004話
シラクロフの塔。
エイビスバールの成り立ち以前からこの地に存在するこの塔は、この都市の人々の営みを高みから見守り、そして外敵の侵入を防ぐための監視塔として用いられてきた。
地上8階はあろうかというこの塔を建造するには、果たしてどれだけの技術と労力が必要だったのか……
少なくとも言えることは、現在の技術においてこの塔と同じような高さの建造物を建てることは出来ず、その方法すら見当が付かないという事実だけだろう。
さて時は過ぎ、シラクロフの塔の内部ではモンスターの発生が確認されるようになった。
故にハンターギルドはこの塔を【指定特殊発生領域】とし、然るべき実力を持つ者以外の入場を制限する。
そのためかつては都市の安全を守るシンボルだったこの塔は、ハンターにとっての格好の狩り場へと変化する。
だが、同時にそれは許可されたハンター以外の人間が入らなくなるために、塔内部が人気の少ない場所となったことを意味する。
それ故にこの塔は人々に気付かれぬうちに、陽に背を向け影に生きる者にとっての、まさに楽園となった。
新たにハンターとして歩み始めた青年。
陰を秘めたその表情は何を思い、何を望むのか。
足を踏み入れたその塔が思いもよらぬ真実への扉である事を、今の青年に知る由はなかった――。
* * * * *
《何格好つけてんのさ》
《ゴフッ!?》
塔の中を歩くネロに対し、エルヴィラの冷たい言葉が突き刺さる。
というのも、いまいち歯ごたえのないゴブリン程度しか出てこず、しかも出てくる領域がそこまで多くないため暇だったのだ。
そのためネロは脳内で謎のナレーションを付け、塔の雰囲気を高めようとしていたのだが……
《大体、言うほど人気がない訳じゃないし。割とハンターがうろうろしているし、時にはキャンプして酔っ払って騒いでるのがいるよ?》
《そうなんだよな……》
ネロは、いかにも暗く、モンスターが跋扈しているような場所を想像していたのだ。
分かりやすく言うと、ゲームでよく舞台になるようなダンジョンのような場所を想像して楽しみにしていたのである。
だが、現実は無情だ。
「はーい、らっしゃいらっしゃいらっしゃい! オークの串焼きが今日は銅貨3枚で2本付いて来るよー!」
《何で露店なんかやってんだよ!?》
これである。
大体、許可されたハンターしか入れなかったんじゃないのかとか、危険性考えろよとか色々言葉が頭を過るのだが、その露店を見ているハンターたちは特に何も感じていないようだ。
それ以上に露店がある事に喜び、やはりどこかで酒盛りが始まる。
《……ま、まぁ、なんとも個性的な場所だけど、さ》
流石のエルヴィラも少し引いているようだ。
そうこうしているうちに、後ろから来たハンターが声を掛けてきた。
「おう、新入り! 何立ち止まってんだ?」
「ん? ああ……すまない、邪魔だったか?」
ネロが横に避けようとするが、そのハンターは首を振った。
「うんにゃ、ただアンタに声を掛けてみただけだよ。この間の訓練場でのローランさんとの戦いを見てな……」
「ああ……」
頭を掻きながらそう告げてくるハンター。
どうやらネロとローランの戦いを見ていたらしく、ローランを相手に勝利を手にしたネロが気になっていたらしい。
それで、偶々シラクロフの塔で姿を見かけたので声を掛けたようだ。
「それで、何してんだ?」
「いや、少し依頼でな。それで……あの露店、大丈夫なのか?」
依頼については特に深くは述べず、先程から気になっていた事を聞いてみる。
するとそのハンターはネロの視線の先にある露店を見て、笑いながら「ああ」と言った。
「こう言っちゃなんだが、シラクロフの塔の下層……2階までは結構安全でな。それもあってハンターが集まって飲み会をしたりするんだよ」
