001話
新作書くくらいなら既に書いているやつ書き上げろよ、というご意見は分かってます!
でも、思いついちゃったので! お許しください!
ちなみに1話で1万文字超えて書くなんて初めてです……気が向くまでは真面目に書きます。
良かったらご覧くださいませ《・ω・~》
「ぐはっ……!?」
自分の胸元から飛び出している大きな刃。
そして、自分が顔を向ける側から少し離れた位置に倒れる仲間。
そこから少し離れて、自分を見て薄ら笑いを浮かべる騎士の顔。
「っざけんなっ! お前、お前はっ!! この裏切り者がっ!」
「やれやれ……そんな状態でも話せるとは驚きだ。だが、長くは続くまいよ」
そう言いながら騎士が剣を納め、踵を返す。
「お前たちのような存在はいてはいけないんだ。だから、ここで処理させてもらおう……さらばだ」
その言葉を最後に騎士は走り去っていく。
その背中に目を向けながら声にならない呪詛を心の中で喚き散らす。
(結局都合よく使って……それで捨て駒かよ! クソが……クソがクソがクソがクソがッ!!)
だが、現実は非情である。
自分の胸元から出ている刃が抜き取られるのを感じ、そちらの方に向き直る。
既にかなりの血が流れてしまい、意識が朦朧とするのが分かる。
だが、自分たちを襲ったモンスターを正面に見据え、大剣を構えた。
相手は……まさに死神と言える姿。
大鎌を手に、黒いローブを靡かせた骸骨は、その骨の姿からは想像も付かないほどの力を持って攻撃を仕掛けてくる。
一合、二合、三合……
必死に斬り合うが、傷口から流れる血液と共に力が奪われていくのが分かる。
そしてついに、自分の持つ大剣が弾き飛ばされ、さらにその衝撃で体勢を崩し膝を付いてしまう。
滑るようにして近付いてくる死神の姿。
声帯がなく、当然皮膚も筋肉もないのに、顎の骨を震わせてカタカタと鳴らす姿は、まさにこちらを嘲っていると言えるものだろう。
「くそっ……!」
どうにかして撤退しようと必死に身体を動かす。
だが、思うように動かない身体に追い討ちを掛けるかのように、死神の鎌が太腿を切り裂いていく。
「ぐっ!?」
切断はされていないものの、その一撃で身体が強制的に地面を転がる羽目になった。
図らずも、先に倒れていた仲間のところまで転がったようだ。身体がぶつかり停止する。
「うっ……ナ……オ……?」
「エル……お前……」
既に事切れているかと思っていたが、まだ生きていたようだ。
とはいえ、既にその命は風前の灯火のようになっている。
「……はは……ナオが隣に来てくれるとはね……最後にツイてる……」
「エル……これを飲め……そうすれば……」
震える手で、腰のポーチから回復薬を取り出す。
胸を貫かれた自分より、彼女の方が傷は浅い。
回復薬を使えば、彼女だけでも生き残れるのではという思いから差し出す。
だが、彼女は静かに目を伏せ、首を振った。
「……どのみち、逃げられない。それにボクは……ここまでだったんだよ……元々……」
途切れ途切れにそう告げてくるエルは、必死に言葉を続ける。
「それに……あの連中がいるし……帰っても同じさ……それよりは……君と一緒にいたい……」
「馬鹿が……」
付き合いは長くないが、それでも心を許せると初めて思えた相手。
そんなエルの諦めの言葉に歯噛みするも、だが既に否定できる要素がないのも事実。
それなら……と縋るように手を伸ばしてくるエルの手を握る。
「最後に……一緒にいれて……楽しかった……」
「……ああ……俺もだ」
エルの言葉に返しながら、できる限りの力でエルを引き寄せる。
ここで終わるならば、せめて離れないようにと。
そうしていると、後ろでゴウッ!という音がするのを耳が捉えた。
そして、一瞬の静寂の後に再度生じる風の唸り声。
それを認識しながらも、絶望ではなく復讐の炎を宿した直蔭の心は、その内で高らかに叫ぶ。
(俺とエルをこんな目に遭わせたクソ共が! 呪われろ! その世界ごと――闇に沈め!)
あらん限りの憎悪と、そして復讐の誓いの咆哮が周囲に木霊する。
『――ウオオオオオオオオオオォォォッ!!!』
◆ ◆ ◆ ◆
人と接するのが上手で、誰とでもすぐ仲良くなれる人がいる。
対人スキルの高さから、周囲に認められたり上に阿るのが上手で、社会的な地位をすぐに手に入れていく人がいる。
突き詰めると、華々しい芸能界やインフルエンサーと呼ばれる有名人へ進化する人がいる。
時折、「昔の自分は人が苦手で……」という者もいるが、それはあくまで過去の話でしかない。
彼らはいわば、「リア充」であり、「陽キャ」のカテゴリーに元々入っていた、あるいは自らそちらに移動した連中だ。
だが、当然のことながらそちらの側にいけない人間も存在している。
人付き合いが下手で、努力しても周囲から認められず、損を被る事が多い人種。
人呼んで、「陰キャ」という。
「おい、見てみろよアイツ……また一人でメシ食ってるぜ? お前誘ってやれよ」
「やだよ、面倒くさい。大体ああいうのって『陰キャ』って言うんだろ? 話したって面白くねぇよ。それより早く行こうぜ、通り沿いに美味い店見つけたんだ」
今は正午を回った時間。
そのため丁度昼休みとなった事務所の中では、数人の社員がそんな事を口にしながら出て行く。
そのうちの一人の視線は、同じ事務所内でデスクに座ってパソコンに向かっている一人の人物に向いていた。
その人物の名前は結城 直蔭。
入社2年目に入った彼は、未だ誰とも必要以上に接することなく、ただ独りでデスクに座って昼食を摂っていた。
とはいえ、周囲の声というのはよく聞こえるもので、
(くそっ、聞こえてるんだよ……それに、別に『陰キャ』になりたくてなったわけじゃない……)
そう心の中で呟く直蔭。
とはいえ、それを口にする勇気はない。
さらにそろそろ終業という段階で、課長が突然直蔭のデスクに書類の束を叩きつけるようにして置く。
「おまえ、これ追加な。今日の内に終わらせろよ」
「……は? 無理です」
そう言って一度は断る直蔭だったが、課長は全く取り合わない。
「うるさいな、どうせお前飲み会にも来ないで直帰だろうが。付き合い悪いんだから、少しは会社のために働けよ」
「……」
そう言い捨てて課長は自分の席に戻っていく。
そして終業時間になれば、課長は直蔭と同期(といっても別に仲が良いわけではないが)を連れ、さっさと帰っていく。
ちらと耳にした限りでは、どうやら飲みにいくらしい。
対する直蔭は、残業である。
結局今日も11時頃まで仕事を続け、特に誰かと一緒に食事や飲みに行くこともなく帰路に着く。
(はぁ……何のために俺って生きてるんだか……)
空には月が寒々しい光を放ち、周囲を照らしている。
それを見ながら空を見上げ、独り呟く直蔭だが……
―――キキーーッ!!
「え?」
突然響く甲高い音に合わせて直蔭も振り返った。
正面に迫る二つの光。
それが直蔭の後ろから迫っていたトラックのヘッドライトであり、先程の音はブレーキ音だったと気付かぬうちに。
――ドガッ!!!
直蔭の全身を凄まじい衝撃が襲うと同時に、直蔭の意識は闇に沈んでいくのであった――。
◆ ◆ ◆
「ぐっ……!」
自分が今、どのような状態なのか。
上を向いているのか下を向いているのか。
立っているのか、倒れているのか。
それすら分からないまま、直蔭は頬に感じる冷たい感触と、身体を苛む痛みで覚醒した。
「……」
頬に感じる冷たい感触は、恐らく床だろうと意識しながら手を突いて身体を浮かす。
身体が持ち上がった事からして、間違いなく床だということを認識した直蔭は、床がアスファルトではなく大理石のような質感である事に気付く。
さらに言うと、その床には複雑な紋章や線が沢山描かれており、焦げたかのような茶色をしている。
そして、少し目を動かしただけでその場所が周囲より少し高い、円形の台になっていることにも気付いた。
「……あれ、確か俺は……」
確か、トラックにはねられた気がする。
そんな事を考えつつ、直蔭は頭を上げ、周囲を見渡す。
周囲を見ると、自分が倒れていた台と同じような円形の台が周囲にあり、人が直蔭と同じように倒れているのが見える。
上を見ると、かなり高い天井を持った建物であることが認識でき、さらに窓にはめ込まれたステンドグラスが、この場所の特異性を示している。
明らかに普通ではない建物であり、十中八九大聖堂と答えるのが正しい場所と見受けられる。
さて、さらに見ていくと少し離れた位置に幾人もの聖職者や兵士、騎士らしき人物が立っているのが見える。
すると、直蔭が起きたことに気付いたのだろう、一人の神官らしき人物が直蔭に向かって歩いてくるのが分かった。
それを見ながら直蔭は眉間に皺を寄せる。
(明らかに俺が知る人間じゃない……日本じゃないのか? 人種まで違うぞ?)
歩いてくる神官は金髪碧眼の男性。
日本人だとは天地が返っても思えないイケメンだった。
そう思いながら直蔭が観察を続けている間に、直蔭以外の倒れていた人たちも起き上がったようだ。
見た目からすると、恐らく日本人だろう。黒髪黒目という点からして、まず間違いない。もちろん他のアジア系かも知れないが。
いずれにせよ、他の3人は皆若い。恐らく十代後半……高校生レベルだろうか。そう考えると直蔭は二十代半ばなので、それなりの年齢差である。
そうこうしている間にイケメン神官は台の側まで来ており、微笑みを浮かべながら手を差し伸べ、口を開いた。
「ようこそ、異界の勇者たちよ。歓迎いたします」
「……は?」
突如として告げられた言葉。
それに対して直蔭は、なんとも言えない表情で一言返すしか出来なかった。
「……驚かれることだと思います。ですが、ご説明いたしますのでどうかこちらに来ていただけますか、皆様?」
神官の言葉に高校生たちはあっさり台を下りてついて行く。
だが、直蔭は眉間に皺を寄せたまま悩む。
(このまま付いていって大丈夫か? 大体、『勇者』って言葉に少しは反応すべきでは?)
