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新仮面と薔薇姫

「ラビスィーラ様、例の物が出来上がりました。お持ちいたしましょうか?」

「ああ、アレね。いいわ、見せてちょうだい」


 ラビスィーラの私室にて、侍女のユリベルが両手に載るくらいの木箱を差し出した。蓋を開ければ、その中には蝶をモチーフにした仮面が入っている。

 シルバーでできたそれは、片頬までをすっぽりと覆いつくすようなデザインで、キラキラと輝くように細かなダイヤモンドを散らばしてあった。

 今にもひらりひらりと花の蜜を求めて飛び立とうとしているようにも見える。


「良く出来ているわ。これならば、品も損ねるということもないでしょう」


 あのずた袋や白いゴムマスクに比べれば、どんな子どもの玩具でも品があるといえるが、三処女の儀式でも見栄えのするものともなればデザインの一つをとっても最高のものでなければならない。


「これで、なんとかなればいいわね」

「なんとかならなければ困りますでしょう。ただでさえ実の弟君に蛇蝎のごとく嫌われていらっしゃるのに、義理の弟殿下にまで恨みをお買いになられると……」

「そっちはどうでもいいのよ。嫌われても面白いだけだわ」


 脳筋男たちを手玉に取るのは、ラビスィーラにとってたやすいことである。

 どちらかというと、扱いにくいのはシュレーゼのような、何を考えているのかわからない、大人しい女性の方だ。


「まあいいわ、最悪騙してでも、三処女の儀式の場にまで連れ込んでしまえば、あとはなんとかなるもの。ベールを外すのを拒否したら、ユリベルが『剛腕』の加護で、ふんじばって無理矢理剥いでしまえばこっちのものよ」

「追剥ぎじゃあるまいし。私は絶対にやりませんからね」


 王太子の一番の側近リオールと結婚してからというもの、ユリベルはラビスィーラの言うことにも気に入らなければはっきりと拒絶の意をしめす。悪いことではないけれど、少し寂しい気持ちになった。


 くるりと布を巻き、その仮面を入っていた木箱に戻す。当日までどこに仕舞っておくかを考えて、結局クローゼットの一番上の棚に置いた。

 どうせ儀式は王宮で執り行われる。わざわざメキャリベ侯爵家へ送っておいて、やっぱりこれでは無理ですと言わせないためにもその方がいいと考えたのだ。

 用意の出来たことだけメキャリベ侯爵家へ知らせておき、ラビスィーラとユリベルは儀式まで、そのこと自体を考えずに過ごした。



 そして儀式当日――


「ありません!ラビスィーラ様、どこにも!」

「そんなわけはないわ。だって、ここは私とユリベルしか入れないでしょう?他に誰が……」


 ラビスィーラの私室は防犯機能満載のため、正規の扉から入出するのはコツがいる。そのため、主であるラビスィーラと半分護衛のような『剛腕』の加護持ちであるユリベルしか入ることが出来ない。

 だから、この部屋に入って無事でいられるという人間がいるとすれば、それはすなわち……


「ウィルド……?」

「あー……」


 ラビスィーラの私室と王太子の私室は二人の寝室を介して繋がっている。王族最弱のウィルドレッドにはラビスィーラの部屋の扉を突破できないため、寝室の扉からラビスィーラを訪ねるのが常なのだった。


 あの銀仮面は、ウィルドレッドの厨二病を大層くすぐる出来栄えだった。なんならあのゴムマスクの方がさらに血を沸き立たせるかもしれないが、今はそれを考えている時間はない。

 既に儀式参加予定の三処女たちは王宮へと入宮して準備中だ。


 バン、バンと扉を開け放ちウィルドレッドの私室へと飛び込むラビスィーラとユリベル。

 今日の儀式の参列の為、正装に着替えていたウィルドレッドが彼女たちに気がつき大きく目を見開いた。

 そして次に、ゆっくりと弧を描きながら愛しの愛妻を迎えようと口を開いた瞬間、胸ぐらをつかまえられて大きくむせた。


「ウィルド!私の部屋から持って行ったものを返しなさい、すぐに!」

「ぐっ、うぇ……、あ?」

「仮面よ、銀の!あったでしょう?」

「……ああ、あれ?ええと……」


 何かをごまかす時はいつも侍従のリオールを頼る。そんないつもの癖が出たことで、ラビスィーラとユリベルは確信した。


「リオール様!?」

「先日殿下が参加された『呪いの秘物交換会』に持っていかれました」


 完全にユリベルの尻にひかれているリオールは、あっさりとゲロる。

 ウィルドレッドの信頼とユリベルの愛を天秤にかければ、愛の方がダントツで重い。


「ウィルドー……」

「いやいや、あちらが仮面同士の交換でなければ応じないというものだからさあ。名前なき呪われた王女が被せられて儚く一生を散らした仮面という触れ込みで持っていったら、ほら、これと交換したんだ!ガーデバーラの原住民が呪いの時に使用したっていう木彫りの仮面っ……ご……」