「……わざわざここでか?」
眉を顰めながらそう尋ねるネロ。
だが、どうやらこのハンター曰くこういうところで飲むのが楽しいらしい。
「もちろん店で落ち着いて飲むってのも好きだぜ? だけどな、こういうところでハンターだけで飲むってのは、いわば俺たち許可されたハンターの特権だからな!」
「そういうこと、か」
塔には入れるという段階で、相応の実力者でなければならない。
さらにはギルドからの許可を得られるほどに、相応の信頼を得ている必要もある。
そういったいわば同類同士で情報交換したり、愚痴を言い合ったりするというのが面白いようだ。
「それに、あの露店のオヤジもハンターだ。メインは露店をやってんだが、食材の仕入れもかねて副業でな」
「ああ、それは上手い手だな。とはいえ、それなりに強くないと出来ない訳だが……それが出来るだけの力があるのか」
「そういうこった」
よく見ると、露店のオヤジの腰には無骨なカットラスが吊り下げられており、さらに食材を捌くナイフも肉厚で、普通に短剣として使えそうなものだ。
時折周囲を鋭く見回しているところからしても、それなりの実力があることを示している。
「ちなみにこんなことしてるのはこの階層だけだからな。上に行ったら普通にモンスターが湧く。もし上に行くなら気を付けろよ……ああそうだ、今更だが俺はキースだ」
「俺はネロ。忠告感謝するよ」
「おう」
話し終わるとキースに手を振って別れる。
キースはどうやらあの酒盛りに参加するらしい。露店で串焼きと酒を買ってから混ざりに行っていた。
(もし帰りもやってたら、参加してみるのもいいかも……いや、遅くなったらミズキに怒られるか)
そんな事を考えつつ、ネロは次の階層に上がっていくのだった。
◆ ◆ ◆
「特にこれといって怪しいところはないな」
《そうだね……特に隠し通路みたいなのもなさそうだし……》
ネロは現在シラクロフの塔の4階に来ていた。
この塔は面白いことに、最初の方では普通の石材が組まれていたものが、4階に入った段階で組まれている石材の色が変わっている。
通常石材に色を付けるというのは手間が掛かるので、材料が異なる事で色が違うのだろう、とネロは推測していた。
(現在の技術では立てられない高層建築……もしかしたらそれは、材料にあるのかもな)
そんな事を考えながら歩いていると、少し離れた位置に立っている骸骨が見える。
だが、通常のスケルトンと異なり、野太刀のような剣を持ちチェインメイルを装備している骸骨。周囲にいるスケルトンより身体も大きく、頭一つ分は背が高いのだ。
《あいつは……》
《【スカルフェンサー】だね。地味に動きが早いし、スケルトンと違ってひるみがないから厄介だよ》
初心者のハンターにとって厄介な相手とされる【スカルフェンサー】。
通常、人間にせよゴブリンにせよ、攻撃されると怯んだり、攻撃を防ごうとしたりと動き、これまでの攻撃行動をキャンセルされるのが当たり前だ。
だが、スカルフェンサーの厄介なところは怯むという事がないのである。
ダメージは食らっているはずなのに、剣を振ってくる。
しかも、その一撃はかなり強く、さらには動きもスケルトンより早いので、【ビギナーキラー】という異名を持つほどだ。
そのため、スカルフェンサーに正面から攻撃することは御法度とされ、光系魔法で即座に浄化するか、あるいは火魔法で燃やし尽くすのが確実とされる。
だが……
「ふんっ」
スカルフェンサーの正面に立ったネロは、振り下ろされる剣に合わせてパリングを行い、そのため多少よろけたスカルフェンサーの頭、胸、腰の3カ所に瞬速の突きを放つ。
急所とも言える場所を3カ所も穿たれたスカルフェンサーは、為す術もなく灰になってしまった。
