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2 日課


 ザナルンド帝国は一神教である。


戦争続きだったマルバラ大陸の国々を、女神ベアトリスクが始皇帝の元へ降臨し、力を貸して治めた事が、強大なザナルンド帝国の成り立ちである。

そこから、女神ベアトリスクだけを崇める為の教会が生まれたのだ。


 私がいるミヒャト教会も、女神ベアトリスクをただ一人の神として信仰している。

平和や安寧を象徴とする女神に祈りを捧げるべく、今日も教会に足繁く通う国民は後を絶たない。


 そして、熱心に祈りを捧げるのは何も国民だけでなく、シスターである私もその一人だ。


「見ろよ、シスターマリアだ。今日も真摯に祈ってらっしゃる」

「毎日何をあんなに祈ってらっしゃるのかしらね。本当、感心しちゃう」

「シスターマリアの髪の色が女神様と同じ黒だから、シスターマリアが平和を祈ってくれるなら、この帝国は安心だな」

「まだ幼いのに優しくて、可愛らしくて儚げで、まるで本物の女神のようだ」


 祭壇の前に跪き、両手を組んで目を瞑ると、街の人々がいつもコソコソと言い合う声が聞こえてくるが、それは無視する。女神のようと言われても嬉しくもなんともない。むしろ全くもって遺憾である。


 近寄りがたい雰囲気を醸し出しているつもりはないが、私が祈ってると周りには誰も近寄って来ない。

もし、側に来て様子を窺う者がいたら、先ほどのように街の人に囁かれる「女神のような」という表現が確実に間違ってると指摘する事が出来ただろう。

そんなヘマは犯しませんが。


 ぶつぶつと祈りを捧げる私の口からは、祈りに熱中し過ぎていつもポロポロと言葉が溢れ出てくるのが止まらない。


「女神様女神様、聞こえてますか? 毎日毎日問いかけておりますが、何故私の前に姿を現してはくださらないのでしょう。 何故私は生まれ変わってこの世にいるのでしょう。嫌がらせ?嫌がらせなんですか? 何故記憶を消してくれなかったのですか? いえ、その事はいいのです。また皆んなに会えましたから、そこはギリギリ、ええ、ほんとギリギリ勘弁してあげます。私に何の恨みがあると言うのですか? もうまどろっこしい言い方はやめましょう。いいから早く出てきて一発殴らせろ」


 結局最後には毒付きながら終わるこの祈りは、毎日欠かさず行なっている日課である。

 生まれ変わる前の記憶を覚えている事で、実際は祈りではなく、ただ文句を言っているのだ。八つ当たりとも言う。


 始皇帝を導いた女神が本当に存在していたのかは不明だが、現皇帝の座を確固たる強者の地位に押し上げたのは、確実に私、もとい前世で『大魔女』の名で恐れられていたアンシャーリーという名の一人の女性のお陰だった。


