タマが来た
短編「さよなら、大好きだったよ」を目に通してからお読み頂けたらと思います。
拙い文ですが、楽しんでいただければ幸いです。
スタン!と勢いよく部屋の襖が開けられた。
そちらに視線を向ければ、数日前から姿をくらましていた主の姿があった。
「ただいまー」
呑気にそんなことを口にする蘇芳に憤りを覚える。
こいつっ!俺に仕事全部押し付けて行きやがったくせに謝罪の言葉もなしか!!!
「蘇芳!お前またどこいっ、て…なんだそれ」
蘇芳の横にはちょこんと、小さな人影が彼の背中に隠れるように佇んでいた。
「ん?あぁ、拾った」
「ひ、拾った?!」
友人兼、俺の主である蘇芳が突然子供を拾ってきた。
それはまだ幼い、人間の子供だった。
「ちょ、おま!元の場所に返してきなさい!」
「無理」
「無理ってなんだ無理って!」
「こいつの名前はタマだ。タマ、あいつは友人兼俺の秘書的なことやってる凑だ」
「みなと…さん?」
無視か!それよりタマ?タマって言ったか?
「タマ?!なんだそのふざけた名前?!」
タマと呼ばれたそれは蘇芳の服の裾をつかみ恐る恐るこちらを見上げるとポソッと呟いた。
「タマです…」
「え…本当にタマなのか?」
思わず本人に問えばコクンと無言で頷かれた。
まじか…。
タマと名乗ったそれはそのまま蘇芳の影に隠れてしまった。ギギッと音がなりそうな仕草で首を動かし蘇芳に視線をやるとやつは俺の事など眼中になく、ジッとタマのことを見つめていた。
それはまるで、とても愛おしいものを見る目だった。
普段の彼とはかけ離れた姿に俺は思わず2度見した。
「…おい、どういうことだ?」
「タマ、どうした?眠いのか?」
「おい、聞け!」
「凑、うるせぇぞ。ちょっと黙れ」
蘇芳はそういうと凄まじい殺気を俺に向けてきた。
咄嗟に距離を取る。ズッシリとのしかかってくるその空気に息がしづらい。
「っ!」
こんなに重い殺気をこいつから向けられたのは何時ぶりだ…?てか、なんでこいつ俺の事威嚇してんだよ…
蘇芳は俺に目もくれず只管タマの様子を伺っていた。
そっとそちらに視線を移すと、眠いのかウトウトと目を擦るタマの姿があった。
それは名前の通り猫のようで、可愛らしいものだったが今この場ではなんとも場違いな姿だった。
「なんだ、寝るか?」
「…ん」
蘇芳はそのままタマを抱き上げるとそのまま部屋を出ていった。途端、重い空気は霧散しそこには主の余りにも有り得ない姿に呆然と立ち尽くす俺だけが残った。
…てか、無視かよ!!
※※※※
とりあえず仕事を終わらせ、蘇芳がいるであろう彼の自室に向かう。
トントン
「入るぞ」
部屋の主の返事は聞かずそのまま襖を開き部屋に入…ろうとしたが、バチッと音を立てて襖に触れた手が弾かれた。
…あいつ、なんで部屋にまで結界はってんだ。
今までそんなことしたことないだろうに…
「…チッ!」
だんだん、彼の勝手な行動に苛立ちが込み上げる。
無理矢理にでも部屋に突入してやろうと手に妖力を溜める。
ボッ!
青白い炎が浮かび上がった。それを掲げ、俺は中にいるであろう主に忠告した。
「おい、ここ開けねぇとぶち破るぞ」
「…」
中から返事はない。
だが、確実に聞こえているだろう。
…これは、ぶち破っていいってことだな?
「おらぁ!!!」
渾身の力を込めて、主の部屋目掛けて力を放つ。
その瞬間、大きな音を立てて結界が崩れると思われたがなんとその前にスっと襖が開かれ中から主がでてきた。
「おい、やめろ」
そういうと、片手でパシッと俺の攻撃を弾いた。
弾かれたそれは主の力に負けそのまま霧散し跡形もなく消えてなくなった。
チッ!これだからこいつは!!