《……なんだろう、このなんとも言えない気持ちは》
「一応、お前が使っていた技の真似なんだが」
凄く微妙な雰囲気を発しながらそう告げるエルヴィラに対し、そう告げるネロ。
だが、それは失敗だったようだ。
《う、うるさいうるさい! 折角弱点を教えてあげようとしたのに、それをあっさり片付けるなんて! もうネロの事なんて知らないもんね!》
語尾に「もん」などと付くほどにおかんむりのようだ。
もちろん本気で怒っているわけではないのだろうが、時折エルヴィラはこうやって拗ねることがある。割とある。
「……悪かったよ。それに俺はエルのこと、いつも頼りにしてるんだ。そんな寂しいこと言わないでくれよ」
《……でもさっ、どうせこの世界じゃボクの知識なんて役に立たないし。ネロは他の人と仲良くなれてるみたいだしさっ》
どうやら今回は時間が掛かりそうである。
もしエルヴィラの顔が見られたら、ツン、とそっぽを向いていることだろう。
「エル……俺はお前以上に頼りに出来る相手はいないと思っている。前だって今だって……これからだってな。それに、俺が誰かと仲良くなったり、こうやって剣を扱えるのも、エルの手本があったからなんだ。お前を見てきたから、今俺がこうやって剣を扱えるんだよ……マジで。ありがとうな、心配してくれて」
余計なことは考えずに、とにかくエルヴィラを褒めて、頼っていることを告げ、感謝するネロ。
するとどうやら機嫌が直ったようだ。
《も、もー! 仕方ないなぁ! 隣で一緒に戦ったりは出来ないけど、やっぱりボクほど頼りになる人はいないよね! それにボクはネロの魔剣でもあるんだし!》
「そうだな。頼りにしてるよ、相棒」
《うんっ!》
それからしばらくの間、テンションの高まったエルヴィラが原因で封印状態であるはずの魔剣から、なんとも言えない気配――犬が喜びで尻尾をちぎれんばかりに振るような気配――がしていたという。
そしてネロと擦れ違ったハンターたちが、その手にある剣に対して二度見の視線を向けてしまうほどだだ漏れだったため、「ネロの魔剣は忠犬属性」という噂がハンターギルドに流れたとか……
《――そういえば気になってたんだけどさ》
「うん?」
4階の調査を続けている時に、おもむろにエルヴィラが声を掛けてきた。
《ネロの装備の中に、【死神の仮面】ってあるよね?》
「ああ」
《アレって、どんな効果があるか知ってる?》
「……いや、考えたこともなかった」
そういえば、と思い出す。
エルヴィラから自分のステータスを見せてもらった際に、装備品の中に【死神の仮面】というものが存在していたのだ。
だが、いまいち使う必要も感じず、放置していたのである。
「とはいっても……どう使うんだ?」
《あー……そうだねぇ……》
ローブや防具については、なんとなく身体から放出して固めるというイメージで起動させている。
スキルも同様で、発動にはその技をしっかりとイメージする必要がある。
スキル名はあくまで発動のきっかけにするために口にするのだ。
ちなみに、こういったスキル発動については、ゲーム知識豊富なネロにとっては難しいことではなかった。
だが、仮面の起動についてはなんかイメージが出来ないネロ。
エルヴィラも特に使い方は分からないのか、答えがない。
……本音のところを言うと、仮面の起動についてネロには見当が付いていたイメージ方法がある。だが、それをするとなると少し恥ずかしいと思っていた。
「……やってみるか」
《え? 出来そうなの?》
エルヴィラが驚いたような声を上げるが、ネロは答えない。
(この年齢になって、この動きをするのはちょっとな……患者と思われそうだ)
なんの患者か……それは察して然るべきだろう。
