人生の終着地点
家の玄関で意識を手放した健太が目を覚ますと、目の前には草原が広がっていた。
『なんでやねん。』
関西弁など普段使わないが、彼の心境を表すに相応しい一言だった。
『玄関でも、家のベッドでも、病院でもないってことは、俺死んだんかな。てことはここが天国か、はたまた地獄か。にしては草とか生えてるし。』
思考が巡るようになってきた健太は、視界を巡らせた。
歩いて数分くらいの距離に湖が広がっていた。
ほかはだだっ広い草原。まばらに背の高い木が生えている。
どれくらい意識がなかったのだろうか。ギシギシ軋む体を無理やり起こして、健太は湖を目指して歩き出した。服は玄関にいた時のままのようだったが、残念ながら靴は履いていなかった。
歩き出すと、ズキズキと頭がいたんだ。
思わず頭を手で覆うと、手に固まりかけた血が着いた。
『 いやいや、死後の世界ちゃうんかい。』
誰に対してのツッコミなのだろうか。彼の放った言葉が空に虚しく消えた。
歩きながら辺りを見回しても、植物以外の生き物は見当たらなかった。
湖に到着して、ひとまず顔をあらった。目をつぶってバシャッと水をかけて、目を開けたらいつもの玄関だったらいいなという彼の期待は裏切られた。
湖の水は信じられないくらい透明度が高かった。湖面に映った自分の顔には、額に大きな傷があった。
傷はもう塞がっているらしかった。
不思議なことに湖には魚などの生き物が住んでいる様子がなかった。鳥も虫も見かけなかった。
途方に暮れた健太は、勉強詰めで満足に風呂も入っていなかったことを思い出し、服を脱ぎ始めた。
どこだかわからないこの草原は春の陽気で、水浴びするのにちょうどよい気候だった。
Tシャツを脱いで草原に投げ、ズボンに手をかけた。
その瞬間、背後から声が聞こえた。
『ちょ。ちょっと待ってくださいぃ。』
振り向くと、そこには、全身真っ白の女の子が立っていた。手のひらで目を覆っていたが、健太は彼女の容姿や服装から、おそらく人間ではないなと感じた。アニメやカードゲームに出てくる、女神とか天女とかそんな感じの見た目だったのだ。
そんな人間離れした女神だか天女だかが、男子高校生の上裸に照れてるこの状況に、健太は吹き出してしまった。
もしかしたら、どうしようもない状況を打破してくれそうな出来事に、安堵したのもあるかもしれない。
『 ぷっ。ははははっ』
ズボンにかけた手をはなし、笑いながら白い女の子に向き直った。
『 笑わないで下さいよお。もおっ。』
『 ごめんごめん。ところで君は何者なの。人間ぢゃなさそうだけど。』
『 なんだか冷静ですね。だいたいここに来る人は、みんな気が動転しちゃってることが多いんですけどね。泣きじゃくるとか。』
『 いやだって。めっちゃ美人の女の子?女神?みたいな子が、高校生の裸に恥ずかしがってたらそりゃ笑うし。自分の方がスケスケのくせに。』
『 ううううるさいなぁ。帰っちゃいますよ!』
『 ごめんごめん。ところで、君は何者なの。』
『 あ、仕事忘れてました。ここは、人生の終着地点。んで私は、ボーナスポイント精算係の天使です!』
『 んー。ごめんよくわかんないや。とりあえず俺は死んだ……んかな。』
いままで考えないようにしていた思い出が、頭を巡った。
名前をつけてくれた両親に、ごめんと言いたかった。また会いたかった。合格証書もまだ見せてない。不合格でもいいから、戻りたい。県立大学に親友と通えばよかった。あーでも担任にドヤ顔してやりたいな。ぐちゃぐちゃの思いは、どれも、かないそうにない。
『 はい。残念ながら。』
涙が溢れた。
『 まあ、そんなもんですよね。なにが起きるのか、いつ終わるのか、わからないのが人生……か。』
『 でもあなたの起こした奇跡はちゃんと記録されてますよ。ほんとにすごいです。』
『 記録ってさ。なに、俺は死後の世界で本でも出版して印税でも稼げばいいわけ。』
他人事のような天使に、すこしムッとした。
『 違いますよー。言ったでしょ。私はボーナスポイント精算係。あなたの起こした奇跡が、点数化されています。それをあなたの来世に使うことが出来るんですよ。なにに使うかは、あ な た し だ い✩』
天使は人差し指を突き立てて、ウインクした。
ぽかーん。
『 え。なにそれ。そんなシステムあんの。』
『 そうなんですよー。まあ地球人は1回目の人生の人がほとんどですから、知らないのは当たり前です。でも健太さん、ほんとにすごいです!1420ポイントも1回目で貯めれる人そうそういないんですよ!』
『 いやごめん、わからん。どんどんわからんことがたまっていくから、いくつか質問してもOK?』
『 あーすみません。説明下手で。自分にとっては当たり前のことを人にわかりやすく説明下手するのって難しいです。質問かもんです。』
絶対このここの仕事向いてないだろ。そう思いながら健太は質問した。
『 まず、来世ってのがあって、俺はまた新しい人生を歩むってこと?』
『 はい、そうです!でも来世は、健太さんとしてではなく、また新しい肉体に魂が引き継がれます。』
