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003話

 エイビスバールへ到着した翌日。

 ネロの姿はハンターギルドにあった。


(さて、どんな依頼なのか……)


 ローランとの手合わせを終えたネロは、流石に疲れたので宿を探すことにした。

 だが、あいにく長期滞在が出来る宿には空き部屋がなく、困っていたところにローランからとある人物を紹介されたのである。

 その人物は情報屋を営んでおり、情報収集依頼を受けてくれるハンターを探しているらしい。


『優秀な情報屋なので、我々ギルドとしても友好関係でありたいのですよ。同時にネロ君とも友好関係でありたい。高い実力を持ち、戦闘力だけで言えばAランクと言っても過言ではないのです、色々な繋がりは役立ちますよ』


 ローランはそう言っていたが、ネロはなんとも言えない気分だった。

 大体、自分は人との繋がりが苦手なのだ。役立つと言われても……というのが本音である。

 そして情報屋の方も中々お眼鏡にかなうハンターがいないということで苦労しているらしい。

 依頼は少し前から出されているのだが、依頼主である情報屋が首を横に振るらしいのだ。


(相当偏屈なのか……それとも内容が難しいのか……)


 そんな事を考えながら、ギルドのカウンターに話しかけるネロ。

 すると気付いた受付嬢が声を掛けてくる。


「ようこそ、ハンターギルドへ。ご依頼ですか?」


 どうやらこの受付嬢は昨日いなかったらしい。ネロを見ても何の反応もしなかった。

 ネロは昨日もらったギルドカードを取り出しながら口を開いた。


「いや、ローランに呼ばれた」

「えっ?」


 ローランの名を出されて驚く受付嬢。

 だが、ネロの出したギルドカードを見て、彼がハンターの一員だと理解したのだろう、すぐにカウンターから移動してローランに取り次ぎに行ったようだ。

 とはいえ、それを理解できない者もいる。


「おいおい、お前みたいなガキがローランさんに何の用だ? 一丁前に剣なんか下げやがって……お呼びじゃないんだよ、雑魚!」


 4人組のハンターが、ネロに対して絡んできた。

 ドンッ、とリーダーと思わしき男がネロの肩を強く押し、それを見ながら他の3人がゲラゲラと爆笑している。

 だが、次の瞬間にリーダーの様子が変なことに気付く。


 リーダーはネロを押し飛ばし、転ばそうとしたのだろう。

 だが押したリーダーの方が反動でたたらを踏んでいた。


「おいおい何やってんだよガス。よろけてんぞ、酒残ってんのか?」

「ギャッハッハ! 昨日も馬鹿飲みしてたからな、カス!」

「んだとぉ!?」


 他のメンバーから揶揄われ、顔を真っ赤にしてキレだしたリーダーの男。

 ギルド内にあるテーブルで話し合いをしているハンターたちも、そんなガスにチラチラと視線を向けてくる。


 ガスと呼ばれるこの男は、ランクとしては一人前と言われるDランクのハンターだ。

 何年もハンターとして生活しており、こうやってパーティを組んでもリーダーを出来る程度の実力を持っている。


 とはいえ、ローランのように高ランクではなく、それだけの実力がないことも分かっているガス。

 そのため彼は高ランクハンターに対して、憧憬とも嫉妬とも言えない感情を持っていた。


 だからこそというべきか、見覚えのない若いハンターであるネロがローランの名前を出してきたことに対して絡んでしまったのだろう。

 だが、ガスもよく考えるべきだった。

 普通のハンターがローランに呼ばれるはずがない。ローランに呼ばれたという段階で、普通のハンターではないはずなのだ。


 だが、冷静でなかった故だろう。

 自分がよろけてしまい、さらにそれを仲間に笑われたガスは、怒りのままにネロに殴りかかった。


「きゃあっ!?」


 ギルド内での暴力行為というのは基本御法度だ。

 しかも、Dランクハンターが登録したばかりに見える若いハンターを殴りつけようとしている。

 受付嬢が思わずといった形で叫び声を上げたのも仕方ないだろう。


「馬鹿が」


 だが、相手はネロだ。

 大振りなテレフォンパンチに当たるはずもなく。

 身体を少しだけ動かして回避すると同時に、力を抜いた状態から手首の動きだけでガスの顎にジャブを放つ。

 それはどういうわけか、ガスの顎に薄皮一枚掠めただけだった。


「はっ、当たってねぇ……」


 それを感じ取って笑うガス。

 だが、次の瞬間には足から崩れ落ちてしまった。


「なっ……!?」

「て、テメェ……!」


 それを見て驚いたのはガスの仲間たちだった。

 揶揄ったとしても、自分たちのリーダーである事を認められるほどには実力のあるガスを、一瞬でノックアウトしてしまったのだ。

 得体の知れない強さを見せたネロに対し、声は上げたもののどうすべきか迷ってしまう。


「おや、これはどうしたのです。【オーガの牙】である君たちがそんなに怯えて……」


 そう言いながら出てきたのは、サブギルドマスターのローランだった。


 ◆ ◆ ◆


「うちのハンターパーティが、大変失礼しました」


 話し合いのため場所を移したネロとローラン。

 席に着いたと同時に、ローランがネロに対し頭を下げた。

 どうやら先程のガスたち【オーガの牙】の面々が絡んだことに対しての謝罪のようだ。


「いや、気にしなくていい。こちらに何か被害があったわけではないから。それにハンター同士の争いに対して、ギルドは基本介入しないんだろう?」


 手を振って問題ないと言うネロ。だが、ローランは首を横に振る。

 ギルドがハンター同士の争いごとに不介入とはいえ、高ランクハンターであったり実力者に対しては、少なからず忖度というものはある。


 ローランとしては、何年経ってもDランク以上に上がらないパーティと、かつて異名持ちであった自分を敗北させた実力ある新人ハンターを比較して、全くの不介入とは出来ないと考えている。

