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第29話 “夜更けの月明かりの下に” その1…偽りのダークヒーロー編

第14話の続きになります。

「やっぱり男手があると違うね。バイク下ろすのもエンジン外すのも手間が違う」


「俺のバイクだからな。それぐらい当然だ」


 そう言って作業台に置いたエンジンから、ミトラは離れた。


 アレから半日ほどトラックで走った先に、小さな町があった。バイクを押しながら歩くと、どれほど時間がかかるか分からないが。


 女は、その寂れて、村かと見紛うばかりの大きさの町の、唯一のモーテルのオーナーという事だった。名前はヘネシー。

 あまり客は来ないが来た客のために、ガソリンスタンドと、小さいながらも整備場を完備している、と少し自慢げにヘネシーは言ったものだった。


「ほれ、だいぶ前にサブプライムなんとかってので景気が良かった時に、あの町で大規模な建設計画が立ち上がっただろ?

 アレの工事関係の人間が沢山増えるだろうって当て込んでね」


 町の雰囲気の割に真新しい感じの施設を興味深げに見渡していた彼に、ヘネシーが言い訳のようにそう言った。


 その建設計画は彼も聞いたことがあった。

ラスベガスの夢よもう一度と、のぼせた成金がブチ上げた計画だ。結局、ビルがひとつ建った時にリーマンショックが起こり、何もかもが立ち消えになった。


 そのビルが、例の悪魔崇拝の連中が立て籠もっていて、彼が兄弟と死闘を演じた舞台となった場所だった。


 ほんの数日前の事なのに、長い時間が経った気がする。


「あのリーマンショックのおかげで借金しか残らなかったよ。旦那もトンズラこいて、どっか行っちまったしね」


 そう言いながらも、エンジンをバラす手は迷い無く止まらない。


「上手いモンだ」


 と、モーテルのバーから拝借してきた安バーボンを、瓶からグラスに移しながら彼は言った。


「おだてても何もサービスは追加されないよ。チェイサーは要らないのかい?」


「要らねえよ」


 そう言って、彼はぬるいバーボンをあおった。少し刺すようなアルコールの香りが鼻腔を刺激する。飲んだ後は焼けるような熱さと共に、喉から鼻へバニラの様な香りが通り抜けた。


