第60話 ─ 喧嘩をやめて二人を止めて ─…ある男の独白
「そんな訳で俺の仲間になったは良いが、実はロングモーンが最初の契約した魔物って事じゃなかったんだ」
山登り途中の休憩中に、ロングモーンとの出会いを途切れ途切れに話していたが、最後はこう話した。
山登りのメンバーは、俺、ビッグママ、タリス、そして道案内役のモリィと名乗る童顔の優男。
山に張られた結界を抜ける為、様々な難所を乗り越えた。同じ所をぐるぐる回った気もして、不安になった事も多かったな。
「最初に契約した事になっていたのは、俺の故郷の村を襲ったデカい狼の魔物だったのさ。すでに先客が居ると、ロングモーンが機嫌を悪くしていたよ」
道案内役の優男モリィやタリスは危なげ無く進んでいたが、意外だったのはビッグママだった。
大きな体型からは思いもよらぬほど軽快に進んで、難所も問題なくクリアしていく。
場合によっては、俺が一番足を引っ張っている時さえある始末だった。
「まぁそのロングモーンの声が契約後に初めて聞けたのが、召喚術を必死に勉強して初めて門を開いた時だったんだけど。俺もロングモーンに再会するつもりでいたから、狼が出てきた時は訳が分からなかったよ」
「しかしそうなると、お前さんの弟のミトラとやらが、村を滅ぼしたのはお前さんだと言ってたのがある意味正しくなっちまうねえ」
「ああ、そうなるかな。別にどうでも良いけど。死んで罪悪感を感じる相手も居なかったからな」
そう平然と言った俺を、ビッグママはじっと見つめる。
そしてため息をついて言った。
「ある意味、この程度の歪みで済んでいるとみるべきなのかねえ? 気持ちは分からんでもないけどね」
ビッグママは頭を振りながら続ける。
「まぁ裏社会に流れてくる連中は、そんな心の歪みを抱えた奴が多いんだけどね。でもお前さん、今の言い方は考えな。対人関係の信用を失う可能性が高いよ」
「……どう言えば良いってんだ」
つい、不貞腐れた餓鬼の様な口振りになってしまう俺。
そんな俺に、ビッグママは諭す様に話す。
「そんなの自分で考えな……と言いたい所だけど、きっとお前さんは、今までずっとそんな風に突き放され続けてきたんだろうね。
……そうだね、あまり多く話す必要は無い。『その通りだけど悪い事をしたとは思ってる』ぐらいで良いんじゃないかね」
「俺は──」
「そう思って無くても、そう言うんだよ! 馬鹿だね、いわゆる方便ってやつさ」
「…………分かった」
それを話の区切りと見たのか、案内役のモリィが立ち上がった。
身体に付いた砂を払って、宣言するように俺達に告げる。
「では出発しよう。目的地まではもう少しかかるからな」
*****
その後も狭い洞窟をくぐり抜けたり、切り立った尾根の上を通ったりと、かなり大変な思いをしながら進んでゆく。
やがて鬱蒼とした森の奥に、人の背丈よりも高い大きな石が、門柱のように二本立っている間を通り抜ける。
すると、明らかに空気が変わった感覚があった。
小さな広場に藁葺き屋根の家と離れが一つずつ。
その離れの方から鉄を叩くカンカンという音が聞こえてきた。
「戻ったぞ兄者。モリィ様のお帰りだ。言っていた通り、客人を連れてきた」
すると離れの方から案内役の男と瓜二つの、着物を着た眼光鋭い男がやってきた。
その男は案内役を見てため息をつく。
「お前は……まだそんな名前を勝手に名乗っているのか……。我等に授けられた名が泣くぞ」
「何を言っているのだ兄者。我等は只でさえ同じ見た目で同じ盛以蔵の名を抱くのだ。名前ぐらい変えてやらねば客人が困ろう」
兄者と呼ばれた方が、額を押さえて頭を振りながら話す。
「盛以蔵とモリィ・ゾー……どう違うのだ?」
「だから普段は俺がモリィなのだと言っておろうが」
この二人を見て、俺は何とも説明しにくい感情が湧いてきた。
何だろう、これは……。
「主が、自らの力を切り分けた存在たる我等に授けられた、盛以蔵の名前を軽く扱うのではない」
「何を言うか。だから、あまり変えないようにしたから、俺は別名をモリィ・ゾーの名前に落ち着かせたのではないか」
「だから、その微妙に西洋かぶれな変名は何とかならんのか」
この感情は……敢えて言えば、パンチェッタがミトラと仲良くしていたのを見ていた時のモノに似ている……のか?