「最初っから素直に開けろよな」
「…タマが寝てんだ。静かにしろ」
そういうと、はぁっと嘆息を1つ零すと彼はやっと俺を部屋に招き入れた。 部屋に入る瞬間、ギロりとこちらを睨みつけてドスの効いた声を吐き出した。
「起こしたら殺す」
「わぁったって。そんな殺気とばすなよな…」
「…すまん」
長年連れ添った友人に酷い態度だっ言外に伝えると、少しだけ済まなそうな顔をして素直に謝ってきた。
ヤレヤレと肩を竦め俺は部屋に入った。
主である蘇芳の部屋はとてもシンプルだ。
小さな黒い文机に、座布団が置かれ壁には掛け軸が1つだけと、とても殺風景だった。うっすらと空けられた隣の部屋には布団が敷いてあり、そこではタマと呼ばれた小さな人間が何故が先程まで蘇芳が着ていた上着を握りしめて眠っていた。
…そういえばこいつの服、さっきと違うな。
先程までは人間界に合わせた黒のジーンズに上は白いTシャツに黒のジャケットを羽織っていたが今はこの世界に合わせた、黒い着物を着ていた。
「で、あれどうしたんだ。拾ったってどういうことだよ?」
早速本題とばかりに俺はなるべく小声で話し掛けた。
「拾ったとしか言えないんだがな…」
「とりあえず詳しい経緯を話せ。あんな幼いんだ、今頃親が探してるんじゃないか?」
蘇芳は面倒くさそうにガリガリと頭をかくとタマと会った時のことを話し出した。
「俺がたまたま人間界に行った時、なんか妙な気配感じてよ。それを辿って行ったら、あいつが…タマが廃れた神社で1人蹲って泣いてたから声をかけたんだ」
「妙な気配…?」
なんだそれは?首を傾げる俺に蘇芳はそれについて答えることは無かった。
「あぁ。で、なんで泣いてんのか聞いたら…親かは知らんが、恐らくあいつの家族だろう奴に“生まれて来なければよかったのに”…って言われたんだと」
ヒュッと喉がなった。
まだあんなに幼い子供に…?
タマは…そんな酷い言葉を言われたのか。
「…それは、辛かっただろうな」
「あぁ…それで、もう帰る場所も自分の居場所もないって泣くもんだから…つい、俺と来るか?って言っちまったんだ。そしたらあいつ、ボロボロ泣きながら頷くんだよ」
「…」
「もうほっとけねぇだろ…鬼だってわかっても恐がる事もなくて、寧ろ角が綺麗だなってキラキラした目で言ってくんだぜ?有り得るか?鬼だぞ、俺」
「…それ、は…変わってるな」
鬼は昔から忌避された存在だ。特に人間からの迫害は酷かった。それなのに、鬼の象徴である“角”をタマは怖がるどころか綺麗と言う。そんな人間がいるのかと俺は驚いた。
「本当は騙してでも親元に連れてこうと思ったけどよ、俺が気に入っちまった。生まれなきゃ良かったってそんな言葉捨てられたも同然だろ?だから、拾ったんだ。だからあいつは誰がなんと言おうともう俺んだ」
そういうと蘇芳はニカッと眩しい笑顔をうかべた。
しかし、その瞳は少し悲しそうに揺れている。
「…だからって拾うか、お前」
俺はわざと呆れた声を出した。
そんな俺を見て蘇芳は肩をすくめ、苦笑した。
「いいんだよ、あいつも居場所を欲しがってた」
「そう、か…お前が無理矢理子供を攫って来たのかと思ったが、あの子もお前に懐いてるみたいだし…そんな親元には返せそうにないな」
「無理矢理に攫うわけないだろ。そんな大の悪鬼共じゃあるまいし。…だが、もう人間界に戻すつもりなんかサラサラない」
そう言って蘇芳は未だスヤスヤと眠り続けるその子に視線をやった。つられて視線をやるとタマは寝返りをうち本当に猫のように丸まってしまった。
「ふっ…クク、猫みたいだろ」
「あぁ、そうだな」
その可愛らしい姿に2人して声を殺して笑った。
※※
漸くして笑いも収まり、ずっと気になっていたことを問いかける。
「…にしても、何でタマなんだ?元々そうって訳じゃないだろ?」
すると蘇芳は途端、視線をオロオロと彷徨わせ言いづらそうにぼそっと言葉をこぼした。
「あぁ…最初名前聞いた時に、ないって言うから…その、あれだ…俺がつけた」
…は?
