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7 監視



「今日から貴女の監視役になりました。第五分隊上級騎士の、ラインハルトです」

「あら、昨日までの監視役さんは?」

「胃に穴が空き、療養する事になりました」

「あらあら、ストレスでも溜め込んでたのかしら、可哀想にね。お大事に、って伝えてくれる?」

「……承知しました」


 新しい監視役の印象は、若い、真面目、無表情、堅物、何一つ面白味の無い騎士が来たもんだと思ったものだ。

 それに比べて、昨日までの監視役はとても面白かった。いつも青い顔をしていて、私が魔術を使うと小刻みに震えだしたり、転移術で屋上まで飛ばせば、悲痛な大声で叫び出したり。

 今度の監視役は、いつまでもつのか。


「ねぇ、えーと、アンタ名前は?」

「ラインハルトです」

「そう、お茶入れてくれる?」

「それは監視役の仕事ではありません」

「あら、前の人は何でもやってくれたわよ?いいじゃない、監視なんてただ立ってるだけで暇でしょ。貴方は暇が潰せて、私はお茶が飲める。ね? 合理的でしょ?」

「仕事に含まれておりませんので」

「ケチね」


 監視役が誰になろうと私には関係ないし、大魔女に監視なんて、意味がないのでどうでも良かった。

 ふと、興味が湧いたのは彼が赴任してきて一ヶ月が経った頃だった。


「イグニス!アンタまた勝手に私の魔術具持ってったでしょう!あれはまだ完成してないのよ」

「うるせぇ!ババァ!」

「なんだとクソガキ!言うこと聞かない弟子はこうだ!」

「うわっ!やめろ、おろせババァ!」


 拉致してきてから半年経ったイグニスは、教える魔術をぐんぐん吸収していったが、まだ全然言う事を聞かず、私の作りかけの魔術具を勝手に試そうとする始末。

 生意気なガキには、お仕置きとして逆さまで空中浮遊の刑である。


「ほほほほ!偉大な大魔女様ごめんなさい、と言えば下ろしてあげるわ!」

「ぶふっ」


 え?と、後ろを振り返れば、視線を逸らし肩を震わせる監視役の騎士がいる。


「え、何アンタ、笑えるの?」


 問い掛ければ、姿勢を戻しキリッとした表情で答える。


「いえ、笑ってません」

「は?笑ってたわよね、今」

「笑ってません」

「声が震えてんのよ」

「…恐ろしいと噂される大魔女が、子供と張り合っていたので、つい…」


 問い詰めれば、最後には眉を下げて困った様に少しだけ表情が緩む。

いつも無表情なだけに、その表情が酷く目に焼き付いた。


「アンタ、名前は?」

「ラインハルトです。いい加減覚えてください」

「下せ!ババァ」

「うるさいよクソガキ!」



 ある日、いつもの皇帝の依頼で戦争の前線に出れば、予想以上に強い魔術師が揃っており、少々手こずってしまった。

殲滅するのに四日もかかってしまったのだから。何とも情けない。


 いや、一人で三国同時は流石に堪えた。


 お気に入りの、体のラインに沿った真っ赤なドレスはボロボロで、腕には弾き返せなかった炎の魔術で酷い火傷を負った。

怪我の治療をしたくても、久々に魔力が底を尽きかけている。

 きっと徹夜明けで依頼を受けたのがいけなかった。前線に行く前に魔術具に魔力を込めてたのがいけなかった。

 今は痛みより眠気が強い。


 転移術で戻れば、駆け寄ってきた弟子に抱きつかれ、歩くのが難しい。

 右足には子犬のカザン、左足には泣きじゃくる少女エマル。そして後ろから腰に抱きつくイグニス。

 引き剥がすのも億劫で、そのままズリズリと寝室へと向かう。


「大魔女!酷い怪我だ、直ぐに治療を」


 私の帰還に気付いた監視役が、姿を見るなりギョッと目を見開いてこちらに駆け寄ってくる。

 最近は、少しだけ感情が顔に出るようになった。


「あー、そんなことより寝たい」

「そんな事じゃないだろう!ほら、お前達も怪我人に負担をかけるんじゃない」


 監視役は私の両足から引き剥がした一人と一匹を小脇に抱える。


「大魔女様ぁ、死んじゃうのぉ?」

「キュンキュン」


 エマルの大きな両眼からは絶え間なく大粒の涙が零れ落ち、カザンはジタバタと暴れて鳴いている。


「大魔女のくせに、怪我するなんて死ぬほどダセェ」


 背中に抱きついたままのイグニスは相変わらず生意気な口をきくが、顔を埋めた場所から水が流れる感覚がするので、言い返す事は止めておく。


「こんな怪我、すぐ治るわ。私を誰だと思ってるの。偉大なる大魔女様よ」


 ふん、と鼻を鳴らし、不遜な態度で笑って見せる。


「それでも、彼らにとっての貴女は大魔女である前に、大切な師匠なんです」


 真面目な顔つきで静かに語る監視役は、何という名前だったか。

真剣な眼差しに、酷く居心地が悪くなる。


「分かったわ…寝室で待ってるから治療師を呼んできて」

「すぐに、」

「お願いね、ラインハルト」

「!……はっ!」


 初めてちゃんと呼ばれたと気づいた彼は、一瞬驚いて、それからぎこちない笑顔を浮かべた。


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