 もし、こんなことでネロがハンターを辞めてしまったら……そう思うと、出来るだけのフォローをしておこうと考えるローラン。


(まったく……彼らももう少し実力の差を見極められたらいいんですがね……)


 そう思いながらも、それは難しいだろうことも理解している。

 とにかく、誠意を見せるためにも何らかのペナルティーを【オーガの牙】に課そうと考えるローランだった。


「流石にそれでは示しが付きませんので……彼らについては何らかの罰則を与えることで、ネロ君には手打ちにしていただけたら嬉しく思いますが、よろしいですか?」

「別に俺は気にしていないんだが……ギルド側が気になるなら、好きに処理してくれ」


 そこまで言うのであれば、好きにしてもらおうとネロはギルドに丸投げした。

 本音としては、別に被害があったわけでもないし気にしていないのが事実なのだ。

 さらに言うと、あまりネロは目立ちたくない。できる限り自分が表に出ないようにして欲しいと考えていたのである。


「さて……」


 ローランはそこで言葉を切ると、先程までの謝罪の雰囲気を変えて仕事人の表情になった。

 それを見て、ネロも姿勢を正す。


「本題に移りたいと思います。例の情報収集についてですが……」


 ――コンコン。


 そこまでローランが口にした段階で、会議室のドアがノックされた。

 ローランが「どうぞ」というと、一人の人物が入ってくる。


「そろそろかと思っての。妾が来たぞえ」


 あまりにも特徴的な口調の……少女?だろうか。

 入ってきた人物は、鴉の濡れ羽色と言うべきほどに黒くて長い髪をしていた。

 目元は涼やかで少し吊り目がちなところが、彼女の気の強さを示しているように見える。

 その人物は特徴ある紋様が刷られた和服に似たドレスを着ている。

 だが、「少女?」となるのも仕方がないだろう。なにせその女性の身長は、130センチあるかといったところ。

 しかし、体つきは間違いなく"少女"ではなく"女性"であることを示している。

 さらに古風な口調が、彼女の年齢不詳に拍車を掛けていると言っても過言ではない。


《え、どういうこと? え、訳わかんない》

《どうしたんだ?》


 エルヴィラが声を上げる。

 訝しんだネロが聞き返すと、エルヴィラはしばらく無言だったが突然大きな声を上げた。


《アイツ、ボクより胸が大きいのに小さい! ナニアレ!? ロリババア!? それともロリ巨乳!? どっち!?》

《知らんがな!!》


 大変にどうでも良いことを考えていたようである。

 脳内にそんな大声が響いたため、少し頭がふらつくネロ。


「む……?」


 そして、どういうわけか何かを受信してしまったその女性。

 眉間に皺を寄せて周囲をキョロキョロと見渡す。


「……いかがされましたか、ミズキ様?」

「……いや、なんだか邪な気配を感じたのでな」

「?」


 どうやらエルヴィラの思念というか、僻みというか、謂れのない非難を受信してしまったらしい。

 とはいえ、説明のしようがないのだろう、首を傾げながらもローランの隣に座った。


「さて、ご紹介いたしましょう。こちら情報屋のミズキ様。こちらが今回新しくハンター登録されたネロ君です」

「ふむ……ミズキ・ソリエンテじゃ。よろしく頼む」

「ネロ……ネロ・ユーディキウムと申します。よろしくお願いいたします」


 情報屋として紹介された「ミズキ」と名乗る女性は、特に躊躇いもなくネロに向かって手を差し伸べる。

 それを見てなんとなく、ステータスにある通りのフルネームで名乗るのがいいだろうと感じたネロは、名乗りながら差し伸べられた手を握った。

 すると彼女は「ふむ」と興味深そうに自分の頬を撫で口を開いた。


「名字持ちか……名家か貴族の生まれかえ?」

「あ、いえ……私が前いたところでは皆名字がありましたから」

「ふむ、なるほどの。興味は尽きぬが……それはまた今度、じゃな」


 そう言うと同時に、ネロの右手を握るミズキの力が強くなる。

 ネロは意外と強い力で握ってくるミズキに驚くが、負けじと拮抗するくらいの力で握り返した。


「ほう……妾に手を握られて痛がりもせず握り返してくるとは、中々じゃのう」

「それはそれは……」

「?」


 驚きの表情を浮かべるローラン。

 首を傾げるネロだったが、それには答えず笑みだけを返し、ミズキはローランに向き直った。


「良いぞ。此奴に例の依頼はお願いしようと思う。出来ることなら、専任ハンターとして貰えると助かるのう」


 そんな事を、ミズキ様は宣ったのである。


「……すみませんが、まだ彼はEランクですので」


 ローランは頭痛を堪えながら、そう口にした。


「むう……できるだけ早めにランクを上げて欲しいものじゃが……仕方ないのう」


