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002話

 音が聞こえる。

 鼓動の音だ。


 匂いを感じる。

 大地と、草木の匂い。自然の匂いだ。


 土の軟らかさを感じる。

 手に触れる固さを、冷たさを感じる。


 手に触れるものが金属であると認識できる。

 全身を苛むものが、痛みであると認識できる。


 自分が、倒れている事を――理解している。


「ぐっ……」


 思わずうなり声を上げてしまったことに気づき、周囲の気配を探る。

 だが、特に周囲には何の気配もないようだ。


 両手を地面につき、身体を起こそうとするが上手く身体を起こせない。

 全身が軋むような痛みで悲鳴を上げており、どうにもこうにも立ち上がれないようだ。


 だが、この場に留まることを心が拒絶する。

 そのため必死に身体を起こし、手に触れた金属を握り締めて杖をつくかのように身体の支えとしながら移動する。


 しばらく動くと、徐々にではあるが身体が自由に動くようになったようだ。

 ふと、自分の手にある金属を見てみる。


 それは、真っ黒な大剣だった。

 いまいち思考が定まらないが、少なくともこれは自分のものだと認識出来るので、背中の固定具に大剣を収めて背負う。


 この固定具は大剣全体を覆わない。

 あくまで大剣の重心の辺りだけを覆っており、そのため戦闘時にはすぐに抜き放つことが出来るのである。


 ()が周囲を見渡すと、何本もの木々が並んでいるのが分かる。

 つまりここは森だな、と理解しながら、特に目的の場所があるわけでもなく歩き続ける。


 時折、動物やモンスターの気配を感じるが、特にこちらを襲うような様子は無い。

 そのままなんとなく彼が歩いていると、木々が途切れ、小川が流れているのが分かった。


 なんとなく喉の渇きを認識したので、彼は小川に下りて行き、水面に顔を近付けた――。


「って、誰だこれ!?」


 思わず、といった形で川から飛び退るのは――直蔭だった。


「……っていうか、あれ……生きてる……?」


 自分が声を発し、動けたことでどうやらやっと自分の状態を理解できたらしい。

 そのまま自分の顔、頭、腕、胸など全身を余すところなく触れる。


(ど、どうやらゴーストでは無いみたいだ……ちゃんと足もあるし……)


 そう考えつつも、未だに理解が追いつかない。


(俺は確か……)


 思い返してみると、自分は確かにグリムリーパーの攻撃を食らって死んだはず。

 力尽きたエルヴィラを抱き締めたまま、その状態で後ろからグリムリーパーの大鎌で貫かれた。

 自分の胸を貫通し、エルヴィラまでも突き刺した死神の刃を、実際に見ていたはずだ。


 だが、どういうわけか直蔭は今生きているのだ。

 不可解な状況であると同時に、命が無事だったという喜びもある。


 とにかく一旦落ち着こう。そう思った直蔭は再度川の縁に跪き、顔を洗うために手で水を掬って顔に――。


「んん!?」


 思わず仰け反る直蔭。

 明らかに挙動不審なのだが、それも仕方ないだろう。


「……俺、顔の形変わってね?」


 ◆ ◆ ◆


 結局、何度見返したところで水面に映る自分の姿は変わらなかった。

 この時点で直蔭は気付いていないが、多くの部分での変化が起きている。


 例えば元々、直蔭は黒い髪だったのだが、今ではアッシュカラーになっている。

 さらに、瞳も片方が菫色、もう片方が榛色というオッドアイだ。


 輪郭にせよ顔のパーツにせよ変わっており、もし10人が評価すれば皆が「イケメン」と評価するであろう見た目になっている。

 何故こんなことになっているのか……必死に考えてみるが、一向に答えは得られない。


 だが、改めて自分の顔を見ていると、誰かに似ている気がする。

 例えば……


(菫色の瞳とかな……エルヴィラと同じ色だ。……ん? エルヴィラと同じ色!?)


 一瞬で顔面蒼白になった直蔭。

 自分が死ぬ直前まで抱きしめていた存在。彼女はどうなったのか……


 もしかしたら遺体を放置してしまったのだろうかと、焦燥感に苛まれつつ動こうとした瞬間――。


《ナオ! ボクはここだよ!》

「な!?」


 直蔭の脳内に響く声。

 それは聞き間違えようが無い、エルヴィラの声だ。


「エルヴィラ!? 生きていたのか!? どこにいる!」


 思わず声を上げる直蔭。

 森では大声を出すことは危険なのだが、それすら頭から抜け落ちてエルヴィラを探そうと声を上げる直蔭。

 だが、それを分かったかのように脳内の声が割り込んだ。


《ちょっとうるさいって! 声に出さなくてもナオの言葉はボクに伝わってるからさ!》


 怒ったようにそう告げるエルヴィラの声。

 流石にエルヴィラに「うるさい」と言われては、直蔭も声を落とすしかない。


「わ、分かった……だが、本当にどこにいるんだ、エル?」

《うーん……それを説明するのは簡単なんだけどさ。まず、ボクと喋るには声に出さずに、心の中で返事するだけで良いよ》

「は? 心の中?」


 そう言われても、どうしろと……と思う直蔭だったが、なんとなく脳内の声に向かって話しかけるつもりで考えてみる。


《こんな感じ……か?》

《お、そうそう。それで大丈夫だよ》


 エルヴィラからの了承をいただき、ホッとする直蔭。

 だが、まだ大きな疑問は解決していないので話しかける。


《それよりも! エルはどこにいるんだ? 森の中か?》


 そう尋ねると、エルが困ったような表情をして苦笑しているのが直蔭には認識できて(・・・・・)しまった。

 そのことを不思議に思いつつ、もしエルヴィラの遺体が聖堂騎士に見つかった場合に起こり得るであろう悪い予想が頭に過る直蔭。

 それに頭を悩ませていると、脳内にエルの声が響いてくる。


《……心配してくれてありがとう、ナオ。でも、ボクの身体については心配しないで。ナオが考えることにはならないから》

「そ、そうなのか!? というか、なんで俺の考えが!?」


 思わず口に出す直蔭。

 その様子に対して、クスクスと笑うようなエルヴィラの表情が直蔭の脳内に浮かんでくる。


《また声に出てるよ、ナオ。……さて、答えを教えてあげるね》


 そう言うと一つ溜息を吐いたようなエルヴィラの気配。

 少し躊躇いがあるようだが、すぐに意を決したように口を開いた。


《実は……ボクの身体も魂も、君に吸収されちゃったみたいなんだよ、ナオ》

「は、はあああああぁっ!?」


 ◆ ◆ ◆


《……全く、ナオにしては珍しく同じポカを繰り返してるね》

《…………面目ない》


 シュン、とした表情で地面に正座する直蔭。

 というのも、何度となく脳内会話を口に出してしまうという状態なのである。

 もし街中でやらかそうものなら……一人会話をする危ない人になってしまう。


 それで、エルヴィラは今のうちに脳内会話に慣れてもらおうと、必要性を切々と訴えたのだ。

 別にお説教をされたわけではないのだが……やはり正座になるところからして、直蔭としても自分の失態を理解しているのだろう。


《ま、早めに慣れてね。それよりもさっきの話の続きだ……》


 そう言うと、エルヴィラは言葉を続ける。


《ボクが死んだ次の瞬間……本当にすぐだけど、ナオはグリムリーパーの一撃を食らった》

《ああ》


 そこまでは直蔭も覚えている。だが、その後が分からない。


《その瞬間、死ぬはずだったナオは何らかの力を発動させ、グリムリーパーを……吸収してしまったんだ。同時に、死んでこの世界から消えるはずだったボクの魂も、ね》

《まさか……じゃあ、俺の変化は……》

《間違いなく、ボクの身体を吸収したからだろうね。グリムリーパーを吸収したことがどのような影響をもたらしたかは知らないけど……》


 そう言われると納得できる、と直蔭は思った。

 髪の色は、自分とエルヴィラの髪の色を足した状態。

 瞳の色は、少なくとも片目はエルヴィラのものと同じ。

 顔のパーツも誰かに似ていると思ったのは、エルヴィラだったのである。


《……しかし、想像も付かないな》

《ボクだってそうだよ。……まあ、いずれにせよ死ぬ寸前だった君の身体は修復され、死んだはずのボクの魂はナオに吸収された。他の変化としては、装備かな? ボクが周囲を感知したり、あるいは周囲と会話するための端末であるネックレスがあるのと……君の武器が変化して、ボクがコントロール出来るってことかな》