──嫉妬、か。
もしかしたら俺とミトラとの関係も、こんな風になっていたかもしれない、という羨望。
俺が手に入らなかった、眩しい兄弟関係。
「とりあえずこの話は置いておけ兄者。先ほどから客人が、待ちぼうけを食らっておる」
「おお。すまぬ事をした、お客人。私はこの庵の主をさせて貰っておる盛以蔵という者だ。遠い所をよくぞ来られた」
変わり者だと聞いていたが、今のところはこの男にそう変わった所は見受けられない。
盛以蔵と名乗った男は、敵意を感じない柔らかな物腰で俺達に話す。
「立ち話もなんでしょうから、母屋の囲炉裏に来てください。これ弟よ、客人に茶の準備をするのだ」
弟には古風な話し方をしているが、外の客には現代風の話し方が出来るらしい。
ビッグママが「それじゃ遠慮なく」と言って付いて行ったので、俺とタリスもそれに続いた。
その時に気がついた。タリスもさっきから周囲を色々と気にしている。
この庵の周囲を取り囲む、形容し難い何者かの存在の数々を。
精霊ではない。精霊とは魔素と共に存在する魔法的な存在だからだ。
だが、精霊にどこか似通ったような気配。
「さすがは妖精族。森に居る妖怪の気配に二人とも敏感ですね」
と、庵の主人の方の盛以蔵が言う。
「アヤカシ?」
「どう説明したものか……。そうですね、魔物と精霊と幽霊が混ざったような存在……と言えば少しは感覚が伝わりますか?」
「なるほど」
理屈ではない。そういうモノで、この地はそういう場所なのだ。
出来損ないエルフの俺でも、そういった自然を受け入れる感覚は残っている。
俺は森の奥に目をやり、「アヤカシ」の気配をひとしきり感じると皆に付いて母屋に入っていった。
「……つまり貴方の国の悪事をなす大妖……悪魔というか魔物を討ち倒す為の力が欲しい、と」
「そういう事になる」
「日本刀の扱いは西洋の剣とは違いますが、それは理解されてますか?」
「……一応は」
「使ってみたことは?」
「…………無い」
ふう、と庵の主で兄貴のほうの盛以蔵……面倒だ、兄以蔵でいこう。
兄以蔵はため息をつくと俺の目を見据えた。
「まずは日本刀を扱うための基礎訓練が必要ですね」
「訓練? “騎士団”に用事が出来たから、できたら明日にでも帰国したい気分なんだが」
「じゃあとっとと帰れ。最低限のことができないヤツに刀など振らせん。日本刀舐めんじゃねえぞ」
そう言って、突然兄以蔵は凄まじい殺気を放ち俺を睨みつけた。
なるほど、確かにこいつは変わり者だ。
だが俺もそれに負けじと睨み返す。
こっちだって冷やかしで来たわけじゃない。
「こっちだって美術品を買いに来たわけじゃない! “仕事”でどうしても必要だから来たんだ! その“仕事”の関係で、どうしても時間が取れないから困ってるんだろうが!」
俺は頭に血をのぼらせながら、続けて兄以蔵に叫んだ。
「アンタは自分の仕事をそんな半端にしてるのかよ! 舐めてるのはどっちだ!!」
そうしてしばらく俺と兄以蔵は睨み合う。
そんな俺達二人をビッグママは呆れたように見つめ、モリィとタリスは我関せずとばかりに茶をすすっている。
兄以蔵は俺を睨み続けたまま俺に言った。
「時間が何とかなれば、大丈夫なんだな!?」
「まぁな」
「じゃあ何とかしてやろう。その代わりスパルタだ。……弟よ!」
兄以蔵がモリィことモリィ以蔵に話しかけた。
「お前と私の二人がかりでやるぞ」
それを聞いてモリィ以蔵が顔色を変えて聞き返す。
「兄者、まさかアレでいくのか!?」
「貴奴の時間が無いというのに応えてやるのだ、文句は言わせん。貴様、覚悟はしてもらうぞ」
「いいだろう」
俺は兄以蔵から目を逸らすことなく、睨んだままそう答えた。