第17話 ─ 可愛いフリしてあの娘、割とやるモンだね、と ─ その1…ある男の独白
その時は突然やってきた。
「邪竜退治を成した者」の“英雄”パーティーが、ホームグラウンドの街から王都へやって来たのだ。前触れも無く。
「よう兄貴、久しぶりじゃねえか。俺にオンナを寝取られて尻尾巻いて逃げ出したのに、いっちょ前に冒険者を続けてんのか」
ギルドの酒場で、依頼達成後の報酬分配等の話し合いをパーティーの皆でしていた時に、突然背後からの声。
いずれ来るだろうとは思っていたし、心のどこかで常に覚悟していたつもりだった。
だが、不意打ち気味に挑発されると、やはり不穏な感情が涌いてくる。
向こうは計算尽くのつもりだったのだろう、俺の後ろ立つ弟。
俺は感情を抑えつけ、無表情にヤツに振り返った。
「確かに久し振りだな、ミトラ。いつかは王都に来るとは思ってたけど。まぁお前のお陰でツラの皮を厚くする方法を覚えてな。冒険者稼業をボチボチやってるよ」
──悪化してるな。
振り返った第一印象がそれだった。
軽薄で不誠実ですと書いてあるかの様な顔。身に染み付いた不遜な態度。成金趣味なケバケバしい服装。
そんな弟を、引き連れたパーティーの女はうっとりとした表情で見つめている。女しか居ないから全員だな。
ただ、武具は使い込んでいるので油断は禁物だと警戒は強めた。
弟は、実力は曲がりなりにも、それなりにあったのだ。
あの妙な運の良さという“力”と合わさって、俺以上の強さを発揮する可能性も大いにあり得る。
「フェットチーネも久し振りじゃねえか。どうだ、この軟弱野郎は? 俺なら満足させてやれるぜ。確かオマエとは、まだ夜を一緒に過ごした事は無かったよな」
最低な口説き文句だ。
だが弟の“力”が絡むと積極的で男らしいセリフとして、皆に扱われる。
俺の隣ではフェットが弟に、歯を剥き出してイーっとやっている。
やめなさい、可愛いから。
「お前は俺にオンナを取られたのに尻尾巻いて逃げ出さないんだな。感心感心」
少し迷ったが、敢えて向こうと同じレベルで煽る事にした。
フェットを、嫁を……俺の嫁を……獲るなんて事を言われたからにはな。
俺の隣ではフェットが弟に、シュ! シュ! シュ! と小さい声で威嚇しながらパンチの空打ちをしている。
やめなさい、可愛いから。
「何……だと……てめ……この……」
弟は、俺のそんな反撃が来るとは思ってもみなかったのだろう、数瞬呆けた顔を見せた。
そのすぐ後に凶悪な憤怒の表情を見せるが、マトモに言葉を出す事が出来ない。
そのまま顔を真っ赤にして、俺を睨みつけるだけで押し黙ってしまった。
──そうか。
意外な盲点に俺は快哉の声をあげかけた。
コイツ今まで肯定されてばかりの人生だから精神的に打たれ弱いのか!
