箱の外
田中健太は、絶望した。
名前は平凡、中肉中背、成績は中の下。
将来は多分サラリーマンで、そこそこ稼いで、そこそこの女と結婚して。そんな未来予想図をなんとか抜け出したかった。
『県立ならまあ大丈夫だろ。高望みするなよ。おまえはおまえのなまえらしく、安牌でいいだろ?』
そういう担任の前で健太は、受験のストレスをぶちまけた。
『てめぇに俺の人生決められてたまるか!!!!俺の名前に安牌なんて意味はねぇんだよ!・・・きめた。東大行ってやるわ。平凡人生脱却してやるわ。 』
健太はそう言って、担任の前を去った。
高3の夏のことだった。
そこから彼は、友達がそこそこの大学に目標を決めていくのをしりめに、必死で勉強した。
『おまえ本気かよ。俺ら中の中の中の中じゃん!一緒に県立でキャンパスライフ楽しもうや。ほらサークルとか入っちゃったりしてさ、隣の女子大と合同のやつなら、チャンスありそうぢゃね?』
そうやって説得してくる親友の隣で、単語帳にかじりついた。
健やかに育ちますように。
そういう両親の願いも虚しく、寝る間も惜しんで勉強した。風呂に入るのも3日に1回。食事をしながらも勉強。トイレには彼の作った暗記表がベタベタと貼られている。貼られた表を空で言えるまで、彼はトイレから出てこない。
あの担任との面談の後から、健太の成績は著しく伸びた。奇しくも大嫌いな担任の言葉がきっかけで、能力が開花したのだ。
人は生まれて、名前をつけられ、所属を決められて、仕事が与えられ、そうやってどんどん箱の中に収まっていくらしい。箱には開け口があり、また破ることなど雑作ないのに。
半年がたち、家のドアの前に健太が立っていた。
目には隈、Tシャツは3日前と同じ、髪はボサボサ。だけど背筋をしゃんと伸ばして、何かを待っていた。
ブォンとエンジンの音が聞こえ、宅急便が届いた。
『 サインおねがいしゃーす。あ、受験生ですか。はは。この厚みなら……まあ、開けてからのお楽しみですね。』
そうやってニタニタ笑ういけ好かない宅急便のオッサンから、分厚い封筒を受け取った。
健太の手が震えていた。
緊張なのか、その分厚さゆえの喜びなのか、定かではない。
震える手で封筒を開けた健太は、叫んだ。
『 っしゃーーーーーーーーーーーーー!!!!』
彼の目の前のくしゃくしゃになった白い紙には、合格の2文字があった。
『 母さん!!』
ドアを開け、靴を脱ぎ捨て、家に入ろうとした瞬間、
彼はつまづいた。そして玄関との段差に頭をぶつけ、絶命したのだ。