婚約と薔薇姫
煌びやかな王宮の王広間、国王夫妻が鎮座するその目の前に進んだ三人の乙女。
その三人が三人とも顔をすっぽりと覆うベールに包まれていた。
同じような背丈に体躯、そして揃えたようなドレス姿。ここまで似通った姿では、一体誰がどこの家名の令嬢なのか周りの者たちにはさっぱりとわからない。
ただしこの中の一人は、まぎれもなくメキャリベ侯爵家令嬢シュレーゼ。
それだけはわかっている。何故ならば今日のこの日は、シュレーゼの社交界デビューであるのと同時に、カロゼム王国の第二王子アルゴレスト・ルナ・カロゼムの婚約者としてのお披露目の日でもあったからだ。
――カロゼム王家の結婚の儀式は少々風変わりで有名だった。
~鋼鉄の鎧騎士に導かれしベールの三処女より選ぶべし~
顔を隠した三人の乙女の中よりたった一人を選び出し王妃に据えた初代国王に習い、それ以降カロゼム王国の王子たちは皆、この儀式を通して伴侶を選ぶべきとされていた。
むしろそうでなければ国が滅ぶ。
過去に儀式を行わずに、継承権を持たざる王族が続出したため、滅亡の一歩手前まで、それこそがけっぷちに立たされたことがある。
その時王国民は皆、それを嫌というほど身に染みさせられた。だからこそ、貴族から民衆までがこぞって王族にそれを強いる。
アルゴレストは最初この儀式を否定していた。自分の唯一はシュレーゼである、だから三人の中から選ぶなどということはしない、と。
けれども、王太子のアレがあったため、沸き起こる意見をしぶしぶとだが受け入れることを決めた。
ただしその交換条件として、婚約者のシュレーゼの社交界デビューの日の行い、そのお披露目をもって儀式とするという約束も取り付けた。
アルゴレストが成人し、結婚の儀式を行うことのできる二十歳まで、がちがちに囲い込むつもり満々で。
そして――
「我が婚約者、メキャリベ侯爵家のシュレーゼ嬢は、中央のレディである!」
高らかにそう宣言するのはカロゼム王国の第二王子アルゴレスト・ルナ・カロゼム。
この三処女の儀式に置いて名前まで呼ぶ必要はないはずなのに、敢えてシュレーゼの名前を呼ぶのは、他の女性を選ぶつもりはないという、アルゴレストの強い意思表示でもある。
指名の声をかけられた乙女が顔にかけられたベールを払うと、宮殿大広間のシャンデリア、クリスタルの装飾が幾重もの蝋燭にきらきらと反射するように、彼女の波打つような金髪が光輝いた。
その姿を一目見ようと、実に多くの貴族が固唾を飲んで見守っている。
深窓の薔薇姫と噂されるシュレーゼは、十六歳となったこの年齢まで、メキャリベ侯爵家の屋敷より外に出ることはほとんどなく、正に箱入りという言葉が相応しい令嬢だった。
婚約者であるアルゴレスト第二王子以外とは、どこの誰とも交流をしない彼女が果たして噂通りの薔薇姫なのか、噂好きの貴族たちにとっては賭けを始めるほどの興味の的となっていたのだ。
しかしこうして現れた少女は、どこを切り取ってみても真白くきめ細やかな肌をしており、頬のあたりだけがほんのりと薄桃色に染められている。
形のいい曲線を描く眉、大きく煌めくエメラルドのような瞳、それを縁取る長い睫毛。艶やかな薔薇色の唇、柔らかな肢体。
そしてそれらすべてを包み込む薄緑のドレスは、彼女の体が揺れる度に羽のようにふわりふわりと風に揺らぐように広がる。
まるで天からの御使いのような神々しさを放っていた。
薔薇の香りかぐわしきメキャリベ侯爵邸に住む、薔薇の妖精。
そんな彼女の姿に、周りでその様子を見ていた多くの貴族が感嘆の声を上げる。これは正真正銘の薔薇姫だと。
これほどの令嬢がいたのかと、ある者は羨ましがり、ある者は妬みがましく彼女の後を見つめる。
幼い頃からの婚約者であるアルゴレスト第二王子は、彼女の前に進み立つと、スッと右手を差し出した。
「アルゴ様……」
儚いながらも、涼やかな声がアルゴレストの愛称を囁く。
「シュー……」
アルゴレストも、今まで他の者には見せたことのないような蕩けた表情をシュレーゼに向けた。向けたはずだった。
――がしかし、なぜか突然その彼の手は硬直し、鋭いと評判の目はいこれでもかと言わんばかりに大きく見開かれる。
そうしてなんともしまらない声でこう言った。
「…………え、シュー?え、えっ……って、お前、誰?」
この日、勇猛果敢で知られるアルゴレスト第二王子は、人生において二度目の大失言をかましたのだった。
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