 そう口を尖らせながら呟くミズキだったが、こればかりはローランとしてもどうしようも出来ないことだった。

 ミズキが言った「専任ハンター」というのは、ハンターギルドに所属しつつも、ギルドではなく少数の依頼主からの直接の依頼を受ける者を指す。

 だが、専任ハンターになるには条件があり、1つにはハンターランク、さらに実績、最後に推薦という3つの条件をクリアする必要がある。

 その点ネロは条件を満たしていない。

 推薦については、ギルド幹部複数人の推薦が必要だ。

 ローランとしては推薦したいと思うが、まだネロと接したことのないギルド幹部は推薦しないだろう。

 ちなみに本来Gランクから始まるハンターランクだが、ローランに認められたことでEランクスタートをしたネロ。

 しかし、専任ハンターの最低条件はDランクなのだ。

 さらには実績も問題になる。実力は高くとも、まだ昨日登録したばかりのハンターだ、実績などあるはずもない。

 これらの条件はハンターギルド共通のものなので、どの国であろうと変わらないのだ。

 それを理解しているミズキも、渋々ながら納得するしかないのだろう。


「ま、それでも今回依頼を受けてもらうのじゃから……おお! それに住居のこともあったのう! 接する機会は多くなるのじゃから、そう焦る必要もないな!」


 かっかっか! と快活に笑うミズキ。なんとも朗らかな人である。

 さて、ネロはというと……


「…………」


 完全にフリーズしていたりする。頭の処理が追いついていないようだ。

 依頼について説明してもらうはずが、どういうわけか握手をして認められ、さらに専任ハンターの話になっているのだ。


「む、どうしたのじゃ?」


 そんなネロの様子を見て首を傾げるミズキと、それも仕方あるまいと力なさげに首を振るローラン。

 少ししてやっと自分に話しかけられている事に気付いたネロが咳払いを一つ。


「んんっ……失礼しました。それで、依頼の件でしたね」

「ほほう……度胸が据わっておるのう、話を変えよったぞ。それに、妾と喋る時にはそんな畏まらんで良い」

「分かった、それならそうさせてもらう」


 ネロの様子をみてクスクスと笑うミズキ。

 だが、これ以上時間を使うのも無駄と思ったのだろう、詳しい説明を始めた。


「実はの……妾は情報屋としてハンターギルドのみならず、ここエイビスバールに駐留する他国の連中にも情報を取引しておる」


 ここエイビスバールは、国に属さない独立都市だ。

 というのも、この都市にはモンスターが発生する場所が何カ所もあり、そこの素材を求めて各国が何度となく自領にしようと攻め込んだ。

 だが、どこかの国が欲を出せば他の国は連合して叩きに走り、さらには住民を守るためにハンターギルドも敵に回るといった始末。

 それを何度か繰り返した後、この場所は相互不可侵の条約により守られた土地となったのだ。

 領主は昔からこの都市で力を持っていた一族が務め、各国の代表者との合議制で行政を行っているらしい。


「だが……当然ながら少しでも利益を得ようとする者もおってのう……」

「まあ、付きものだな」

「うむ。だが、それにかこつけて素性の悪い連中がちらほらと現れ始めてのう……同時に失踪者も出てきておる」


 どうやら、最近ハンターの失踪や、駐留国の調査員の失踪が見受けられるらしい。

 恐らくは盗賊団など質の悪い連中と考えられるが、如何せんハンターギルドも単騎で集団の相手を出来るほどの力を持つ存在は多くない。

 そのため、ちょうど良いタイミングで現れたネロに白羽の矢が立ったということのようだ。


「しかし、調査とはいえ、俺はこの都市について不案内なんだが」

「それは心配せんでよい。場所は決まっておる」


 都市全体から失踪者を捜せと言われたのであれば、それは不可能だろう。

 だが、場所が決まっているのであればまだ限定的な範囲での捜査になるためどうにかなる。


「どこだ?」

「うむ。この都市にはモンスターの発生しやすい建造物がある。その内の一つ……」


 そこで目を閉じ、一つ深呼吸をしたミズキは、目を見開くと同時に告げる。


「――第1モンスターエリア、【シラクロフの塔】じゃ」


 ◆ ◆ ◆


 ネロはギルドから出て、フードを被る。

 ギルドでは外していたが、あまり目立ちたくないという理由からフードで顔を隠していた。

 ネロの着用する【グリムローブ】だが、調べたところ隠蔽の効果があるようだ。

 特にフードも着用することで、人物認識をあやふやに出来るらしい。

 そのためフード着用状態で動くと、激しく動かない限り周囲から気付かれない。

 もちろん、「人がいる」とはなんとなく認識出来るのだが、「誰なのか」というのが分からなくなるような具合だ。


(森から抜ける前に気付いていたら、もう少し楽だったのにな)