『 なるほど。記憶は引き継がれるの?』
『 いい質問ですね。記憶の引き継ぎには、1000ポイント必要です。』
『 なるほど。ポイントってのは、どうやったら溜まるわけ?』
『 えーっと、計算方法は難しんですが、ポイント付加条件には2種類あります。影響値と、ハコワレと呼ばれるものです。影響値っていうのは、自分の発言、行動、思想、生み出したものなどが他者に与える影響が多いとつきます。学校の先生とか、政治家とかアーティストが高い傾向にありますね。健太さんの場合は、ハコワレポイントが高いです。ハコワレっていうのは、生まれ持った状況を努力によって打破した人につきます。健太さんは、標準レベルの知性を、努力によって日本最高学府合格レベルに引き上げましたから、1回目の人生で1000ポイント達成という偉業を成し遂げた訳です!』
『えーっと。死んだ時にポイント全然なかったらどうなるわけ。 』
『 いままでゼロポイントって人は、見たことありません。生を受けた時点で、みんな何かしら誰かに影響を与えてますからね。生まれてすぐに死んでも、5ポイントくらいはありますよ。5ポイントだったら。そうですねー。健康とか容姿とかに使って終わりですね。記憶が消されて来世にいっちゃいます。』
『 なんかゲームみたいだな。』
『 まあ、ゲーム作ってる人は2回目の人生の人が多いですよ。モノが売れると、影響値に加算されますからね。』
『 なるほど。じゃあさ……』
『 ああっ。すみません。おしゃべりがすぎました。実はこの砂が全部落ちるまでに、ポイント消化しないといけないんですぅ。』
天使は手のひらから砂時計を取り出した。
その砂はもう半分以上落ちている。
『 えええ。まだ全然システム理解してないのに。ポイント消化ってどうすればいいわけ。』
『 えっと、来世どんな人生歩みたいですか。』
『 いやいや。質問が広すぎて。』
『 なんでもいいです。希望を仰ってください。見た目、性能、環境……なんでも。』
『 んー。環境は特に希望はないかな。あ、でも地球ぢゃない場所も可能なわけ?』
『 はい。地球以外の星ですね。70ポイントです!あと1400ポイントです。』
『 70ポイントか。あとは、そこそこモテたいから、かっこよく生まれたいかな。』
『 はい。愛され容姿フルセットですね。150ポイントです。あと1250ポイントですよ。』
『 うーん。勉強すれば賢くはなれるしなあ。あ、背高くして!』
『 身長は愛され容姿フルセットによって男性ならば170~185まで女性ならば155~170までのランダムになっておりますが。』
『 あ、性別決めてないわ。男で!んで身長はやっぱ要らない。170あればまあまあかな。』
『 はい。男性で1ポイントです。残り1249ポイント。』
『 ものによってポイントの差が大きいな。1番ポイント使うのってなんなの?』
『 ふふふ。よくぞお聞きになられました。記憶の維持ですよ。1000ポイントです。』
『 うわ。忘れてたわ。それ、お願いします。』
『 かしこまりました。のこり249ポイントです。』
『 うーん。あと249ポイント。あ、あのさ、特殊能力とか使えねーの。ビームとかさ。予知能力とか。瞬間移動とか。』
『 残念ながら特殊能力という項目はございません。でも魔力なら使えますよ。魔力覚醒フルセット250ポイントです。』
『 あと1ポイントか。。』
『 性別取り消します?』
健太はなやんだ。美しい容姿に産まれることができる。モテモテ人生を、ハーレムを、男で味わいたい。でも、魔力もすてがたい。
魔力あったらビームできるし。
『 ああっ。あと少しです。』
もうあと少しで、砂が全て落ちてしまう。
『 性別取り消したら、どうなるわけ。』
『 ランダムになります!早くしてください!』
『 ええい!性別取り消して、魔力で、ぴったり1470!』
『 かっしこまりー!』
しゅぴーん!
天使がきらめいて、砂時計が消え去った。
この天使キャラめちゃくちゃだな、そんなことは口には出さなかった。
『 はい、ではポイント消化が完了しました。お疲れ様です。』
『 あ、うん。どうすればいいわけ。』
『 ああっ。説明してませんでしたぁ。すみません。えっと、服を脱いで、その湖に飛び込んで下さい。』
『 あ、結局?って。俺さっきポイント降る前に飛び込んでたらどうなってたわけ。』
『 ポイント消失で、そのまま地球に転生ですかね。ね、引き止めてよかったでしょ?』
ニコッと笑った天使のそのノリには、全くついていけなかった。
『 あ、はいはい。じゃ、服脱ぐよ。』
湖の方を向いて、ズボンに再びてをかけた。
『 あ、はい。私、目をつぶってますから、良い転生をお祈りしておりますぅ。』
真っ裸になった俺は、最後の挨拶をしようと、顔だけ天使の方をむいた。
天使と思いっきり目が合った。
『 ……見てんじゃん。まあ、行ってくるわ。世話になったな。』
天使はあわてて横を向いて言った。
『い、いってらっしゃいまし。』
ジャパーン。
健太の2回目の人生がスタートした。