「お前かよ!馬鹿野郎!もっといい名前あったろ!!」
ネーミングセンス無さすぎか!!
変だと思ったよ!!てかなんであの子それ平然と受け入れてんの?!
「し、仕方ねぇだろ!冗談で言ったのにあいつがそれでいいって言うんだ!!俺は悪くない!!!」
こいつっ!開き直りやがった!
「はぁ?!冗談でももっといい名前つけられただろうが!!」
「そ、そりゃそうかもしれないが…と、ともかく本人がいいって言ってんだ!それ以上何を言えってんだよ!!」
「そもそもなんで本人はそれに納得してんだよ!有り得ねぇだろ!」
「俺が知るわけねぇだろ!俺も聞いたよ!本当にこれでいいのかって何度も!!なのに…嬉しそうに笑って『蘇芳が初めてくれたものだから大切にしたいの。だから私はタマでいいの』って!それ以上何も言えなくなっちまった俺をお前は責められるってのか?!あの顔向けられたら誰でも黙っちまうよ!」
「健気か」
「それな…」
その事で1番ショックを受けている蘇芳の肩に俺は思わず手を置いた。
「そうだな…そんな可愛いこと言われたら仕方ねぇわ」
「だろ…?」
無言で頷き、冗談でも変な名前はつけようとするもんじゃないと俺はこの時、蘇芳を見て学んだ。
「にしてもなぁ…タマって…猫かよ」
「…あながち、間違ってない気もするけどな」
まぁ、確かに…さっきの姿は完全に猫みたいだったが…
「…すお、ぅ?」
その時、微かに蘇芳を呼ぶ声が聞こえた。
慌ててそちらに視線をやると、最初に着ていた人間界の服から蘇芳の黒い寝巻きを着たタマが覚束無い足取りでこちらにやってきた。
蘇芳の寝巻きではサイズが当たり前だが合わなかったらしく、寝ていたこともあり大分気崩れてしまっていた。
寝間着からはみ出る白く華奢な肩や足に何故かドキッと一瞬胸がなった。
まだ寝起きで眠いのか目を擦りながら歩いてきたタマは本当に子猫のようでとても可愛らしい。
「あ、あぁ…起きたのか」
「ん、なんかうるさくて…」
その瞬間、蘇芳が厳しい目を俺に向けてきた。
いやいや、さっきのはお前も散々叫んでただろうが!!
