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ラビスィーラと薔薇姫

 アルゴレストとの約束通り、王太子妃ラビスィーラが、侍女のユリベルを伴ってメキャリベ侯爵家へと足を運ぶと、何故かいきなり屋敷の裏庭へと回された。

 一応、王家からきちんと前触れを出して、王太子妃が来訪して来たのにもかかわらず、案内されたのが屋敷内ではなく裏庭というのもどうかと思うが、肝心のシュレーゼがこの時間はここにいると言い切られれば仕方がない。


 ラビスィーラもユリベルも、その辺りは王家の権威もへったくれも意味なく、とても大雑把で適当な人間だった。

 しかし、その二人ですらこの光景には大きく口を開ける。


「畑、ねえ……」

「畑ですね」


 屋敷の裏一面の畑の一角に設えられたテーブルをすすめられたラビスィーラ。

 話には聞いていたものの、こうして目にすると違う意味で感動する。


 そしてそんな二人の目の端には、裏庭をゆっくりと、何かを確かめるように歩くシュレーゼの姿があった。彼女はとても楽しそうに、いちいち足を止めては破顔する。

 その足もとにあるのは、巷で彼女が称される『薔薇姫』に相応しい薔薇の花……ではなく、何故か黄色の小さな花の、アブラナだ。

 鈴なりに花をつけるアブラナに向かい、そのシュレーゼの顔に慈愛の微笑みがのせられている。


 その姿を見て、ふと、ラビスィーラとユリベルは思い出した。


 薔薇じゃないじゃん!?と。


 メキャリベ侯爵家内に案内されたものの、シュレーゼの二つ名、薔薇姫の由来となる薔薇は一輪たりとも見かけていない。

 けれども確かに香りはする。若干スパイシーな香りもするが、薔薇らしき芳香が漂うものの、薔薇自体は視界のどこにも映らない。


 キャベツ作りのことはアルゴレストの黒歴史と共に前もって聞いていた。

 だからここまでとは思わないも、畑があることは承知していたのだが、薔薇がないとは聞いていなかった。


 これはどういうことだろうか?ラビスィーラたちがそう考えていたところに、ようやくシュレーゼが彼女たちの存在に気がついた。


「あ、シュレー……」


 がしかし、ラビスィーラが声をかける間も無く、シュレーゼは一瞬でその姿を消してしまった。

 いや、正確にはその場にしゃがみ込んで、アブラナの花畑の中に隠れてしまったようだった。


「あらやだ、ユリベル。どうしましょう。聞きしに勝る人見知りだわ」

「でも、ラビスィーラ妃殿下。実際にお会いしたことがあるのは、アルゴレスト王子殿下しかいらっしゃらないのでしょう。単に妃殿下の目つきが悪かっただけでは?」


 姉妹のように育ってきた妃殿下付き侍女のユリベル・オベロイスは、はっきりと思ったことを口にした。


「そうね、初めて会う外部の人間が私では、びっくりするのも当然ねえ」


 ラビスィーラもユリベルの言うことはいちいち気にしない。見た目はミステリアスな美女と愛嬌ある可愛いタイプの二人組なのだけれども、暑苦しい騎士たちの中で育ってきたため、彼女たちは色々と雑なのだ。


 とはいえ、アブラナの中からゆっくりと立ちあがったシュレーゼの姿には、さすがのラビスィーラたちも目を疑った。


「どうしましょう、ユリベル……あれは、想定外だわ」

「ちょっと……見ようによってはユーモラスですが……」


 ひょこひょこ、ゆらゆら、と近づくシュレーゼに引き気味になる。そうして彼女がラビスィーラの目の前までくると、スカートの裾を持ちあげ会釈をした。


「……あ、……、……ま」


 そうして、もごもごとそれは小さな声で挨拶をするシュレーゼ。何を言っているのか聞き取れないのはその声の小ささのせいだけではない。


 ――シュレーゼの頭には、ずた袋がずっぽりと被されていたのだった。


「…………ええと、ごきげんよう、シュレーゼ、様?」

「……い、シ……ラ……、……す」


 くぐもる声は、ちょっと何を言っているのかわからない。

 いや、この状態が何だかよくわからないと思うラビスィーラとユリベルだ。


 王太子であるウィルドレッドも大概変な人間だが、こちらのシュレーゼも方向性が違うだけの変なタイプなのかもしれないと考える。

 勿論、このずた袋の中身がシュレーゼだとして。


 どうしようかと思っていると、眼鏡をかけたメイド服の女性がシュレーゼの半歩後ろにたち、頭を下げたまま彼女の通訳をし出した。


「はじめておめにかかります。麗しき王太子妃殿下におきましてはごきげんいかがでしょうか。ただいま、お茶をお運びいたしますので、どうぞおくつろぎくださいませ。――と、シュレーゼお嬢様がおっしゃっております」


 どう考えてもそこまで喋っていないだろう。などと言う突っ込みは敢えてせず、ラビスィーラはその言葉をそのまま受け取ることにした。


 そうして優雅な所作でテーブルに着く。同じようにして、ずた袋、いやシュレーゼもその席に着いた。


「ん、ん。えーっと、シュレーゼ様、本日私がこちらへお邪魔した理由は聞いておりましたか?」


 さすがのラビスィーラも、この風変わりな少女に対しては少々勝手が違う様だ。いつもならさくっと本題に入るわりに、今日に限って言えばキレが悪い。


「は……ア……」

「勿論でございます、王太子妃殿下。アルゴレスト殿下からも、王太子妃殿下が力になってくださるので、くれぐれもよろしくなさるようにとご連絡いただきました。――と、シュレーゼお嬢様がおっしゃっております」


『いや、絶対に言っていない』


そう声に出さずに口だけを動かしてユリベルに顔を向けると、彼女の方はラビスィーラの背中に文字を書いて伝える。


『修飾過多ですが、内容的には同じ意味かと』


 確かに侍女からは、こんな格好をしているのにもかかわらずシュレーゼを舐めているとかあなどっているという印象は受けない。

 淹れたお茶を、そっとずた袋の中に差し入れる姿など、彼女がやけどなどしないように至極丁寧な仕草だ。だからむしろこれは究極の『過保護』であるからこその姿勢なのではないか。そうラビスィーラは考えた。


 ならばアルゴレストと約束したことだけ済ませてさっさと帰ろう。

 箱入りのお嬢様が箱ではなくてずた袋に入っていても構わない。それはメキャリベ侯爵家の事情だ。そう切り替えてサクッと連絡事項を伝えることに専念した。


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