ネロは額の辺りに左手を持ってくると、指を第二関節の辺りで曲げてから上から下に引っ掻くようにして下げる。
すると……
《あ、出てる!》
「……」
エルヴィラが嬉しそうに声を上げるが、ネロは無言。
なんとも言えない気分でアイテムポーチから鏡を取り出したネロは、自分の顔に発現している仮面を見た。
『……こうなったか』
みると、それはグリムリーパーとは似ても似つかぬ形の仮面だった。
どちらかというと、仮面舞踏会で使われるような顔全体を覆うマスク。
ただ、口元はドクロのように歯をむき出しにしており、その歯は鋭くされている。
目元は細身で鋭く、精々分かるとしても目の色程度だろう。
だがそれでも視界を遮らないというのは、ネロ自身のスキルのような扱いになっているからか。
(それにしてもな……これって完全に某死神……)
あいにくネロは真っ黒な長着も袴も着用していない。だが、その仮面の見た目はあまりにも……似ていた。
違うとすれば仮面が暗灰色で目元から頬の辺り全体に紅い筋が幾本も入っており、額の部分に太極図に似た紋様の透彫が入っている事だろうか。
(ああ……厨二……)
いくつになっても卒業できない。これは業なのかも知れない。
そんな事を考えてしまいネロがテンションを下げていると、エルヴィラが声を掛けてきた。
《あのさ、落ち込んでるところ悪いけど……この仮面を付けてると色々な効果があるみたいだよ》
「……は?」
《例えばだけど、かなり周辺の気配察知が出来るんじゃないかな?》
そう言われて周囲を探ってみる。
するとどうだろう、これまで視認できる範囲くらいしか分からなかった人の気配が、部屋や扉、さらには階層を越えてまで認識出来る。
「これは……凄いな……」
《不思議だよね……これって仮面の効果かな?》
「どうかな……色々試してみるか」
それからしばらく、仮面の能力や装備との兼ね合いなどを調べてみた。
すると面白いことが判明する。
「なるほど、【気配探知】ってスキルが追加されたな。これは仮面なしでも使えるらしい」
《面白いねぇ。受動系のスキルだからかな?》
「かもな。一度意識すると、その感覚が消えないからかもしれん」
仮面によって新しく得られたスキルの1つ目は、この【気配探知】だ。
周囲数百メートルを、平面的にではなく自分を中心に球を描く形で認識出来る。
そのため、上の階層に何人の人間が居るか、どのように動いているかまで把握出来るようだ。
「こっちは、仮面とローブがないと発動しないな……当たり前か」
次の能力……というか武器についてだが、ローブと仮面を着けている状態でエルヴィラスレイヴの解放を行うと、大鎌への形状変更が出来るようだ。
とはいえ、果たしてこの能力をいつ使うのかは謎であるが。
「そしてこっちは……仮面もローブも無しで大丈夫みたいだが、1回当たりの距離制限があるな。ローブを着ていると距離が伸びるみたいだ」
そして意外と使えそうな能力なのが【空中浮遊】と、【瞬駆】という瞬間移動だろうか。
【空中浮遊】は読んで字の如く、空中に浮かび上がり、移動するための能力だ。
ローブと仮面の両方を着用していると無制限に使用でき、片方だと一度に50メートル、どちらも装備していないと一度に10メートル程度の範囲に制限される。
とはいえ、生身で10メートルも浮遊できるというのは普通にあり得ないのだが。
そして【瞬駆】というのは、瞬間的に加速して移動する高速歩法であり、正面から背後に回り込んだり、一瞬で間合いを詰めたり、あるいは【空中浮遊】と併用して死角から攻撃したりという事が出来る。
仮面とローブを着けても制限があり、両方で100メートル、片方で30メートル、どちらも着けなければ5メートル程度の距離を瞬間的に移動できる。