そう考え、台から下りるのを躊躇う直蔭。
それに気付いた神官が、直蔭の方を見て「大丈夫ですよ」と言ってくるが、どうしても直蔭としては首を縦に振れない。
そう思っていると、少年少女たちも気付いたのか振り返り、口々に何か話しているのが見える。
『何で下りてこないんだ?』
『別に心配ないって言われてるんだしねぇ?』
何を言っているのか分かってしまった直蔭は一つ溜息を吐いた。
(もう少し警戒心を持てよ……)
そう思いつつも、この場に留まったところで良いことはないし、話は進まないので神官に従い直蔭も台を下り、彼らに付いていくことにした。
歩きながら、案内の神官が説明を始める。
「ここは人間族の国、ザンクトシュタッド王国であり、【光十字教】の総本山が置かれる有数の大国です。特に――……」
国の説明から始まった神官の話は淀みなく続く。
その中では、簡単に召喚の理由なども話されていった。
「――先日、神託により【魔王】の出現が予告されました。皆様には魔王の討伐のために力を貸していただきたいのです。勇者様たちは私たちを越える力があり――……」
とは言っても、この時点で直蔭は聞く気を失っていた。
(つまりなんだ? 俺たちは普通より強いから都合の良い駒として強い奴を相手にしろってことか?)
直蔭はそんな予想を立てていた。
というのも、直蔭はラノベ好き。こういった異世界転移における「お約束」というものを何パターンも知っている。
もちろん必ずしも当てはまるわけではないかも知れない。が、面倒に巻き込まれたくないなと思っている間に話が進んでしまっていた。
さて神官の後を付いていくと、今度は先程の台座の対極側にある祭壇の前に辿り着く。
中央に十代半ばくらいの少女が目を瞑って立っており、その周囲には神官だけでなく正装に身を包んだ、恐らく貴族と思われる人々も立っている。
祭壇の上には、何か透明な水晶玉のようなものが台座に据えられているが、明らかに普通でない事はその水晶玉が玉虫色のように色が変化することにある。
「さあ、皆様こちらに……一人ずつこの【鑑定の瞳】に触れてください」
目を瞑っているのにも関わらず直蔭たちに気付く少女は、水晶玉を指しながらそう言ってくる。
ここまで案内してくれた神官も笑みを浮かべながら5人を手招きしている。
(恐らくあれは、ステータスを公開するようなものだろうな……鑑定って言葉が入っているし)
そう思いながら祭壇に向かう直蔭。
だが、先に辿り着いていた4人は、水晶玉には触れず祭壇の前から動こうとしない。
どうやら、流石に得体の知れないものに触るというのは嫌なようだ。しかも、チラチラと直蔭の方を見てくる。
「はぁ……」
呆れたように溜息を吐く直蔭。明らかに彼らが押しつけてきているのが分かる直蔭。
だが、ここで立ち止まっていても意味はないので、直蔭は案内の神官に尋ねる。
「お尋ねですが」
「何でしょう?」
イケメンスマイルが憎い。
だが、そんな気持ちには蓋をして、冷静に直蔭は質問する。
「あの【鑑定の瞳】というものは、触れても問題ないものなのでしょうか? どのような効果が?」
そう聞くと神官は「ああ」と言いながらポンと手を打つと、頭を下げた。
「大変失礼いたしました、ご説明していませんでしたね。これは【鑑定の瞳】というマジックアイテムで、あなた方の能力やスキルを鑑定するための道具です。犯罪歴の確認にも使われる事があり、大きな都市では門で【鑑定の瞳】の簡易版が利用されております」
「……なるほど。危険性はないということですね」
「ええ、ご心配お掛けしました」
どうやら危険性のある魔道具ではない、ということが分かったのだろう。
若者4人がすぐに動き出す。
「じゃあ、まず俺からするぞ!」
そう言ったのは高校生4人組のリーダーと思わしき少年。
祭壇前の少女が頷くと同時に水晶玉に触れると、祭壇の上部に半透明のパネルのようなものが投影された。
===================
【キョウヤ・タマエ】
年齢:15 男
◆ジョブ:転移者
◆スキルレベル:
《身体強化》
《剣Lv3》《盾Lv2》
《光魔法Lv3》《火魔法Lv2》
◆エレメント
《剣士》《騎士》《神官》
◆称号
剣の勇者
◆装備
・ブレザー制服
・チタンのネックレス
・スラックス
・ローファー
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「「「おおっ!」」」
そこには、名前だけでなくスキルやジョブ、称号が書かれており、所謂ゲームのステータス画面のようなものだ。
それを見てざわめく周囲の神官や貴族たち。
確かに称号に「剣の勇者」というものがあるというのは、驚くべき事だ。
そしてそのステータスを見て?頷きながら声を掛ける少女。
「素晴らしいです、キョウヤ様。キョウヤ様は『剣の勇者』様にふさわしく、最初から中々の剣スキルや魔法スキルをお持ちのようですね」
ガッツポーズをしながら祭壇の前から移動するキョウヤ。
次は細身で眼鏡の男子が祭壇に近付く。
見た目からするといかにもインテリ系でクールな雰囲気の少年だ。
ちなみに眼鏡を掛けている。
「次は僕ですね」
そう言って彼が水晶玉に触れると同時に、先程のキョウヤと同様にステータスが表示される。
===================
【アキラ・カノウ】
年齢:15 男
◆ジョブ:転移者
◆スキルレベル:
《身体強化》
《杖Lv2》《短剣Lv1》
《光魔法Lv4》《魔法Lv3》
◆エレメント
《魔道士》《呪術士》
◆称号
魔道の勇者
◆装備
・ブレザー制服
・チタンの眼鏡
・スラックス
・ローファー
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彼はアキラというらしい。
いかにもインテリらしく魔道士だ。
ただ……眼鏡まで装備品として含まれるとはなんとも言えない。
どうやらアキラも気付いたらしく、なんとも言えない表情をしながら眼鏡を触っていた。
「んじゃ、アタシの番ね」
そう言って上がったのは茶髪の女子。
見た感じとしては、スポーツ系部活に勤しむ元気印の女子だろうか。
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【ユリナ・フクモト】
年齢:15 女
◆ジョブ:転移者
◆スキルレベル:
《身体強化》《罠探知》《隠形》
《短剣Lv4》《曲刀Lv4》
《光魔法Lv1》《風魔法Lv2》
◆エレメント
《盗賊》《偵察士》《弓術士》
◆称号
盗賊の勇者
◆装備
・ブレザー制服
・ミサンガ
・ミニスカート
・ローファー
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彼女は元気印というところで、シーフ系の技能を持つ勇者らしい。
ちなみに盗賊と書かれているが、これはあくまで技能的なものを指すので問題ないのだ。
ジョブに書かれていたら問題だが。
「『盗賊』って……なんか微妙なんですけど」
「問題ありません、あくまで技能ですので……」
どうやら彼女もそう感じたらしい。素直にそのことを口に出していた。
すると祭壇の前にいる少女が、少し苦笑しながら問題ないと安心させている。
「では……私ですね」
そう言うと高校生グループ最後の女子が祭壇の前に立つ。
彼女は黒髪を長く伸ばし、姫カットにしている大和撫子然とした美少女だ。
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【アイノ・ウツノミヤ】
年齢:15 女
◆ジョブ:転移者
◆スキルレベル:
《身体強化》
《杖Lv2》《棍Lv3》
《光魔法Lv5》
◆エレメント
《聖者》《神官》
◆称号
神官の勇者
◆装備
・ブレザー制服(特注品)
・銀のロザリオ(死霊特効・精神力上昇)
・スカート(特注品)
・ローファー(特注品)
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明らかにお嬢様である。
名字からしてそうだし、さらに言うと装備がほぼ特注品。
しかも銀のロザリオまで……まさに聖職者としてふさわしいというか。しかもバフ付き。
なお、彼女は実際に名家の出身であり、彼女自身は敬虔なクリスチャンだったとか。
修道女にならなかったのは、結婚しなければならないため無理、という御家存続が理由らしい。
さて、このステータス画面だが、簡単に説明しておく。
名前や年齢、性別はそのまま。
ジョブは、現在の職業、あるいは主とする職業が示される。
そのため、「冒険者」や「武器職人」など様々存在している。
基本的に周囲からどのように見られているか、あるいは公式にどう見られているかというものになるため、キョウヤたちは皆現在「転移者」というジョブ表示になっている。
続いてスキルレベル。
この世界において一般的には、最大スキルレベルが「5」だ。
身体強化についてはレベルが無いが、それ以外は基本的にレベルが存在しており、自分の持つレベル以下のスキルを使用することが出来るということを意味する。
例えばキョウヤの場合《光魔法Lv3》なので、光魔法のレベル1~3までのものならば使用できるということだ。
さらにアキラの《魔法Lv3》は、つまり火、水、風、土、光、闇のすべての属性をLv3まで使用できることを意味する。
さて、この中で特殊なのが《エレメント》だろう。
これは「要素」であり、その人物が元来持つ性質や方向性を指す。
逆をいうと、この欄に書かれていない方向性の職業やスキルを取ることは難しいということでもある。
もちろん、料理であったり薬の調合といった知識と経験で補われていくものはこの対象にはならないが、それでも《錬金術師》などの性質を持った人物であれば薬の調合が上達しやすいというメリットが存在する。
さて、高校生グループが終わり、最後に直蔭の番となった。
「では、どうぞお触りください……」
少女に促され水晶玉に触れる直蔭。
===================
【ナオカゲ・ユウキ】
年齢:17 男
◆ジョブ:転移者
◆スキルレベル:
◆エレメント
《陰》
◆称号
なし
◆装備
・スーツ
・時計
・スラックス
・革靴
===================
「えっ……?」
表示されたステータスを見て、正面の少女が驚いた声を出す。
同時に、周囲にいた貴族や兵士たちもざわつき始めた。
というのも、
「【勇者】の称号が……ない?」
そう。直蔭の称号は何もなかった。
しかも、スキルも存在していない。
「しかもエレメントが……《陰》とは一体……」