 膨大な魔力量をその身に蓄え、凄まじい魔術の才能を奮う大魔女は、言い伝えの女神と同じ真っ黒な髪と若々しくも妖艶な姿をしていた。


 大魔女には及ばないが、それでも才能溢れる弟子達を引き連れ戦場を駆け巡り、帝国の最大戦力兵器として活躍していた。


 ザナルンド帝国の皇帝は、大魔女の力を利用してマルバラ大陸での支配を広げたというのに、最後には大魔女を脅威に思い殺してしまう。


 それが、十四年前の出来事だ。

大魔女アンシャーリーは死んだと思ったのに、気がつけばマリアとして生まれ変わっていた。

 現在十四歳の私は、アンシャーリーとしての生涯を終えて直ぐに再びこの世に生まれてきたという事になる。


 あの時は楽しかったなぁ〜、好きな事やり放題だし、魔術も魔術具も研究し放題だし、ついでに皇帝から言われたお仕事こなすだけで良かったし…


 女神に文句を付けてたら昔を思い出し、チラリと祭壇の端にいるフェンメルを見遣る。

 信者に囲まれていたのに、こちらの視線にすぐに気付いたようで、にこやかに笑いかけて来る。

こうやって遠くで見ている分には、清廉潔白な物腰柔らかな司祭に見える。


 だがしかし、私は覚えている。フェンメルは大魔女の弟子だという事を。


 見た目は二十代と言われても全く違和感ない整った容姿だが、こう見えて奴はおん年百五十歳である。

人間で考えればお爺ちゃんだ。というか人間もそんなに長生き出来ない。可能だとしたら、もはやそれは大魔女と同じ存在ではないか。フェンメルの更にその上を行くのだから。


 そもそもフェンメルは、エルフという長寿種族の生まれで、最高齢は五百年位生き延びるらしい。

だからまぁ、百五十はまだまだ若手だと本人は言い張っている。


 エルフは人間と殆ど交流を持たない気質の筈なのだが、何を思ったか突然大魔女のファン宣言で居座ったのは衝撃的過ぎて忘れたくても忘れられない。


 主に気持ち悪い方面で…


 大魔女が死んだ時、魔術陣で拘束される前に弟子達には転移術を施して各地に飛ばした。彼等が帝国の騎士にやられるとは思えないが、私の手落ちで危ない目にはあって欲しくなかった。

一部気持ち悪い奴もいるが、可愛い弟子達だったのだ。


 大魔女が死んだ時、フェンメルは大魔女の魔力が一度消失したのを感知し、失意のどん底まで落ちたという。(フェンメル談)

 フェンメルも転移術を使えるので、思いっきり大陸の反対側まで飛ばしてかつ一時魔術を使用不可にしたというのに、大魔女の魔力が感知出来るなんて、本当に達の悪いストーカーである。


 しかし次の瞬間には、また大魔女の魔力を感じて直ぐさま転移術を発動した。

そしてミヒャト教会前に捨てられた赤子、私を見つけたのだと聞いている。

出会えた瞬間、お互いに咽び泣いて再会を喜んだそうだ。(フェンメル談)

…赤子は泣くものだからね? 喜んで泣いたわけじゃないからね?


 そのままここに居ついて十四年。

フェンメルはエルフ特有の尖った耳を魔術で隠し、人間の司祭として側に居てくれる。

どうやって司祭の地位を手に入れたのかは、幼い頃に聞いたが、怖いので忘れた。忘れたったら忘れた。


「マリア、私の事を考えてくれているのは嬉しいのですが、少々怖い顔になってますよ」


 いつの間にか隣に立っていたフェンメルに驚いて思わず体がビクリと跳ねる。


「考えてません」

「熱い視線を送るものですから、信者の方達の話を半分も聞くことが出来ませんでした」


 仕事しろ。

 周りに背を向けて立っている為、うっとりと恍惚とした表情を浮かべるフェンメルの顔は、周りには見えていない。

いつか、皆の前で大声で叫びたい。「この人実は凄い変態司祭なんですよーー!」と。


「何かご用ですか?」

「おや素っ気ない」


 祈りのポーズを終え、立ち上がった私はフェンメルと向かい合う。

前世の記憶持ちな事も、大魔女の生まれ変わりだという事も秘密にしているので、フェンメルには私に関わらない様にときつく言ってある。だから、わざわざ声を掛けたということは何か用があるのだろう。

…多分。


「そろそろ、怖い憲兵さんがくる頃合いですので、対応をお願い出来ますか?」

「もうそんな時間でしたか、分かりました。行ってまいります」


 ぺこりと頭を下げて、私は玄関へと向かった。


満場一致で気持ちが悪いよフェンメルさん!


「貴方が大魔女ですか?」

「誰アンタ」

「ただの貴方のファンです」


「フェンメル、お腹空いたわ」

「仰せのままに」


「私今研究がいいとこだから代わりにちょっと一国滅ぼしてきて」

「仰せのままに」


「眠い…」

「ならばベッドまでお連れしますね、湯あみも着替えもマッサージもしておきますので、どうぞ寝てくださって構いませんよ」

「気持ち悪いぞオッサン」

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