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夢と薔薇姫

 ***


 シュラーゲン王国第二王子アルゴレストの婚約者を決定する、三処女(おとめ)の儀式の場において、シンっ、という音が本当に聞こえたかのように、一瞬で周りの音全てが飲み込まれた。


 今、一体アルゴレストは何と言ったのか。この場にいるほとんどの者が彼の吐き出した言葉を反芻する。


『え、えっ……って、お前、誰?』


 アルゴレストが選び、それを受けてベールを上げた処女(おとめ)が、婚約者のシュレーゼではないと、彼は確かに言った。

 儀式を見守っていた貴族からの囁きが、じわじわと氷が溶けていくかのように広がっていく。


「殿下は確かに侯爵令嬢の名を呼びましたが」

「いや、それは選んだうちにはならない。中央の処女だと言ったぞ」

「誰だとおっしゃりました……よね」

「まさか、すると……」


 ――間違えたのか!?


 貴族たちの声なき声で満場が一致すると、小さな囁きは急激に大きなざわめきと変化していく。


 あの麗しい令嬢はメキャリベ侯爵家のシュレーゼではなかったのだという声が、当然のこととして語られる。

 あれだけシュレーゼだけしか見ていなかったアルゴレストだっただけに、今回の三処女の儀式参加を悩みながらも見送った家の者は、地団太を踏みたくなる気持ちになった。


 しかしこの日、三処女(おとめ)に名を挙げた、ゲライラ伯爵家とトーチ伯爵家の当主は、顔を見合わせて首を振る。

 彼らの側で、祝いの言葉を贈ろうとしていた者たちも、これは何かがおかしいのでは?そう考え始めたところ、突然アルゴレストが一喝した。


「違うっ!」


 その野獣のような咆哮に、その場の三分の一程の貴族が腰を引いた。


 違うとは、何が違うのだ。もしかして、誰かがシュレーゼ嬢として、アルゴレストを謀ったのだろうか。

 だとしたら、誰が、何のために?いやそんなことはどうでもいい。問題なのは、『加護なし』にもかかわらず、努力だけで戦いの『加護あり』よりも強く鍛え上げたアルゴレストが憤怒の表情でいることだ。


 これは血の海になるかもしれないと、前列を陣取る貴族たちが、じりりと後ずさる。


 再度、静まり返った儀式の場で、アルゴレストが大きく鼻息を吸いこんだ。最後列まで響き渡ったその鼻息が、ピタリと止まったのと同時にアルゴレストは首を傾けた。


「匂いは確かにシューの匂いだ」

「ゼラニウムの香りですわ」

「身長と筋肉もシューのものだし、頭骨の形も全体の骨格も間違いない」

「ふふ。先月お会いした時から一ミリも伸びておりませんの。残念ですが」

「声も全く同じだし、軽く上ずるような甘いイントネーションもそうだ。俺の横に立つときは、少しでも近づこうとほんの少し背伸びするから、ちょっとつつくとふらつきそうになるところまでが瓜二つだ」

「ええ」


「だが、顔が違う」


 なにを言っているのだこいつは?惚気てるのか、そうでないのかはっきりしろ!

 皆、そう思わずにはいられない。


 異常なくらいの検知能力で骨格までもが同一人物だと言っておきながら、顔が違うなどとほざくアルゴレスト。

 最前列に立つ彼の叔父でもあるライラッヒ公爵が、周りに押されて渋々と一歩前に出た。


「アルゴレスト……お前、それは、化粧のせいだろうよ……」

「は?化粧?そんなものシューには必要ない」

「女性というものはな、社交の場においては化粧をするものだよ。ましてシュレーゼ嬢のように、美しい女性ならば当然ではないか」

「確かにシューは美しく可愛らしいです。ですが」


 アルゴレストがシュレーゼの頬にそっと手の平を添える。そうしてもう一度公爵に向かって大きな声で言い切った。


「このように塗りたくっては、本来のシューの顔がわかりません。愛らしく下がった眉毛も、私を見つめる垂れた瞳も、キュートなそばかすも、第一健康的に日に焼けた肌までもが隠されているではないですか」


 静まり返る場も、三度目ともなると慣れたもので、皆心の中で突っ込みを入れる。


『それは別人だわ』


 美しい曲線の眉も切れ長の瞳も陶磁器のような肌も全てが作り物だと聞いて、多くの貴族はそらおそろしいと感じた。

 逆にここまで判別できるアルゴレストをもして、違うと言わせる技術に、女性たちは目を輝かせる。


 そして、渦中のシュレーゼといえば、アルゴレストの横に立ち、ニコニコと笑顔を絶やさない。


「アルゴ様?それで、納得していただけましたか?」

「あ、ああ、すまん。シューがあまりにもいつもの顔と違うものだから、つい」


 つんつんっと、腕をつつく仕草も全くシュレーゼのものだと喜んだアルゴレストだが、その言葉に慌てて謝罪した。

 この三処女(おとめ)の儀式で『誰だ』と言い放ち、シュレーゼの機嫌を損ねたのではないかと本気で心配もした。

 しかし、シュレーゼはその笑顔を絶やさずにアルゴレストに向かい立つ。


「あら、仕方がありませんわ。これは仮面ですもの」

「へ?」

「私にとっての仮面ですのよ。だって昔、アルゴ様言ってらしたでしょう?