予想もしていなかった現実に周囲が固まる中、そのステータスを見た直蔭も固まっていた。
(え、完全に捨てられるキャラやん……)
こういう不遇ステータスキャラというのは、往々にして裏切られたり、途中で捨てられるというオチが付く。
もちろん多くの場合そこから奮起してチートまっしぐらというのもお約束なのだが、とは言ってもあまりに酷いステータスには流石に落ち込んでいる。
(立ち回り下手すれば、死亡一直線……)
多くの不遇な主人公たちは、はっきり言って「主人公」なのである。
主人公というのは補正がかかり、「運良く」権力者と出会ったり、「運良く」一命を取り留めるものだ。
それをよく知る直蔭としては、「はいはい主人公補正主人公補正」と考えている。
一歩間違えれば死、というのが真実なのだ。
しかし直蔭が考えている間にも状況は進んでいく。
『彼は……勇者でないのか? どうしたものか……』
『だが、戦力は少しでも多い方が……』
『召喚している以上、責任はあるので何らかの立場を……』
周囲の貴族たちの言葉が漏れ聞こえてくる。
割と親切なものが多いようだが、時折聞こえてくる『知られないように処理を……』という言葉が、直蔭に現実を突きつけてくるのだ。
「……と、とにかく皆さん、今は彼らにしっかり説明し、協力いただくことです。場所を移動しませんか?」
案内役だったイケメン神官が手を叩き注意を促す。
皆一斉に頷くと、ぞろぞろと扉から出て行く。
その様子を呆然と見送る5人。
「さ、私たちも移動しましょう。すみませんが、遅れず付いてきてくださいね」
「「「「「ア、ハイ」」」」」
イケメン神官の言葉に、頷くしかない5人だった。
◆ ◆ ◆
場所変わって謁見の間。
召喚から既に数時間経過している。
「余がザンクトシュタッド王国国王、ハイリッヒ十四世である。勇者諸君を我が国に迎えることができ、心より光栄に思う」
そう声を掛けてくる国王に対し、跪き礼をする5人。
一応謁見の作法ということで少し神官より手ほどきを受けた彼らは緊張した面持ちで国王の前にいる。
国王の周囲に立っているのは恐らく王妃や王子、王女たちだろう。
さらに扉から玉座まで、左右には大勢の貴族が立ち並んで彼らに注目している。
5人を興味深げに、満足げに、あるいは一部少し意外そうな表情で見ている。
「余は、そして我が国は諸君らをしっかりと支え、魔王の討伐まで支援の手を緩めることはない故、安心して向かって欲しい」
「「「「はっ!」」」」
そう答える勇者たちに満足げに頷く国王は言葉をさらに重ねる。
「なお、勇者といえど余が常に側にいるわけにはいかぬのでな、勇者諸君の後見人として第二王子ならびに第一王女をつける。よいな?」
「「はい、陛下」」
王族2名が勇者の後見になる。
それは間違いなく、王国の期待の大きさを物語るものだろう。
だがお気付きだろうか、今の話はあくまで勇者について。
1名、話に含まれていないのがいるのだ。
「さて……お主についてはどうすべきか……」
その人物に対し、顎を撫でながら目を向ける国王。
同時に、皆の視線も彼に注がれる。
「【勇者】の称号を持たぬ者……ナオカゲ・ユウキよ」
直蔭のステータスが判明した瞬間、神官たちは大いに混乱した。
なにせ勇者として召喚されたはずなのに、【勇者】の称号を持たないのだ。
さらに問題としては……
「陛下! このようなスキルもなく、さらに《陰》のエレメントなど不吉なものを持つ存在は、放逐――いえ、幽閉にすべきです!」
一人の文官がそう騒ぐ。
同時に周囲の文官系の貴族たちも、頷き賛同している。
「何をいうか! 《陰》という珍しいエレメントならば保護するのが当然! 我らならば彼を――いや、彼と研究するために良い待遇で迎えさせていただく! 彼には王宮魔道士団の客員として迎えるのが良い!」
今度は対面側にいた、豪華なローブに身を包む男性がそう言い放つ。
周囲の同じような服装をした連中もそれに同意しているようだ。
彼らは謁見の間である事を忘れているに違いない。
国王が頭痛を覚えたかのように顔を顰め、こめかみの辺りを叩いている。
騒いでいる連中は、謁見の間では扉側に近い。
対して、玉座に近い――つまり高位の貴族や大臣たちは、口を開かず国王の決定を待っている。
とはいえ時折彼らも直蔭に視線を送っているところからして、気にはなっているのだろう。
「静まれ」
流石に呆れたのか、国王が口を開く。
同時に、先程までの喧噪が嘘だったかのように静かになった。
「余は、この件を当人に任せようかと思う」
国王はそう言うと、直蔭を見た。
「さて、お主はどうしたい?」
「……陛下のお心のままに」
直蔭は人付き合いが下手である。
だが、少なくとも無謀ではないし、愚かでもない。
当たり障りもない答えをするのが、彼のスタンスだ。
しかしながら、タイミングの悪さというのがある。
直蔭の言葉に、国王は溜息を吐いて口を開いた。
「余は、お主が決定すべきと考えておる。故に、余は何も命はださんぞ」
「……」
こう言われてしまっては仕方ない。
ここでさらに同じ言葉を繰り返してしまえば、下手をすれば不敬罪と言われて首が飛んでしまう。
(……何でこうも上手くいかないのか……)
必死に考え、どうにかして流れに沿って乗り切ろうと思っていた直蔭は、初っぱなから躓いた形になってしまった。
下手に大きな事を願うのも問題、逆らうのも問題、かといって悪貴族に取り込まれるのも困る。
結局、直蔭はどうにか考え得るベターなところに持っていくことにした。
「……現時点では、この世界についての何の知識もなく、力もない者です。できましたら、勇者である彼らの訓練に参加させていただけたらと思います。その上で……」
「その上で?」
直蔭は一旦言葉を切った。
もし現時点で国王が少しでも嫌な顔をするならば、取り下げようと思っていたのである。
だが、興味深そうに見つめる国王の表情を見て、直蔭は言葉を続けた。
「いずれ、勇者たちは旅に出られるのではないかと愚考いたします。あるいはどこかの街へ遠征されるかもしれません。そのタイミングで共に出て行き、王都を出て冒険者でもしながら生活しようかと思っております」
「ふむ……」
国王は、直蔭の希望を受け入れたようだ。
興味深そうな、そしてどことなく面白がるような目で直蔭を見ている。
そして一瞬考えるかのように目を瞑ると、すぐに開いて、
「その言や良し。望み通りにするが良い」
「陛下の寛大なご配慮、感謝の極みに存じます」
直蔭はそう言い跪いたまま頭を下げる。
直蔭が下がると同時に、国王は周囲に指示を出し始めた。
まずは勇者たちの王都での宿舎。
これは王宮内に置かれることになる。
さらにそれぞれのスキルに応じて、訓練教官が選ばれる。
どうやら、既に内々では決まっていたようで、それに沿って国王が周囲の貴族たちを呼び、それを拝命するというのを繰り返す。
直蔭については、王宮内にある騎士団の士官宿舎を使うということになった。
これはどうしても勇者でないということで、一部の貴族たちが反対した事による。
だが、直蔭としては気にしておらず、それよりも騎士団の宿舎に風呂があるということに喜んでいたという……
◆ ◆ ◆
数週間後。
勇者たちは訓練だけでなく、様々な夜会に呼ばれ忙しい毎日を過ごしていた。
未だお披露目ではないとはいえ、勇者たちの情報は民衆にすら公然の秘密として語られている状況で、貴族たちが手をこまねいているはずはない。
多くの貴族が自分の娘や息子を使って勇者たちとの間に既成事実を作り、自分の派閥に取り込もうと躍起になっているのだ。
最初の頃はその雰囲気に驚き、困惑していた彼らだったが、慣れてきたのか最近では自ら人脈作りに精を出している。
特に男子であるキョウヤとアキラはあちらこちらに行っているのだ。
帰ってきた彼らの服からは、いつも女性の香水の香りがしている。
(完全にハニートラップだろうが……よくもホイホイ付いていく気になるな)
直蔭は、騎士団の訓練場を出て宿舎に向かって歩きながら考えていた。
というのも、偶々回廊でキョウヤとすれ違ったからである。
恐らくかなり飲んだのだろう、アルコールの匂いをさせながらふらつく彼の姿は、勇者とは思えないものだった。
(聞くところによると、最近は訓練よりも夜会優先らしいじゃないか)
1ヶ月経たないとはいえ、毎日戦闘訓練を行っている直蔭の姿勢は隙のない状態だ。誰が見ても、実力者であると口を揃えて言うだろう。
対するキョウヤの最近の状況は、あまり戦闘訓練をしていないために動きが素人である。
直蔭は知らないが、実は訓練を担当する騎士団長が『天賦の才がある』と驚いたほどに戦闘スキルを吸収する直蔭。
既に一般騎士では歯が立たず、近衛騎士と打ち合う事が出来るだけでなく、団長直々に訓練を受けるという状況である。
現在直蔭が使用する武器は大剣。
防御を主体に置きつつ、隙を見て一撃を与えるというスタイルで訓練している。
同時に、大剣での突きや振り回しを使った全体攻撃なども含めて訓練しているので、かなり状況に応じた戦いができるだろう。
さて、宿舎に戻ろうとする直蔭に一人の騎士が近付いてきた。
「ナオ」
「エルか」
宿舎側から歩いてきて直蔭に声を掛けてきた人物。それは直蔭と共に騎士団で訓練をしている若い騎士だった。
人付き合いが苦手な直蔭だが、騎士団の連中とはそれなりに仲良くなっていた。
その中でも最も仲が良いのが、この騎士である。
『ねぇ君、転移者だって?』
『……だからなんです? これから訓練なんですが』
最初の出会いはあまり良いとは言えなかっただろう。
直蔭を見るなり『転移者か』なんて聞いてくる相手だ、それこそ直蔭の警戒度合いも弩級に上がろうというものである。
だからといって、直蔭の反応が許されるというものでもない。
どうやら騎士団でも人気のある騎士らしく、怒気の籠もった目線を送られてしまった。
直蔭も直蔭で、そんな目線に気付いてしまったが故に騎士たちに向けて睨め付けるという事になり、一触即発という状況になったりもした。
だが、エルと呼ばれた騎士は『ボクが悪かった!』と謝ったのである。
まさかそんな態度を取るとは思わなかった直蔭と騎士たちは、エルにそんな態度を取らせてしまったということでお互い矛を収めることになる。
それ以降、エルが直蔭に絡みつつ騎士たちとの繋がりを作ってくれたおかげで、直蔭は騎士団とも良い関係になり、受け入れられる事が出来た。
もちろんそのことをエルは自分の事のように喜び、直蔭もそんなエルといつも一緒にいるようになったのだ。
そんな相手が、腰に手を当てて頬を膨らませながら直蔭を見ている。
