第52話 ─ ワイルドボーイズアンドガールズ ─ …ある男の独白
「で、その銀色の髪の毛が綺麗な、裸みたいな格好の女性はなんですって?」
「アノ、ダカラあいら様、街ヲふらふら歩イテルノデ保護シタトイウカ……」
「で、バイクの後ろに乗せてピッタリくっつかせていた、と」
「エト、アノ、ソウシナイト彼女ガ振リ落トサレルカラ仕方無イノデ……」
みなさま、現在の俺は地面に正座という座り方を、アイラ……いえ、アイラ様に教えて頂き、実践させて頂いているところでございます。
俺の目の前にはアイラ様が腕を胸の前で組んで、仁王立ちなさっています。
人助けをしたはずなのに、バイクに乗せた以上は不可抗力なのに、理不尽です。
「リーダー? 目を逸らしてないで、私の目を見て話して下さい!」
「は、はひィ!!」
みなさま、俺は無事に明日の朝日を眼にすることが出来るとお思いでしょうか?(いや、できない:反語)
アイラ様のそばではエヴァンが、オロオロと戸惑っております。相変わらず肝心な時に、役に立ってくれないヘタレです。
ミズ・クレイグも状況が理解出来ずに、眺めているだけです。助けてやったのに、正体バラすぞこん畜生と思います。
すると助けた銀髪女がすいっとアイラに近寄って、下から見上げるように彼女の顔を、じぃっと見つめた。
思わずたじろぐアイラ。
「な……なに?」
女はアイラを指差し、初めて喋った。
「アイラ?」
「え……? え……ええ……。私の名前はアイラ……です」
そして女は横からアイラの腕に自分の腕を絡ませて、再びアイラを指差し言った。
「アイラ」
今度は自分を指差して話す。
「タリス」
そして猫が戯れるように身体をアイラにくっつけると、俺たちを次々と指差して名前を呼んでいく。
エヴァン、俺、ミズ・クレイグ。
最後に再びアイラの顔を見つめる。
「うっ……あ〜……えっと……。その、こ、今後は気をつけてくださいね、リーダー」
そう言って、心なしか顔を赤らめてそっぽを向くアイラ。
銀髪女は俺に向かってウィンクをした。
コイツ……。
だが、助かっ…………落ち着いて話が出来るようになったのは確かだ。感謝しよう。
そして改めて俺は、エヴァンとアイラの二人に作戦を話す。
作戦は至ってシンプルだ。
エヴァンにクジラを誘導してもらい、俺がこの街の立派な携帯電話用の通信用アンテナを折ってクジラに突き刺す。
結構大きく頑丈なアンテナだから、充分にクジラの身体に食い込んでくれるだろう。
そしてロングモーンの雷でトドメ。
「成る程、だからクローゼットの奥のコイツを強調したのか。つーか、アンタの部屋、私物の武器がどんだけ隠してあんだよ」
「趣味だ。いざとなったら“騎士団”を潰せるようにな」
「冗談だろ?」
「当たり前だ」
だがエヴァンとアイラは顔を寄せ合って、「あの顔は、絶対あちこちに爆弾とか仕掛けてる」などと、ひそひそと話していた。
それは秘密だ。……もとい、そんなことなんてする訳がないだろう、馬鹿だなぁ。
するとタリスと名乗った女が自分を指差し、俺の顔を見て言った。
「手伝える」
思わず俺達が顔を見合わせると、何処かから拳大の石を持って来た。
右手に握った石を指差し、右手に力を入れるとすぐにピキッと音がして、石が数個の破片に砕け散る。
思わず目を見張ると、今度はエヴァンを見て『かかってこい』とばかりに指をちょいちょいと動かした。
驚いた。
挑発に乗って飛びかかったエヴァンの攻撃が擦りもしない。
どころか、遊ばれてすらいる。
エヴァンの格闘能力は、俺と同等以上だというのに。
エヴァンが子供扱いならば、俺など推して知るべし、だ。
そして最後に壁に向かって右手を振るう。
少し離れた位置からだったが、高速で振った腕が消えたように見え、ブォッという音がこちらに届く。
そして彼女がこちらへ振り向いた時には、壁にくっきりと割れ目が長々と刻み込まれていた。
「手伝える」
誰一人として文句を言う者はいなかった。
*****
その後、すぐに作戦に取り掛かった。
バイクに俺とミズ・クレイグ、車にはエヴァンとアイラとタリス。
ミズ・クレイグにはクローゼットの奥に隠していた、虎の子のプラスチック爆弾の入ったトランクを持ってもらっている。
アンテナの設置されているビルに辿り着くと、屋上まで駆け上る。
