第00話 とある転生者の危機
その場に響き渡る絶叫が自分のものだとは、ついぞミトラは気付かなかった。
地面に転がる彼の胸に、突き立つ黒い魔剣。
それが己の魂を吸い上げている恐怖と苦痛。
それ以外に何も考えられなかったから。
――俺は無敵の“転生者”だぞ! なぜこんな目に遭わなけりゃならない!?
そう、彼は日本で事故死した後に異世界へと転生した者。
数多の「チート能力」を授けられた者。
しかしその「能力」が作動していない事に思いを巡らす余裕は、今のミトラには無かった。
彼の「無敵」を支える数々の「チート能力」が発動していない事に。
その中でも根幹中の根幹である、「主人公属性」と表示されている常時発動能力が発動していない事に。
ミトラに剣を突き立てた「男」が何かをしたのか、それともチート能力が発動しない条件が揃っていたのか。
主人公属性……それは文字通り、まるで物語の主人公のような都合の良い展開が起きる能力。
転生した異世界で、ミトラが何となく生きていても無双の活躍が出来た理由。
生まれ変わってから、あまりにも当たり前に存在している、発動し続けている能力。
ゆえに、それが作動をしているか確認する事など考えもしなかった。
痛みも無いのに、自分の腕の存在を疑う者などいない。
ミトラは、いつの間にか涙を流していた。
その自分の滲む視界に、この状況を引き起こした張本人を捉える。
そいつは、ミトラに向けて拳銃の銃口を向けていた。
そいつは、全く油断を感じさせない態度で何かを呟いていた。
そしてそいつの表情を見たミトラは、思わず恐怖を覚えた。
怒り、悲しみ、疲れ、後悔――。
ありとあらゆる感情が混ざったような、また、ありとあらゆる感情が削ぎ落とされたような表情。
いつしかミトラは、その「男」の表情にこそ恐怖していた。
胸の魔剣に魂を喰い尽くされる事よりも。
彼に向けられた微動だにしない銃口よりも。
だが恐怖している自分に、気が付く事も無かった。
今まで通りに。
この「男」こそは……。
そしてミトラは思い返す。
己の胸に、魂を喰らう地獄の魔剣が突き立てられる、その少し前の出来事を――。