《こう見ると、凶悪なスキルが並んだねぇ。それこそネロの背後を取ろうにも、取れなくなったんじゃ?》
「確かにな……」
ネロやエルヴィラが知る限り、高速移動や浮遊といったスキルは存在しない。
逆にそんなスキルを手に入れた自分たちというのは、どんどん人間を辞めてきている気がする……と彼らが思ったとしても、それは仕方がないことかもしれない。
《ん……?》
そんな話をしながら探索を続けていたネロだが、エルヴィラの発した呟きが聞こえて立ち止まる。
《どうした?》
《いや……あ、まずいよ! 上の階だ!》
《!》
エルヴィラの焦ったような、そして警戒するような声音。
同時にネロも【気配探知】で探り、ネロの言わんとすることを理解する。
「【瞬駆】!」
一瞬で仮面を着け、フロアを疾走する。
上への気配探知をエルヴィラに任せつつ、ネロはフロアを探査して最短ルートを駆け抜けていく。
「くそっ! えらくグネグネした道にしやがって!」
そう文句を言いたくなるのも仕方がない。塔という防衛に関係する建物であるために、階を上がるにも階段が遠い。
場所も同じ位置ではなく、少し奥まった位置にある場合もある。
さらには、そこまで向かうための道も遮蔽物や壁によって真っ直ぐ到達することが難しい。ネロのスキル【瞬駆】を使うと、下手すればそういった遮蔽に激突する可能性が高くなる。
だが、思うように移動できない事に苛立ちながらも遂にネロは上層に上がり、問題が起きている部屋に辿り着く。
しかし気配からして、どうやらそこに居る連中は動いていないようなので、扉近くにしゃがみ耳をそばだてる。
『今回は中々上玉だな』
『しかし、ハンターは馬鹿じゃねぇか? 危ないって聞いているはずだろうによお』
『それでも飛び込むのが、ハンターって奴らなんだろ』
どうやら数人の柄の悪い連中が、一人のハンターを囲んでいるようだ。
ハンターは気を失っているのか、あるいは動けないのか、気配が動く様子はない。
《……どうしたものかな》
《そうだね……ここは仮面を着けておくのが良いんじゃない? 目立つと面倒かもよ?》
《確かにな……だが、ここで顔が割れていれば、ある意味抑止力にもなるが》
少し考えるエルヴィラとネロ。
自分の顔を晒して柄の悪い連中をしばき倒すか、それとも隠した状態でしばき倒すか。
どちらもしばき倒すことに変わりはないのだが、今後の流れを二人で考える。
だが、そうしているうちに動きがありそうだ。
『なあ、折角だからよ、お頭のところに持っていく前に味見しねぇか?』
『お、そうだな……今日はお頭と一緒じゃねぇし……』
『おい、ばれたら面倒だぞ? 半殺しにされるんじゃないか?』
そんな言葉が扉の向こうから聞こえてくる。最早時間の余裕はないようだ。
《仕方ない、フード被った状態で行くぞ》
《おっけー! ま、ボクは何もしないけど》
《警戒くらいしろや》
ちょっと締まらない感じだが、扉を開けて【瞬駆】でハンターの前に移動する。
見た感じ、まだ10代半ばだろうか。どうやら昏倒しているようで、その両目は閉じられたまま床に倒れていた。
ネロはそんなハンターを横目に見つつ、剣の刃を立てて横に振るう。
封印状態で腹の部分とはいえ、魔剣の一撃だ。ちょうどハンターに近付こうとしていた者は、エルヴィラスレイヴの腹の部分で強かに鳩尾の辺りを強打され、部屋の端まで吹き飛んでいく。
「ギーク!? な、何者だてめぇ!」
「クソ、他のハンターか! こんなところに来るなんて聞いてねぇぞ!」
「やっちまえ!」
吹き飛んだ仲間を見て、やっとネロが立っていることに気がついたのだろう。とはいえ彼らも慣れたもので、腰の短剣を抜くとネロに向かって構える。
