を全力で迎え撃つ。
ノリと勢いで書きました。
趣味の悪い豪奢な玉座に座り、眼下の軍勢を、高鳴る胸を押し殺して無表情で眺める。
ゴブリン兵三十万体、オーク兵十万体、オーガ兵一万体、リザードマン兵三万体、黒死狼三千頭、ハーピィ兵一万体、ゴーレム兵七万体、悪魔族三百体、地竜百頭。その他少数種族が計一万体。
ありとあらゆる種類の魔物によって構成された魔王軍は、世界の半分程度なら、今すぐにだって手に入れられるだろう。
しかし、これだけではまるで足りない。
『――飛鷹隊、ヒルデンブルク山への攻撃を開始せよ』
彼らが現在キャンプ地にしている山を、一切の前兆もなしに焼き討ちにする。初めから正面きって戦うのは愚策中の愚策。どんな戦力を当てても数合と保たずに斬り捨てられるのは、一番近くで見てきたから良く知っている。
有翼種族の内でも特に素早さに優れた者たちに持たせた燃料入りの樽が、遥か上空から投下される。
異変に気付いた頃にはもう遅い。
辺り一帯は燃料まみれ。後は火を放つだけ。そうすれば……
この役目は、任せられない。
「悪いが俺は死にたくないんだよ、勇者サマ御一行」
かざした右手に炎球が生成される。
「あんたたちとの旅は楽しかった」
拳大の大きさになった炎球が高速で二キロ以上先に飛んでいき、
「でも、今の俺は魔王、だからさ」
着弾。既に揮発していたガスと混ぜられていた火薬とが爆発を起こし、瞬く間に火の手が回る。
「……大人しく死んでくれ」
かつての仲間の死地に、これ以上目を向けているのが苦しくなって俯いた瞬間、再び大きな爆発が起こった。
明らかに先ほどの爆発とは規模が違う。五年前、よく聞いた音だ。
「ああ、懐かしいな」
山に撒いた燃料は、熔廻湖に生息する炎虎の油袋から取り出した油と、地獄の奥地だけに生息する自爆鼠の火薬を混ぜた特別製だ。
一度焔が体に付けば、如何なる手段を以てしても消火することはできない。
別に彼らを苦しめたいわけではない。
昔の仲間だし、情も残っている。
でも、それ以上に俺は死にたくないんだ。
そういう建前で自分を誤魔化した。
だから、先手を取って完封する。
徹底的に、叩き潰す。
でも、俺は知っている。
この程度では、勇者は死なない。
彼はいつだって俺の憧れの存在で、俺はその強さを誰よりも近くで見てきた。
絶対に消えないはずの炎が、衝撃波と共に真っ二つに割れ、かき消える。
その中から歩いてくる男の姿はボロボロで、手には武器一つ握っていない。
最前線に整列する地竜が歩けば、簡単に踏みつぶされてしまうほどの儚い存在であるはずの人間。
しかし、その存在感は異常で、一睨みで精強無比の魔王軍を完全に圧倒している。
「やっぱり、そうだよな」
男の後ろから、一人、また一人と現れ、計七人の勇者サマ御一行が揃った。
「不意打ちしたってのに、誰一人倒せてないとか勘弁してくれよ」
言葉とは裏腹に、口の端が吊り上がる。
『転送隊、全軍を勇者の正面約三百メートルに転送せよ』
虹色の光が眼下に犇めいていた魔王軍を包み、光の集束と共に遠く離れた燃え盛る山の近くへと、彼らが転送された。
『本隊、攻撃開始せよ。我々の敵を全力で、叩き潰せ』
さあ、始めよう。
あの頃には想像すら付かなかった。
彼らと肩を並べることなんて、とっくの昔に諦めていた。
だから、今こうやって彼らと戦えることが本当に嬉しい。
自分の感情を誤魔化しきれなくなり、笑い声が心の底から漏れてくる。
「ハハッ! やろうぜ、みんな。この日のために俺は死ぬ気で頑張ってきたんだ」
数百体の爾毒トカゲによって、一滴でも皮膚にかかれば、常人ならば間違いなく致命となる毒霧が勇者たちを囲むように大量に噴射される。
リン、と鈴のような音が鳴った。
一人の修道女から音が波紋のように広がるのと同時に、禍々しい色の霧が一瞬で浄化され、その場所がまるで聖域であるかのような錯覚を覚える。
【救世の聖女】アリア・ラグナフィリア。
逸った地竜が一頭、その巨体からは想像もできないほどの軽やかさで突撃する。
王都の城壁すらも破壊しうるほどの衝撃力が彼らへと襲い掛かった。
トン、とクッションに卵が落ちたような音が鳴った。
地竜の巨体が赤子を往なすかのように、一人の小柄な少女の片手によって止められている。
【絶対防壁】ヘレナ・ウィステル。
そして、地竜が無音で頽れた。
一人の風来坊のような男の手の中に、巨大な心臓が載せられている。
たった今まで地竜の体内で鼓動を刻んでいた心臓は、中に残った血液を弱々しく吹き出す。
【幻影の凪】ウィリアム・ヘヴン。
一人の魔女が一歩踏み出した。
妖艶な微笑みと共に、千の短剣が生成された。
その一つ一つが白鋼盾を構えた魔物たちに襲い掛かり、盾を易々と貫いて絶命させていく。
【百万の涙】マムリア・ヘィル。
仲間の惨状に怒り狂った悪魔が勇者たちの背後に転移し、暗赤色の首狩り鎌を虚空より取り出し振るう。
が、一人の剣士が予備動作も全くなく、滑るように空中に飛び出し、鎌ごと悪魔を斬り刻む。
【千刃廻蓏】ユーゴラヴァ・テレストリアル。
焦げ付いた若草色のフーデッドケープが熱風によって煽られ、ずっと隠されていた顔が見えた。
耳が長い少女が身の丈に合わないサイズの弓を構え、俺に向かって狙いを定める。
二キロ以上も離れているのに、届くはずもなければ当てられるはずもない。
しかし俺は知っている。
銀色の矢が真っ直ぐに、超音速で飛んできた。
だが俺は微動だにせず、それを眺める。
矢が放たれてから約五秒後。
俺の眼前に迫る、心臓に向かって正確に放たれた破魔の矢が、一人の女ダークエルフによって弾かれた。
【無限郎華】ミル・エル・ライラ。
「陛下、御怪我は?」
「何の問題もない。ご苦労、エンヴィー」
「滅相もございません」
終始顔を俯かせたままの彼女を下がらせ、玉座から立ち上がる。
遠く離れた、荒み切った顔をした勇者と目が合った。
「さあ、俺と死力を尽くして戦おう。どちらかが、息絶えるまで」
俺の憧れであり、これから迎え撃たなければならない相手の名は、【正統勇者】ジゼラフィ・ブレイヴ。
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