 と、エルヴィラはさらに驚きの事実を告げてくる。

 直蔭は、そういえば何かぶら下がっていたなと胸元に目を向けた。


 するとそこに下がっていたのは、美しい宝玉のネックレスだった。

 中央の宝石は陰陽玉のように色が分かれつつも、その境目がグラデーションになって独特な調和を見せている。

 そしてその宝玉を固定するのは、銀色と金色で装飾され、編み込まれた籠のような台座。


《これか?》

《うん、それだね。ボクはそのアーティファクトと言っても過言ではないアイテムを通して、外を認識することが出来るんだ。もちろん、ナオの視覚情報などからも集めることは出来るんだけどね……》


 エルヴィラは直蔭に吸収されているので、直蔭の思考だけでなく感覚器官の共有も出来る。

 だが、それをすると得られる情報にも限りが出てしまうため、ネックレスを端末として感覚を持っているらしい。

 さらに、宝玉の力として視覚聴覚を超える感覚を得ているため、直蔭との感覚共有はあまり必要とは言えない。


《ああ、ちなみにナオの武器にも意識を共有することが出来るよ。その関係で君の武器は、君が死なない限りは壊れないものにもなっている》

《はあっ!? それって魔剣みたいなものじゃないか!》


 自分の武器がまさかの魔剣となるとは……下手に使えないのだろうと考える直蔭。


 魔剣というのは、別名「生きた武器(リビングウェポン)」とも呼ばれ、何らかの人物や魔物の意思が憑依したものと知られている。

 それは多くの場合、使用者の寿命であったり魔力であったりを対価として奪い、対価を得られないと魔剣が判断した段階で使用者を死に至らせる、あるいは精神を乗っ取る恐るべき武器として知られているのだ。


 直蔭が、自分の武器が魔剣になったと聞いて驚くのも仕方がないだろう。

 だがその反応も理解しているエルヴィラは、説明を続ける。


《心配しなくても大丈夫だよ。大体、武器に宿る意思はボクの意思だよ? それに武器自体に意思があったとしても、それは全てボクの管理下にあるようなものだ。ナオの意識を乗っ取るなんて、させるはずないじゃないか》


 そう言われるとそうか、と納得する直蔭。

 あくまで自分がエルヴィラを吸収したことで起きた変化だというわけだ。


《そうか……ありがとう》

《どういたしまして》


 嬉しそうな様子でそう返してくるエルヴィラの声。

 だが、ふとある事に気付いた直蔭は、エルヴィラに尋ねる。


《なあ、エル》

《ん?》

《……お前は、それでいいのか?》


 直蔭にとって、どうしてもエルヴィラに尋ねたいことがあった。

 どのような答えになるか、恐ろしくもあり、だが聞かなければいけないことだとも思う。

 意を決して、直蔭は質問を続けた。


《お前を吸収して……ある意味お前は俺に束縛された状態だ。本来人として生き、人として死ぬはずだった『エルヴィラ』という存在を、俺は歪めたんじゃないか? それを……受け入れられるのか?》


 現状の把握のため、直蔭はエルヴィラの説明を受けていた。

 事実自分が把握出来ていない部分を教えてくれているエルヴィラには、感謝しかない。

 だが、一旦落ち着いて考慮すると、本来はあってはならないことが起きたとも言えるのだ。


 死ぬはずだったエルヴィラと直蔭。

 そのあるべき運命を歪めれば、いずれ彼女にも何らかの事柄が跳ね返るのではないか。


 自分自身に跳ね返るものは自業自得でも、エルヴィラははっきり言って被害者。

 そう考えれば、在るべき姿ではない彼女の状態は、許容して良いのだろうか。

 そんな考えが、直蔭の脳内をグルグルと巡っているのだ。


 だが、エルヴィラの答えは早かった。


《……確かに、身体がないというのは変な感じだし、本当は人としてナオと一緒にいたかった。でもね……》


 そこで一つ休止を挟んだエルヴィラ。

 それは、自分の覚悟を乗せた思いを伝えるためか。


《本来、死に向かっていたボクがこんな形でも生きていられるんだ。それに何より、ナオの中で……ナオの最も近くでナオを支えられるんだ。これ以上何かを望んだら、きっとそれこそしっぺ返しを食らうよ》

《……そうか》


 その言葉は、少しの寂しさと共に、大きな喜びを含んだものだった。

 彼女のその感情は、これまで以上にはっきりと直蔭に伝わる。


 その言葉に救いを感じた直蔭は、ほっと一つ大きな溜息を吐いたのだった。


 ◆ ◆ ◆


《少し休憩しよっか》

《ああ、分かった》


 流石にずっと説明を受けていても頭が混乱しそうなので、一旦川縁に腰を下ろして休憩する。

 改めて自分の姿を見てみると、本当に顔立ちも身体つきも変化したことが分かる。

 さらに言うならば、この森に来たときに着ていた服や鎧とは異なる意匠の防具を身につけているのが分かる。


(しかし……周囲を見る限り、昼間でないのは確か。それなのにここまで周囲がよく見えるとは……)


 直蔭が時計を見ると、既に日を跨ごうかという時間。

 つまり、人の目で見るならば間違いなく真っ暗闇のはず。


 しかし、直蔭は自分の姿が水に映る(・・・・)のまで見えてしまっている。

 もちろん、明るい昼間とは異なる見え方なので昼のように色を識別するのは難しいのだが、それでも人では見えないであろうレベルで周囲の様子を把握出来ている。


(完全に人間離れしているな……)


 そんな事を考えつつ、ストレッチをしたり、その場でジャンプしてみたりもする。

 すると、やはり跳躍力も上がっているようで軽く飛び上がるだけでも2メートル近く飛び上がれる。

 ちなみに最初に飛び上がった瞬間、あまりの高さの違いに着地に失敗するというオチもあったのだが。


 さて、しばらく身体を動かしたところでエルヴィラが声を掛けてきた。


《さて……ナオの武器についてだけど》

《これが、どうかしたのか?》


 直蔭は背中の大剣をするりと抜く。

 以前とは違い、先端の部分はどちらかというと丸みを帯びている。

 だが、全体的に細かな装飾であったり形状も異なるため、同じものとは思えない。


 元々直蔭の使っていた大剣は騎士団の既製品だった。

 いかにも無骨で、簡素な造りの大剣。

 それが今では全体的に黒く、唐草模様に似た装飾やルーン文字のように見える装飾は全て浮き彫りのようになっている。


 誰がどう見ても一品物、それも深淵に誘うかのように妖艶な雰囲気を持つ、まさしく魔剣だった。

 そんな直蔭の剣だが、エルヴィラが衝撃の事実を告げてくる。


《その武器ね、形状を変えられるんだ》

《は?》

《……そういう反応になるよね。でも、事実だよ》


 そう言うと、エルヴィラの意思が剣に伝わり、浮き彫りの紋様が淡く光ると同時に形を変える。

 それは比較的細身で、カテゴリーとしてはワルーン・ソードに分類されるであろう片手剣。


 全体の色味はやはり黒を基調としており、大剣の時と同様に装飾が施されている。

 さらに籠形の護拳が付いており、そこにも緻密な紋様が施されていた。


 背中に取り付けていた大剣を収めるベルトも何故か消え、その代わりに左腰の部分に鞘が下がっている。


《……形状が変わると、鞘が出来るのか?》


 非常識な自分の武器に、直蔭はついて行けない気がした。

 そんな思いが伝わったのか、苦笑交じりのエルヴィラの声が聞こえる。


《心配しなくて良いよ……というか、そんな物と考えて欲しいかな。大体、ナオの着けている防具だって、ナオの能力みたいなものなんだから》


 落ち着かせたいのか、混乱させたいのか。

 エルヴィラがどんどんと投下してくる真実という爆弾は、直蔭を苛む。

 結局直蔭は、「エルが見てくれるなら、エルに任せるわ」と丸投げ……役割分担することにしたのである。


 どうもエルヴィラは直蔭に吸収されたことで、直蔭のステータスや装備の詳細が出来るらしい。


《一応、今のナオのステータスはこんな感じだね。面白いことになってるよ》


 そんな事を告げて、脳内に認識出来るように表示させてくれた。


===================

【(名前なし)】

 年齢:17 男

 ◆ジョブ:魔剣士

 ◆スキルレベル:

 《大剣術》《細剣術》

 《生命力吸収(ライフドレイン)

 ◆エレメント

 《陰陽》

 ◆称号

 ・死神殺し

 ◆装備

 ・魔剣【(未設定)】(封印状態)

 ・死神の仮面(非アクティブ)

 ・ダークキュイラス(アクティブ)

 ・グリムローブ(アクティブ)

===================


「待て待て、おかしいだろ!?」


 このステータス表示には流石に直蔭も驚き、声を上げてしまう。


「は? はあ!? 未設定ってなに!? しかも自分の名前まで無いよ!?」

《それもそうだけど、もっと色々あると思うけど……エレメントの《陰陽》とかさ……》


 どういうことなの!? と言わんばかりの直蔭。

 自分のスキルよりもまず、名前がないことに驚いたらしい。


《あー……多分だけどね》


 そこでエルヴィラが口を挟む。

 本当はもっと話しておくべき事があるのだが、それよりも直蔭が気にしているのは名前のことなので、そちらから説明することに。

 どうやらエルヴィラには心当たりがあるようだ。


《ナオは、ボクやグリムリーパーを吸収した。つまりは……かつてのナオとは違う存在。でしょ?》

《……納得できるような、出来ないような》

《まあ、折角だから自分で名前付けたらいいよ。あと、魔剣の名前も付けてあげてね》


 そう言われても、パッと思いつくはずもない。

 仕方ないので、思いつきそうな剣から名前を付けることにした。


「先に魔剣の名前を付けるか……」


 手元の剣を、本来の大剣状態に戻しつつそう呟く直蔭。

 しかしながら、何故か思い浮かぶ名前がしっくり来ないのだ。

 魔剣レーヴァテイン、魔剣ダインスレイヴ、魔剣グラム……色々なゲームや小説で使われる剣の名前を頭に浮かべる。

 だが、なんとなくこの大剣には合わない、ということが認識出来てしまう。


 そんな中ふと思い出したこと。

 それは、魔剣ダインスレイヴの名の意味だ。

 ダインスレイヴ、あるいはダーインスレイヴは「ダーインの遺産」という意味だったはず。


 そこまで思い出した瞬間、思わずといった形で直蔭はその名を口にしていた。


「――お前は、【エルヴィラスレイヴ】だ」


 その瞬間、大剣に薄らと施された浮き彫りの唐草模様が変化し、複雑に絡み合う。

 そしてその紋様の色は銀色に変化し、立体的に剣の中央を飾っていく。

 同時にルーン文字やその他の幾何学的な模様が現れ、最初白く光っていたのだが徐々に青くなり、さらに紫色に変化していく。


 そして……最終的には黒地に銀色の装飾と紅い紋様が映える、聖剣と魔剣の両面を併せ持つような大剣となった。

 それは神々しさと同時にどこまでも引き込む深淵のような存在感を放つ、まさしく魔性の剣だった。


 そんな剣の変化を理解したのだろう、エルヴィラの驚きと納得を合わせたような声が脳内に響く。


《……へえ。やっぱり名前を付けられることで、その武器は一つ階位を上がったみたいだね。しかも……同時にボクまでなんか階位を上げられたみたいだよ》


 そんな声を聞きながら、直蔭は大剣を振るう。

 これまで以上に自分に馴染むのが分かる。

 まさに「相性が良い」、いやそれを遥かに超えた相性の武器だ。


 不思議と重さを感じず、まるで自らの手のように軽々と振るう直蔭。


《(でもまさか、ボクの名前を付けてくれるなんてね)》


 直蔭が思わず口にした魔剣の名。

 それは訳すならば「エルヴィラの遺産」だ。


 そのことを恥ずかしく思いつつも、直蔭の一部となった自分の名前が魔剣の名として残ることに、不思議な高揚感と嬉しさを感じたエルヴィラであった。


 ◆ ◆ ◆


 色々混乱しそうな直蔭であったが、いずれにせよ森の中でじっとしているわけにはいかない。

 いまいち今の時間も分からないが、徐々に明るくなっているのが分かるので恐らく夜明け頃なのだろう。

 一旦シュテラムの街に向かうのが得策と、二人とも結論づけて移動しながら話し合う。

 最初は脳内会話をしていたのだが、周囲に誰もいないので普通に会話することにしたらしい。


 その中で、直蔭の新しい名前の話になり、結局直蔭は今後「ネロ・ユーディキウム」と名乗ることにした。

 基本的に名字を名乗ることが無い以上、名字くらいそのままでいいやというのが直蔭――ネロの本音である。


「しっかし……結局《生命力吸収(ライフドレイン)》じゃ、エルやグリムリーパーに起きた事が説明出来ないな……」

『ホントだね……でも、ドレインである以上、似た力だと思うんだけどなぁ……』

「『うーん……』」


 二人して首を捻ってみるが、結局理解は出来なかった。

 ネロのスキルとして表示してある《生命力吸収(ライフドレイン)》を何度か遭遇したモンスターに試してみたのだが、あくまで相手の生命力を吸収して回復力や体力の補充とするだけ。