 ギルドでも目立たなかったかも知れない、と思いつつ街道を歩く。

 とはいえ、あの時は魔剣解放も絡んでいたため、否応がなく周囲の注目は浴びたに違いないのだが。

 いずれにせよ、依頼を受けることに決めたネロは報酬の話をした上で正式に依頼を受領した。


『よろしく頼むぞ、ネロ。それと、夕方頃には妾のところに来るのじゃ。絶対じゃぞ』


 本当は依頼完了後の報酬として得るつもりだった宿の話だが、ミズキは何故か今日から下宿として使って欲しいと言い出してきた。

 もちろんネロとしては願ってもないので、二つ返事で了承している。


「さて……」

《どうするの?》

「まずは図書館だな」


 ネロはローランから聞いた図書館に向かうことにした。

 もちろん本当はすぐにでも探索に赴くべきなのかも知れないが、この世界の事情に通じておく事も必要だろう。

 ギルドから出てしばらく歩くと、ギルド周辺とは異なる雰囲気に変わってくる。

 ギルド周辺が活気溢れる活動的なエリアだとすると、こちらは少し歴史を感じる……ある意味すこし日陰の場所というべきだろうか。

 ここは馬車は入らないような道幅となっており、人気も少ない。

 その途中で、街の上側に向かうための階段を上る。

 このエイビスバールの特徴として、一部のエリアが上下の階層に別れることで住居や小売店など、大きな場所を必要としない建物の存在を増やすことができている。

 ただ、そういった場所は馬車が入れないので、大きな商店のような大口の仕入れは出来ないというデメリットも存在する。

 さて、そんな場所を通過すると、正面に大きな建物が現れる。

 そこは、様々な国の書物を収めた叡智の宝庫。

 同種の建物の中では、他国でも見られないほどの大きなその場所は、エイビスバールの図書館だった。


「でかいな……」

《圧倒的だね……》


 エルヴィラですら驚きから無言になるほどの図書館。

 門の前には、警備兵が立っている。



 図書館に近付きながら、フードを脱ぐ。

 流石に警備兵に対してまで自分を隠す必要はないだろう。

 図書館の前に立つと、警備兵が声を掛けてきた。

 

「すまないが、証明書かなにかあるか?」

「ギルドカードでいいか?」


 ギルドカードを渡すと、警備兵はそれを確認してからノートにメモを取り返してきた。


「入って良いのか?」

「ああ、大丈夫だ。詳しい図書館の使い方は中の司書に聞いてくれ」

「分かった」


 警備兵に手を振り挨拶をして、ネロは図書館の中に入った。

 中に入ると、窓がないためにランプで仄かに照らし出されたエントランスが広がる。


(えらく高級感がある場所だな)