 途中まで聞いてやっただけでもありがたいと思えと、言わんばかりにラビスィーラはウィルドレッドの脳天に拳骨を落とした。

 しばらく起き上がれないかもしれないが知ったことではない。基本儀式に王太子は必要ないから、かえって何をしでかすかわからないウィルドレッドには眠ってもらっていたほうがいいかもしれない。


 そうして、その木彫りに変な色合いの絵の具を塗りたくった仮面を手に取る。

 これと白マスクのどっちがマシなのかと考えながら、シュレーゼの控室まで急いで走った。



 いく人も侍女を引き連れてきた他の処女(おとめ)たちは、あわよくばアルゴレストに選んでもらおうという下心からか、どちらも薔薇の香水をまき散らしたため、閉じられた部屋の扉からもむせ返るように匂いたつ。


 それとは違い、たった一人マリサのみを共にしたシュレーゼの控室はとても静かだ。

 ラビスィーラとユリベルは場違いな仮面をドレスに隠してシュレーゼの控室へと入る。するとピンク色の小さな花の鉢植えが窓際にずらりと並んでいるのが見てとれた。


「あら、薔薇……ではないようね、でも」


 香りは薔薇とそん色ない。むしろ自然な花の香のため、香水よりもさわやかに感じた。


「ローズゼラニウムですわ、お義姉様(ねえさま)。アルゴ様が用意してくださったようです」


 儀式用のドレスとベールを身に付けたシュレーゼがラビスィーラを見つけて、嬉しそうに近寄り疑問に答える。

 そういえば、メキャリベ侯爵家の裏庭でも見たな、とラビスィーラは思い出した。薔薇は一本もなかったのにもかかわらず、この花はいたるところに咲いていた。


「ふふ。コンパニオンプランツというのです。植物同士がお互いに助け合いながら、よりよい作物を生み出しますの。キャベツにはキンセンカがいいのですが、あいにくとあれは香りが独特なので、畑の周りだけです。けれどもこのローズゼラニウムは蚊や虫を寄せ付けにくいので、屋敷中植えておりますの。」

「そのお陰で……」


 薔薇の香りはすれども薔薇はない。

 シュレーゼは本当にキャベツ作りしか頭にないのだ。脳みそが筋肉のアルゴレストと、ある意味割れ鍋に綴じ蓋。


 脱力しつつも、この控室に急いできた理由を思い出して我に返る。


「その、シュレーゼ様。仮面ですけれども、用意はしていたのですが、少々手違いがありまして……」

「まあ、お義姉様(ねえさま)。それはもうよろしいのです。私がアルゴレスト様にふさわしい婚約者になりたいと、お父様やマリサを説得いたしまして、これぞという仮面を用意していただきましたの」

「え?」


 ベールのシュレーゼの後ろには、幽霊のように生気の無い侍女が立っていた。


「毎日、毎日、毎日、アルゴ様の素晴らしいところを説明いたしました。それはもう、朝から夜寝るまでに百、いえ二百?もっと多かったかもしれませんが……そうしてようやく皆から二人で幸せになりなさいと言葉をもらえたのです。やはり、お義姉様(ねえさま)がおっしゃられたように、甘えるだけではなく自らが動かなければならないと強く感じいりました」


 シュレーゼの饒舌な語りにより、侍女の顔色の理由がわかってしまった。

 自分ならばアルゴレストのいいところを毎日百も二百も聞きたくはない。ほとんど拷問に近いだろう。ならばもう敢えて突っ込みはしないと心に決めたラビスィーラだ。


 しかし仮面に関しては気になる。

 まさか。あの白いゴムマスクが進化して、昼間でも発光するとかではないだろうか。


「……それで、シュレーゼ様。新しい仮面とは?」

「そうね、お義姉様(ねえさま)には、ぜひ確認をしていただかないと」


 そう言って、シュレーゼは柔らかい仕草で、そっと自分の顔にかかるベールを上げた――


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