第7話 ー運命なんて知らないけれどー…ある男の独白
「探しました。どうしても伝えておきたい事があって」
酒場で飲んだくれていた俺の元に、一人の女魔法師がやってきた。コイツは確か、パーティーの新入りだったっけ。
「どぉ〜したぁ? こ〜んなぁ恋人を寝取られた腹いせにぃ彼女を見殺しにした、最低な薄情男にぃ何の用だぁ?」
なんだ、まだ結構ろれつが回ってるな。
ヘロヘロになった頭で、そんな馬鹿な事を考える。
あれから俺は、何故かマルゲリータが最後に言った通りの恋人殺しの汚名が流布された。
そしてその噂を、皆疑いもせずにあっさり信じ込んだ。
俺が参加出来ない事情をあれだけ説明して、その事に同情しながら納得してくれてた人も。
あっという間に、元恋人を見殺しにした薄情男として、街中から軽蔑の目で見られる俺。
弟は恋人を失った悲劇の男として、街中の人々から同情されてるらしい。
馬鹿馬鹿しい。
俺は何もかもがどうでも良くなった。人目も気にせず酒に逃げた。酒に溺れた。
「ちょっと店を出ましょう。別の場所でお話をしたいんです」
「ははははぁ〜。タダ酒でも恵んでくれるのかよぉ?」
「それで良いです。一旦ここから出ましょう」
俺は彼女の肩を借りて、千鳥足でヨロヨロと店を出て行く。店の主人や他の客の、ホッとした顔も今の俺には気にならない。
エルフとはいえ、男の俺に肩を貸すのは重たかろうに、彼女は文句一つ言わない。
俺は歩きながら誰に聞かせるでも無しに、パンチェッタとの思い出を話しだした。酒が体に残っているから、結構息が上がってるな。
「彼女と出会ったのは。村を出てすぐの事で。……ふぅ……彼女と出会って。……はぁ……その時俺は……。大怪我を、してて。彼女が偶然……ふぅ……。俺と出会って。怪我を治して……。くれて。……はぁ……俺と、出会い」
俺は道端にへたり込んだ。胡座をかいて手を後ろに突き、夜空の月を見上げる。そして大きくため息。
「彼女も、この街に来て冒険者になるんだって言って。俺も同じだった。
この街を目指して、道中で薬の調合とか、薬草の知識とか、見分け方とか。そんな話で盛り上がって。
この街に着く頃には、昔からの知り合いみたいになってたな」
俺は目を閉じ、しばらく夜風に吹かれる。
彼女の少しふくよかで愛らしい姿は、今でも明瞭に瞼に浮かんだ。
魔法師の彼女はクスリと笑って言った。
「大怪我をした所に偶然、治癒師の彼女が通りかかった。彼女もまた、貴方と同じ冒険者志望だった。
……別れ際はともかく、出会いは結構運命的だったんですね」
──そう言えば、この話を他人にしたのはこれが初めてだったな。
俺は酔いが醒めかけていた顔に、火照りが戻るのを感じて、顔ごと魔法師の彼女から目を逸らした。
「……お話ししたいのは、その彼女のことです。出来れば人目の無い所でお願いしたい」
顔を引き締め、少し緊張感を漂わせて彼女が告げる。
思わず俺は彼女へ向き直った。今度こそ酔いが引いていくのを感じる。
「──君は」
「フェットチーネと言います。……場所は、町外れの例の樹の下が良いかと」
町外れの例の樹。通称『誓いの大樹』。
その樹の下で告白して、受け入れられた愛は永遠になると言われる場所で、街の男女二人組がそこに向かうのは、別に珍しい光景ではなかった。
今二人で話すには、ある意味丁度良い場所なのかもしれない。
町外れに来て樹の下に二人で腰かけ、フェットチーネは被っていたフードを脱いだ。
月明かりの元、彼女の顔が露わになる。
少年のように短くまとめた黒髪と理知的な瞳で、やや中性的な印象を受ける。
左側頭部の小さなリボンと、薄く紅を引いた唇が無ければ。
俺は男だろうが女だろうが、あまり外見は気にしない方だと他人によく言われるが、それでも美形かどうかぐらいは判る。
彼女はかなりの美人だ。……正直、パンチェッタ以上に。
そういえば、この前に弟の胸倉を掴んで大騒ぎした時には気がつかなかったが、思えば新入り三人とも皆、容姿がかなり優れていた気がする。
俺は、彼女の話の内容が何となく予想できた気がして、嫌な気分になってきた。
