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3 憲兵


 憲兵とは、このミヒャト街の秩序維持を行なっている組織集団の名称だ。

国境近くに位置するミヒャトは、交易が盛んで、東側の国からやってくる他国の人にはザナルンド帝国の玄関とも言える。

そこそこ大きな街なので、人が多ければ争い事も多い。

 帝国には騎士団が存在しており、主に帝都を警護しているので、その他の街では騎士団と比べて小規模な『憲兵』がその役を担っている。


 玄関を出ると、フェンメルの予想通り憲兵の制服を着た二人組が教会の前に辿り着いた所だった。

街の見回りも仕事の一つで、巡回する事で「見張ってますよ」と、アピールしてるらしい。


 全身深緑色の制服に身を包み、帯剣した出で立ちの二人の内、一人は真っ赤な短髪で、制服の上着は前のボタンを留めずにだらし無く開いている。

ピカピカに磨かれた長靴は、恐らく彼の部下が施した物だろう。

 釣り上がった目付きの悪さは、制服を着ていなければ間違いなく悪人そのものである。


 反対に、隣にいる人物はきっちり襟首まで制服を着込み、下がり眉がデフォルトな彼は赤髪にカツアゲされる五秒前といった雰囲気を滲み出ている。


「よぉ!マリア!元気だったか」


 こちらに気付いた赤髪が、片手を上げて挨拶を寄越す。ニカっ、と笑う彼は、笑っても爽やかからは程遠い悪人面であった。


「イグニス、おはよう」

「イグニスさん、昨日も会ってるのにいつも久々に会ったような口振りですよね」

「馬鹿お前、昨日別れた後になんかあったかもしれねーだろ?」


 二人に駆け寄り、私も挨拶を返す。


「トロンさんも、おはよう」

「おはようマリアちゃん」

「あ? マリアに笑顔向けられて喜んで調子乗んじゃねぇぞトロン」

「理不尽!」


 毎度のやり取りなので特に気にしないが、今日のは本当に理不尽である。可哀想なトロンさん。

でも助けません。口を出したら今度は私が言いがかりをつけられるので!


 毎朝、憲兵の二人は見回りの道すがら教会で足を止めてくれる。止めているのはイグニスだろうが。

こうして顔を見せないと、玄関口で大声で名前を呼ばれ続けるので、その前に出迎えるのも日課になってしまった。

今朝は祈りに夢中になってうっかり忘れる所だったが。ありがとうフェンメル。


「そういえば、聞いてよマリアちゃん。イグニスさんてば勿体ない事したんだよ?」

「どうしたんですか?」

「今ね、騎士団からの要請で、各地の憲兵司令官から推薦があれば騎士団に即入団出来るんだけど、推薦候補のイグニスさんてば、断っちゃったんだよ!勿体ないと思わない?」

「騎士団に?」


 心の底から勿体無い!と叫ぶトロンの話に、私は首を傾げる。

騎士団には、それはそれは厳しい入団試験があった筈では?


「人手が足りてないんですかね?」

「詳しくは知らないんだけど、実力があるのに本当に勿体無い!」

「うるせぇよ。そんな面倒臭ぇ場所に行くかよ。行きたいなら勝手に行け」

「俺の実力じゃ推薦候補にも挙がらないよ。はぁ、憧れの騎士団…」


 私はトロンに賛同出来ず曖昧な笑みを浮かべるしかない。激しくイグニスに同意だからだ。

それに、基本集団行動が苦手なイグニスが憲兵として働いている理由が私に関係しているので、イグニスは私がここにいる限り、この街から出る事はないだろう。


 イグニスは、大魔女時代の初めての弟子だ。


 皇帝に言われたお仕事で、その時戦争していた国一つ、新しい魔術を試せると嬉々として滅ぼした後、私の魔術で焼け野原になった戦場を、魔術の成果を観察する為に歩いていた時、どうやって生き延びたのか、焼け焦げた建物の陰で、威嚇してくる小さなイグニスに出会った。


 子供一人見つけた所で、何の感情も湧かなかった私と言えば、見なかった振りでスタスタと通り過ぎた。


 我が事ながら、流石非道と呼ばれた大魔女である。


 なのに子供は距離を取りつつついて来る始末。面倒なのでこの場で転移して帝国には帰ろうかと思った矢先、子供が果敢にも話しかけてきた。


『…おいババァ』

『なんだとクソ餓鬼』


 間髪入れずに威圧しながら言い返せば、多少怯んだものの、怯えて逃げ出さない子供に少なからず興味が湧いた。

 空間魔術で取り出したお気に入りの紅茶と、アフタヌーンティーにと準備していたパンを差し出して二人でティーパーティーを開くぐらいには。


 こちらを警戒しながらも、ガツガツと食べ始める姿をしゃがんで眺める。


『アンタ一人?』

『みんな死んだ』

『あら、それは悪かったわね』

『国の奴らに殺された』

『帝国騎士団?』

『違う』


 同じく孤児だった子供達と一緒にいたらしいが、戦争で敗戦間近だったこの国は酷く荒れていたらしい。そこかしこで暴動が起こり、その騒ぎで仲間は皆、同じ国の奴らに殺されたらしい。

 そんな時、大魔女が大規模魔術を放つもんだから、仲間を殺した連中はあっという間に炭と化した。

 子供にとって大魔女は、仲間の仇を打った相手と認識されていたようだ。


『何でアンタだけ生きてんのさ』

『知らない。コレ握ってたら俺の周りだけ平気だった』


 パンを口に頬張りつつ、汚い手で差し出してきた物は、私が作った魔術具だった。

何の偶然か、帝国側の兵士達に支給した筈の防衛魔術具が子供の手に渡り、彼の魔力に反応して障壁を展開され助かったというわけだ。


『アンタ、魔力持ちなんだね』


 魔力が無いと魔術は使えないが、魔力を持たない人間は結構存在する。

大魔女は、膨大な魔力を常に身に纏っているから、他の人間の微々たる魔力になんか気づけない。


『新しい魔術開発の助手が欲しいと考えてたんだけど、アンタでいいか』

『は?』

『よし!帰るよ!』

『なっ!離せババァ!』

『黙れクソ餓鬼』


 ほんの気まぐれでそのまま拉致して帰還して、懐くまでに結構な年数がかかった気がする。

今思えば、本当に大魔女は、非道な我儘魔女だったのかもしれない。

いや、私の事ですが。私のようで私ではない。だって前世だもの。



 思い出に想いを馳せてると、小突き合う二人の憲兵が目の前にいる。

あの時の痩せ細った子供が、逞しい体躯に育ち、顔立ちこそ悪人面だが、懐いた弟子は大魔女の生まれ変わりである私を五年前に見つけ出した。たまに牙を向けてくるが…


「本当に、大きくなって…」

「おい、今しょうもねー事考えてんなマリア」


 思わず、うっ、と感極まると、イグニスがちょうどトロンの首を絞めてる所だった。

いけない、幾ら前世の記憶があるからといって、十四歳が言う言葉ではなかった。


「ほら、マリアちゃんもイグニスさんに騎士団に入って欲しかったんですよ!」


 自分の首を絞めているイグニスの腕を叩きながら、トロンは先ほどから同じ事を繰り返す。状況は劣勢だと言うのに、それ程までに騎士団入団を蹴った事が残念で仕方がないのだろう。


 そのあと、他愛もない会話をして二人は憲兵の仕事に戻ると言って見回りを再開した。イグニスは渋々ながらトロンが連れていってくれた。

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