「もう、いつまで経っても宿舎に戻って来ないから、ボクが迎えに来る羽目になったじゃないか! 一緒に食事するって約束してたよね?」
「あ……そうだったな、すまん」
騎士の見た目は、まさに美貌の騎士という言葉が合うだろう。
実際、男女問わずエルのファンは多い。
エルの銀色の髪はセミショートに切りそろえられ、前髪の半分が左目を覆うような感じである。
目は大きくクリッとしており、菫色の美しい瞳を持っていた。
そんな美貌を、まさにプンスカという擬音が付きそうな表情に歪めて直蔭の肩を何度も叩いている。
だがそれも、実際に怒っているというよりは、単にじゃれついているようにしか見えない。
「もう、もう、もう! ボクとの約束を何だと思っているんだ! そんなナオはこうしてやるこうしてやる!!」
「わ、分かった分かった。俺が悪かったからそれやめろって」
さて……もしこの様子を何も知らない連中が見かけたなら、間違いなく直蔭はホモではないかという噂が流れるだろう。
なにせ騎士服を着ており、一人称が「ボク」だ。間違いなく少年騎士といちゃつく男と間違われる。
だが……
「はぁ……お前な。仮にも王女だろうが、そんな駄々っ子の真似はやめろ」
「う、うるさいうるさいうるさい! ボクは騎士として生きるんだ! それにこんなことする相手、ナオ以外にいないもんね!」
そう、実はこのエル、この国の王女なのである。
ただ、第五王女であり国王の愛人の娘なので、王室内での立場は低い。
国王が認知しているため王族として扱われているものの、母親の身分の関係であまり重要視されていないというのが事実だ。
まあ本人は、『別に自由だしいいじゃん』というところらしいが。
「……お前、なんでそんな悲しいこと……」
「アレ!? 何でナオがそんな表情するのさ! ちょっと!?」
『自分には友達がいない』と言わんばかりの言葉に、少しホロリときた直蔭。
だが、王女ならばそうそう友人も作れないんだろう……可哀想に、という思いを込めてエルの頭を撫でる直蔭。
「ど、同情するなぁーー!!」
さて、そんな話をしながらもワイワイと食堂に移動する二人。
だがその後ろから、一人の騎士が駆け寄ってきた。
「ナオカゲ殿、ここでしたか……エルヴィラ様も」
「どうしたんです? そんなに急いで」
この騎士は、常々直蔭と共に訓練をしていた近衛騎士で、その繋がりから王宮からの連絡官のような役割も担っている人物。
普段から冷静沈着な彼だが、今日は息を切らせながら走ってきたことからすると普通ではない。
エルも目を見開いて驚いた表情をしていたが、続く騎士の言葉に意識を持って行かれた。
「近くの街で、モンスターの集団が現れたそうです。そのため、勇者パーティを派遣するとの命令が!」
「なっ……!」
モンスター。
攻撃力、生命力が高く、常に人間を襲う天敵とも言える存在。
通常の生物と異なり、魔力が異常活性し変質することで生み出される存在だ。
人が生活する場所で発生することはそうそうないが、戦いの多い平野であったり、ダンジョンと呼ばれる迷宮で生み出される。
そして……魔王の出現によって増加し、活性化することでも知られている。
種類は多種多様で、一般的に【魔物】と称される生物に似ている。
だが、魔物は一般的な動物が魔力の影響により変質した後、繁殖した存在であるのに対し、モンスターは雌雄での繁殖は起きない。
さらに、魔物は体内に魔石と呼ばれる器官を持っており、死ねば死骸も残るのに対し、モンスターは「魔力災害」の一種。死ぬと死骸はすぐに霧散してしまう。
だが、興味深いこととしてモンスターはアイテムを落とす。
モンスターが死ぬと霧散する魔力だが、低確率で魔力が再収束してアイテムに変質するのだ。
これを使って、装備品を鍛えたり、新しい装備を作ることができるのである。
これらモンスターは、魔王が出現していなくても存在はしているため、モンスターを狩ったり、そのアイテムを売ることで生計を立てている【ハンター】という職業も存在する。所謂冒険者であるが。
とはいえ、モンスターの種類によって強さや防御力が異なるため、下手に戦えばどれだけ訓練を積んでいても死ぬ可能性が存在する。
実際、名の知れたハンターでもモンスターの犠牲になるという話は少なくない。
まして、まだ実戦経験もない彼らだ。素人に毛が生えた程度の勇者パーティでどうしろというのだろう。
「……流石に集団は拙いだろう。使い捨てにでもする気か?」
直蔭がそういうのも仕方がないだろう。
だが、騎士は首を横に振った。
「いえ、もちろん勇者パーティだけでなく、聖堂騎士の分隊を付けるとか。それに、どうやら死霊系モンスターのようですし、勇者さんたちには相性が良いでしょう」
聖堂騎士というのは、光十字教が独自に持つ騎士団を指す。
その騎士団が忠誠を誓うのは神と信仰に対してであり、国に対してではない。
だが、戦力としては非常に強く、多くの者が【聖騎士】のジョブに目覚めている。
聖騎士は死霊系、アンデッド系モンスターと相性が良く、浄化も得意とするため選ばれたのだろう。
「なら安心か。しかしそうなると……俺がここにいるのも終わりだな」
「ナオ……」「ナオカゲ殿……」
直蔭は国王に宣言したとおり、勇者パーティの遠征と同時に王都を出て、冒険者――【ハンター】になる予定だ。
今回の派遣は、国王に話した「遠征」と同義と考えて良いだろう。
(もう少し、訓練をしておきたかったがな。いや、今まで参加させてもらえて幸いだった、と見るべきか)
直蔭はそう考えながら、食堂に向かっていた足を翻す。
「どちらへ、ナオカゲ殿?」
「団長室だ。お礼を言っておかなければ」
王国騎士団長とは何度も剣を交え、色々な事を教えてもらった恩がある。
直蔭がハンターになると決めた際にも、必要な知識や現場での動きということを教えてくれた。
必要であれば騎士団に推挙するという話もくれたのだ。
(俺のエレメントに関して知っても尚、他の騎士たちと同じように扱ってくれた)
はっきり言って最初の頃は、借りてきた猫のように壁を作っていた直蔭も、少しずつ打ち解けることが出来たのは団長のおかげだったのだ。
そんな事を思い出している内に、団長室に辿り着く。
――コンコン。
「ユージーン団長、ナオカゲ殿が面会したいと」
付き添ってくれている騎士が扉をノックし呼びかけると、中から『入れ』という声が聞こえてくる。
直蔭が中に入ると、団長は珍しく執務机ではなく応接用のソファーに座っているようだ。
「団長」
「おう、どうした? って……まぁ、あの話だろうがな」
直蔭が声を掛けると、ソファーに座っていた団長が手招きしてくる。
どうやら自分が来ることを予想した上でソファーにいたらしい。
「なんだ、エルも一緒か……ちょうど良い。おい、何か軽く摘まめるものと紅茶を」
団長はそう言うと近くにいた副官に指示しながら、直蔭とエルヴィラを迎える。
「まあ、座れ」
「はい、失礼します」
団長に促されソファーに腰掛ける直蔭とエルヴィラ。
そのタイミングはまるで図ったかのように同じであり、その様子に軽く笑みを浮かべる団長。
「突然にすみません団長、ご挨拶のためにお邪魔しました……が、どうしました?」
「なに、気にするな」
直蔭は用件を告げつつ、何故笑みを浮かべられたのかを聞いたが、何でもないとはぐらかされる。
だが、団長の目が揶揄うような視線だったのは分かっている、いるのだが、それを突くと藪蛇になりそうなので結局諦めた直蔭。
「それで……挨拶、だって?」
「ええ」
怪訝そうな表情の団長に対し頷く直蔭は、一度立ち上がると腰を深く曲げ頭を垂れた。
「この数週間、人付き合いも下手で戦闘についても素人の自分に、根気強くお付き合いいただけたことに最大限の感謝を。団長だけでなく、騎士団の皆に、本当に感謝しています。お世話になりました」
「……何かと思えば。小っ恥ずかしいじゃないか」
団長は厳つい顔を少し赤らめながらそっぽを向き、頬を掻く。
だが、頭を下げたままの直蔭の肩を叩くと、直蔭を元のソファーに座らせてから口を開く。
「お前の感謝の気持ちは受け取った。騎士団の皆にも伝える。だが……何よりお前が生き続けてくれることが、何よりの感謝になるんだ。忘れんな」
その真剣味を帯びた団長の視線。
それは、直蔭の今後に待ち構える困難を思ってだろうか。
いずれにせよ、普段は豪快な団長の真剣な表情に対し、直蔭も真剣な表情で頷きを返す。
それを見ながら重ねて団長は頷くと、一つ手を叩いた。
「さて、この話はここまでだ」
そう言いながら、団長は手元に置いていた蝋封のされた巻物を手に取る。
それをエルヴィラの前に置きながら口を開いた。
「お前らも知っての通り、近隣の街のモンスター大量発生に対して勇者が派遣される。それはある意味【勇者】という存在のお披露目とも言える」
「確かに」
現時点では正式にお披露目をされていない勇者たち。
だが、今回窮地にある街に派遣するということは、正式に勇者の存在を明らかにするということ。
そしてそれは……直蔭の独り立ちも意味する。
「……まあ、そうなるとお前がいなくなるというわけで、俺としては寂しくもあり、喜ばしくもありと複雑なんだがな」
「成長を見守る父親みたいな目線ですね……そんな年齢でもないでしょうに」
「やかましいわ」
そんなやり取りをしていたら、直蔭の隣から笑い声が聞こえて来た。
エルが手を口に当てて、笑っている。
「お前も笑い事じゃないぞ、エルヴィラ。ほれ」
そう言うと団長はエルヴィラに対し巻物を差し出す。
エルヴィラは巻物を受け取ると、蝋封に押された印章を見て表情を変える。
「これって……」
「ああ」
苦虫を噛み潰したような表情の団長は、頷きつつ言葉を続ける。
「国王の印章だ」
蝋封というのは、ただ潰すだけではなくその蝋に印章を押すことでその印章の示す存在からの正式な文章として見られる。
つまり、国王の印章が付いた巻物というのは、国王から出される正式な勅命書。
本来なら、謁見の間で渡すようなものだが、エルヴィラの立場上、騎士団長を通して渡すという形なのだろう。
さてエルヴィラはその巻物を受け取ると封を開き、中を見る。
「……一体、何の命令書です?」
「……」
直蔭が団長に聞くが、団長は難しい顔のまま唸っている。
すると、巻物を読み終えたエルヴィラが、巻物を机に放りだして深くソファーに身を沈める。
「はぁ……これは有りなのかなぁ……別に良いけどさ」
隣にいる直蔭がエルヴィラを見ると、視線で巻物を見るようにと直蔭に促す。
直蔭が巻物を取って見ている間に、エルヴィラは溜息を吐いて呟いた。
「『聖堂騎士は付けるけど、騎士団は王都にて待機』って……明らかに連中の差し金じゃないか。そのくせボクに指揮を執れだって?」