 もちろん戦いながらでも相手の生命力を奪えるというのだから、自分は体力切れを起こさず、相手は確実に命を削り取られていくという事が出来るわけで。

 相当凶悪な能力とも言えるのだが、それでも存在や魂そのものを吸い取ることとは違う。


『まぁ、あの時は相当限界が近かったし、命の危機でもあったから何か変な風に能力が発動したのかもね』

「……そう考えるのがいいか」


 結局スキルについてはそれ以上分からないので放置ということにしたらしい。

 エレメントについては、エルヴィラの《重陽》とネロの《陰》が合わさった結果だということになった。

 そうとしか思えないし、それにエルヴィラに起きていたような害のある状態ではなくなっているので、気にしなくていいやということになる。


「それにしても……こんなに森の出口って遠かったか?」


 ネロは少し不思議に思いながらエルヴィラに話しかける。

 するとどうやら彼女も同じ事を思っていたらしい。


『……確かに変だね。ネロの体力もスピードも上がってるんだから、もう森から出ていてもおかしくないんだけど……』


 エルヴィラは周囲の様子を探りながらもそう話す。

 実際、森に入った時はグリムリーパーのところまでで、長くても1時間というところだった。

 今は既に川から3時間は移動している。それも、走りながらだ。


「……逆に走ってるとか、あるか?」

『それはないはずだけど……』


 もしかして逆走しているのだろうかとネロが聞いてみるが、エルヴィラはそれを否定する。

 だが、少々心配なのだろう。少し自信なさげである。


「……少し、木に登ってみるか」


 そう言うと、ネロは膝をたわませて地面を蹴る。

 以前とは比べものにならないほど跳躍力が上がったネロの身体は、軽々と数メートル飛び上がる。


 身体のバランスを取りながら、太めの枝の上に降り立ち、さらに跳躍を繰り返す。

 何度か繰り返すと、遂に木の天辺に辿り着いたようだ。

 周囲360度をネロが見渡す。


「……」『……』


 エルヴィラも周囲を探っているようだ。

 視力で見ているわけではないエルヴィラは、ネロよりも広範囲を認識できる。

 だが、そんな彼女でも反応が芳しくない。


「……おかしいな、シュテラムの防壁って、この位置から見えないレベルだったか?」

『いや……結構高いはずだけど。せめて監視塔くらいは見えて良いはずなんだけどね……あ、あれかな?』


 そう話していると、どうやら遂にエルヴィラが見つけたようだ。

 だがネロには、エルヴィラが首を傾げるような様子が認識できてしまっていた。


「……どうした?」

『…………ちょっと気になるけど、行こっか』


 引っ掛かるものがあるが、それでも行くしかない。

 エルヴィラの案内に従って、ネロは森の中を駆け出した。

 途中でスケルトンやゴブリンを見かけたが、戦っている時間も惜しいので駆け抜ける。


「こっちで良いか?」

『うん、間違ってないよ。それにマッピングも出来るみたいだからね、ボク』

「……思わぬ進化を遂げてんな」


 最早ネロの専属アシスタントとして万能になりつつあるエルヴィラ。

 ステータスだろうと、周囲の情報だろうと、魔剣の様子だろうと、エルヴィラの管理に置かれてしまっている。

 さらにはネロの思考までエルヴィラは読み取れるのだ、秘密も何もあったものではない。


(……まあ、彼女が良いと言ってくれているし、ありがたく支援してもらうとしよう)

『うん、全力でサポートするからね』

「……読まれてたか」


 ◆ ◆ ◆


「ちぃっ……! 何だってこんな時にこんな奴が!」

『ぼやいても仕方ないよ! やるしかないって!』


 さて、やっと見つけた街らしき場所に向けて走っていたネロだったが、途中でモンスターとエンカウントして足止めされてしまっていた。

 相手はミノタウロス。牛頭人身の巨大な魔物である。

 あいにく武器の類いを持ってはいないようだが、それでもその突進の威力や頭の位置の高さから、少々手こずっているらしい。


「ブモオオオオッ!!」

「シッ!!」


 ミノタウロスの突進の瞬間に、身体の位置をずらしながら喉や目の辺りを斬りつける。

 何故か突進の瞬間だけは、相撲の仕切りのような格好になるので、攻撃の種類が分かりやすく頭を狙いやすいというのはあるのだが。


 それでも目元や喉を守るために、角であったり首周辺の剛毛があるため、中々ネロも決めきれない。


「どうするか……」


 本当は《生命力吸収(ライフドレイン)》を使用すればすぐに決着は付く。

 それはネロも分かっているのだが、出来るだけ今後は剣技で倒すことに決めていたのである。


『こうなったら仕方ないよ、スキル使おうよ~』

「なんか負けみたいで嫌だ」


 エルヴィラはスキル使用を勧めてくるが、頑として譲らないネロ。

 仕方ないなあ、などと思いながらもエルヴィラはネロが余程ピンチに陥らない限りはネロに任せることにしたようだ。

 とはいえ、少しはアドバイスをしようと思い、ネロに呼びかける。


『ネロ、それなら剣の名前を呼んで。剣を解放したら良いよ』

「解放?」


 それって某死神さんたちの……などと思っているネロ。

 だが、それはスルーしてエルヴィラは言葉を続けた。


『魔剣エルヴィラスレイヴの本来の姿は、大剣。でも、形を変えて封印を掛けているような状態なのがその形態なんだ』


 どうやらそういうことらしい。

 大剣状態のエルヴィラスレイヴは、存在感にせよ攻撃力にせよ、尋常ではないのだ。

 それを抑えるために、形を変えているらしい。


「……聞いていないんだが」

『うん、ボクもさっき気付いた』

「お前……」


 テヘッ、という擬音が付きそうな様子のエルヴィラ。

 その様子に溜息をこっそり吐きつつ、ネロは改めて正面のミノタウロスを見据えた。


 そして剣を正面に構え、その名を口にした。


「――起きろ、【エルヴィラスレイヴ】」


 瞬間、ワルーン・ソードのような形状だった剣が大剣の姿に戻る。

 同時に、脈動するかのような気配が、剣からネロの両手に伝わってきた。


「は、はは……こいつは凄い……!」


 まさに滾るというのが正しいだろう。

 爆発的な加速を見せたネロは、ミノタウロスに肉薄してその肩口から袈裟懸けに剣を振り下ろした。


「!?」


 その尋常でない気配に気付いたのだろう。

 ミノタウロスはその巨体に似合わない俊敏性を持って飛び下がろうとした。


 だが……


「ブ、ブギイイイィッ!!」


 魔剣エルヴィラスレイヴから放たれる斬撃は剣圧となり、ミノタウロスを切り裂いた。

 実際に刃が当たったわけではないにもかかわらず、大きな傷となってミノタウロスに刻まれているのだ。


「……最早剣技どころの話じゃないな」


 そう言いながらも、口元に笑みを浮かべながら踏み込むネロ。

 最早瀕死のミノタウロスにはそれを避ける術はなく。


 あっさりと、ミノタウロスの首が撥ね飛ばされたのだった。


 ◆ ◆ ◆


「さて……こいつは魔物だったらしいな、どうやら」

『そうみたいだねぇ……』


 モンスターのように消えないミノタウロスの死骸。

 つまりそれは、このミノタウロスが魔物であったことを意味する。

 そうなると、この死骸は一財産とも言えるわけで。


「とにかく、アイテムポーチに入れておくか……入るか?」


 アイテムポーチには、見た目を遥かに超える量が入れられる。

 とはいえ、限界というのも存在しているため何でもが入るわけではないのだ。


 少し心配しながらミノタウロスの死骸に触れる。

 だが驚いたことに、意外にもあっさりとミノタウロスの死骸が収納された。

 撥ね飛ばしたミノタウロスの頭も収納すると、収納されている物の一覧にそれぞれ表示された。


「意外と色々入っているな」

『どうやらネロのポーチとボクのポーチが統合されたみたいだよ。回復薬だけじゃなくて、素材も結構入っているね』

「少しは金になりそうだな」


 そんな話をしつつ街の方向へ再度移動を開始する。

 既に陽は高くなっており、恐らくもうすぐ正午というところだろう。


「いい加減に森を抜けないとな」

『そろそろ飽きてきたしねぇ……』


 森というのは少しの時間過ごすなら楽しいのだろうが、長時間ずっといるというのは疲れてくる。

 それに、どちらの方向を見ても木ばかりなので、風景の変化がないのも退屈なのだろう。


 それから30分ほどして。

 ネロが全速力で駆け抜けてようやく森を抜けたようだ。

 少し離れた位置に、道のような物も見える。


「あっちみたいだな」

『そうだね……』


 ネロが目を上げてみてみると、遠くに防壁のような物が見えてきた。

 どうやら街の外壁らしい。


 だが、ネロたちの側から街に向かっている人は皆無のようだ。街道には人気が無い。

 それからしばらくして、ようやく街に辿り着いたネロ。

 だが……


(……シュテラムの防壁って、こんな感じだったか?)


