夜喰
――闇が怖かった。
幼く、まだ無垢であった頃の話である。
時はいつも闇を呼び、光を呼んで来る。
呼ばれた闇。
訪れたその夜に、僕は光を待ちながら薄い毛布を被って震えているのであった――。
零時。
文章を綴りながらいつも考えることは、何を書こうかということであった。
ときおり書くことに疑問を持つ。
――これで正しいのか。
――これで不自然ではないか。
そしてこうした疑問と対する回答は、いつもいつでも推敲によって補われていた。
だがいつしか、その疑問たちは一点の疑問を投げかける。
答え続けてきた疑問の解。
――そもそも、書くことが間違いではないのか。
僕はいつしか答えられなくなっていた。
壱時。
夜を溶かし込んだ、とでもいおうか。
机上のマグカップの珈琲に口をつけた。
苦い酸い――これらは必ずしもマイナスの方向に働くわけではない。
――良い苦味がある。
――良い酸いがある。
言い換えれば
――悪い甘味がある。
ということでもある。
多分こんなことが書けるようになったのは、幼い自分と決別したからだろう。
幼い自分を、遠い過去に置き去りにしてきてしまったからだろう。
純真を、純情を。
その白い画用紙を。
僕はどこかで真っ黒に汚してしまったからだろう。
――甘いものは好きだった。
けれど、食べ過ぎればそれは毒であると知った。
――苦いものが苦手だった。
けれど、食べて良さを知り毒でないことを知った。
大人になっていくこと。
それは知らぬことを知ることであり、夢を捨てることにままならない。
あの日。
僕は闇を喰らった。
弐時
下校。
秋晩――小学生の時に見た星空は、特に輝いて見えた。
それは僕が日と起き、日と行動し、日と共に寝ていたからだろう。
だから。
物珍しい。
輝いてみえていた。
いつしかこの星空の下を、かっこよく歩く大人になるんだと。
そう思っていた。
そうだ。
知らなかった。
輝く星への距離を――その時の僕は知らなかった。
やがて。
靴が合わなくなる。
服が着れなくなった。
ランドセル――カバン――リュック。
登校。
大人から。
社会から。
度重なる重圧。プレッシャー。
と、叱責。説教。
そして徐々に輪郭を見せる、その現実。
何も言わなかった。
誰も、何人も。
察しろとか感じろとか。
それすら言うことはなく、口を硬く閉ざしたままだった。
けれど何もかも抜け落ちて光を失った、その瞳で。
――夢を捨てろ。
――進路を決めろ。
云っていた。
彼らは決して言わなかった。
卑怯者の瞳であった。
そして星が手の届かない所にあることを、僕ははじめて知った。
参時
日の光はもうずいぶん昔に忘れてしまった。
人工光を浴びて、朝に寝て、日の沈んだ頃に起床する。
あれほど恐れた闇を、僕は自ら求めるようになっていた。
ぼんやりと周囲を取り巻いて包んで。
何もかも曖昧でぼんやりとしていた、その闇にいつまでも抱かれたままでいたいと願う。
現実が怖かった。
人が。
社会が。
世間が。
学校が。
日の光が。
いつしか僕は、とても怖いものだと思うようになっていた。
はっきりとすることが怖いことだと、知らなかった。
何を考えているか分からない他人が、恐ろしいと知らなかった。
闇に紛れて――誰の目にも止まらず、関わることもなくいること。
それがどれだけ優しく暖かいものであるか。
僕は知らなかった。
肆時
光が怖かった。
もはや幼さと決別した、今を生きる話である。
時はいつも光を呼び、闇を呼んで来る。
呼ばれた光。
訪れたその日に、僕は闇を待ちながら分厚い毛布を被って震えているのであった――。
伍時
人の体が喰らったもので出来ているとしたら。
僕はあの日。
確かに――夜を喰ったのだろう。
おはよう。
そして、おやすみ――。