「……ふざけているな」
聖堂騎士と王国騎士は役割が異なる。
国に仕え、国を守るのが王国騎士であるのに対し、聖堂騎士は教会や大聖堂を守り、そこの神官や聖女など重要人物の警護に当たる。
聖堂騎士にとって都市の防衛やモンスター討伐というのは任務外であり、同時に総じてそういった仕事を見下す傾向にあるのも事実。
つまり、簡単に言うと王国騎士と聖堂騎士は仲が悪い。
しかも聖堂騎士には、噂ではあるが教義に反する存在を人知れず処理する役割があるとされている。
「なんか、ものすごくきな臭いんだけど……」
「……まあな。だが、勅命である以上、俺たち騎士団は断ることは出来ない」
団長は苦い顔をしている。
元々モンスター討伐は王国騎士団が動く予定の案件だった。
それを突然変更され、爪弾きにしているくせに騎士団所属の王女を寄越せと言われている状況。
聖堂騎士が光十字教所属ということも相まって、文句を言うにも言えない。
なにせ、「勇者のお披露目」という大義があるのだから。
「大体さ、ボクが指揮する理由って失敗したときに責任を取らせるって役目でしょ? 成功したら勇者のお手柄にしてさ」
どうやら相当苛ついているらしいエルヴィラ。
左手で眉間を解しているが、右手が強く握りしめられているのを見る限り相当キているらしい。
「……まあ、仕方がないだろう。俺も出来るだけエルをサポートするから」
直蔭がそう告げる。
だが、それに対してエルヴィラは首を横に振った。
「駄目だよナオ、君とは街でお別れという約束なんだ。そうなれば、ボクたちが君を巻き込むことは出来ない」
王女として、1人の騎士として、一般人を巻き込むわけにはいかないのだ。
例え数週間とはいえ共に鎬を削り、同じ釜の飯を食った相手でも。
そういわんばかりのエルヴィラの表情。
もちろんエルヴィラ個人としては直蔭に参加して欲しいという思いはある。
だが、騎士団の一員というわけでもなく、ハンターでもない状態の直蔭を縛れるものはないというのも事実。
だから……と強く両手を膝の上で握っていたエルヴィラに対し、直蔭の手が重なった。
「お前な……ここまで聞いてそれで、ハイさよならなんて出来るわけないだろ。少なくとも俺は近衛騎士と1対1で勝てる程度には強い。そんな俺が参加しないなんて……格好悪いだろ?」
「ナオ……」
「心配すんな。そうそう簡単にやられるつもりはないしな。最悪、防御に徹して応援を待つという手もある」
そう言いながら口の端で笑う直蔭を見て、つられたかのようにクスリと笑うエルヴィラ。
「……そんなこと言って、別に格好良くもなんにもないよナオ」
「……マジか……」
自分では少し良いこと言ったと胸を張っていたのだが、完全にスベったと言われた直蔭の心中は如何ばかりか。間違いなく「orz」状態に違いない。
だが、そういう口を叩いたエルヴィラの方はというと、薄らと頬を染めて口の中だけで呟く。
「……ありがとね」
そんな二人の様子を見てしまっては、団長としても流石に何もしないわけにはいかないと思ったのだろう。
頭をガシガシと掻きながら、執務机の横の引き出しを弄っている。
しばらくして何かを探し出すと、それを直蔭に投げて寄越した。
「……ほれ、これ使え」
「これは……?」
それは掌に収まるサイズのメダルだった。
中央には盾と剣の紋章が彫られているのが分かる。
それを見て不思議そうな表情をしている直蔭に対し、団長は首の後ろを掻きながら口を開く。
「本当はな、これでお別れというときに『何かあれば使え』って渡すつもりだったんだよ。だがまあ……お前には今渡した方がいいだろ」
「ちょっとこれって……! 団長!」
咎めるようなエルヴィラの声。
だがエルヴィラがそれ以上言うより先に、団長がさらに言葉を重ねた。
「そいつは『王国騎士団の証』。つまり、それを持つことを許されるって事は……騎士団の一員だと言うことだ」
「団長……」
驚いたような、呆けたような表情の直蔭はそれだけしか言葉が出なかった。
それに対して団長は顔の前で手を振って、少し焦ったかのように喋る。
「おっと、勘違いするなよ。お前を騎士団に縛り付けるつもりはないし、お前がそれを望まないことだって分かってる。だが……必要であれば俺たちが後ろ盾だということと、お前が俺たちに認められているんだという証として、な」
その言葉に一瞬驚きの表情を浮かべ、そして目を伏せる直蔭。
同時に騎士団の証をギュッと握ると、覚悟を決めた視線で団長を見返す。
「……分かりました。ありがたく拝命いたします」
「……おう」
頷く団長。
それを確認すると、直蔭は立ち上がってエルヴィラに向き直り、跪く。
「ナ、ナオ!?」
「……エルヴィラ王女殿下。どうか今回だけは、貴方様の隣で剣を振るうことをお許しいただけませんでしょうか」
直蔭の言葉も仕草も、別に騎士としての正式な作法というわけではない。
だが、それだけに思いのこもった言葉となる。
エルヴィラは一つ溜息を吐くと、自分のレイピアを抜いて直蔭の肩を叩く。
「――騎士ナオカゲ。私の隣に立ち、私と共に存分に剣を振るうがよい」
「はっ!」
◆ ◆ ◆
そのまましばらく団長を入れて会話をしながら、モンスター討伐の作戦を練る。
「ボクは細剣を使う【フェンサー】だから……基本的には先陣を切るつもりだけど」
「だが、数が多いと押し切られるぞ。状況に応じて入れ替わるのがいいだろ」
先程の雰囲気とは一転。直蔭もエルヴィラも、いつものように会話をしていた。
この切替の早さは、流石仲の良い二人である。
さて、エルヴィラのジョブは【フェンサー】。
決闘で用いられるようなレイピアや、短剣などの軽量武器を得意とするジョブだ。
だが同時に、ジョブになるまでに昇華するには相当の器用さ、技の習得が必要とされるため、エルヴィラの年齢でジョブにしているというのは相当な腕前の証とも言える。
ただ、非常に高速で的確な攻撃を得意とする反面、集団戦には向かないとされることでも知られている。
(――なんてことが、本に書いてあったな)
直蔭はこちらの世界に転移してからと言うものの、訓練や食事といったスケジュール以外は図書館で本を読みあさっていた。
元々本が好き……というより雑学を取り入れることが趣味とも言える彼にとって、とにかく本を読むということは楽しいことだったのである。
同時にこの世界の発展具合を知ることにもなり、少々テンションが下がったのも事実だが。
「でも、ナオの大剣ってあの大きいやつでしょ……疲れない?」
直蔭が使用する大剣。
それは某RPGで「興味ないね」という口癖の主人公が使うようなドデカい剣。
多少肉抜きをしてあるとはいえ身幅は20センチ近くあるのでかなり重い。
ただ、両刃という点が某大剣とは違うだろうか。
「確かに重いが……慣れた」
「……それを慣れで済ませられる時点でおかしいよ」
鑑定の瞳で何度調べてもスキルが表示されない直蔭だが、訓練を続けていく内に大剣を自在に操れるほどの力を得たらしい。
筋トレは嘘を吐かないのだろう。
(それでもスキルなしっていうのがおかしい気がするんだけどね……)
そうは思うが、気にしても仕方のないことなのでエルヴィラは考えるのをやめておいた。
それに、実際その大剣をどれだけ使えるかというのは、これまで直蔭と訓練をしてきたエルヴィラはよく知っているのだ。
わざわざ余計なことを突く必要はない。
「……ま、それなら良いけど。じゃあボクが少ないモンスターを相手取って、ナオがモンスターが増えたときに動く感じだね? 討ち漏らしはこっちで処理する感じで」
「ああ、それでいいんじゃないか。それで――」
会話を続ける二人。
さて、そうこう会話しているうちに、時間はかなり経過していた。
流石にと見かねた団長が、声を掛ける。
「お前ら……ここは団長室だぞ、お前らの会議室じゃないんだが」
「「あ」」
団長にそう言われ、慌てて時計を見る二人。
既にあれから2時間は経過してしまっている。
「……すみません団長」
「まったくだ。ほれ、早く寝ろ寝ろ」
シッシッ、と手を振って退室を促す団長に対し、二人は苦笑を浮かべながら団長に向かって頭を下げた。
口ではああ言いつつも、今の今まで口を出さずにいてくれたのだ。
感謝こそすれど、文句などいうはずもなかった。
退出してから、二人で宿舎への道を歩く。
王女でありながらも騎士であるエルヴィラは、宿舎も騎士寮を使用している。
彼女としても王宮で堅苦しい生活をするより、騎士寮で自由に生活する方が好きなのだろう。
既に周囲は暗くなっており、マジックアイテムの明かりが周囲を照らしている廊下を歩く二人。
ふと立ち止まったエルヴィラに合わせ、直蔭も立ち止まる。
「どうした?」
「……一大事だ」
えらく深刻な表情をしているエルヴィラ。
直蔭が尋ねてもその一言だけで、険しい表情を崩さない。
「一大事」ということは相当な問題だろうと思った直蔭が、エルヴィラの様子を窺いながらも安心させるために肩に手を伸ばそうとした瞬間……
「ナオ!!」
「な、なんだぁ!?」
ガバリッ! と音がするような勢いで顔を上げて直蔭を見つめるエルヴィラ。
間近でその姿を見せられて、驚きと共にたたらを踏む直蔭。
「食事の約束、忘れてた!!」
「……はい?」
直蔭とエルヴィラは今日一緒に食事をする予定だった。
だが、団長室に行った事で完全に忘れてしまっていたのである。
「ほら、いくよ!!」
「えっ? ちょっ……」
少女とは思えないほどの膂力を出して直蔭を引っ張っていくエルヴィラ。
どうやら彼女にとって、直蔭との食事を忘れたことが一大事だったようである。
◆ ◆ ◆
翌日。
謁見の間でモンスター討伐の命を受けた勇者パーティ、そしてエルヴィラと直蔭は、聖堂騎士団の分隊と共に王宮を出発した。
さて、勇者パーティといえども移動は基本的に徒歩なのだが、流石に今回は緊急性が高いということもあり、王宮より馬車が貸し出されている。
そのため、直蔭やエルヴィラも馬車に乗り込んで共に動く事になった。
馬車の中には彼ら以外に、1名の聖堂騎士が乗り込んでいる。
残りの聖堂騎士は騎乗して、馬車の周囲を固めているようだ。
「さて、今回派遣される街ですが……」
乗り込んでいる聖堂騎士が説明を始める。
ちなみにこの聖堂騎士、召喚の時に話しかけてきたイケメン神官だった。
どうやら勇者担当として、支援のために専任されたらしい。
「街の名は【シュテラム】。王都周辺で最も大きい穀物地帯であり、ある意味王都の生命線とも言えます」
派遣先の街は農業で栄える街らしく、王都の食糧のうち、およそ80%を供給すると言われる生命線だ。
