第81話 ─ 中指立ててもしょうがないの今勝ち上がるためのお勉強 ─…ある男の独白
ホワイトボードの傍にベイゼルとミズ・クレイグが立つ。
その他のメンバーはそれに相対するように整列して並んで立つ。それは丁度、軍隊の隊長が訓示を述べるのを待つかのように。
ミズ・クレイグが口を開いた。
「手短に言います。良い知らせと悪い知らせの二つがあります。まずは良い知らせ」
ミズ・クレイグは咳払いを小さくひとつ。
「大統領との取引で、“騎士団”制圧の大掛かりなチームが組まれました。それだけでなく、本格的に、前政権に食い込んでいた各種ロビー団体を切り離すつもりのようですね」
俺達はそれぞれ思い思いに、よし、やった等、一言二言呟き一瞬どよめく。
それをミズ・クレイグが「静かに!」と叫んで黙らせると、彼女は続きを話す。
「次は悪い知らせ。現大統領も似たような自分直属の秘密チームを立ち上げる事になりました。ここは解散して、そのチームに合流することになります」
ここまで言うと、彼女は微かに顔を歪めた。しかし、すぐにポーカーフェイス。
「現大統領は正直、移民排斥の立場であり、SNSでも人種差別を助長する書き込みをするような人物です。新しいチームは今までとは全く違う……下手をすると真逆のことを行わなければならないかもしれません」
なるほど、彼女の言わんとする事が理解出来てきた。
ミズ・クレイグは、俺の予想を肯定する言葉を続ける。
「……つまり、今回が最後のチャンスと言うわけね。時間は無いけど、取りこぼしのないようにお願いします」
俺はミズ・クレイグに質問をした。
「このプロジェクトの規模はおよそどれぐらいなんだ?」
「秘密裏に行うにしては大掛かりだ、としか現時点では言えません」
「当然、俺はミトラが居る所へ行くからな。奴をぶった斬ってアイラを取り返す!」
「俺ッチもついていくぜ、リーダー!」
「それは残念ながら確約できません。布陣はこちらで考えさせていただきます」
俺達二人は涙で枕を泣き濡らした。
一応、比喩表現な。
*****
それは大統領選のときから始まった。
事前予測では民主党候補が確実視されていたのが、共和党のダークホースがまさかの当選を果たしたのだ。
その新たな大統領は、俺達から見る分には全く大統領にはふさわしい人物とは思えなかった。
対立する候補へあること無いこと罵詈雑言を捲し立てる、白人至上主義を助長する発言を繰り返し述べる、SNSで見るに耐えない書き込みばかり行う……。
この大統領になってからステイツ内部の分断が激しくなった気がする。
俺もベイゼルも、そしてこの組織の大半の人間もこの大統領に好感を持つ人間はいなかった。
だが一つだけ俺達が、この大統領になって良かったと思えることがある。
前政権までの権力構造を大幅に否定していて、実際にそれまで登用されなかったような新たな人材が続々と政権に取り入れられていることだ。
そして同時に前政権の基盤となっていた政財界のお偉いさん方やロビー団体も排除し始めた。
それは今までの積み重ねが無になることをも意味するが、それと引き換えに新しい風を権力に取り入れることにも繋がり、今まで手が出せなかった癒着や汚職の構図を刷新することにも繋がる。
このことで、前政権に食い込んでいた連中がバックに付くことで、俺達が手を出したくても出せなくなっていた“騎士団”へ、手が出しやすくなった。
皮肉なことだ。
平等と人種差別撤廃を掲げる左派政権では社会的弱者に手を差しのべる事ができず、正反対のタカ派的政権時にそれができるとは。
だが、百パーセント自分の望むお膳立てのチャンスなど滅多とあるわけがない。
たとえ現政権・大統領の考えやイデオロギーが俺達が嫌うものであれなんであれ、事を成せるチャンスが来たなら動かなければ。
思えばあの後ミトラを抹殺する機会が何度かあり、実際に手を下せた事例も何回かあった。
しかしそのどれもが悉く失敗。
急所を貫いたはずが僅かにズレていた、たまたま近くに腕の良い医師がいて応急手当てが間に合った、発見が絶望的な場所に取り残されたにもかかわらず仲間にすぐに発見された……。
一度など、胴体が両断されたのに復活したことがあった。ミトラの仲間の魔物に、一度だけ身代わりになれる特殊な護符を持つヤツが偶々いたらしい。
そう偶々、だ。
ミトラの「危ないところだったぜ」を、俺は何度聞いたことだろうか。
明らかに人外の能力を持つのなら判る。人外の魔物だったらある意味諦めがつく。
だが奴は、ミトラは明らかに普通の人間なのだ。並外れて強運なだけの。
強運! そう強運なだけ!
だからこそ納得がいかない。腑に落ちない。諦めきれない。
強運も三度続けば必然だという言葉も聞いたことがある。
だけれども、こんな必然などあってたまるものか!
あるときそう叫んだ俺に、ベイゼルがツッコミを入れた。曰く、「強運も三度続けば~」はそういう意味で使うのではない、怪しいアリバイを崩すときのミステリードラマの言葉だと。
「異世界から来てまだ数年だから、まだ仕方がないところも大きいが、お前は妙なところで可笑しな覚え方をしているな」
すまんベイゼル、さすがは頼れる上司アンケート一位の男(俺独自調べ母数は不明)。
それを聞いてエヴァンも呆然と呟く。
「そうだったのか。俺ッチも全然気付かなかったぜ……」
さすがはエヴァン・ウィリアムス、俺にふさわしい相棒の男アンケート一位(俺独自調べ母数は不明)。
良くも悪くも俺に似た感性になりやがってこの野郎。
そんな苦杯を舐めるような戦いを味わうことが何度もあった果ての今回だ。
勿論、ミトラを社会的に抹殺する努力だってやってきたが、“騎士団”のバックについたスポンサーによってそれも阻まれ続けている。
そのバックについた連中の力が弱まっている今がチャンスなのだ。
絶対に負けるものか。
*****
そしてさらに数日後。
待ちに待った決行の時がやって来た。
ベイゼルとミズ・クレイグがそれぞれ段取りと人員の割り振りを発表していく。
「……お前とエヴァンは分けて配属させてもらうぞ。むこうも“騎士団”の『悪魔』が目標ごとに配置されているだろうからな。『悪魔』に対応できる戦力をなるべく均等に割り振っておきたい」
「……ミトラがいる班はどうする」
「分からん、としか言いようがないな。我々以外にどう説明して納得させられる? ヤツは、基本は普通の人間……エルフだ。何も知らない人間が理解できると思うか? 『物語の主人公のように異常に運の良い人間』がいると」
「そう言われると確かに返答に困るな。バフやクラガンも、ミトラを目の当たりにするまで話半分だったぐらいだからな。仕方ない……か」
「そういうことだ。とにかく奴がいる目標に当たってしまった班は、様子を見て臨機応変に対応してもらう。そのためにも、少なくとも奴と相対した人間、奴がどんな存在かを知っている人間が各班に居て、対応してもらう必要があるんだ」
「……分かったよ。それで、シャーロット嬢ちゃんのほうはどうする?」
「望ましいのは、なるべく生きた状態での確保だ」
「なるほど、了解」
さあ、いよいよだ、首を洗って待っていろミトラ。血の繋がった、魂の繋がらぬ我が弟よ。
もはや何処の誰でもなくなった、この汚れた男がお前の息の根を止めにいく。