「すまん、うるさくて起こしたか…まだ寝てていいぞ?」
「…んー」
そう言って、蘇芳はタマに近寄り布団へと誘導するもタマは何故か蘇芳に抱きつき離れなかった。
「ど、どうした…?」
「ん、すお…」
動揺し、オロオロと手を振る蘇芳の姿に思わず吹き出してしまった。
「ぶっ!!おま、ククク…」
「おいっ!何笑ってやがる…!」
蘇芳は俺に恨みがましい目を向けるが、未だ抱きついて離れないタマをどうすればいいの分からず焦っている姿に俺は笑いが止まらなくなった。
「ひー、ダメだっ、あはははは!腹い、てぇっ…くく!」
あの、鬼の中でも…いや、この妖の世界である隠り世の中でも残酷無慈悲、情はないとまで言われ恐れられているあの、蘇芳が。幼い人間の子供1人に翻弄されている様は本当におかしくて、笑いが止まらない。
「…お前、後で覚えろよ…」
「す、お?どしたの…?」
「いや、なんでもない。それより布団に戻れ」
「…」
「どした?」
黙り込むタマを心配そうに覗き込んだ蘇芳は次の瞬間、胸を押さえ唸り声をあげた。
「すおぅ、と一緒にいる…」
プクッと頬を膨らませ半分寝ぼけながらもそんな言葉を発するタマに蘇芳は撃沈した。胸を押さえ片膝をついた彼にタマは心底不思議そうに首を傾げている。
「ぐうっ!!」
「ぐはっ!」
蘇芳…お前、どんな状況下でも決して膝をついたことの無い最強の鬼の癖に…こんな子供の一言であっさりと…。
だが、その気持ち痛いほどよくわかった…。
その可愛らしい姿に思わず悶え、流れ弾をくらった俺は両膝をつき胸をきつく押さえていた。暫くして復活した蘇芳は何事も無かったかのように立ち上がりタマを抱き抱えている。
少しふらつくが、俺も何とか立ち上がった。
くっ…!なんという殺傷力っ!!
タマ…恐ろしい子っ!
これでは最早蘇芳のことを笑えない…さっきは笑って悪かったな。
俺も同じ事やられたら、全く同じ反応する気がする…。
「んんっ!あー…じゃあ、一緒に寝るか」
「いい、の?」
「あぁ勿論」
その言葉を聞きタマはふわりと微笑んだ。
俺の胸はストンと、いやズドンっ!と何かに撃ち抜かれた。
ダメだ、なんかもう…胸がキュンキュンする…
「…蘇芳」
「なんだ」
「俺も一緒に…」
「死ね」
その瞬間、本日何度目かになる蘇芳の殺気を全身にあびせられた。しかし、今の俺にとってそんなものへでもない。寧ろ全力で抗議する。
「なんでだよ!俺もタマと一緒に寝たい!!」
「黙れ!タマは俺んだ!」
「あ、れ…?みにゃとさん…?」
その時タマは初めて俺に気づいたらしい。
呂律の回らない声でタマが小さく俺の名を呼んだ。
「聞いた?!今の聞いた?!みにゃとだって!可愛い!!」
「…凑が壊れた」
「タマ~!こっちおいで~俺と寝よう?」
チッチっと舌を鳴らしながら手招きするが、ぎゅっと蘇芳の服を握りしめて此方に来ようとしてくれない。
「ふっ!」
蘇芳は勝ち誇った笑みを俺に向けた。
「っ!」
「さぁ、タマ俺と一緒に寝ようか…凑早く出てけ」
そのまま俺は抵抗虚しく、蘇芳に無理矢理部屋を追い出された。
くそっ!だがこれから一緒に暮らしていくんだ、まだ俺にも勝機はある!!
俺は一先ずその場は諦めることにした。
そしてまずは餌付けから始めよう…そう決心した。
※※※※※※
その後、タマは蘇芳の後ろをいつも着いて歩くようになった。というのも、蘇芳がタマを片時も離そうとしなかった。タマもタマでそんな蘇芳の態度に嫌がるでもなく寧ろ嬉しそうについて行った。
人間界とは違う妖の世界に驚いてはいたが、怖がることは決して無かった。
俺は俺で、タマが好きそうな菓子をさりげなく与えたりと蘇芳と共に甲斐甲斐しく世話をしていった。
そのうち、俺にも少しずつ打ち解け初め今では俺の前でも無邪気に笑うようになった。
…未だ、一緒に寝てくれることは無いが。
だが、これから時間はたっぷりあるんだ!
そのうち一緒に寝てくれるようになるまで気長に待つ事にしよう。
凑「そのうち絶対一緒に寝てやる!」
蘇芳「誰が一緒に寝かせるか!」
タマ「湊さんはお菓子くれるいい人…?鬼です」