王都からは馬車で4時間ほどの位置にあり、王都近郊といえるだろう。
「ちなみに、現時点では駐留している騎士団がありますので、街自体の被害はないそうです。モンスターもゴブリンを筆頭にサイドワインダーやスライムですから……ただ、数が多いそうで」
ゴブリン、サイドワインダー、スライム。
これらはモンスターの中でもいわゆる「雑魚」であり、訓練された騎士団にとってはさほどの脅威でもない。
とはいえ、それが数になると場合によっては厳しくなる。
ゲームとは違い、人体にはレベル制がない。
攻撃を食らってもレベルが離れているからノーダメージ、というのはなく、さらに言うと雑魚相手だろうと急所を抉られてしまえば死ぬ。
そのため、数の暴力というのは実際に存在している。
だからこそ、少しでも人員が欲しいというのが事実だ。
「とはいえ、皆さんはこの数週間、しっかりと訓練を受けていただきました。連携的にも問題はないでしょうしね」
そう、当然のことながら直蔭以外もしっかりと訓練は受けている。
もちろん直蔭とは違い聖堂騎士が訓練を行っていたのだが、それでも十分戦えるほどには訓練を受けているはずである。
「それで、最初は街に近付いてくるモンスターを処理し、ある程度減ったところで原因の調査に移ろうかと考えています」
「なるほど……確かにそれは大切だな。まさに勇者の仕事だ!」
そう口を開いたのはキョウヤ。
かれはフルプレートメイルに身を包み、輝かしい聖剣を佩いている彼は勇者パーティのリーダーを任されている。
戦力としては勇者パーティ最強と言えるだろう。
物理系の攻撃ならびに防御を担当する先鋒役だ。
今は外しているが、聖剣と同じく輝かしいカイトシールドを持って戦うというスタイルである。
「しかし……モンスターの数が多いというのは、スタンピードの可能性があるのでは?」
そう口を開くのはインテリのアキラ。
彼は魔道士らしいローブと杖を持ち、指には魔法発動体である指輪を何種類かはめている。
この世界において魔法を使用するには、スキル適性以外にも指輪が必要となっている。
指輪にはスロットがあり、そこに魔法スキルをはめ込んでおくことで使用できるという代物だ。
ただ、属性によって指輪も変更する必要があるので、何種類もの属性を使用できるアキラの場合、指に色々と指輪を着けておく羽目になっている。
「確かにその可能性は否定できないわね。本で読んだけど、強力なモンスターか魔物に追い立てられたから、って」
シーフ役のユリナは、前に図書館で読んだ本を思い返していた。
シーフ役である以上、トラップだけでなく様々な情報をパーティに提供するという役目もある。
そのため空いた時間には図書館で勉強をしていたのである。
「……」
唯一、ヒーラーであるアイノだけはこれと口を開かず、ただ窓の外を眺めている。
彼女はヒーラーらしく白い装束に身を包み、金と銀で彩られ、先端に数個の輪を付けた錫杖を持っている。
また、自前のロザリオは胸元に下げており、制服の時とは違い隠していないようだ。
そんな彼らの様子を見て頬笑むイケメン騎士。
「確かにスタンピード現象にも似ています。とはいえ、出てくるモンスターがゴブリン程度ということであれば、原因となるモンスターもそうは強くないと考えていますよ」
そう言って勇者パーティを安心させる彼は、今度は直蔭とエルに目を向ける。
「さて、エルヴィラ様には聖堂騎士の指揮をお任せするとして。……ナオカゲ殿とはこの街でお別れになるかと思うのですが」
「そうですね」
素っ気ない直蔭に対し、微妙に顔を顰めそうになるが、それを抑えつつ騎士は言葉を続ける。
「実は、ハンターになる際には戦闘力の確認が求められます。少しでもモンスターを討伐してアイテムを持っておくと、それを討伐証明として出せますから少し上のランクからスタートできるはずですよ」
「それは知りませんでした。助かります」
騎士の言葉は初耳だったのだろう。直蔭は素直に頭を下げてお礼を言う。 それを見ながら騎士も頬笑んだ。
「ですので、出来れば集団討伐にも参加して欲しいのですが……」
「元々参加するつもりでしたので。それに良い情報も聞いたからには、参加しないという選択肢はないでしょう?」
直蔭が頷くと、騎士は次にエルヴィラの方に顔を向ける。
すると彼女も頷いて応えた。
「ボクも参加するよ。元々は戦闘実績のためでもあるんだから」
「そうでしたね……ではそのように。――そろそろ到着ですね」
そう言って騎士は正面を見据える。
既にシュテラムの街を守る防壁らしきものが見えてきた。
騎士の声に反応した皆が、馬車の窓から外を眺め、少し興奮した様子でそれぞれ会話している。
――そのためだろうか。
正面を見据えた騎士の笑顔が一瞬、酷薄なものへと変わったことに気付いたものはいなかった。
◆ ◆ ◆
シュテラムの街。
門を通って中に入った彼らだったが、街はこれといった混乱の様子は見られない。
「……意外と落ち着いているんだな」
直蔭が思わず零した一言。
それを耳に入れた聖堂騎士が、苦笑しながら答えを教える。
「実は、王都側に面するこの門は、人通りも多く安全なためモンスターが湧くことはないんですよ。逆に、森に面した反対側の門にモンスターが押し寄せてきている状態ですね」
「なるほど……」
シュテラムは食糧を支える街として作られているため、周囲は自然豊かである。
近場に森や川などもあるため、農地で栽培するような穀物や野菜だけでなく、木の実やキノコ類、自生するベリー系などの食糧も取り扱っている。
今回のモンスターは、どうやらその森の側から襲ってきているらしい。
しかもあえて言うならば、そう強力なモンスターではないため、勇者のお披露目に丁度良いものとして扱われたのだ。
そうなると、当然のことながら街の様子が騒がしくなることはないのだろう。
そんな話をしている間に馬車は領主邸に到着した。
普通に考えればそのまま襲撃の起きている門に向かえば良いのだが、今回は国としての事情から一旦領主邸に入り、そこから出撃を行うという形を取るのである。
(お貴族様というのは面倒だな……いちいち見栄や事情を加味して動かなきゃいけなんだから)
理屈や効率だけでは政治は行えない、というのはよく言われるが、改めてその現場に直面すると哀しいものがこみ上げてくる直蔭であった。
さて、そんな事を考えつつも直蔭は準備を進めていく。
勇者たちも準備を整え、オープンタイプの馬車に乗り込んだ。
ここで直蔭は馬車には乗らず、エルの隣で沓を並べている。
実は騎士団での訓練で、馬への騎乗訓練も受けていた直蔭。
どうしても立場の違いというところからこういうことになったのだが、改めて訓練をしてくれた団長には感謝しかない。
そうこうしているうちに、前に並ぶ聖堂騎士の馬がゆっくりと歩を進める。
その後ろを馬車が、そしてエルや直蔭が馬を進めていくのであった。
1時間もしないうちに森の側にある門に到達する。
それぞれ馬や馬車を降りると、まず防壁の上にある監視塔に上がった。
「それなりの量のモンスターが来ているようですね……見えますか?」
聖堂騎士がそう尋ねると、皆頷く。
森に面しているとは言え、真正面に森があるわけではない。
門から少し左手側に森が存在するのだが、どうやらそこから途切れなくモンスターが出てきているようだ。
発生速度も一定ではないため、どうしても処理に時間がかかったり、あるいは予想もしない物量と接触する羽目になることもある。
「こうなると、元凶を叩く方が楽に感じるな……」
「だが、流石に位置が分からないだろう」
「うーん……結構ちまちま倒すことになりそうね。上位種もいないみたいだし……」
こういったモンスター襲撃時には、特殊な指揮個体が発生する場合もある。
基本的に上位種が発生すると、同種族のモンスターは一定の規律正しさのようなものや戦略らしきもので攻撃をしてくることになり、討伐難度が上がる。
とはいえ逆にそういった上位個体を先に潰すと、混乱状態が発生し、一般個体の討伐難度が一定時間急激に下がるということも事実なのだが。
そのため上位個体を探したユリナだったが、どうやらいないようである。
そうなると、ちまちまと個々のモンスターを潰していかなければならない。
「……こうなれば、緒戦は小物をできる限り処理し、適度に減った段階で元凶を叩くのが良いのでは?」
インテリ眼鏡のアキラの一言は、まさしく確実な手段と言えるだろう。
聖堂騎士も異論を唱えることなく、他の勇者たちも頷いている。
方向性が決まったため、監視塔から降りて外に出る。
既に駐留している騎士団が入れ替わりながらモンスターを討伐しているようだ。
聖堂騎士が騎士団の隊長に挨拶をし、勇者パーティの参戦を告げる。
騎士団の隊長は忙しいのか、聖堂騎士に目を向けるでもなく動きながら返事をしているようだ。
やはり仲が悪いというのも、間違っていないのだろう。
とはいえ騎士団も流石にモンスターに辟易しているのだろう、許可はすぐに下りたようだ。
もちろん国からの命令である以上彼らとしても逆らうというわけにはいかないのだろうが。
許可を出すと忙しいといわんばかりに手を振って去るようにとの合図をする隊長。
聖堂騎士は少し呆れたように肩を竦めながらも、許可は出たのですぐに戻ってくる。
それと入れ替わりで、エルヴィラと直蔭も騎士団に挨拶しに向かった。
「やあ、ボクが来たよ」
「あん? って、エルヴィラ様じゃねぇか……そっちは?」
騎士団の隊長は最初面倒くさいという表情をしていたが、挨拶に来たのがエルヴィラと分かると表情を綻ばせ、動きを止める。
だが、直蔭の姿を確認すると、怪訝そうな表情でエルヴィラに尋ねてきた。
「ああ、彼はナオ。ボクの……騎士で、今回同行してくれているんだ。近衛騎士とも戦えるくらいの力があるよ」
「初めまして、ナオカゲ・ユウキと申します」
そう言って騎士の礼を取る直蔭。
名乗りを聞いて少し目を見開いた隊長だったが、姿勢を正すと直蔭に対して返礼してきた。
「初めまして。自分はこのシュテラム守備隊の隊長をしているオーガスタスだ。名乗りからして勇者たちに似ているようだが……」
名乗りながらも、興味深そうに直蔭を観察するオーガスタス隊長。
しかも、直蔭の名乗りから勇者の同郷ではないかと目星を付けているようだ。
少し挑発するような笑みを浮かべ、覇気を纏わせながら質問してくる。
「はは……よくご存じで。ですがあいにく自分は勇者ではありませんので。あくまでエルヴィラ様の騎士ですよ」
そう言いながら、騎士のメダルを出す直蔭。
少なくとも自分が聖堂騎士ではなく、王国騎士団寄りであることを示す。