――シューの可愛らしい顔、僕と家族以外には見せないでね。って。きゃ!」


 塗りたくっているせいで、シュレーゼの顔は赤くなっていない。けれども気持ちはアルゴレストに十分伝わった。


「あああ、俺のためだったんだね!愛してるよ、シュー!」


 脳筋男がぽろりとこぼした言葉をバカ正直に守り続けるキャベツ少女。

 正真正銘のバカップルが、二人の世界に浸りながら抱擁している。


 これで儀式も成立したな、と壇上の国王が宣言すれば、周りの参列者たちから深い深いため息が漏れた。


 その中から「お前のせいか!このクソアホゴレストー!」と叫びながら、正気に戻ったメキャリベ侯爵が飛び出してくるまで残り五秒。


 まあ、なんとか二人幸せになりそうだ。


***


「ところで、シュレーゼ様。あの化粧なのだけれど、どちらの技術かしら?もう、色々な夫人や令嬢たちから教えて欲しいと聞かれてしまって、うざったいのよねえ」

「はい、お義姉様。あれはパレリッシュの舞台化粧の新技術ですのよ。でも、特別な素材とテクニックが必要ですから、一般には浸透しにくいかもしれません」

「あらまあ、それなら仕方がないわねえ。じゃあ、王妃陛下にもそう言っておくわ」


 メキャリベ侯爵家の裏庭のテーブルでお茶会をする、ラビスィーラとシュレーゼ。側に控えるのはユリベルとマリサだけだ。

 シュレーゼもアルゴレストの言葉の解釈を広げ、義理の姉になるラビスィーラの乳姉妹ユリベルまでは素顔を晒してもいいとした。


 だからこそわかる。あの化粧の技術がとんでもないものだったと言うことを。

 まさに、奇跡の化粧だった。面影は一切、欠片も、ない。


「けれど、あんな技術をどうやって知ったのかしら?あなた、一歩も侯爵家から出ないのでしょう?」


 キャベツ作りのために培った情報収集のノウハウなのだろうかと考え、ラビスィーラが尋ねると、シュレーゼはころころと笑いながら答えた。


「それは私の『加護』のお陰ですの」

「シュレーゼ様の『加護』?あら、いったいなんなのかしら?」


「私の『加護』は、『耳袋』と申しまして、知りたいと思った情報を、世界中どこからでも集めてまいります。今まではキャベツ作りの他には知りたいと思ったこともございませんでしたから、そうそう発揮することもございませんでしたが、結構便利なものでしたね」


 などと、いとも簡単に言う。


『いやいやこれって、相当凄いものじゃない?ヤバいわ』

『聞かなかったことにいたしましょう』


 ラビスィーラとユリベルはいつもの読唇術で会話する。

 これを知れば、王太子ウィルドレッドが喜んで世界征服を企むかもしれないが、面倒くさいので知られない方がいいだろう。


 お茶を一口飲み込むと、ふとある疑問が頭に浮かんだ。


「あら、では……もしかしなくても、『キャベツ畑に赤ん坊がやって来る』などというお話が間違っているということなど、とっくに知っていらしたのでは?シュレーゼ様」


 キャベツについての情報を全て集めたのならば、当然そんなのが絵本の中のお話だということを知っていたはずだ。

 そう突っ込めば、シュレーゼは今日一番の笑顔を見せた。


「ふふふ。でも、アルゴ様がそうおっしゃったのです。世界中の皆様が正しいと声を合わせて言うことよりも、私にはアルゴ様のおっしゃることだけが正しいのですわ」

 

 そう言って、キャベツ畑の水やりに立ったシュレーゼを見送りながらラビスィーラとユリベルは思った。


 シュレーゼは、絶対に怒らせたらいけないヤツだと。




 相変わらずシュレーゼの評判は深窓の薔薇姫である。

 ただ最近になってそこに付け加えられたことといえば、ほんのちょっと世間知らずで化粧の上手な侯爵家の令嬢だということ。


 そんなメキャリベ侯爵家のシュレーゼは、今日も薔薇の代わりにキャベツを育てる。

 初めて出会ったその日、アルゴレストが一生懸命シュレーゼのために考えて教えてくれた。

 愛しい人との愛を育むためのキャベツ。


「いつになったら、ちゃんと赤ちゃんの作り方を教えてくださるかしら?」


 そうしてキャベツいっぱいの畑の中で、アルゴレストとの愛の結晶を夢をみるのだ。




 ~Fin~



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