 どうにも違和感がある。

 初めてだったとは言え、シュテラムの街の防壁や雰囲気を忘れるはずもない。

 特にネロは馬車ではなく実際に馬で移動した以上、勇者たちよりも街の様子を詳しく見ることが出来ていたのだ。


《……おかしい、シュテラムの街じゃない気がする》

《だよな》


 街が近くなったからだろう、エルヴィラは念話に切り替えたようだ。

 同時にネロも、エルヴィラとの会話を念話にするようにした。


「さて……」


 外壁の前にたどり着いたネロ。

 だが、その門は固く閉ざされているようで、警備兵すら立っていない。


「困ったな……」


 周囲を見渡すも、どこにも警備兵がいない。

 少し離れてみて、監視塔を見ても誰もいないように見える。


「ぐるっと外壁に沿って移動するか……」


 開いていない門の前にいたところで、いつまで経っても開くはずがない。

 外壁に沿って移動すれば、他の門を見つけることが出来るだろう。


 そう思ってネロが移動しようとしていたところ……突然、門の隣の通用口らしき場所から、数人の警備兵が出てきた。

 ネロは一瞬驚いて剣の柄を握ったが、特に殺気の類いは感じないため柄から手を離す。


 だが、驚いたのは警備兵も同じだったのだろう。

 思わずといった形で、警備兵はちは槍を前に構える。


「な、何者だ!」


 緊張しながらそう誰何する先頭の警備兵。

 それに合わせて後ろの警備兵たちは、ネロを囲むように距離を取りながら動く。


(へぇ……迂闊に間合いには入ってこない、か)


 慎重な警備兵たちを見ながら、どうするか考える。

 もし、あのクサレ聖堂騎士の手先ならば、即刻斬り捨てるつもりだが、どうもそういった類いの気配ではない。

 そう考えているうちに、警備兵たちの上役と思われる人物が一歩ネロの方に踏み出し、声を掛けてきた。


「いや、すまないね君……まさかこちら側の門に人がいるとは思わなかったものだから。……ほら、君たちも構えを解きなさい」

「しかし隊長……」


 40歳前だろうか、短く切りそろえた髪と、丁寧に形が整えられた口ひげを生やす"隊長"と呼ばれた男は、そんな事を口にした。

 同時に周囲で警戒をしている警備兵たちに、武器を下ろすようにと命じる。

 それに異論を唱える者もいたが、「いいから」と言われて渋々ながらも槍を立て、構えを解く。


 その様子を見ながら、ネロは少し驚いた。


(……完全に警戒を解いたわけではない。それでも、少なくとも自分の方から折れることで膠着状態を無くそうとした、ってところか……)


 隊長の男は、間違いなくネロが実力者である事を見抜いている。

 ネロは、警備兵たちを宥めながらも意識は自分に向けられている隊長の気配からそう感じていた。


 だからといって、必要以上に警戒を見せずに自分から歩み寄ろうとする態度。

 その潔さをみて、ネロも口元に笑みを浮かべて一歩近付く。


「俺はネロ。驚かせて悪かったな……森の方から来たものだから、な」

「それは驚いた……あの森を抜けたのか? ……おっとすまない、私はダン。警備隊の隊長をしているよ。ようこそ、エイビスバールの街へ」


 そう言って握手を求めてくる警備隊の隊長、ダン。

 人の良さそうな雰囲気だが、警備隊の隊長をする以上は有能な人物なのだろう。

 それは先程の様子からも容易に想像できる。


 ネロはダンと握手をしながら、そんな事を考えていた。

 だが、ダンの一言が気になったので尋ねることにする。


「『あの森を抜けた』ことに驚いていたが、そんなに驚かれるようなことなのか?」


 ネロがそう言うと、ますます驚いた表情になるダン。

 だが、ダンは表情をすぐに改めて、ネロに説明する。


「あの森は別名を"魔物の森"といって、中々立ち入る者のいない場所として知られているんだ。ハンターだって、高ランクでもない限り入らないような場所だよ? ……結構有名な話だと思うんだが」

「ふーん……そうなのか」


 魔物の森。正式には「セルヴマグナの森」と呼ばれるエリア。

 それは通常では考えられないような高ランクの魔物が跋扈する恐ろしい場所。

 ハンターでも低ランクでは、生きて帰ることは出来ないとされる場所。


 それを知らないネロに対し、ダンは思案を巡らせていた。


(明らかに彼は実力者のようだが……しかし、いまいち常識的な部分に詳しくないというのは一体?)


 どうにもちぐはぐ感が否めないというのが本音。

 セルヴマグナの森は他国にすら知られる有名なエリアだ。

 それこそ、ここで得られる様々なモンスターや魔物の素材を求めて、多くの商人が派遣されるくらいである。


 最初、森の側から来たネロについて、他国のスパイではないかとダンは思った。

 そのため、自分が直接会話し、どんな相手なのかを見極めようと考えていたのである。

 しかし、ネロの言葉や態度というのは、自然であり、まずスパイとは思えない状況だった。


 対するネロはというと、エルヴィラと念話していた。


《おい、ここの森って名前付いてたか? それに、『エイビスバール』って……》

《ボクも知らないよ! 大体、"魔物の森"なんて呼ばれるところ、聞いたことすらないよ? 街の名前も同じくだ……》

《王女だったお前が言うなら、そうだよな……》


 エルヴィラは元々王女だ。

 疎まれていたからといって、彼女は高い教育を受けていたし、それこそ他の王族以上に他国の事情も詳しかった。

 騎士として務めるためにも、他国情勢をよく理解していたのである。


 そんな彼女が知らないというのだ。


(困ったな……そうなると、一体ここはどこなんだ? 少なくともザンクトシュタッド王国の近辺ではないということになるが……)