それを見るとオーガスタスは大口を開けて笑い、直蔭の肩をその熊のような手で叩いた。
「いいなお前さん! 気に入ったぜ! エルヴィラ様の足を引っ張るんじゃねぇぞ!」
「それは勿論」
直蔭が頷くと、エルヴィラが隣に並び立つ。
それを見て何度も頷くオーガスタスだが、これ以上長話をする訳にもいかないので指揮に戻るようだ。
同時に直蔭とエルヴィラも、勇者パーティの方に戻っていく。
その頃には既に聖堂騎士から参戦の許可を聞かされていたのだろう。
それぞれ立ち上がり装備を点検している。
「よし、俺たちもいくか!」
「「「了解!」」」
リーダーであるキョウヤと共に勇者パーティが駆け出す。
そして接敵するという頃に、アキラとアイノは立ち止まり魔法行使を始めた。
『神よ どうか御敵に立ち向かう力を我らに――――【ゴッデスブレス】!』
光魔法Lv4【ゴッデスブレス】。
発動者の味方に対して、回復力上昇、防御力強化、死霊属性特効というバフを掛けることが出来る魔法。
魔力チャージに少々時間がかかるが、それでもかなり強力な物だ。
アイノは今回味方に向かって使用したが、詠唱を変えて敵に向けると攻撃魔法になるという特殊な魔法でもある。
なお詠唱をする事で発動する魔法だが、基本的に意味合いが通れば問題ないということもあり、文言は様々である。
さて、アイノの放った支援魔法により勇者たちが光に包まれ強化される。
「さて……結局ボクらは別で動くって?」
「ええ、どうやらお二人とも実力をお持ちのようですので、我ら聖堂騎士は勇者様たちの隣接エリアでの討伐を。エルヴィラ様たちは、さらに向こうのエリアを担当していただけると、モンスターの処理がより早く終わるかと思います」
聖堂騎士から告げられたのは、作戦の変更だった。
というのも、聖堂騎士は直蔭やエルヴィラの様子を見て、相応の力があることを理解したらしいとのこと。
そのため纏まって動くより、範囲を拡げた方がより確実にモンスター討伐が出来る、というのが彼の言い分だ。
「へぇ……今回の指揮官はボクなんだけどね。君たちはいつの間に作戦変更が出来るほど偉くなったんだい?」
「……我らは大司教猊下より、勇者様たちの支援を求められているのです」
聖堂騎士の言い分も分からなくはない。
だが、それは騎士としての規律を守る観点からすれば、命令違反ではないか。
そう言うエルヴィラだが、聖堂騎士は少し黙った後にそんな事を言い出す。
自分たちは勇者の支援という大義名分がある。それは指揮官の命令より上だ、と言わんばかりだ。
しばらくにらみ合う両者だったが、一つ溜息を吐くとエルヴィラが引いた。
「……まあいいよ、君らの言い分は昔から変わらないからね。でも、こっちの邪魔をしたら――斬るよ?」
余計な手出しをすれば殺す。
そう告げるエルヴィラの視線は、普段の彼女とは明らかに異なるものだった。
一瞬だったが、「斬る」と言った瞬間に放たれた殺気に、流石の聖堂騎士も息を呑んだほどである。
その様子を横目で見ながら、エルヴィラがさらに口を開く。
「じゃあ、勇者パーティとは別でこちらも動き始めるとしよう。ナオ、いくよ!」
そう言いながらレイピアを引き抜き、接近してきているゴブリンに突きによる一撃を放つエルヴィラ。
それは一瞬でゴブリンの眉間を貫き、ゴブリンは灰になりながらアイテムに替わった。
(へぇ……これがドロップアイテムか)
直蔭は後ろからドロップアイテムを拾い、アイテムポーチといういわゆる魔法の袋の中に収納した。
本当はドロップアイテムの取得者となるべきなのはエルヴィラなのだが、役割分担として今は直蔭が拾う役を担っている。
もちろんずっとエルヴィラが攻撃をするのではなく、量が増えた場合には直蔭が後退する事になっている。
フェンサーであるエルヴィラは一撃必殺で速攻を得意とするが、物量には弱い。
その場合には大剣を使う直蔭が薙ぎ払いなど大きな攻撃を行って一気に数を減らすように動き、アイテムの処理はエルヴィラが行う。
それがエルヴィラと決めていた役割だ。
しばらくするとモンスターが密集する状況になってきたため、エルヴィラと直蔭が入れ替わって動く。
「はあああっ!」
直蔭の上段振り下ろしから始まる攻撃。
振り下ろしと同時に発生した剣圧が、並んだモンスターをまとめて5体ほど倒し、そこから振るわれる横薙ぎによって前衛のモンスターを吹き飛ばす。
さらに横薙ぎの勢いを使って身体を回転させつつ前に踏み込んで、さらに多くのモンスターを吹き飛ばす。
そして吹き飛ばした位置に移動していたエルヴィラが止めの一撃を放ってからアイテムを回収する。
(さて……勇者たちはどうだ?)
モンスターの途切れ目が発生したため、直蔭は周囲を見渡し勇者パーティを探す。
すると、少し離れた位置で3メートルほどの火柱が立っているのが見える。
(あれは……火魔法Lv3【マグマ】じゃないか? こんな平野で使うものじゃないだろうに……)
ゲームとは違い、魔法行使をすれば、当然のこととして周囲に物理的な影響が発生する。
そのため、燃えやすいものが多い場所やガスが発生している場所での火魔法の使用は厳禁とされている。
今勇者パーティが動いているのは平野のため、草花が生えている。
いくら水分が多いとは言えども、植物である事に間違いはないのだ。
当然のこととして、多少なりとも周囲に燃え広がった火が、勇者パーティの周囲に広がっている。
しばらくすると注意されたのだろう、今度は風属性の魔法が発動しているが見えた。
(多分、あのインテリ眼鏡だな。確か魔法なら属性問わずLv3が使えたはずだし)
威力は十分でも、扱い方の拙さが目立つ。
そんな事を考えつつ、直蔭は周囲のモンスターを一蹴する。
「ナオ、右っ!」
「っと」
エルヴィラが直蔭に向かって叫ぶ。
右からサイドワインダーが直蔭に向かって飛びかかって来たようだ。
だが、その動きを見切って少し身体をずらし、そのため直蔭の身体が元々あった位置を通り過ぎていくサイドワインダーの後ろから大剣の一撃を加える。
流石に雑魚とはいえモンスター相手だ、集中を切らしてしまっては問題であるのだが、今のところは危なげもなく倒す直蔭とエルヴィラ。
その動きは、遠くから見ていた騎士たちだけでなく、聖堂騎士たちをして畏怖の念を抱かせるほどの流麗な動きだったという。
◆ ◆ ◆
小一時間ほど経過して。
一旦モンスターの量も落ち着いたため、門の側まで下がる勇者パーティと直蔭たち。
そこで休憩を兼ねて簡単な食事を行い、今後の動きを考える。
「おかげさまで、多くのモンスターは討伐されました。もちろん相変わらず森から出てきてはいますが、この量であれば守備隊でどうにかなるはずです」
聖堂騎士の一言に勇者たちが頷く。
最初の頃に比べ、明らかに出てきているモンスターの量は減っている。
確かにこの程度であれば十分対処できるだろう。
「それじゃ、どうする? 引き上げるのか?」
「馬鹿ですか君は。元々、元凶を叩くことも任務に含まれているのです、ここで終わりな訳がないでしょう」
キョウヤが白パンを頬張りながらそう口にするが、それに対してアキラが溜息交じりに呟く。
それに対してキョウヤは「おお、そういえば」などと納得の表情。
「全く……何を聞いてたのかしら、こいつは」
ユリナの一言は明らかに呆れの籠もったもの。
だが、ある意味それも当たり前というような表情は、彼らの付き合いの長さを物語っている。
「そうですね……昼食が終わったら、森に入ることにしましょう。……よろしいですか?」
聖堂騎士は微笑みを浮かべたままエルヴィラに視線を送る。
エルヴィラは既に昼食を終え、装備の点検をしていたが、騎士の一言に頷きを返す。
「そうだね、それが良いだろう……君ともう一人をこちらのメンバーに加えて、残りは待機しておくのが良いのではないかな?」
どうやらエルヴィラは聖堂騎士を減らし、この場に残していくのだという。
不思議に思った直蔭が尋ねたところ、あくまで今は元凶について偵察するのみにして、必要であれば増援を呼ぶという形がいいだろうとのこと。
(確かにこの状況で大人数で向かうのは得策ではないかもな)
直蔭はそう思いながらも、どこか薄らとした危機感のようなものを感じていた。
だが、その理由が分からないうちに森に入る時間となったのであった。
それぞれ、昼食後だけでなく森に入る直前にも装備を確認していく。
改めてエルヴィラと共にお互いの装備を確認し、勇者パーティとも連携について相談しておく。
「よし、回復薬も十分ある。いいかい、今回はあくまで偵察が主な任務だ。可能であれば討伐するが、無理はせず危険な場合には撤退すること。いいね?」
皆、エルヴィラの言葉に頷く。
恐らく存在するであろう上位種のモンスターがどのような存在なのか、今は分からない。
だが、間違いなく先程まで戦っていたモンスターとは違うはず。
そうなると、いくら勇者パーティといえども緊張するのだろう。
いつも調子の良いキョウヤですら真剣な表情になっているのだから。
皆が気を引き締めたのを確認し、動き出すエルヴィラ。
それに合わせて、隊形を組んで動き始める他のメンバー。
先陣をキョウヤとユリナ、中衛に直蔭とエルヴィラ、そしてアキラ、後方にアイノと聖堂騎士2名が配置される。
しばらく歩いていくが、今のところ出てくるのは変わらずゴブリン程度だ。
時折死霊系であるスケルトンが出てくるが、それでもそこまで強力ではない。
スケルトンはその名の通り骸骨のモンスター。
ただ、特徴として長剣を装備しており、多少の剣スキルを使用してくるところが厄介なところである。
とはいえ、光魔法に非常に弱いため、勇者が相対するには大変楽な相手とも言えるが。
「……特にいないな。奥か?」
「どうだろうね……」
直蔭とエルヴィラはそれぞれ周囲の気配を確かめるが、特に強い気配は感じ取れない。
とはいえ、あまりに奥まで行くというのも問題だ。
森というのは時間が遅くなるとあっという間に暗くなってしまう。
そのため、昼過ぎからの探索であれば深いところにはいかないというのが鉄則なのである。
「一応、モンスターが多そうなところに向かっていけば元凶に当たるかと思っていたんだが……」
モンスターがどの方角から向かってくるかを考えれば、元凶の位置がおよそでも分かるのではないか。
特に聖堂騎士たちも異論がなかったので、直蔭のその意見に従って動いてきたのである。
だが、こうも見つからないと自信が無くなってくるのも事実。
(意外と動き回っているのかもな……)
上位種というのはあまり場所を移動しない事が多いのだが、もしかしたら動いているのかも知れないと思い直蔭は周囲を見渡す……と。
――ヒュッ!!