そして鉄塔のアンテナによじ登り、爆薬を各所に取り付けていく。
ミズ・クレイグが俺に聞いてくる。
「大丈夫なの!?」
「ビルの爆破解体の勉強を、独学だがやった! 一応、ゴーストタウンの廃ビルで何度か練習もした!」
「本当に大丈夫なの!?」
「ここまで来たら、信じて貰うしかない! それよりもヤツはどうなってる!?」
俺に言われて、慌てて双眼鏡で確認するミズ・クレイグ。
「二本向こうの大通りを結構なスピードで北上してる! あ、西に曲がってこっちから離れていくわ!」
「何かおかしく感じた動きがあれば、随時報告してくれ!」
そう言いながら設置を続ける。
自然な樹木なら、この程度の高さを登るのは苦もなく出来るが、人工物だとやはり勝手が違うな。
更に、起爆装置や雷管、配線コードを持ちながらだから、尚更だ。
「あっ! 魔物がブレス吐いてビルを崩した! あれで道を塞ぐつも……ええッ!?」
「どうした!?」
「ビルの大きな破片が弾き返された……ように見えたわ!?」
「アイラ達は無事なのか!?」
「魔物は変わらず何かを追いかけてる! よく分からないけど、無事みたい!」
思わず自分で双眼鏡を覗いて、無事を確認したい気持ちに駆られるが、ぐっと堪えた。
今は一分一秒でも惜しい。
爆破ミスが無いように何度も確認して、配線コードを離れた場所まで引っ張る。
そして起爆装置に繋いだ。
本当は無線で爆破出来るタイプが良かったが、入手出来たのが旧式だけだったから仕方が無い。
「設置完了したぞ! 向こうはどうだ!?」
「大丈夫! 無事よ!」
「じゃあ双眼鏡をこっちに! アイラのスマホに合図のコールを入れてから、ここから退避してくれ!」
「分かったわ!」
俺に双眼鏡を手渡した後、スマホをかけながら屋上から去っていくミズ・クレイグ。
俺は双眼鏡を覗いて、状況を確認した。
さっきの彼女のセリフがやっと分かった。
あのタリスという女が、道路の邪魔になる大きな瓦礫を蹴って吹き飛ばしているのだ。
……吹き飛ばす一瞬だけとはいえ、車から飛び降りて車よりも速く走るって、何の冗談なんだ。
さっきの彼女のデモンストレーションを見てなかったら、とても信じられなかったところだ。
見た後の今でも、正直信じたく無いが。
さっきの「ビルの破片が弾き返された」というのも、彼女が全部弾いたのだろう。
アイラがライフルを撃ってクジラの牽制と誘導をしていた。
クジラが時々、鬱陶しそうに頭を振っている。
やがてエヴァンの運転する車が、このビルのある通りをこちらに向かって来た。
上手くスピードを調整して、付かず離れずの距離でクジラが追いかけて来ている。
こちらのビルのすぐ近くで数秒車を止め、アイラが何かを車の後部に取り付ける。
すぐに車を急発進させると、道路の間にピンと張られはじめるロープ。
それを見た瞬間、俺は爆薬の起爆スイッチを入れた。
爆破の音に、思わず上を振り仰ぐクジラ。
だからこそ、ヤツは足元のロープには気付かない。
ロープに引っかかり転倒するクジラ。
クジラの重量に引きずられる前に、アイラはライフルでロープを打ち抜き切断する。
離脱する、エヴァンの運転する軍用車。
そして落下するアンテナ。
だが──。
まずい、落下位置が少しズレている!
そう思い、俺の血の気が引いた瞬間。
タリスが飛び出しビルの壁面を駆け上り、そして壁を蹴って空中に飛び出すと、アンテナに蹴り付けた。
蹴り飛ばされたアンテナは、その重量に相応しい落下エネルギーを伴い、クジラの身体に突き立った。
絶叫。
それでも尚、暴れようとするクジラだったが、空中のタリスが両手を思い切り振り下ろすと、衝撃波で地面に叩きつけられた。
タリスが離脱したと同時に俺は叫ぶ。
「いけえェェェ! ロングモォォーーン!! 全ての雷を出し尽くせェェェ!!」
“応!!”
瞬間、三日前のものとは比べ物にならないぐらいの、圧倒的な輝きと太さの雷柱が立ち昇った。
突き立ったアンテナを通じて、ヤツの体内に流れ込んだ雷が暴れて駆け巡る。
今度こそ断末魔の絶叫をあげながら、焼き尽くされていく怪獣王クジラ。
俺はロングモーンの力の通り道を必死に維持し続けていた。
そして永遠にも感じる時間が過ぎて、雷が収まったその場には──。
巨大な黒焦げの物体が横たわる以外、何ひとつ動く物は存在しなかった。