その構え方からして彼らの実力の低さを表していたが、数というのは脅威になり得る。
さらに、倒れ伏しているハンターの様子からすると、恐らく麻痺毒であったり、睡眠薬のような姑息な手を使う連中であろうことは想像に難くない。
「そんな事はどうでもいい、お前らは盗賊だろ?」
「否定はしねぇよ、でもそれがどうした? ガキが息巻いてんじゃねぇよ」
ニヤニヤと笑いながらそう言ってくる盗賊の一人。
恐らくこの中では相応の立場にいるのだろう、そう言いつつも残りの連中にハンドシグナルで合図を送っているのがわかる。
「お前らに聞きたい事がある。最近ハンターを誘拐しているのは、お前たちか?」
気にせず声を掛けるネロ。
ここで一気に叩きのめしてもいいのだが、少しは交渉というのを試そうかと思っている。
《……この時点でまあ無理だと思うけど》
元王女は辛辣であった。
だがそれをスルーしつつ、ネロは親指で銀貨を盗賊の一人に向けて弾いた。
「うおっ!? この……って、マジか……?」
結構な勢いて飛んできたため盗賊は回避したが、どうやら肩の辺りに当たり床に落ちたようだ。
飛んできたものが銀貨であるのを見て取り、盗賊は笑みを浮かべる。まさかお金を飛ばしてくるとは思わなかったのだろう。
「情報次第では相応の返礼をやる。だが、馬鹿を考えるなら……分かるな? どうする、俺の質問に答えるか?」
そう言って闘気を放ちながら盗賊たちを睥睨するネロ。
その闘気は明らかに、ネロが自分たちより実力ある存在である事を、盗賊たちに認識させた。
だが彼らも盗賊としてそれなりに生き残ってきた。
そのしぶとさや生に対する意地汚さというのは、一般人よりも強い。
「投降するなら早めにしろ、しないならこちらから行くからな」
必死に生存のための方法を考える盗賊たち。
だが時間は残されていない。ネロは一歩、盗賊たちに向けて踏み込んだ。
そして……
「……ま、そう来るか」
結局一部の盗賊たちは踏み込んだネロに対してそれぞれの武器で打ちかかった。
それも明らかに命を奪うことを目的としており、間違いなく急所を狙って突き出されたり振りかぶられた武器。
だが、いくら数頼みだろうと今回は相手が悪い。
何か罵詈雑言のようなものを喚く盗賊たちの声を聞きつつ、ネロは一瞬で彼らの首を刎ね、あるいは胸を貫いてその生命を刈り取っていく。
「なっ!?」
血飛沫が部屋に舞うのを見て、声を上げる盗賊の一人。彼はネロに対して攻撃を仕掛けることはしなかった。
だが、一瞬で接近したネロから首筋に手刀を叩き込まれ、気絶してしまう。
その速さは、盗賊如きでは捕らえられるものではないだろう。まさに電光石火、という言葉がふさわしい速度で行われた所業。
実はネロは、襲いかかってきた者たち以外は殺してはいない。
普通であれば一切合切即処理、という事も出来るのだが、情報を得るためには命を取るわけにはいかないのである。
最初部屋に入った段階で吹き飛ばした男も合わせて、縛り上げて部屋の中心に纏めて転がしておく。
それから数分した頃、どうやら倒れていたハンターが意識を取り戻したようだ。
「うぅん……ここは?」
「目が覚めたか?」
「っ!?」
目を擦りながら起きたハンターの女性は、最初自分がどこにいるのか分からず周囲を見回していた。
だが、ネロが声を掛けるとすぐに剣の柄に手を掛け、ネロと逆側に飛び下がる。
「待て待て、俺もハンターだ」
そう言いながらギルドカードを取り出し、ハンターの女性に見せる。
すると、しばらく警戒の様子を見せていた彼女だったが、間違いないことが分かると一つ溜息を吐いて近付いてきた。
「ごめんなさい、疑ったりして。私はアーシャ、Cランクハンターよ」