 エントランスに入っただけでも、そこに置かれるソファーやサイドテープルが目に付く。

 艶やかに磨かれた木の輝きは、用いられた技術の高さを余すところなく伝えてくる。

 地面も大理石であるので、建てるだけでなく維持するにも相当な金額がかかるだろう。

 とはいえ今日の目的は図書館の見学ではないので、気を取り直して奥に進む。



 エントランスを越えると、今度は正面に広いカウンターが見える。

 そこには受付が4人並んで座っており、その奥では何人もの司書が本を持って忙しく動いていた。

 その様子を見ながらネロはカウンターに近付く。


「ようこそ、エイビスバール図書館へ。証明書の提示を……そして本の閲覧には保証金として銀貨5枚いただいておりますが、よろしいですか?」


 本は1冊作るだけでも手間と時間がかかる。

 特に他国の書籍も保管している有数の図書館なので、このくらい必要なのも仕方がないのだろう。

 そんな事を考えているネロに対し、職員は少し焦ったかのように言葉を付け加える。


「あ、説明不足ですみません。保証金は図書館を出る際に4枚返却されますので」

「ん? ああ、なるほど」


 ネロの反応が無かったためか慌てつつ説明を付け加える職員。

 ただ、ネロは別にそんなつもりはなかったので、逆にネロの方が驚いたようだが。

 とにかくネロはギルドカードと銀貨を出して職員に渡すと、職員がギルドカードと番号札を渡してくる。


「退館時にこれを渡していただくと、返却しますので無くさないでくださいね。さて……どんな本をお探しでしょうか?」


 どうやら、これを図書館から出る際に渡すようだ。

 さて、ネロに声を掛けてきたのは20代半ばの眼鏡を掛けた男性。

 七三にピチッと分けられた髪は、彼の生真面目さを表しているようである。


「ああ、この都市と周辺国、そして歴史の本はあるか?」

「ええ、かしこまりました。……このエリアになりますね。折角ですからご案内いたしましょう」


 そう言って職員が出してきたのは、図書館の地図だった。

 膨大な蔵書量を誇るが故に広く、そして縦にも大きい図書館から書物を探し出すのは苦難の技だ。

 そのため、どの辺りに利用者の望む本があるかを示す地図が各所に貼られているらしい。

 どうやら歴史書などはカウンターの近くのエリアにあるらしく、わざわざ職員が出てきて案内をしてくれた。


「この辺りはエイビスバールの歴史と地理情報ですね……この棚にはエイビスバール関連の書物がまとめてあります。こちらの棚がその他の歴史書になりますね」


 どうやらエイビスバールについての情報は閲覧する人が多く、まとめて同じ棚に置いているらしい。

 まあ、その棚の大きさも非常に大きく、上の方にある本ははしごで取る必要があるのだが。

 とにかく目的の本が見つかったため、何冊か取り出して閲覧机に座って読み始めるネロ。


《ふーん……》


 視覚を共有しているらしいエルヴィラも興味深そうに読んでいる。

 時折《え!?》とか《聞いたことないな……》などと呟くので、少しネロの気が散るのが玉に瑕である。

 とはいえ、エルヴィラが呟くところには重要な情報も載せられており、なんだかんだと助かっているところからして、やはり間違いのないコンビなのだろう。



 そうこうしているうちに時間は過ぎていき、職員が退館を促しに来た。


「すみません、もう閉館時間なので……」

「あ……もうそんな時間か、すまない」


 んーっ、と身体を伸ばすネロ。

 首を左右に捻ると、コキコキと小気味よい音がする。

 それなりの時間を読書に熱中していたため、身体が固まってしまっているようだ。


「本は、元の位置に戻しておいたら良いのか?」

「あ、いえ……こちらで確認するので、その棚に置いていただけますか」


 そう言って指差す職員の先には、小さめの棚が置いてあった。

 どうやら本に汚れであったり破損といった、問題がないかを確認するようだ。


(なるほど、ギルドカードも見られているから、破損させていたら請求されるってところか)


