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諸事情とアルゴレスト

「と、いう訳だ。わかったか、ラビス?」


 王太子であるウィルドレッドが王太子妃ラビスィーラの肩を抱き、今このアルゴレストが悩んでいる現状を説明し終わった。


「我慢していたから、すっごくお腹痛いんですけど。ねえ、ウィルド。もう笑っても大丈夫?」

「なんだ、最初から笑ってもよかったのに。なあ、アルゴ」


「――いい訳あるかぁ!お前ら、人の話を聞く気があるのか?ああ?」


 アルゴレストの怒鳴り声もものともせずに、それが合図になったとばかりに王太子妃ラビスィーラは大笑いし始めた。


 ラビスィーラは一見すると黒髪に黒い瞳の神秘的な美女だが、エスパッダ辺境伯の娘として筋骨隆々で荒くれの男たちに囲まれ騎士として育ってきたおかげで、ちょっといかつい程度のアルゴレストの大声など気にも留めない。


 そんな彼女を王太子ウィルドレッドは、それはそれは愛おしそうな瞳で見つめる。


 思春期の『人としてヤバい』時期をなんとかやり過ごした彼は、今では何一つ瑕疵の無いように見える青年へと成長した。

 短髪の弟アルゴレストとは違い長い赤髪をゆるく一つにまとめ、王妃によく似た優しげなその容姿と物腰は、多くの貴族令嬢たちを虜にしている。

 国王似のきつく上がったつり目の顔立ちに、鍛えた体躯、自分に厳しく他人にも同じように厳しいアルゴレストよりもずっと令嬢受けがいいようだ。


 勿論それはちょっとした見た目だけで、その本質は思春期の頃からあまり変わることは無い。

 ただ人前での隠し方が上手くなっただけだった。


 しかしラビスィーラとはそれらを全て晒した上で成った結婚だけに、アルゴレストは後悔を強く覚えることとなる。


「ちっ……こんなことなら、はじめっから放っておけばよかった」

「あ?何か言ったか、アルゴ」

「いいえ何も言ってはおりませんよ、兄上。なんで兄上だけ幸せを謳歌してやがるだなんて、ちっとも考えておりません」


 ひとしきり腹を抱えて笑った後で、涙目のラビスィーラがふーふーと息を整えながらアルゴレストへと向かい合う。


「それで?未来の義妹へ何と言って欲しいの?エスパッダ領のキャベツ事情かし、ら……ぷっ……」


 笑いの発作が再度ラビスィーラを襲いそうになったところでソファーのクッションを掴んだアルゴレストがそれをぶん投げた。

 しかしそれはあっさりと受け止められてウィルドレッドの背中へと置かれた。……王太子妃ラビスィーラによって。


 歴戦の猛者どもの薫陶を受けた騎士育ちのラビスィーラにとっては、こんなこと屁でもない。

 むしろ『剣鬼・剣速』の加護を持つ彼女は、スピードだけなら剣を持たずともアルゴレストよりも速い。

 王族最弱の称号を持つウィルドレッドには最高の伴侶だと言えよう。


「ありがとう、僕の黒百合(ナイト・オブ)()騎士(ブラックリリー)