突然の風切り音。
その音に反応して表情を変えた直蔭が振り返りつつ大剣を横に構えると同時に、大きな金属音が響き渡る。
「チィッ!!」
ガキンッ!ギリギリ、と音を立てる直蔭の大剣。
その大剣とぶつかるのは、刃の部分だけでも1メートルはあろうかという大鎌。
そしてそれを振るうのは――2メートルはあろうかというモンスター。
黒いローブを被り、身体の周囲に黒い魔力を纏わせ、フードから骸骨の顔を覗かせる存在。
そして、まるで地面を滑るかのように浮きながら移動するその姿は、まさしく死神。
「こいつ……グリムリーパーか!!」
◆ ◆ ◆
グリムリーパー。
「死神」として知られるこのモンスターは、巨体に似合わない機動力と同時に大鎌による高い攻撃力を誇る。
さらには死霊系でありながらも生半可な光魔法では倒せないような、魔法防御力も持っている。
そのため、ハンターギルドではAランク以上とされる高危険度モンスターに分類されているほどの存在。
「ま、まさか……こんなところに発生するなんて……」
それは誰の言葉だったか。
グリムリーパーのその威容に、誰もが動きを止めてしまう。
その中ですぐに立ち直ったのはエルヴィラだった。
「ここはボクたちで抑える! 君らは勇者を引っ張って下がれ!!」
「は、はい!」
そう叫びながらエルヴィラは細剣による突きを放つ。
だが、相手はグリムリーパーだ。エルヴィラの攻撃に対し、そのはためくローブを広げて防いでしまう。
しかしそのことで直蔭への攻撃の力が緩んだのだろう。
その隙を狙って直蔭が大鎌を大きく弾き、その反動を使いながら振り下ろしの一撃をグリムリーパーに叩き込む。
――ギャオアアアアアッ!
声帯が無いにもかかわらず、叫び声のようなものが響き渡る。
恐らくは魔力で伝播しているのだろう。
いずれにせよ、直蔭たちの攻撃はグリムリーパーに効いているということは間違いなのだろう。
直蔭が放つ強力な攻撃を回避しようとしたならば、その回避方向にエルヴィラが待ち構えており正確で迅速な連撃を放ってくる。
そちらを攻撃しようとすれば、剣の腹を用いた打撃で吹き飛ばされ、体勢を立て直す頃には振り下ろされる強力無比な一撃がやってくる。
いかに強力なモンスターであろうとも、自分が攻撃するタイミングを悉く潰され、さらには防御する時間さえ与えられなければ最終的には討伐される。
(あと少し……だからこそ気を抜くな……!)
逸りたくなる気持ちを抑え、正確に攻撃を続ける直蔭。
エルヴィラも正確に攻撃と回避を続け、最早討伐は間違いないだろう――。
「ぐあっ!?」
だが、その予想は一瞬で覆された。
「エル!?」
思わず直蔭は声のした方向に目を向ける。
そこで直蔭の目に飛び込んできたのは、エルヴィラが地面に倒れ込んでいく姿と――。
――剣を横に振り切った状態でエルヴィラの後ろに立つ、聖堂騎士の姿だった。
そして背中を晒してしまった、直蔭の背中に向かって。
――死神の鎌が、突き刺さったのだった。
◆ ◆ ◆
『お前たちのような存在はいてはいけないんだ。だから、ここで処理させてもらおう……さらばだ』
そう告げて去って行く聖堂騎士。
朦朧とする意識の中、直蔭は自分たちを裏切った聖堂騎士への恨み、憎しみだけで身体を動かす。
だが、正確に言うと聖堂騎士たちは裏切ったのでは無い。
彼らは元々、直蔭とエルヴィラをどこかで葬るつもりだったのだろう。
(俺だけならまだしも……何故エルヴィラまで殺した! 王女を、自国の王女だぞ!)
もちろん、直蔭がどれだけ考えたところでその理由を導き出すことは出来ない。
それに、考えている間にもグリムリーパーの攻撃は続いているのだ。
先程まで直蔭とエルヴィラに良いようにやられた恨みだろうか、その攻撃は苛烈を極める。
必死に捌く直蔭だが、元々エルヴィラと二人で相手をしていたのだ。
さらに言うと、現在の直蔭の旨には貫通創もあり、満身創痍という状態なのだ。
そのため、結局のところエルヴィラのところまで弾き飛ばされてしまう。
「ナ……オ……」
「エル……」
自らの名を呼ぶエルヴィラに対し、回復薬を飲ませようとするもエルヴィラはそれを拒否した。
どうせ自分は長くない、と。
「ボクは……《重陽》というエレメントを持っていてね……どんどん身体が蝕まれていたんだ……」
エルヴィラは残り少ない体力で言葉を紡ぐ。
第五王女という立場でも、文武双方の努力を怠らなかった彼女。
だが、そんな彼女の抱えているのが身体的な問題だった。
そしてそれを光十字教会も、どんな医者もそれを治すことは出来なかったのである。
国王が国内外を問わず探したが、結局は努力は実らず。
そして、そんな不治の病に冒された彼女を、教会はあろうことか異端だと言い出す始末。
「彼女は神から見放されたのです」と宣い、貶めようと画策したのだ。
王女である以上、教会も声高らかには言えなかったのだが、教会は王室に圧力を掛け、彼女の出自を理由にして騎士団に追いやっていった。
努力家の彼女は、例え教会や王宮で認められなくとも問題ないと、騎士団で必死に訓練を続けていった。
それは誰の目からも明らかであり、いずれは近衛騎士団長を任されるのではと誰もが考えるほどの実力を備えていたのである。
「……だけど、君と会って……何故か身体の調子も良くなっていたところで……これだ。戻ったところで……また同じ事が起きる……」
そう言いながらエルヴィラは自らの胸元を飾るブローチを外し、直蔭に渡す。
「……でも……だからこそ……ナオには生きて欲しい……ナオは、ボクを忘れないでいてくれるだろう……?」
自分が生きた証を、君だけは覚えていて欲しい。
だから、生きていて欲しい。
少しおどけた様子でそう話す彼女。
「……このブローチを発動させれば……傷は治るはずだよ……」
回復のためのマジックアイテムであるブローチ。
上級回復魔法を封じ込めたブローチを、直蔭に使って欲しいと望む彼女。
だが、直蔭は首を横に振った。
「俺には……回復魔法が効かないんだ……」
直蔭の口から語られる事実。
回復薬などの薬については自らに取り込むことが出来る。
だがどういうわけか、回復魔法だけは受け付けなかったのだ。
掛けられても変化が起きず、回復しないのである。
それを聞いて流石のエルヴィラも「そっか……」としか言えなかった。
「……ボクたちは……どうやらこういう運命らしいね」
「……そうだな」
グリムリーパーが近付いてくる気配がする。
あと僅かで、直蔭もエルヴィラもその生涯に幕を下ろすのだろう。
だが、最期が近いと分かりながらも、どういうわけか二人で逝けることに笑みが浮かぶ。
「最後に……一緒にいれて……楽しかった……」
「……ああ……俺もだ。一緒に……逝こう。団長には悪いが……」
「だね……ふふっ……」
エルヴィラの手が、力を失い地面に落ちる。
その様子を見ながらも、直蔭はできる限りの力でエルを引き寄せる。
ここで終わるならば、せめて離れないようにと。
そうしていると、耳が後ろで発生したゴウッ!という、何かを振り上げるような音を捉えた。
そして、一瞬の静寂の後に再度生じる風の唸り声。
それを認識しながらも、絶望ではなく復讐の炎を宿した直蔭の心は、その内で高らかに叫ぶ。
(俺とエルをこんな目に遭わせたクソ共が! 呪われろ! その世界ごと――闇に沈め!)
あらん限りの憎悪と、そして復讐の誓いの咆哮が周囲に木霊した。
その咆哮は、森を越えシュテラムの街にまで響き渡ったという――。
長くてすみません! まさか第1話で3万字って馬鹿ですよね!
でも後悔はしてません!
良かったら評価、ブクマなどいただけると非常に嬉しいです。
ただ、作者最近豆腐なので……《=ω=~》
お察し願います《・ω・~》