 割と厳重に管理されている図書館に納得しながら、ネロは外に出る。

 既に夕方となり、空がオレンジ色に変化しているようだ。

 周囲の住宅も暗くなってきたために灯りを灯し、その漏れた光が街道を暖かく照らしている。


「これはこれで、趣がある街並みだな……」


 そんな事を呟きながら、ネロは帰路に着くのであった。


 ◆ ◆ ◆


「お、やっと帰ってきたのじゃ」


 ネロが【ソーラス情報屋】と書かれた看板が掲げられた建物に入ると、カウンターの奥からそんな声が聞こえてきた。

 ネロが目を向けると、そこには和服に似たドレスを着用し、片手に羽の扇を持ったミズキの姿が。


「すまない、遅くなった」

「うむ、あと数分遅ければ鍵が掛かっておったぞ」

「マジか……」


 まさかの締め出しである。

 だが、ネロの戦慄したような表情をみてミズキは相好を崩す。


「ふふっ、冗談じゃ。じゃが、朝帰りはしてくれるなよ? それなら先に外泊すると言っておくのじゃ」

「どういう心配だ……」


 なんとも微妙なお願いをされ、困った表情でこめかみを押さえるネロ。

 どうもミズキは人を揶揄って楽しむ節があるようだ。


「まあ、これは妾の数少ない楽しみじゃ、許してたもう。故に……というわけではないが、美味しい夕食を準備したでの。待っておったのじゃ」


 そう言うとネロの手を掴み、ズンズンとカウンターの奥に入っていくミズキ。

 どうやらカウンターの奥が住居になっているらしく、仕切りとなっている扉を潜り、廊下を通り抜けると、そこにはテーブルと、その上に所狭しと乗せられた食事が目に入る。

 籠に盛られた白パン、肉と野菜がしっかりと煮込まれ、調和した香りを漂わせるシチュー、彩りよいサラダ……などなど。


「……これ、全部作ったのか?」

「いや、妾が全部作ったわけではない。もちろん、多少は手を出しておるがの」


 雰囲気からすると、料理人を雇っていそうな位の高い人物のように見える。

 だが、並べられた料理の種類や、「多少手を出した」と言えることからすると、意外と家庭的な人物なのかも知れない。

 ミズキは、驚きで本日2度目のフリーズをしているネロの背中を押し、席に座らせた。


「さ、食べるとしようかの。どれでも好きなものを取って良いぞ」

「……ああ、いただきます」


 ミズキに勧められるがままに食事に手を付けるネロ。

 サラダを取り分け口にすると、爽やかな柑橘系のドレッシングがアクセントになり食欲をさらに増進させる。


「凄いな……美味い」

「そうか、そう言われると嬉しいのう。準備した甲斐があるというものじゃ」


 そう言いながら自分も食事に手を付けるミズキ。

 二人で会話をしつつ、食事を楽しむ。


「今日はあれから何をしておったのじゃ?」

「図書館にな。色々調べたいことがあったし」

「なるほどの……勉強熱心なのは良い事じゃ。じゃあ、驚いたじゃろ?」


 ミズキも色々調べる時に図書館を使うらしい。

 そこからは図書館についての話に移っていく。


「あの図書館、何代か前の領主が私財を使って建てたものでの、本棚には状態保存のマジックアイテムを使い、空調用のマジックアイテムを使い……と相当な金を掛けたのじゃ」

「内装……というかエントランスも凄かったがな」

「うむ。じゃがおかげで、本が簡単に劣化することもなく読める。それこそ古の文献なども、奥の禁書庫にあってのう……」


 どうやらあの図書館、表に見えている部分以外にも色々あるようだ。

 禁書庫というからには、相当貴重な本や資料も収められているのだろう。


「いつか、禁書庫も見てみたいな」

「そうじゃなあ……アレばかりは領主の許可がいるからのう。あるいはこの都市で凄まじい功績を残せば、それも可能になるやも知れんな」

「途方もない話だな……」


 しかし、禁書庫はどうやら領主の管轄らしく、簡単に入れる場所ではないらしい。

 あまり目立ちたくないネロとしては、目立つ功績を上げるつもりもないので諦めるしかないか、と思いながら食事を口に運ぶ。


「途方もないというが、お主なら意外とどうにかなりそうじゃがの」

「変な期待を掛けるなよ……」


 からからと笑うミズキ。

 そんな話をしている間にテーブルに出ていた食事は全て消えていた。


「ふぅ……ごちそうさま」

「うむ、お粗末様なのじゃ。しかしよう入ったのう」

「美味しかったからな。それに、この都市に来るまで碌なものを口に出来てなかったから……」

「……苦労したんじゃのう」


 わざとらしく目元を覆うミズキ。だがその声音からして、ネロへの同情が溢れていた。

 どうやら相当大変な生活をしていたと思われたらしい。


(なんか誤解されている気がするけど……まあいいか)


 別に食事が摂れていなかったわけではない。ただ、一度死にかけただけだ。

 だがわざわざ誤解を解くために説明するのも何なので、それ以上は何も言わず食器を片付ける。


「む、食器の片付けはこっちでするぞ?」

「いや、お世話になるんだから、このくらいはな。それに食事も作ってもらっているんだし」

「律儀なやつじゃ……ふふっ。じゃが……」


 ネロがキッチンの洗い場に食器を持っていくと、その後ろについてきたミズキが少し笑って指を振る。

 瞬間、バランスボール大の水球が現れ、食器を全て包んでしまう。


「なっ!?」


 そしてしばらく水球の中で食器が動くと、徐々に水の中で食器が重ねられていく。

 そして水球が洗い場横の調理台の上に近付くと、水の中で食器が下がっていき、調理台の上に下の皿が載る。

 同時に水球は上に上がっていき、最後には汚れを拭くんだ水球は洗い場の排水溝に流れていった。

 残ったのは調理台におかれた、水滴一つも付いていない綺麗な食器。


「……驚いた」

「ふふん、どうじゃ凄いじゃろ? 妾くらいの術者になるとな、この位は朝飯前じゃ」


 使っている魔法は単純な水系統の魔法だろう。

 だが、その中で食器を動かしたり、水滴を残すことなく食器から取り去ったりするというのは、生半可な魔法制御力では行えない事だ。

 逆にそれだけの緻密なコントロールを行えるということは、それだけの力を持つ術者である事の証明とも言える。


(一体この人は……何者?)


 最初会った段階から普通の人では無いと思っていた。

 しかし、一体どのような存在なのか、ネロはミズキを見ながら思考を巡らしていた。

 対するミズキはというと、そんなネロの視線を何だと思ったのか、「そんな熱い目で見てくるとは……妾の心がヤケドしちゃうのじゃ♪」などと宣っていたが。

 ネロがなんとも言えない表情で溜息を吐いたのは、言うまでもない。


 ◆ ◆ ◆


 夜。

 食事も終わり、ネロは与えられた部屋で一人くつろいでいた。

 アクティブ状態にしていたキュイラス、ローブを全て解除すると、タートルネックのようなシャツに、伸縮自在の細身のパンツを着た状態の姿が現れた。

 このアンダーウェアはザンクトシュタッド騎士団で普通に採用されていたもので、ネロはアイテムポーチ内に何枚か予備を入れている。


(下着類は消耗するから、折を見て見に行かないとな)


 そんな事を考えつつベッドに寝転ぶ。

 さて部屋の広さは大体8畳くらいだろうか、一人部屋としては十分すぎる広さである。そこにベッドと、簡素な机と椅子だけが置かれていた。

 そんな部屋のベッドの上で、ネロはエルヴィラと会話している。


《図書館で見た内容だが、どう思う?》

《そうだね……明らかに別世界だと思うけど》

《だよな……》


 図書館で得られた情報。それは、案の定というべきか、驚くべきものというべきか。

 なにせ……


《見覚えのない地図に、土地の形。さらには国や都市の名前まで違うからねぇ……》


 エルヴィラの溜息交じりの声がネロの脳内に響く。

 エルヴィラと共に周辺の地図や地形、国々を調べたところ、全く知らない場所であるということが分かったのだ。

 ザンクトシュタッド王国などどこにもなく、さらに言えば今いるエイビスバール周辺には大きい都市などどこにもない。

 隣接する国というのは存在するが、それらの国の王都はかなり離れている。

 そしてエイビスバールの周辺には、ネロたちが出てきたセルヴマグナの森だけでなく、多くの森が存在しており、周辺国からここにやってくるのにもそれなりに苦労するであろう場所というのは明らかだった。