そう言いながらぺこりと頭を下げるアーシャと名乗ったハンター。
彼女は燃えるような緋色の髪をポニーテールにしており、いかにも前衛の剣士という出で立ちだ。
「こんなところで何をしていたんだ?」
「ん? 最近盗賊の噂を聞いてね……個人で調査してたんだけど……」
「実際に盗賊に捕まった、ってわけか」
ネロの言葉に苦い顔で頷くアーシャ。
話を聞くと、彼女は特に盗賊狩りを主として動いているハンターらしく、将来有望とされる実力ある若手らしい。
実際、基本的にソロで動いているところからしても、その実力は低くない事が分かる。
そこからさらに話そうとしていたネロだったが、ふと気付いた事があり話を中断する。
「さて……もう少し話そうと思ってたんだが、起きたらしいな」
ネロの気配探知は、盗賊たちが覚醒したことを捉えていた。
一旦アーシャとの会話を止めたのもこれが理由である。
「おい、起きろ」
そう言いながら、ちょうど外側にいた盗賊の一人に軽く蹴りを入れるネロ。
すると、くぐもったような呻き声と共に盗賊たちが目を覚ましたようだ。
どうやら仲間の声によって、他の連中も目を覚ましたらしい。
「起きないなら斬るぞ?」
「ま、待て! 起きる、起きるから!」
狸寝入りをしようとした者がいたので威圧を掛けながらそうネロが言うと、必死な声を出して動き出す盗賊たち。
その目前で剣をゆっくりと抜き、玩ぶかのように軽く動かしながら、時々盗賊たちの鼻先を掠めるような位置で鋭く振るう。
「ひいっ!」
「で? お前らは最近のハンター失踪に関係しているのか?」
悲鳴を上げる盗賊には目もくれず、さらに威圧しながらそう告げるネロに対し、他の盗賊たちは必死に首を振る。
「い、いや、知らない!」
「だが、お前らはそのハンターを気絶させ、襲おうとしていただろう?」
そう言いながらネロは親指で倒れているハンターを示す。
だが、それでも盗賊たちは必死に首を振っている。
「た、確かに襲ったのはそうだ! だが、そいつはいい防具を持っていたし、上玉だったから……」
「……」
だが、そんな盗賊の言葉に対するネロの反応は、無言であった。
しかしその盗賊が話し終わるまでは、ネロはなにも盗賊の言葉を遮らずに喋らせている。
「な、なんだよ……」
「嘘だな。正確にいうなら、何か隠しているだろう? ――『お頭』とやらの事とか」
「!?」
剣を肩に担ぎながらそう告げるネロに対し、怯えた表情をする生き残りたち。
身体を起こし、ずりずりと壁際を伝って逃げようとするが、ここは部屋だ。
結局部屋の角に追い込まれてしまう。
「もう一度聞こうか……お前らは、何の集団だ?」
そう言ってネロが剣を振ると、ヴンッ!という強い風切音が響く。
それはそれだけ速度を出して剣が振られていることの証。
「……言いたくないなら構わない、一人見せしめに処理するか」
その瞬間恐らく、盗賊たちの肌にはゾッ、と鳥肌が立っていたことだろう。
それだけネロの気配は恐ろしく、"死"を現実のものとして感じさせるほどのものだった。
同時にネロは弓を引くように剣を持つ右腕を肩の高さに上げ、後ろに引き絞る。
それはまさに、突きを放つための予備動作。
「さあ、5カウントで行くぞ……5、4、3……」
剣の切っ先は……生き残りの一人の頭部に向けられている。
それは間違いなくその盗賊を貫き、その命を刈り取るだろう。
その剣先から放たれる殺気と相まって、盗賊たちは履いているズボンをしとどに濡らす。
「――2……1……」
あと一拍。
次の瞬間には、ネロの剣は真っ直ぐと盗賊の一人の頭部を貫き、その命の灯を吹き飛ばすに違いない。
「お、俺たちは『大蛇団』っていう集まりだ……!」
その恐れからだろう。
遂に生き残りの盗賊の一人が、口を開いた。