 とはいえ、ここで考えても仕方がないので、ネロはダンに尋ねた。


「それで……街に入りたいんだが、ここからは入れないのか?」

「ん? ……ああ、そうだったね。いや、ここから入って構わないよ……ただ、ギルドカードなり紹介状なり、あるいは入場料はあるかい?」

「……あー」


 思わぬ落とし穴。

 入って良いらしいのだが、入場料が必要とのこと。

 ハンターであったり、商人などの移動ありきの職業の人たちは、自分の立場の証明のためにカードを持っている。

 だが、それ以外の人たちは自分の住む街から移動する事は中々ない。


 いや、時にはあるのかも知れないが、それらの人々はハンターの護衛を雇ったり、紹介状を持って移動することが一般的だ。

 そのため、立場が保証されているとも言える。


 だが今回、ネロは保証された立場というわけではない。


「……一応、こんなのはあるけど」


 そう言って、騎士団長からもらった【王国騎士の証】を出す。

 だが、ダンは首を捻り、難しそうな表情をしている。


「どうやら、どこかの国の紋章みたいだけど……ちょっと分からないな」


 ダンは警備隊の隊長である以上、色々な国や貴族の紋章というものを覚えている。

 だが、その記憶を探ってもネロの持つメダルに彫られた紋章は見覚えがなかった。


「そうか……仕方ないけど、どうしようかな……貨幣もないし……」


 そうなるとお金を払うしかない。

 だが、ザンクトシュタッドの紋章に反応しなかった以上、貨幣も使えるとは限らないのだ。


「警備隊の私が貸すわけにはいかないんだよね……」


 ダンも困り顔だ。

 困ったネロは、エルヴィラに相談することにした。


《どうしたものかな……多分ザンクトシュタッドの金は使えないぞ》

《そうだねぇ……物納とかできるかな? それか素材を売ってもらったお金で支払うとか……》

《その手があったか》


 ネロとエルヴィラは脳内会議を終え、ネロがダンに話しかける。


「ダン、例えばだが素材を売って、入場のための保証金に出来ないか?」

「……なるほど、それは出来なくはないか」


 警備隊の者が保証金を代わりに出すわけにはいかない。

 だが、素材を売ってもらい、その代金を充てるというのは確かに方法だ。


「しかし、いいのかい? 買い叩くつもりはないけど、普通に売るより安くなると思うよ?」

「それは構わない。どんなのなら売れる?」


 そう聞くネロに対し、ダンは少し考えるがすぐには思いつかない。

 仕方ないので、一旦ダンはネロを警備隊の詰め所に連れて行くことにした。


「――すまないね、流石に立ち話も何だと思って」

「いや、構わない」


 テーブルを挟んで対面する二人。

 ダンは慣れた手つきで紅茶を入れると、それをネロに差し出してきた。


「――うん、良い香りだ」

「それは良かった」


 紅茶はしっかりと香りが出ており、雑味もないところからしてダンの紅茶の入れ方が上手である事を示している。

 一口飲んで少し落ち着くと、ダンが本題に入ってきた。


「それで……ネロ君、だったかな。君はどんな素材を持っているんだい?」

「そうだな……」


 ネロは脳内に表示されるアイテムポーチ内の一覧を見ながらダンに告げる。


「【ゴブリンの腰布】、【サイドワインダーの皮】……【スケルトンの頭骨】……」


 読み上げていきながらダンの表情を窺うネロ。

 だが、どうやら高いものではないらしい。


「あとは……【ミノタウロスの角】と……うん、ミノタウロスは全身あるな」

「なんだって!?」


 だが、ミノタウロスの素材が出た瞬間、ダンが声を上げる。

 それに驚きながらも、ネロはアイテムポーチ内から【ミノタウロスの角】を取り出した。


「ほら」


 太くねじれたミノタウロスの角。

 それは、武器にせよ防具にせよ、上質のものを作るには不可欠な素材だった。

 それを事もなげに出してくる正面の青年に対し、ダンは驚きと同時に得体の知れないものを感じていた。


「こ、これは……君が倒したのか?」

「ああ」

「……独りで、かい?」

「そうだな」

「……どこで?」

「あの森で、だな」


 当然のことのように頷くネロ。

 その事実に愕然となるダン。


 通常、ミノタウロスというのは簡単に倒せるものではない。

 それこそ剣士なら数人掛かりで討伐するようなランクの魔物だ。


 もちろん腕の良い高ランクのハンターで、遠距離攻撃を得意とするならば単独討伐も可能だ。

 だが、剣士や戦士が相手にするとなると、一気に面倒な相手になってしまう。

 突進や物理防御力の高い皮膚というのは、戦士にとって相性が悪いのである。


 しかもセルヴマグナの森に存在する魔物は、通常の魔物よりも格上の強さを誇る。

 実際、時折セルヴマグナの森から街道に現れるミノタウロスによって、被害が生じているのだ。


 そしてそれを討伐するために出撃するハンターにも、少なくない被害が発生する。

 そんな相手なのだ。


(それだけの実力を持つ青年……スパイでは無さそうだが、注意しておくに越したことは無さそうだ……)


 この得体の知れない青年が何の目的で街に来たのか、これからどう生活するつもりなのか。

 然るべく動く必要があると、考えたダンであった。



 しばらく経って。


 ネロからミノタウロスの角を受け取ったダンは、すぐに部下を顔見知りの鑑定士のところに向かわせ、鑑定の上で買い取ってもらってきたようだ。

 ネロの前には、そこそこの大きさの革袋が置かれている。


「――さて、ミノタウロスの角の代金、金貨6枚から入場料の銀貨3枚を抜いたおつりだ。確認してくれ」


 それを手に取りながら、ネロはダンに話しかけた。


「……えらく重くないか?」

「ああ、いくらか細かい貨幣に崩しているよ。その方が使いやすいだろう?」


 どうやら使いやすいように細かくしてくれたらしいダン。

 見た目は割と厳ついのだが、細やかな気遣いが出来るイイ男である。


 革袋の中を見ると、金貨5枚に銀貨6枚、そして銅貨が10枚入っていた。

 どうやら貨幣価値は10枚単位で変化するらしい。


「鑑定士に見せたら喜んでいたらしいよ。かなり状態の良い角だったらしくてね」

「それは良かった」


 お金の入った袋をアイテムポーチに片付けながら、席を立つネロ。

 入場料を払ったので、長々と詰め所にいるわけにもいかない。


「それじゃ、世話になった」

「いやいや、こちらこそ。街に有能な人物が来てくれるのは、ありがたいからね。ハンター登録しにいくんだろう?」

「ああ」


 わざわざ詰め所の入り口まで見送りに出てくるダン。

 ネロは外に出ながら、周囲を見渡す。


「ハンターギルドは、この道をまっすぐ行って、右手にある。剣と鎚の重なった絵が描かれた看板が出ているから、すぐに分かると思う。それから……」


 そう言うと、他に聞こえないようにダンが小声で耳打ちしてきた。


「登録は、上のカウンターじゃなくて、下の酒場にいるローランという男に話しかけるといいよ」


 どうやら秘密らしく、ダンは周囲に気を配りながらもそう告げた。

 ネロも深くは聞かず、ダンの言葉に頷く。


「何から何まで助かるよ、それじゃあな」


 片手を挙げて挨拶をし、踵を返すネロ。

 その後ろ姿を見ながら、ダンは一つ呟く。


「……さて、一体どういう人物なのか。領主邸にも報告を上げておくか」


 ◆ ◆ ◆


《しかし、なんとも優しい隊長さんだったね》

《まあな……もちろん向こうにも打算があるんだろうが……》


 そんな事を会話しながら、ギルドへの道を歩く。

 石で舗装された街並みと、そこを行き巡る人々。


 だが、それはどれもネロが見たことがないもので。


(やはりここは、ザンクトシュタッド王国とは思えない。シュテラムの街の街並みで、こんなところはなかったし……なにより)


 何より違うのが、多くの獣人が存在するということだろう。

 直蔭の頃に数週間生活しただけだが、少なくとも獣人というのを見た覚えがない。


(というよりも、人以外の存在を容認しないというのが、ザンクトシュタッド――そして光十字教会の方向性だったようにも感じる……だからこそ、俺やエルヴィラのような"異分子"を排除したがった……そうも見えるな)


 あの国……というより教会が何を恐れていたか。

 それは恐らく、「人と異なるもの」につきるのだろう。

 人間は、自分とは異なる姿のものに対して倦厭……あるいは嫌悪し、排除する方向に動きやすい。


 個人的に友誼を結んだとしても、"人間"という括りで見た場合どちらに比重が偏るかというと、排除に動くのだ。

 それこそ、肌の色や見た目、文化が異なるだけで差別し、片方を見下すというのは人間の歴史が明らかにしている。


(そう考えると、この街では異人種だろうと受け入れられているようだが……)


 ザンクトシュタッドでは本の中でしか語られていなかった獣人などの異人種。

 エルフやドワーフの姿も当たり前に見受けられるのがこの街だ。


(ここなら……もしかしたら平穏に生きられるのかもな)


 あの時の酷い扱いについて、許せるとは思わない。

 だが、いつまでもそれを引っ張るというのは難しいだろう。

 それに、今はこの街で生きていくことが肝要だ。


 そう思いを切り替えた頃に、ギルドの看板がちょうど見えてきたようだ。

 建物は石造りで大きい。

 周囲に武器屋や防具屋、さらに道具屋が対面に軒を連ねているが、それら全てを合わせてもまだギルドの方が大きいくらいだ。

 その建物の中央に両開きの扉があるが、それがギルドの入り口なのだろう。出入りがしやすいように、片側は開かれたままになっている。


 扉を潜ると、左手側にカウンターが見え、カウンターに立つ受付嬢やその奥で事務仕事に勤しむ職員が見える。

 どうやら、ギルドの建物の半分はそのスペースらしい。

 もう半分のスペースには、何個かのテーブルが置いてあり、恐らく冒険者たちが話し合いをするスペースとなっていると思われる。

 正面の壁には掲示板があり、そこに貼り付けられた紙が依頼票だと思われる。


(さて……下の酒場と言われたな)


