第84話 ─ どうせ死ぬなら二度寝で死にたい ─…ある男の独白
バフの後について、俺は進む。
前団長フェイに、これ以上余計な情報で心労を与えるのは望ましくないから場所を移そう、とのバフからの提案からだった。
拠点にしている部屋の近くに来ると、俺はバフに言った。
「すまんバフ。ちょっとそこの部屋の連中に指示を出してくるが、良いか?」
バフはそれを聞いて、なんとも言えない表情を浮かべた。
だがすぐにその表情も消えて、抑揚の無い声音で返答してきた。
「……ああ、いいぜ。お前が勝手に消えたら、確かに混乱するよな」
「すまん」
「良いって事よ。さすがだな」
その言葉に、俺もなんとも言えない感情が湧き上がる。
きっと今の俺も、さっきのバフと同じ表情を浮かべている事だろう。
「団長シャーロットの情報が入手出来そうだ。ちょっと離れるぞ」
そう拠点にいる連中に言付けると、少し早足でバフの元へ戻る。
バフは俺を一瞥すると、黙って再び俺の前を歩き始めた。
俺はバフに話しかける。
「どうだバフ、最近の身体の調子は?」
「……まぁ、それなりにな。すぐにできるぐらいには」
「お前達にはバーボンを奢る約束があったからな。クラガン抜きだとマズいだろう?」
「……ああ、そりゃもう気にしなくても良いぜ。“騎士団”がこんなになっちまった以上はな」
「そういう訳にはいかないさ。俺はなるべく約束は守るようにしてるんだ」
「相変わらずだな。元の異世界でも生き残れるはずだぜ。魔法が使えなくともな」
「別に俺はそんな大したモンじゃないさ」
「謙遜も過ぎるとイヤミになるぜ?」
「謙遜出来るほど大した実力持ち合わせてねぇよ」
「そういう事にしといてやるか」
そう言いながら本部棟の隠し地下通路を通って別の場所へと移動する俺達。
この通路は確か、この街の教会本部に行く通路だったはずだな。
日の射さぬ通路を抜けて教会本部大講堂ホール倉庫から中に入る。この建物の人間も避難させられたのか、人の気配は感じられない。
一階の大ホールを抜けて階段を通り、カウンセリング室が多数ある三階へ。……行こうとする直前に俺はバフに声をかける。
「そっちにゃクラガンは居ないだろ? ここまで来て小細工は止めようぜ。俺とお前達の仲じゃないか」
「まあこの時間、寝てる奴が多いからな。引っ掛かってくれたら上等ぐらいのつもりだったが」
そう言ってバフは頭を掻きながら、二階の礼拝室に向かう。
「……紅乙女」俺は紅乙女に声をかけて鞘ごと呼び出し左手に持つ。
バフはちらりと振り返り、紅乙女を見ると俺に呟く。
「それが例のカタナか」
「ああ」
紅乙女は何も答えない。この後の行く末を理解しているからだろう。
礼拝室の祭壇前には、バフと同じく青白い顔をしたクラガンが待ち構えていた。手には禍々しい気配を放つ、“堕落”した退魔剣。
クラガンはバフにも、鞘に収まった退魔剣を放るとバフはそれを伸ばした左手で受け取り、抜き放つ。それもクラガンの物と同じ“堕落”したヤツだ。
「久しぶりだな、クラガン」
「ああ。長いといえば長いし、短いといえば短い。中途半端な感じはするけどな」
「二人とも教会で身体の調子は大丈夫なのか?」
それを聞いてクラガンは苦く笑う。バフもそれを見て「な、相変わらずだろ?」と相棒に話している。
クラガンは笑みを絶やさず、俺に答える。
「大丈夫だよ。お前も知っての通り、吸血鬼が十字架を恐れるのは、その裏にある狂信的な信仰心だ。十字架そのものはただのシンボルさ」
そう言いながらクラガンは祭壇後方に設置されている巨大な十字架を握ると、気合の入った野太い声をあげた。
すぐに金属に亀裂が入る音があがり、土台の根元から十字架をちぎり取る。
手にした巨大な十字架を興味も無く一瞥すると、すぐに脇に放り捨てた。
「あとな、俺達はまだ成り立ての下位吸血鬼だからか、日光もさほど致命的なダメージを受けない。直射日光ならさすがに手酷い火傷を受けるが、日陰なら軽度の熱傷程度で済む。その代わり、吸血鬼としての能力は殆ど無いに等しいけどな」