「そんな安酒で良いのかい?」


「酔えりゃ酒なんてどれも一緒さ」


 やがて彼女の作業を眺めるのに興味を失ったのか、彼は酒瓶とグラスを持って作業場の扉に向かう。

 ドアのところで、バーを借りるぜと言って作業場から出て行った。



*****



「悪いが、お前さんに売るモンは無えんだ。帰ってくれんか」


 三人目の中年男にも、無愛想に全く同じ事を言われて断られて、ミトラはようやく状況が飲み込めてきた。

 ヘネシーがわざわざ彼の住む街にまで行こうとしていた理由も。



 それは、バイクの修理が終わったは良いが、オイル関係のストックが切れていたので、町に調達に来た時の事だった。

 一軒目の自動車屋に断られ、二件目の雑貨屋でも断られ、三件目は店でも何でもない、個人の家のオイルのストックを分けて貰う為に頭を下げたのだ。


 だが、今回町の人々がよそよそしかったのは、いつもと違う理由が追加されていたようだった。


「ヘネシー、悪いことは言わない。その男から離れて関わらない方がいい」


 お前さんに売るモンは無い、の「お前さん」とは自分のことだったのか、とようやく気付くミトラ。


「二〜三日前に通りがかった、“領主様”にちょっかい掛けられたバイク乗りに、よく似てるんだ。関係あるんだろう?」


 “領主様”と聞いて、ヘネシーの顔がさっと青くなる。目の前の中年は、更に追い討つ。


「ヘネシー、アンタが戻る前日ぐらいだったと思う。今と同じ、夕暮れだったよ。アンタん所のセルフのガススタンドで奴が給油してたんだ」


 よく見ると、目の前の中年は無愛想なのでは無く、怯えて表情が消えているのだった。

 地顔が日に焼けていて気が付きにくいが、血の気も失せていて、ヘネシーに負けず劣らず青い顔をしていた。


「“領主様”が、アンタの所のモーテルに来た“領主様”が、本当にたまたまそこに鉢合わせたんだ。『お前は誰だ、何のために此処に居る!』って“領主様”が襲いかかって」


 いつのまにか中年は身体をガタガタと震わせていた。表情も、今にも泣き出しそうな顔に、いつしか変化している。


「一瞬だったよ。そのバイクのヤツが“領主様”の目の辺りから頭を輪切りにしたのは。心臓もひと突きにされていたと気付いたのは、“領主様”が倒れた時だった。

 ヤツの手には、刃がうっすら光ってる剣が握られていたな。

 俺は、助かったと思った。これで解放されるって。みんな同じこと考えてたと思う」


 どこか譫言うわごとのように必死に話し続ける中年。

 今や、中年の顔には笑顔が貼りついている。本当は泣きたいのに、必死に笑顔を浮かべようとしている、不自然な笑顔。


「バイクのヤツが走り去ってから、一時間は皆そのまま近寄らなかった。んで、ようやく皆が“領主様”が死んだって喜んだ時だよ」


 ミトラは魔剣を鞘から解放し、手に携えた。

 中年男は突然、狂ったように笑いながら叫んだ。


「はははははは! “領主様”の身体がむっくり起き上がってこう言ったのさ! 『傷を治すために血が要るな』ってな! この町の人間、みんなやられたよ!」


 そう言って中年男は、自分の首元を彼等二人に見せつけた。首にはクッキリと、牙が突き立てられて出来た穴が二つ。


 ミトラは周りを取り囲む、“領主様”の眷属となった元・町の住民を、振り向きざまの回転斬り一太刀で全て斬り捨てた。


 中年男は叫び続ける。


「ヘネシー! “領主様”の「花嫁」よ! ご主人様より言伝ことづてだ! 『不味い食事の口直しはオマエの血こそが相応しい、我が元へ来たれ』だとさ!」


 それが中年男の最後の言葉となった。ミトラが魔剣によって斬り伏せたからだ。

 しかしヘネシーは、中年男の言葉が聞こえていたのかいなかったのか、突然あらぬ方向に向かって叫んで歩き出した。


「あんた! アッサンブラージュ! 生きていたのかい!?」


「どうした!?」


「私の旦那が! 夫のアッサンブラージュが生きてたのよ! 向こうに歩いて行った!」


「おい待て!」


 しかしヘネシーは彼の制止も聞かずに、何処かに向かって走り去ってしまった。

 彼は舌打ちをひとつすると、彼女の後を追いかけ始める。



 今は夕暮れ。夜はまだまだこれからだ。



*****



 “結局は、全てあの女を手に入れるための、手の平の上の狂言、という事だな”


──なんだと?


 ヘネシーを追いかけるミトラに、魔剣の思考が滑り込んでくる。


 “あの女を手に入れる為に、まずは夫に入れ知恵する。建設計画をダシにあのモーテルの改装で借金。あとは金を返せないようにハメていくだけだ”


──リーマンショックが無かったらどうするんだ。穴だらけじゃねーか。


 彼は右から襲ってきた元・住民4〜5人を纏めて斬り捨てる。


 “そんなモノが無くとも、ヤツの眷属を使って、道路を走る車を無くせば良い。簡単なことだ”


──……そうか! で、例の“領主様”が借金を肩代わりするとか言って。その代わりにヘネシーを差し出せ、か。


 “もっと手早く、あの夫を眷属にして逆らえなくしてから命令したかもしれんがな”


 町外れに古めかしい屋敷が見えた。

 「夫」がその中へ駆け込み、ヘネシーも真っ直ぐに、その屋敷の入り口に向かって走って行く。


 彼女を追いかけようとしたミトラの前に、狼の群れが突然現れ取り囲んだ。


──ところで話は変わるが、オマエがいつまでも名無しなのはやりにくい。


 “我は構わぬ”


──俺が構うんだよ。確かアイツはお前を呼ぶ前に言ってたな「嵐を齎らす剣」だと。


 あの男が呼び出していた、夜の闇のように真っ黒な狼とは比べ物にならない程、目の前の狼は小さく、動きも遅い。

 襲いかかってきた順番に、魔剣のサビに変えていく。


──そうだな、お前の名前はこう言うのはどうだ。ストームブリ……。


 “止めよ。我が本体の一部しか宿さぬのに、我をその名で呼ぶのは許さぬ”


 十匹ほど殺したあたりで狼達は遠巻きに様子を見始めた。

 彼が狼達を睨み付けると、蜘蛛の子を散らすように、尻尾を丸めて逃げ出した。


 “そうよな。我の事は、イミテーションブリンガーとでも呼ぶがいい”


──偽物イミテーション……って、それで良いのか。


 “我がそう呼べと言っている”


──ハイハイ、わーったよ相棒。


 喋る剣の相棒か、物語の主人公っぽい展開になってきたぜ、とミトラはニヤリと笑った。

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