 入り口入ってすぐにある下り階段。

 そこの階段部分には、「ソレルナ酒場」と書かれている。


 こちらに視線を送ってきている受付嬢をスルーして、階下に下りるネロ。

 流石に午後ということもあって、下の酒場には数人しかいない。


 どうやらギルドの地下全てが酒場になっているらしく、かなり広いためかなりがらんとして見える。

 その中で、カウンターに立ってグラスを磨いている紳士的なマスターが目に入った。


《へぇ……》

《多分……あの人だね》


 既に50代だろうか。白髪交じりの柔和そうなマスター。

 だが、ネロやエルヴィラが見る限り、相当な実力を持つ人物だというのは間違いない。

 そしてその人物こそ、ダンが言っていたローランなのだろう。


 ネロはローランの斜め前に座る

 と、目の前にメニューが差し出され、声が掛けられた。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」

「ああ、すまない……そうだな、昼を食べていないので、このシチューとサンドを。あと、ワインをグラスで」

「かしこまりました」


 ネロの注文に頷き、スッと下がっていくマスター。

 その動きも音を立てることなく、そして速やかだ。

 足運びや気配からすると、恐らくシーフ系の技能を持っている気がする。


《あれ? まだ言わないの?》

《ああ、腹ごしらえをしておきたい。あれから一食もしてないんだぞ》

《あ、確かにそうだね。身体がないから分かんないや》

《笑えんぞ……》


 あっけらかんと告げるエルヴィラに、少し絶句した感じのネロ。

 そうこうしているうちに、料理が出来たのだろう、先程のマスターが運んできてくれた。


「どうぞ……熱いですのでお気を付けください」

「ありがとう」


 シチューはブラウンソース系で、美味しそうな香りがしてくる。

 入っているのはホワイトバイソンの肉と書かれていた。

 それに野菜なども入れて、じっくりと煮込んだシチューらしい。


 サンドの方は、玉ねぎやキュウリのピクルスと共にベーコンが挟まれ、それに何かソースが塗られているのが分かる。

 パンも表面が焼かれており、実に美味しそうだ。


「いただきます」


 ネロはそう口の中で呟いてから、サンドを口に入れた。

 パンの香ばしさ、ピクルスの酸味、ベーコンの旨味が調和され、とても美味しいらしい。

 シチューも肉が簡単にスプーンで崩れ、口の中でホロホロと解けていくほどに煮込まれている。


 ネロは久々の食事に、無心になって口に運んでいたようだ。

 気付いたら既に皿は空になっており、グラスに少し残ったワインを呷ると人心地付いたように身体の力を抜く。


「うん、美味かった」

「それは良かった。作った甲斐があるというものです」


 そう言って軽く頭を下げるネロに対し、マスターが声を掛けてきた。

 どうやらネロが食べ終わるのを見て、声を掛けてきたらしい。


「これ、マスターが作ったのか?」

「ええ……普段は料理人たちに任せますが、この時間帯は人が少ないのでね。これも老後のちょっとした趣味というやつですよ」


 そう言って柔らかな笑みを浮かべるマスター。

 だが、すぐに表情を締めると、ネロの前に水の入ったグラスを置いて口を開いた。


「さて……自己紹介をいたしましょう。私の名前はローラン。こう見えて、ギルドの幹部をしております」


 嘘つけ、と心の中で叫ぶネロ。

 というのも、ダンからの情報では、ローランはサブギルドマスターということなのだ。

 単なる幹部なはずがない。

 とはいえ、ここでそれを突いたところで意味もないので、頷きながらネロも笑みを浮かべつつ自己紹介をする。


「俺はネロ。ハンター登録をしたいと思っていてな……昼食もかねてこっちに来たんだ」

「それはそれは……」


 頷きつつも、目を細めるローラン。

 どうやらネロの言葉について、真偽を見極めているようだ。


 そんな雰囲気を感じ取ったネロは、何でもないかのように言葉を付け足す。


「ま、警備隊のダンにも、『ローランに会うと良いぞ』って言われたのもあったんでな」


 肩を竦めながらそう言うネロを見るローランは、さらに少し目を細めネロを見つめる。

 それを見ながらも、特に表情を動かさずに片頬笑むネロ。

 どのくらいその状態が続いたかは分からないが、先に沈黙を破ったのはローランだった。


「……なるほど、それなら納得ですね。では、ハンター登録をご希望なら――」


 そう言いながら、ローランがカウンターから出てくる。

 その腰には、先程は装備されていなかった短剣が装備されていた。

 そして先程までの柔らかな笑みから、表情だけ笑っている顔に変えて言葉を続ける。

 

「――私と一つ、手合わせをしていただきましょう」


 ◆ ◆ ◆


 ローランに連れられてネロはギルドの訓練場に来ていた。

 そこでは素振りをしたり、数人で筋トレをしているハンターの姿が見受けられる。

 だがローランに気付くと、驚いたように目を見開き動きを止める。


(やはりローランは有名な人物らしいな……それこそ、単なるサブギルドマスターではないのは確かだ)


 周囲のハンターの表情を見る。

 どのハンターも、ローランに対する尊敬、敬慕、畏怖が見て取れる。

 単なるギルド幹部に対して、彼らがこのような表情をするとは思えない。


 そうこうしているうちに、訓練場の中央にやってきたローランとネロ。

 立ち止まったローランは、ネロに振り返ると口を開く。


「さて……少し外野がいますが、ここで良いでしょう」


 下手な体育館より大きなギルドの訓練場だ。

 周囲10メートルには確実に人がいない状態になっている。


「君を見る限り……かなりの実力者である事が窺えます。ですが、ハンターが相手取るモンスターや魔物は、人間より遥かに強力だ。そのため、君の実力を実際に見せていただきたいのです」


 そう告げるローランに、ネロは頷く。

 もちろん、自分が高い実力を持つであろう事は、門で出会ったダンの様子や話から分かっている。

 だが、折角相手をしてくれるというのだ。自分の実力を量るためにも、断るつもりなどネロにはなかった。


 ローランもネロが頷いたので、この手合わせの了解が得られたと認識し短剣を抜き放つ。

 同時に、ネロも腰の剣を抜き放った。


「……素晴らしい剣ですね。是非、それを持つにふさわしい人物であると示してくださいね」

「ああ……まあ、この剣は俺以外には振られないだろうが、な」


 傲慢とも言えるネロの口調。

 それにこれまでとは違った笑みを浮かべたローランは、その一瞬ずらしたタイミングで踏み込んでネロに肉薄する。


「!」


 気を絶妙に狂わせられた瞬間に踏み込まれたネロは、それでも半歩右足を下げ、振るわれるローランの短剣を防御する。

 同時にネロも剣に込める力をほんの少し抜き、ローランの短剣の動きを誘導しつつも護拳でローランの短剣の腹を叩こうとする。


「むっ……!」


 ネロの攻撃は、ローランの短剣を破壊……あるいは変形させるだけの力があることを感じ取ったのだろう。

 ずらされた短剣の軌道を、手首の返しでさらに変化させる。

 同時に身体を捻り、その勢いを使ってネロに突きを放とうとする。


 それをサイドステップで僅かにかわしたネロは、一旦跳び下がってローランと距離を取った。

 それに意外そうな表情をするローラン。


「……おや、距離を取られるとは」

「短剣相手に、あまり接近するのは得策じゃない気がしてな」

「さて……それはどうでしょう、かっ!」


 そう告げながらも踏み込み、追撃を行うローラン。

 先程よりも鋭さを増した短剣の突きに対し、ネロは大きく切り払いを行いローランの短剣を跳ね上げる。

 同時に剣の動きを変化させ、下段からの掬い上げるような突きを放つ。


「やりますね!」


 身体を仰け反らせて躱すローラン。

 だが、自分の目先を通った剣が、すぐに退かれると同時に上から振り下ろされてくるのを見て、顔を顰める。


「くっ……短剣1本では分が悪いですね!」


 そう呟きながらバックステップでネロの振り下ろしの一撃を躱すと、腰からさらにもう1本短剣を抜いて構える。


「……二刀流か」

「ええ……まさかこの場で使わされるとは思いませんでした。君を見誤っていたようですね」


 同時にローランの身体に何か魔力が纏わり付いているのをネロは感じていた。

 だが、それが何かも分からないうちにローランの姿が目前に現れていた。


「ちっ! ヘイスト系か!」


 ヘイスト系。

 スキルの中でも、速度上昇をもたらすスキルで、シーフ系のエレメントを持つ者が習得しやすいスキルだ。

 これはスキル効果が切れるまで通常の1.5倍から最大3倍までの速度上昇をもたらす。


 単なる一度の瞬間移動ではなく、効果切れまでずっと早い状態が続くのだ。

 これには流石のネロといえども、防戦一方となる。


「凄いですね……まさかこの状態の私の攻撃を受けて、それを防ぐとは!」

「防戦一方だがな! 簡単に負けられるか!」


 はっきり言って、周囲が引くくらい嬉しそうにネロに攻撃を仕掛けるローラン。

 そんな苛烈な攻撃に対して、必死に歯を食いしばりながら防ぐネロ。


「さあ、まだ効果が切れるまで時間がありますよ……どうしますか?」


 挑発するかのように告げられるローランの言葉。

 それを聞きながら、ネロは悩んでいた。


(確かにここで魔剣解放すれば、ローランには勝てるだろう。だが、奥の手とも言える力を見せても良いのだろうか)


