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1 朝の風景



「なぁんだ…」


 女の声は、酷くその場にそぐわない発言だった。

武器を突きつけてくる大勢の騎士に周りを取り囲まれ、足元には静止の魔術陣が光って身動き一つ出来ない女は、床に座り込んだまま何の感情も読み取れない表情で独りごちる。

 殺気立つ騎士達には目もくれず、今まさに扉から駆け込んできた1人の騎士を見据える。


ーーー嘘つき


 抗う気力すら失せ、女は目を閉じた。




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 私、シスターマリアの朝は早い。


 日が昇る前には必ず、パチリと目が覚める。

 昨夜ベッドに倒れ込んだのは結構遅い時間だった為、いつもよりぼんやりとした頭でゆっくりと起き上がる。

視界に入る小さな両掌をしばし見つめて、自分の中で、よし、と頷く。

ふと、自分以外の温かさに気付き、真横でスヤスヤと寝息を立てている栗毛の女性に気づく。

 寝入った時にはいなかった筈の彼女が、また忍び込んでいた事に、呆れながらも口元が上がってしまう。


 起こさない様にふわふわの髪を撫で、私は身支度を開始する。

 身支度といっても、肩に届くかどうかの黒髪を軽く梳かし、寝巻きから真っ黒な膝丈下の修道服へと着替えるだけだ。

 簡素な狭い部屋の中には、ベッドの横に細長いクローゼットが一つ、反対側の一人がけの四角いテーブルの上にはゴチャゴチャとした物が置いてある。

 それを見ると、何も手につかなくなるので見ないようにして部屋を出た。


 私が暮らすミヒャト教会は、私を含めて合計十人程しかいないが、国境近くとあって、ザナルンド帝国の玄関口としてそれなりに大きな建物だ。

居住スペースである二階の廊下には、まだ空いている部屋があったりする。

奥の突き当たりに行くほど、勤続年数が多い人になるので、まだ十四年しかいない下っ端の私の部屋からは直ぐに階段を降りる事が出来る。

 階段を降りて、すぐまた裏庭に繋がる扉がある。楽な道順であるから、いつまでも下っ端部屋でいいと常々思う。


 外に出ると、まだ白みがかった朝靄に包まれ、キンとした空気が染み込んでくる。

裏庭に出て井戸から水を汲み、まずは顔を洗う。冷たい水が、夜更かしした頭をよりハッキリとさせてくれる。

汲んだ水は、桶に入れて食堂へ。

今日の朝食当番では無いので、準備だけして、すぐ様会堂へと向かう。

 祭壇がある場所まで辿り着くと、横目でチラリと見つつ、玄関口の鍵を開ける。

玄関から門扉までの掃き掃除を終わらせた頃、ようやく食堂からいい匂いが漂ってきた。

それと同時に、背後に気配を感じ振り返る。


「おはよう、マリア」


 朝日に照らされてキラキラと輝く、腰まである長い銀髪を棚引かせ、長身の男性は穏やかな笑みをこちらに向けている。

いつみても綺麗な顔立ちだ。毎日見ても飽き…るか。


「おはようございます、フェンメル司祭」


 想像通りの相手を見つけて、ニッコリと微笑み返す。


「今日は随分と機嫌が良さそうですねぇ」

「はい、昨日やっと完成したのが嬉しくて」

「あぁ、なるほど。完成まで頑張りましたね」


 はい、と元気に返事をしようとしていた私の言葉は尻窄みになる。


「どうしました?」


 そんな私の様子に、フェンメルは首を傾げる。両手を大きく広げながら。

いや、なんで?


 思わずジト目でフェンメルを睨みあげる。


「何ですかその手は」

「頑張ったマリアを抱きしめて褒めてあげる手です」

「…いらないです」

「遠慮せず」

「結構です」


 笑顔を崩さずにじり寄ってくるフェンメルに、思わず足が一歩後退する。

胸に飛び込んで来いという圧力に、私の声は一段階下がる。


「フェンメル、やめて」


 その途端、彼はピタリと足を止めた。


「仰せのままに」


 先程とは打って変わった、ニヤリという表現が相応しい笑顔で、フェンメルはようやく手を下ろした。


「全く、誰かに見られたらどうするのよ」

「その時は、私とマリアの熱い抱擁を皆に見せびらかす事になりますね」

「お黙り」


 思わずいつもの調子で言い返してしまい、

はっ、と口元を手で隠す。

キョロキョロと周りを見渡し、誰もいない事を確認する。


「誰もいませんよ」

「うるさいですよ、司祭様」


 今朝会った時と同様、穏やかな笑みを貼り付けたフェンメルに対して、こちらも外面を作り直し、口調を戻す。


「そろそろ朝食が出来る筈ですので、私はエマルを呼んで来ます」


 箒をさっさと片付け、居住スペースへと戻る。途中、起きてきた先輩シスター達と朝の挨拶を交わしつつ、自分の部屋ではなく右隣の部屋へと入る。

 入った瞬間、ふわりと香る匂いに苦笑いしつつ、勝手知ったる部屋のクローゼットから踝丈の修道服を手に取り、今度こそ自室に戻る。

 ドアを開けると、ベッドの上にぼんりと寝ぼけ眼の女性が座り込んでいる。


「おはようエマル、もうすぐ朝食の時間だよ。早く起きて準備して」


 声を掛けながら彼女の修道服をベッドの上に置く。

顔を覗き込むと、緩みきった顔でエマルがふにゃりと笑う。


「おはようございます。おおまっふぐっ!」

「エマル? 寝ぼけてないで早く」


 エルマの口を手で塞ぎ言葉を飲み込ませ、有無を言わせない笑顔でにっこりと微笑みかける。


「ふぁい、ごめんなひゃい」


 自分より年上のエマルの支度をテキパキと手伝い、2人で食堂へ向かうと、やはり既に全員揃っていた為、急いで席に座る。

縦長のテーブルには、フェンメル司祭とシスター達が座っており、ここに暮らす総勢十名が一同に揃う。

 古株のシスターに一睨みされつつ、フェンメル司祭のお祈りが始まる。


「今日の恵みを、女神ベアトリスクに感謝します」


 透き通る様なフェンメルの声で紡がれた祈り文句を復唱し、ようやっとご飯にありついた時には、太陽がもう顔を出していた。


 朝食を終えた後は、全員で教会の掃除を行う。祭壇などの大事な場所は、先輩シスターが行うので、私とエマルと一緒に十人は座れる木製の長椅子を拭いたり、窓ガラスを磨いたりだ。

 私よりも頭一つ分背が高いエマルは、私の身長では届かない高い場所を掃除してくれる。

後輩シスターのエマルの面倒を見る様にとフェンメルに言われているので、いつも一緒に掃除している。


 というのも、エマルが私から離れようとしないので必然的に一緒にいる。

フンフン、と楽しげに鼻歌を歌いつつ掃除するエマルが可愛いので、特に不満はない。


でも鼻歌はやめて。古株シスターがまた睨んできてるから…


 掃除が全て完了する頃には、ちらほらと街の人が教会を訪れる。

他のシスター達も、各々の仕事を進めつつ、訪れた信者の対応を始めた。

 午後の始めに、司祭からの説法が一回予定されているが、それまでは私も自由に動ける。


「マリア様、私はお庭の畑に行ってきますね!」

「うん、分かったけど、」


 掃除用具を片付けて戻ってきたエマルを畑に見送り、私も次の予定に取り掛かる。

幾ら「様付けはやめて」と言っても治らないエマルの癖は、今ではもう矯正するのは諦めた。



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