その言葉と共に二人の眼が妖しく赤く輝く。
クラガンが俺に向かって封筒を飛ばした。
俺が受け取るのを確認すると、クラガンが俺に話す。
「シャーロットお嬢様が最近、足繁く通っている街だ。おそらく高い確率で、お嬢様はその街に居るか、その街に逃げ込む。お前の弟もいずれ……な」
「ありがとう。でも良いのかよ。こりゃ七面鳥は一杯ずつじゃ済まないな」
「こっち来る途中でバフに言われなかったか? そんなのはもういいってな。俺たちゃバーボンよりも旨いものを見つけたんだ」
「先に情報を俺に渡して良かったのか?」
そう言いながら、封筒を開けて中身を確認する。
書いてある情報を頭に叩き込んだあと、中身を封筒に戻して懐に入れる。
クラガンは剣を持たぬ左手を腰に当てて、事も無げに言う。
「俺達が負けた時、上手く情報を渡してやれるか分からないだろう? あと、お前が負けたら、いま渡そうが後で渡そうが一緒だ」
「なるほど、確かにな」
そう言いながら、俺は紅乙女を鞘から抜き去った。
鞘はそのままロングモーン達の空間に戻す。
それがゴングだった。
*****
俺は左手で右脇に下げていたリボルバー拳銃を取り出すと、クラガンに向かって二連射で発砲。ダブルアクション式なので連射が効く奴だ。
南米でミトラとやり合った時の苦い経験から、俺はジャムの起こりにくいこの拳銃を使うようにしている。
そのまま銃をしまいながら突進、紅乙女で刺突をかける。
銃弾を咄嗟に剣で弾いてしまうクラガン。やはりまだ成り立てだから、人間の時の癖が抜けていないようだ。吸血鬼の不死性を利用してそのまま受ける、という選択肢がまだ咄嗟に出ない。
銃弾を弾いたクラガンがこちらに向き直った時には、俺の刺突が目の前まで近づいていた。
ガキン、と剣と刀が噛み合う金属音。
バフがいつの間にか横から剣を差し込み、俺の刺突を防いでいた。
さすがに長年コンビを組んでる二人だけあって、この辺の呼吸は手慣れたものなのだろう。──もう呼吸をすることも無くなった彼等に対する表現ではないかもしれないが。
「不意打ちとは、また情ないじゃないか」
「お前達に奢るバーボンを、この後に探しに行かなきゃならんからな。時間が無くてちと焦ってるんだ」
とりあえず軽口を叩く俺達。
だがこの状況にに満足しなかった存在が居た。紅乙女だ。
「っ! この程度の邪剣で私を防げると思うなああああ!!」
ビキン、と小気味よい音と共に、バフが持つ“堕落”した退魔剣が折れ飛んだ。
何だか悪役のセリフみたいだったが……ああ、主人公に敵対しているから悪役で良いのか。
刺突の勢いは完全に殺されていたので、バフの身体に傷を付けることは叶わなかった。だが折れた剣を見て、バフは驚きの目をこちらに向ける。
「なんだ今のは!?」
「私は日乃本の国、奈良吉野の山々に宿りし神と呼ばれる者の力を宿らせしモノ! 御主人様に忠誠を誓うもの! 紅乙女だ!!」
「驚いた、カタナが喋るとは」
「ふっふーん。私をお前が持つ十把一絡げの邪剣と一緒にするな」
「……まぁ、こういう刀だ。こんな性格だが悪い奴じゃない」
「……お、おお。そうか……」
何となく気まずい雰囲気になり、俺は後退りしながらバフたちから距離を取る。
バフもばつの悪そうな顔をしてクラガンの方を向くと、クラガンも微妙な表情でバフに剣を放ってよこした。
もう一本“堕落”した退魔剣を持って来ていたらしい。
「紅乙女、この戦いの間だけちょっと黙っててくれないか?」
「えっ何故ですか? 叫んだり声を出したりすると私も気合が入るんですが」
「頼む」
「俺達からも頼むわ」
「ああ、お願いだ」
「……はい、御主人様がそう言われるのでしたら。シクシク……」
俺達はお互いに手に持った剣や刀で軽く素振りをすると、お互いに頷き合った。
「「「よし、改めて……始めるか!」」」