 こんな時、ネロには助けを差し伸べてくれる存在がいる。

 そう、エルヴィラだ。

 エルヴィラはネロの思考が読み取れる。何を悩んでいるのかが分かるのだ。

 悩むネロに対して、エルヴィラが口を開いた。


《ネロ、折角だから剣を解放しなよ》

《エル……だがな》


 エルヴィラの勧めに、解放しても良いのではと傾くネロの心。

 だが、やはり……という思いが解放を留めていた。


《それは分かってる》


 当然その気持ちはエルヴィラには理解できている。

 だが、それでも心配する必要はないのだと、エルヴィラは告げた。


《ネロの能力で隠しておくべきなのは、解明できていないドレイン能力だよ。でも魔剣については、持っている人がゼロじゃないんだ。そのくらい見せてあげた方が、ある意味信頼されるとも思うよ》


 ネロの能力で隠しておくべきなのはドレイン能力だろう。

 まさかグリムリーパーや、死にかけた人間の魂を取り込みましたなどと言うわけにはいかない。

 事実自分ですら分かっていない能力なのだ、それは他人に知らせるべき能力ではないことは明らかだ。


 だが、それと比べ魔剣については比較的問題は低い。

 エルヴィラが記憶している限りでも、魔剣使いというのは数人存在していたし、形状を変化させる武器というのもない訳ではない。


 そして、自分がそのような力を、武器を持っているということをギルドに対して明らかにしておくなら、それはギルドに対しての信頼の証とも取られるだろう、というのがエルヴィラの考えだ。

 もちろん魔剣を欲しがる有象無象が群がる可能性は否定できないのだが、その場合には街から出て行けば良い。


《……分かった》


 エルヴィラの考えが理解できたのだろう、ネロも覚悟を決めたようだ。

 ローランの攻撃を大きく弾くと同時に、後ろに跳び下がった。


 ローランもネロのその動きに警戒したのか、あるいは隠し球を見るためか、距離を取ったまま近付いてこない。


「悪いな……少し覚悟を決めかねていた」

「いえいえ、構いませんよ……では、見せてください」

「ああ……」


 ネロは剣を垂直に立て、両手で柄を握りながら、言葉を紡いだ。


「――起きろ、【エルヴィラスレイヴ】」


 ◆ ◆ ◆


 エルヴィラスレイヴが解放された瞬間、訓練場にいた者たちが感じたものは――「死」だった。


 ネロにより解き放たれた魔剣【エルヴィラスレイヴ】。

 ある意味、この訓練場で解放されたのは良かったのだろう。

 ここにいるのは、皆ハンターとして少なからず鍛えられた人々だ。

 一般人がもしこの場に居ようものならば、即座に気を失っただろう。


 そう思わせるほどの圧倒的で、禍々しい気配。

 そしてそんな魔剣を、片手で軽々と回転させて肩に担ぐ男――ネロ。


 離れた位置にいたハンターたちですら感じたのだ。

 正面に立っていたローランが感じたものは如何ほどのものか。


(まさか、これほどのものとは……)


 ローランは、久しく感じていなかった「畏れ」を思い起こさせられた。

 既に現役を引退し、サブギルドマスターとして働くローランだが、その実力は現役のハンターを越える。

 現役時代は異名持ちとして知られ、有名なハンターとして様々な国から表彰されたこともある。


 そんな彼が、じっとりと冷や汗を感じながら武器を構えている。


(久々に……本当に久々に、挑戦者の気持ちを味わうとは……世界は広いですね)


 そう思いつつも、表面上は余裕を見せてネロを見据える。


「……さあ、ようやく本気になってくださったようですね。時間もないですし――いきますよ!」


 そう言いながら2本の短剣を構え、一瞬でネロに肉薄するローラン。

 本当の姿を露わにした魔剣は大剣の姿だ。そうなれば、懐での戦いというのは厳しいものになる。

 長く戦いに身を置いてきたローランはそのことをよく知っている。だからこそ、ヘイストを使い、ネロの懐に潜り込んで戦いをすることにしたのだ。


 だが……


「甘い」


 ローランの放った攻撃は、悉く大剣の腹に阻まれる。

 そして、左右の短剣の攻撃の隙間を狙って放たれる、強力な一撃。


「くぅっ……!」


 もちろん刃の方を向けず、剣の腹を使って放たれた薙ぎ払い。

 だがその薙ぎ払いの威力は、ローランをして全力で防御しなければいけないほどのものだった。


 しかも、ヘイスト状態のローランに徐々に慣れてきたのだろう、ネロはローランが動く方向に向けて薙ぎ払いを仕掛けて来る。

 そうなれば迂闊に近付くことも出来ず、遂にはローランのヘイスト効果が切れた。


「……効果が切れましたか」


 肩で息をしながら、そう呟くローラン。

 ネロはその様子を見ながらも、エルヴィラスレイヴを正眼に構えたままだ。


(こうまで強いとは……この時期に来てくれたとは僥倖と言うべきでしょうね)


 そう結論づけ、ローランは短剣を鞘に納めてネロに告げた。


「私の負けです。君は十分な……いや、十分すぎるほどの実力を持っていることが分かりました。ハンターギルドへの加入を認めます」

「ああ、よろしく頼む」


 ローランの言葉に頷き、魔剣を封印状態の片手剣状態に戻すネロ。

 エルヴィラスレイヴは、鞘に入った状態に戻ったようだ。

 その様子を見ていると、ローランが話しかけてくる。


「ネロ君、でしたか……素晴らしい実力ですね。まさかあれほどとは……」


 話しかけてきたローランを見ながら、ネロは驚いた。

 サブギルドマスターという重鎮であり、かつ高い実力を持ちながらも負けたことについて潔く認めたのだ。

 さらには、何事もなかったかのように話しかけてくる。


「(俺には中々難しい人付き合いの良さだな……)……まあ、俺としては魔剣解放までさせられたことが悔しいんだがな」

「ははは……流石に技術で負けるわけにはいきませんからね。これでも昔は【影縫】の異名を持っていたのですから」


 聞いたところによると、どうやらローランはシーフ系の中でも特にスピードに優れたハンターだったらしい。

 まるで影から影に移動するかのように、気付かれずに敵を屠り去って行くことから付けられた異名のようだ。

 そんな有名な異名持ちでありながらも、気さくで人付き合いが良い。

 彼が引退する事になったとき、ギルド幹部が総出でお願いし、ローランは今の立場に就いたとのこと。


(仕事も出来て、実力もある。まさにパーフェクトじゃないか)


 実力は高いが、人付き合いが下手なネロにとって、まさに正反対とも言える人物だろう。

 ちょっとネロは僻んでいた。


《……なんでそこで僻むのさ。それにネロの方が強いんだから、もっと自分の良いところ見ておくべきだよ》

《そうは言ってもな……魔剣解放で多分他のハンターはびびってたぞ。明らかに俺を見る目が"恐怖"だったし……》


 陰キャはそう簡単に変わらない。

 どうしてもネガティブになりそうなネロを、必死に励ますエルヴィラだった。

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