使えるかどうかはまだ分からないが、ヤツの“力”の穴は一つ見つかった。
「……チッ、ば……馬鹿馬鹿しくてやってらんねーよ。……ひ、必死過ぎて笑えるぜ」
ようやくその言葉を絞り出すと、ワザとらしく肩をすくめて弟はリッシュさんに向き直った。
そして俺の隣では、フェットが小さくガッツポーズ。
やめなさい、可愛いから。
「噂に聞こえたリッシュ・クライヌ率いるパーティーに、王都に来て早々に会えるとは僥倖だ。俺は──」
「“噂に聞こえた”ドラゴンスレイヤー、ミトラさんだろ?『色々と』聞いてるよ、こちらも。
お近づきになれて酒の一杯でも飲み交わしたい所だが、生憎とご覧の通り立て込んでてね。悪いがまたの機会に話をする事にしてくれないか」
かなり皮肉たっぷりに、弟にそう返すリッシュさん。だが、そのうちどれだけが弟に理解できるだろう。
意外な反応にまたもや戸惑う弟。
こういう初対面時にも弟は、“力”によって軒並み好印象を与え続けてきた。
曰く、一見平凡だが何か凄い才能を感じる。曰く、他人には分からないだろうが自分には凄さが分かる。曰く、説明出来ない何かがあって大きな事を成し遂げそうだと感じる。
……等々。
そして弟がこの期待に応えた事は、俺の記憶にある限り、無い。
「そ、そうかそいつは邪魔して悪かったな。今後ともよろしく頼む」
予想外の反応が続けて起こったためか、弟は動揺が半端ない。
想定外の事が……弟の期待外の事が、と言い換えてもいい……起きた時の対処も稚拙だ。
先ほど感じたハプニングへの弱さという『穴』が確実性を帯びる。
その時ふと俺は、弟のパーティーメンバーを見渡して、ある事に気がつく。
「……おい。マルゲリータはどうした?」
「此処へ来る途中で死にましたわ」
「……は?」
全く見た事がない女が、事も無げにそう答える。見た事がないという事はパンチェッタの後釜か。
彼女の言葉を聞いた他のパーティーメンバーも、厄介者が死んで助かったとばかりに黒い苦笑いを浮かべる。弟も含めて。
俺は首の後ろの辺りがゾワりとした。
まるで人の姿をしたヒトならざる者でも見たかのような感覚。
仮にもそれまで一緒にやって来た仲間を失った態度ではない。
それに何よりも──。
「おい、マルゲリータほどの前衛が死ぬなんて、相当ヤバい状況じゃないか。一体──」
「彼女が死んだ原因は。魔物との戦闘中ですか。事故ですか。どちらにせよ、亡くなった当時の状況を聞かせて下さい。特に、魔物との戦闘で命を落としたのなら、事はアナタ達だけの問題では済まなくなります」
顔付きが怖いぐらい真剣になったフェットが、畳み掛けるように質問する。
最近はラディッシュさんの影に隠れて頭脳労働が目立たないが、彼女も頭が切れる方だ。
さっきの悪ガキ的行動は仮の姿。……仮だよね?
「──黒の森の奥深くで遭遇しました。かなり大きな牛頭の魔物です。
……その魔物の一撃で彼女は吹き飛ばされ、近くの木に叩きつけられました。ぶつかった時には首が折れていたので即死です。
我々はすぐに撤退しました。後を追いかけてくる様子は見られませんでした。よって、危険度・優先度は高いですが、緊急性は若干低いかと」
向こうの治癒師が話す。普段の彼女がどんな性格かは知らないが、少なくとも感情と実務を切り分ける事は出来るようだ。
「我々はこの後、王に拝謁する事になっております。王には我々の方から報告を。ギルドは貴方がたにお任せしても?」
「分かった。任された。しかし何故君達は、そんな黒の森の奥深くにまで行く必要が……。
依頼か? いや、だとすると報告は元の街に戻ってするはずだからなぁ」
「そ、そんなことはどうでも良いじゃねーか。行かなきゃいけない用事があったんだよ。そ、それじゃまたな!」
慌ててリッシュさんの疑問を誤魔化す弟。その姿を見て俺は薄々事情が分かった。
リッシュさんも分かってて聞いたんだろう。
──おそらく、パーティーメンバーにドラゴンスレイヤーの実力が見たい、などとおだてられて引っ込みがつかなくなった……と言ったところか。
そんな事の為にマルゲリータは命を落としたのか……。
弟はあたふたと仲間を引き連れてギルドを出て行ってしまった。
仲間の女達は口々に、「何あの態度」とか「失礼だわ」とか「あんなの大した事ないパーティーよ」とか、こちらを貶す言葉を述べていた。
「当時オレ達は現場に居なかったが、アレが邪竜を倒せる力を持ってるとどうして思えるかねぇ? 何も予備知識が無いとあの“力”で信じてしまうということか。
……ちなみに今さっきのは皆どう思った?」