《……こうなると、何かの弾みで世界を跨いだって事か》

《だよねぇ……何が起きたか分からないけど、多分ね》


 それにしては言語が同じであったりするというのは何なのだろう、と思いつつも全く何の回答も得られるはずがない。


《考えられるのは……ザンクトシュタッドがあった世界と似た、平行世界とか、な》

《平行世界?》

《ああ。言うなれば、俺たちがいた世界が「辿らなかった」世界……一つの可能性の世界ってところか》

《うん、わかんない》


 エルヴィラは考えることを放棄したようだ。

 もちろんネロとしても、今の説明はなかったか……とは思ったのだが、それ以上説明するのも面倒に感じて説明放棄した。


《……まあ、考えたって仕方がないか》

《そうだね……それよりも、さ》

《ああ、分かっている》


 エルヴィラの言わんとしたことを理解し、ネロは図書館で見た一つの歴史書を思い出していた。

 そこには、「異世界からの侵略」について描かれた本だった。

 司書も『眉唾物ですよ?』と言っていたのだが、妙に気になったため読んでみたのである。

 その本に登場するのは、今のエイビスバールの前身……エルドラン連合王国と、それに侵略を仕掛けてくる敵。


 ====================


 エルドラン王国は平和で、数多くの異人種を含め大勢の人々が暮らす連合国家だった。

 だがその崩壊の序章は、思わぬ形で幕を開けるのである。


 あるとき、周辺国の一つであった名もなき小さな国と接する形で、異形の渦が生み出された。

 だが、その異形の渦は動くでもなく何か出てくることもなく、ただその場に佇むのみ。


 しかし半年ほどして……突如見知らぬ人間の軍隊が現れた。

 その軍隊は小さな国に向かって突然攻撃を開始し、その国を蹂躙し滅ぼした。


 その国と同盟国であった獣人族のとある王国は、その人間たちの軍隊に向かって宣戦布告し、正面から誇りを掛けた戦いに臨もうとした。

 だが、人間たちの軍隊は耳を貸さず、獣人族の軍に奇襲を仕掛け、捕虜として連れ去った。

 それは、人と異なる姿をする彼らを、売り物にするため。


 その事実を把握したエルドランは、その強大な軍事力を持って外なる人間たちの軍を打ち倒していった。

 だが、外なる人間も黙っておらず。

 外なる人間の軍隊は、とある4人の者たちを連れ戦場に戻ってくる。


 ――たった4人で何が出来る。

 誰もがそう思った事だろう。だがすぐに、それは誤りであったことを知る……自分たちの命によって。


 先頭を征くは神々しくも禍々しい剣を手する剣士。

 そしてそれを援護するは、正確無比に、ただ冷酷に千の矢を持って命を狩る、狩人の姿。

 さらにはあらゆる魔法を操り、有象無象一切合切の命を奪う、闇の魔道士。

 それらの殺戮者に一矢報いんと攻撃を仕掛けても、4人の最後――白き法衣を纏う巫女により、全ての攻撃は退けられ、殺戮者共は回復していく。


 万事休す。最早打つ手はない。

 誰もがそう感じたことだろう。

 だが、エルドランは――かの美しき国は、その心身を賭して世界を救ったのだ。

 エルドランの王墓……そこには我々の理解の及ばぬ存在があることは、有識者ならばご存じだろう。

 それは……それは明らかに人知を超えた存在。

 エルドランの王墓より来たるその存在は、過たず侵略者の軍隊を消滅させた。

 4人の殺戮者はその存在と戦うが、結局はその力の全てを奪われ、撤退を余儀なくされたようだ。


 そして――敵が全て去った後、その存在は役目を終えたかのように消えていく。

 エルドラン王都の崩壊と共に。


 故に我らはその存在をこう呼ぶ――――魔王、と。


 かくて美しき平和の象徴エルドランは崩壊した。

 だが我らは忘れてはならない。

 気高きかの王国は、その心身を賭して世界を守ったのだ。

 そして努々忘れてはならぬ。

 もし、またこの世界が侵略されるときには、かの魔王が現れるであろう。


 ====================


《……この話な。最早お伽噺と思われている節があったが》

《うん……でもね、似てるんだ》

《似てる?》

《うん……》


 歯切れの悪いエルヴィラ。

 不思議に思いながらもネロはエルヴィラの言葉を待つ。

 少しして、エルヴィラが口を開いた。


《実はね……この話に似たものが、ザンクトシュタッド王家に伝わっているんだ》

《なっ……》


 エルヴィラの話は続く。

 見ている側が異なるが、冒頭の部分と同じく大きな"渦"が現れたこと。

 そこに入ってみると、見知らぬ土地が広がっていたこと。

 それを知った国が、向こうの土地を得るために軍隊を組織し、調査団を送ったこと。

 人同じ二足歩行でありながらも、姿形の異なる獣のような存在がいたこと。


《そしてその話の中には、言葉は通じなくても明らかに社会を作っている人間や獣人たちの存在が明らかにされていた。ご先祖様は、どうにかして繋がりを作ろうとした。でも……》