「“覚醒”できたのは、この前に貴方が弟さんに食ってかかって、大騒ぎになった時です。あの時の貴方の叫びに、あのパーティーの状況のおかしさに気付けたんです。
……それまで私も何も疑問に思わなかった。疑問に思ってしかるべきだったのに」
彼女は目を瞑り、大きく深呼吸。
「今回の依頼に向かう道中で、弟さんがポツリと呟いたのを偶然聞いたんです。……『飽きたな』って」
当たって欲しくなかった予想が当たった。それでも俺は、体内の血が逆流するような気がした。
「まずは先に言っておきます。
パンチェッタさんは、今回の依頼へ向かう途中で、自分で調合した毒を呷って死にました。
そういう意味では、その部分だけを切り取って見れば、確かに皆の言った通り、仕方がない事ではあったんです。
その点だけを見れば、ですが」
……俺は、爆発しそうな黒い感情を抑えながら、彼女に先を話すように促す。
「以前から、弟さんの彼女への当たりはとてもキツかったんです。
酷い罵倒、暴言。暴力を振るうなんて日常茶飯事。少しでも反論したなら……いえ、そうでなくても、彼の気分次第でしょっちゅう殴ったり蹴ったり。それも顔や手のように目立つ場所は避ける巧妙さで……」
フェットチーネは抑揚なく淡々と話し続ける。俺の感情を刺激しないように気を使ってくれているのだろう。
だがそれにも関わらず俺の黒い感情は自責と殺意に変わっていた。
マルゲリータのあの言葉は真実だった。俺は無理矢理にでも参加してパンチェッタを守るべきだった!
「まるで召使いのような……いえ、奴隷のような扱い方。そう、彼女はパーティーの奴隷でした。あの古株の戦士の人にも手酷く扱われ、蔑まれていました。
……でもこれは今だから、私はそう思えるんです。当時は私も何も思えなかった。思考が止まっていた」
「殺してやる!」
俺は立ち上がって弟の元へ駆け出そうとした。その俺の足に、必死にフェットチーネは齧り付いて行動を食い止める。
「待って下さい!」
「離せ!」
邪魔された俺は思わず腰の剣を抜き、彼女の首元に突き付けた。
「私を殺すなら殺して下さい! 貴方にはその権利がある! でも待って下さい!」
フェットチーネは剣を突き付けられても、顔色一つ変えずに俺を見据える。
俺の足に齧り付き、俺の顔を見続けて叫んだ。
「貴方の弟さんには、理解出来ない、魔力以外の“何か”があります!
何故か皆が彼に都合良く振る舞う! 何をしても全てが彼の都合のいいように収束する!
その“何か”が解らない内に突っ込んで返り討ちになったらどうするんですか!
私だってアレに参加しない協力しないでいるのが、私なりのせめてもの抵抗だったんですから!」
その言葉に俺は動きを止めた。
考え無しにアイツに突っ込む愚かさに気がついて、頭が冷えた……それだけではない。
俺は思わず彼女を見つめ直した。
「……抵抗、だって……? という事は君は、ずっとどこかでは弟がおかしいと思っていた……?」
「今思えば、の程度です。
当時は何となくやりたくないからやらない、でした。見ていただけでした。
…………くだらない……言い訳ですね」
彼女は俺から目を逸らすと、唇を強く結んで地面を見つめた。
「そういえば……ここに座って最初に君は、俺の叫びで目が覚めた、と言っていた……」
俺は剣を放り捨てると、震える手で恐る恐る彼女の頬に触れ、彼女に顔を上げてもらった。
明瞭な知性と明確な意思を湛えた瞳に、俺の言動への僅かな戸惑いが浮かんでいる。
「……今まで……アイツのおかしさに気づいた奴は殆ど居なかった……。偶に居ても、竜殺しの名前に違和感をすぐに忘れてしまった……」
俺の頬に熱い何かが滴り落ち始めた。
「アイツと対面した後で、まともに俺の話を聞いてくれたのは……君が初めてだ」
彼女は……。いや、フェットチーネは、自分の頬にあてられている俺の手に自分の手を重ね、俺の目を見据えてハッキリと言った。
「二人で力を合わせて、“アレ”が何なのか突き止めましょう。そしていつか、いつの日か“アレ”を打ち破りましょう。
私は、フェットチーネ・ペンネリガーテは貴方と共に行きます」
最高にくだらない事が起こった。
俺は泣き出していた。