「よろしくてよ、私の麗しい旦那様」


 相変わらずウィルドレッドは変な二つ名をつけて自分の妻を呼び、それを華麗にスルーする王太子妃ラビスィーラ。

 にっこり笑いかけあって見つめ合う二人を眺めながら、アルゴレストは大きくため息を吐いて一人ごちる。


「……俺は一体ここへ何をしに来たんだ?あー、シューの話だったな、うん。シューの話は大事だ」


 それでもと気合を入れなおし、王太子夫妻へと顔を向ける。

 家族とメキャリベ侯爵家しかしらないアルゴレストの黒歴史と共にざっと概要を伝えたのだ。絶対にラビスィーラには手伝いをしてもらわなければ困ると、もう一度口を開いた。


「だから、来月開催される舞踏会についてだよ。シューも先週の誕生日で十六歳になって成人を迎えたから、その舞踏会で社交デビューすることになっている」

「あら、いいわね。初披露って、初々しいわー」

「まあね。けれど兄上たちの例の騒動のせいで、その日には俺とシューまでもが三処女の儀式を行わなくちゃいけなくなったんだよ、クソが」


 さり気なく不敬な言葉を付け足すアルゴレスト。

 例の騒動とは勿論、王太子ウィルドレッドと王太子妃ラビスィーラたちの儀式の時のアレ(・・)だ。


 アレ(・・)が有効であり、王太子たちの子どもに王家を継ぐべく資格があるのかどうかが確実に証明されないと困る。


 そういった声が多くの貴族や大商人たちから上がったため、とうとうメキャリベ侯爵までが折れた。

 そうしてやるはずではなかったアルゴレストたちまでが儀式をこなさなければならなくなったのだ。


 それだけでもアルゴレストには業腹だった。その上ここまで大笑いされるのだから、ムカつくなんてものではない。

 しかし、シュレーゼのためだと思い、グッと我慢をして言葉を続ける。


「侯爵家には女主人がいない。それで義姉(あね)上には、三処女の儀式について色々とシュレーゼに教えてやって欲しいんだけど」

「私が?別に構わないけれど、侯爵家ならばその辺りは重々承知しているのでは?」

「メキャリベ侯爵は、未だに儀式を快く思っていないから、ともかく準備が進まないんだよ。あんまりしつこく言っていたら、社交デビューですら見直すって言いだしたし」


 初披露。正にシュレーゼにはその言葉が相応しい。

 何故ならば彼女は、この歳になる今まで、ほとんどといってもくらいに人前へその姿を晒したことがなかったのだ。


 そうなった理由の一つとしてはまず、彼女の母親であるメキャリベ侯爵夫人が二人の婚約後すぐに亡くなってしまったということが大きく影響していた。

 アルゴレストも侯爵家にある肖像画を見せてもらったことがあったが、金髪に新緑を溶かしたような瞳、そして儚げな白い肌をしたとても美しいレディだった。小さなシュレーゼにもすでにその面影は強く出ていて、大きくなったシュレーゼもこんなに綺麗になるんだなとニヤついたことを覚えている。


 つまり美しく優しい愛妻に似たシュレーゼを溺愛するあまり、メキャリベ侯爵を筆頭にその彼女の兄、そして侯爵家で働く者たち全てが一丸となって乳母日傘で育て囲ってしまった結果なのだった。


 さらにもう一つ。実はこちらの方が最大の理由だとアルゴレストは考えているのだが、侯爵本人は頑として認めずにのらりくらりと話を躱す。


 第二王子アルゴレストとの婚約は、下手な貴族との結婚よりは愛娘シュレーゼに相応しい。

 王太子妃ほど重責ではないし、あの(・・)不思議ちゃん王太子よりも数百倍マシだとメキャリベ侯爵は考えたからこそ、王家よりの打診に渋々婚約を了承したのだった。

 そこで婚約の時になってようやく、生まれて初めてシュレーゼを侯爵家の敷地内より出した。


 そうして王宮での顔合わせに出席させたというのに、事もあろうかその婚約者アルゴレストが言い出したのだ。


『いっぱい、いっぱーい、赤ちゃんを作ろうね』


 勿論メキャリベ侯爵とて貴族の一員として、その台詞に文句は言えない。

 しかも相手は王族だ。血を繋ぐために結婚するのは当然。


 だがしかし、シュレーゼはまだ六歳になったばかりの少女。これからもあんな第二王子(クソませガキ)みたいな男どもの好奇の視線に晒されてたまるかという考えに凝り固まってしまった。


 ちょうど都合のいいことに、あれからシュレーゼの頭の中はキャベツでいっぱいだ。

 ならばキャベツ作りのためならば何でも言う事を聞いて、それ以外のことは全て追い出してしまえとなり、そして今に至る。



「ん?待って。じゃあシュレーゼ嬢が今まで外の世界と接触しなかったのは、ほとんどアルゴレストのせいじゃない」

「…………そうとも言えないこともない、かもしれない」

「いや、絶対にそうだろ」


 珍しく正論の突っ込みをしたウィルドレッドに、もう一度にらみを利かせた後、アルゴレストは再度ラビスィーラへと、シュレーゼのことを土下座して頼み込んだ。


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