《……教会、か?》

《……そういうこと、だね。教会は人間ではない彼らを獣扱いして、そして彼らと一緒に生活する人間は異教徒だ、蛮族だと決めつけて――虐殺を命じた》


 恐らく教会は、世界が異なると言うことを理解できていなかったのだろう。

 同じ世界でありながら異なる言語、文化、常識のもとに生活している存在を認めたくなかったのかも知れない。

 いずれにせよ引き起こされたジェノサイドは、当然こちらの世界からすれば許されるものではなくなったわけだ。


《……そして、戦争が始まった》

《そう、しかも"勇者"を召喚してだね……当時の教会は相当な力を持っていた。国王の戴冠式だって、教会の承認の元に行うくらいだったからね。当時の国王や王族の苦悩が、その話には書かれていたよ》


 なんとも陰鬱になる話だ。

 今でこそザンクトシュタッドは教会に対しそれなりの力を持っているが、昔は教会の方が力が強かった。

 そのため、教会の命令であれば例え国王といえど下手に反対できなかったのだろう。


(あのクソ共め……碌な事をしないな)


 ネロもエルヴィラも、教会によって切り捨てられた存在だ。

 教会に対する恨み、憎しみというのは元々強い。

 だが、もし昔からこのような事を行っているのであれば、怒りを通り越して呆れてくる。

 最早世界の害悪として考えるべきなのでは……とすら思えてくるのだ。


《……王家に伝わる話は、教会は知らないのか?》

《どうだろうね……でももしかしたら、今王家が教会に対してそれなりの権威を振るえているのは、そこにあるのかも》

《なるほど……脅迫材料という訳か》

《ま、あくまで推測だけど》


 いずれにせよ理解できたのは、この世界でお伽噺とされる話は本当の歴史を示している可能性がある、ということだ。

 さらにこれが真実ならば、このエイビスバールの存在する世界と、ザンクトシュタッド王国の存在する世界は、わりかし近くに存在しており、またもや繋がる可能性があるということも考えられる。


(そうなれば、この恨みを晴らす機会があるかもな)


 世界が異なるといえど、いずれは繋がるかもしれない。

 そうなれば、またザンクトシュタッドの土地を踏めるかも知れないのだ。


《しかし……まだ絶対真実だと言えないところが辛いか》

《それはそうだけど、色々調べることで分かるかも知れないね》

《……そうなれば、今後もこちら側に味方していた方がいいのかもな》

《そうだね。もしかしたら今回の勇者召喚も、世界が近付いたからなのかも知れないし》


 そんな事を話しながらも、ネロは思う。

 自分は、さほどザンクトシュタッド王国に対して思い入れはない。あるとすれば、仲の良かった騎士団の面々くらいなので、仮に聖堂騎士たちに剣を向けることになっても心は痛まないし、王国騎士たちを相手にするにしても手傷を負わせる程度で撤退させられるかも知れない。

 さらに上手にやれば、騎士団を丸々引き込むことができる可能性もあるのだ。

 だが、エルヴィラにとっては違う。彼女にとっては生まれ育った国。自分以上に友人であったり、恩人であったりという人間が居るはずだ。

 彼女が自分の一部になっているとはいえ、良い気分がしないのではないか?

 そう思っていたところ、エルヴィラが話しかけてきた。


《本っ当に君は心配性だよね、ネロ。確かに騎士団についてはボクも仲が良いよ。でも、それ以外にはいないかな》

《……分かったよ。騎士団についてはまた考えよう》


 いずれ来るだろう接触の時を思いつつ、ネロは切り替えるために頬を叩いた。


《よし! まあ今考えても仕方ないな、確証もないし。とにかく、明日からの依頼を考えることにしよう》

《うん、それがいいよ!》


 エルヴィラが元気に頷く。

 色々考えなければいけないことはあるものの、今はとにかくこの生活をきちんと成り立たせることだ。


《さて……明日は一体どうなることやら》

《楽しみだね。……そろそろ寝る?》

《ああ……いや、身体を拭いてからな》


 そう言って、ネロは身体を拭くためのお湯とタオルをもらいに行くのであった。


 ◆ ◆ ◆


 翌日、ネロの姿は【シラクロフの塔】の入り口にあった。


「よし、入って良いぞ――待て、お前の許可証は剥奪されたはずだ! おい、そいつをつまみ出せ!」


 どうやら許可証を持っているものは通れるようだが、何らかの理由で許可証が剥奪された者たちはつまみ出されていく。

 塔の管理はハンターギルドが行っている関係で、門番をするのもハンター、あるいは元ハンターの職員だ。

 そのため、腕っ節は折り紙付きであり、例えフルメイルを着ていようが即座に動き、怪しい人物を捕らえる事が出来るようだ。


「――よし次! ……若いな」


 ネロの番となり、ネロがギルドカードを見せる。

 許可証と言っても何か書類を持つのではなく、ギルドカードに探索許可のアイコンが記載されるのですぐに分かるらしい。


「ふむ……お前が噂の"魔剣の主"か……」

「え?」


 ネロの顔をしげしげと見ながらそう呟く門番のハンター。

 だがそれ以上は言うことなく、ニヤリと笑ってギルドカードを返却してくる。


「頑張れよ」

「? ああ」


 他の者たちとは違い、ネロにフレンドリーに接してくる門番。

 それを不思議に思いながら、ネロは【シラクロフの塔】に入っていった――。

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