第124話 ─ but "I was made for loving you,baby"she said ─…ある男の独白
次に俺が目覚めた時は病院のベッドの上で、傍には涙を流すフェットチーネ。
茫然としたまま俺は周りを見渡した。
フェットの頭にたくさんタンコブができてるのは見ないフリをしておこう。
病室にはお馴染みの顔が揃っている。
ビッグママ、バローロ、タリス、ブラン、バルバレスコ。
……そしてバナナをもりもり食ってるクラムチャウダー。
フェットが俺に話しかけてくれる。
「ショウ……無事でよかった」
「フェット……」
フェットは既に、この世界の服に着替えている。
この世界の装いの彼女も新鮮だ。良く似合ってるじゃないか畜生め(歓喜)
そこにバローロが割り込み俺に話しかける。
「しかし一、二ヶ月前に意識が戻ってから、短期間でここまで準備したんは感心する」
バローロはその後に「ウチの若い衆にも見習わせたいもんやで」と独り言。
ビッグママも俺にしみじみと語る。
「それにしても改めて、あの魔剣に刺されて無事に生きてたもんだねえ、ショウ」
「魔剣がお腹いっぱいで、ショウさんの魂を食べきれんかったとか」
クラムチャウダーが、バナナを片手に口をモグモグさせながら、そう言った。
俺は曖昧に「ああ」とだけ答える。
だけど俺には、俺にだけはその理由が分かっている。
相棒が最後に俺に伝えた意思。
“ありがとう、短かったが確かに良い人生を味わえた。俺様は満足だ、あばよ”
俺は、俺の代わりにあの魔剣に魂を食われた相棒の冥福を祈った。
他の誰にも気づかれないように。
ただ、後でブランにだけは話しておこうか。
「それとショウ、あの時病院まで運んだのは特別サービスや。高いぞ」
「分かってるよ。しかし珍しいなバローロ。アンタが普通の服を着るなんて」
黒スーツ着てサングラスかけてるから、最初はヤクザかと思ったぜ。
……いや、ヤクザだったな。
「ショウ……また貴方とこうして再会出来るなんて、思ってもみんかった……」
フェットチーネが俺にそう語りかける。
俺はまたも「ああ」と曖昧に頷く。
どう切り出すべきか。だが迷っていても仕方が無いだろうな。
俺は自分の左手を見つめながら、フェットに言った。
「フェット。フェットチーネ・ペンネリガーテ。俺はミトラを倒すために、あの魔剣を呼び出すために、余りにも沢山の人間を犠牲にした。そんな血に塗れた俺の手で、君を抱き締める訳にはいかな──ぶぎゃっ!?」
フェットが、その目を怒りに満たした彼女が、話してる最中の俺の頭をガッシリと掴んだ。
そして俺がセリフを最後まで言う前に、思い切り自分の額を俺の額にガツンとぶつけた。
俺は額が割れたのを感じる。
血がドクドクと流れ落ちる。
視界が霞んで、気が遠くなってきた。
ふぇっとちーねサン、相変ワラズ素敵ナ手ノ早サデスネ。
デモボク病ミ上ガリナンデスヨ、知ッテタ?
アッ、ナンカ綺麗ナ川ガ見エテキマシタ。
えヴぁんトあいらが川ノ向コウカラおいでおいでシテルヨ、アッハッハー。
遠くでブランの声が聞こえる。
「マロニー、カッコ悪い」
お黙り! フェットチーネ様の逆鱗に触れるとこうなるのよ!
お前も覚えておきなさい!!
*****
再び俺が目覚めた時は病院のベッドの上で、傍には点滴を設置している看護師さんと涙を流すフェットチーネ。
茫然としたまま俺は周りを見渡した。
フェットの頭にたくさんタンコブができて、おでこが真っ赤になって煙が出てるのは見ないフリをしておこう。
きっと、この部屋にいる他のメンバー全員に思い切りデコピンされたんだろうから。
病室にはお馴染みの顔が揃っている。
少し呆れた顔のビッグママ、顰め面のバローロ、紅乙女を手に持って眺めてるタリス。
ナースコールボタンに張り付いているブラン、不機嫌な顔で威圧するバルバレスコ。
……そしてリンゴをボリボリ食ってるクラムチャウダー。
さすがだな、チート胃袋のクラム。
ブランが呆れ顔で俺達に言った。
「三日前までベッドから起きれへんかったクセに、アホな真似すんなやマロニー」
それを聞いて、一瞬ブランに驚き顔を向けるフェットチーネ。しかしすぐに俺に顔を向き直す。
フェットの後ろでバルバレスコが腕組みをして俺を睨んでいる。
フェットにも威嚇の気配をたっぷりと浴びせながら。
フェットはそれでもムスッとした顔で俺を見ている。
だが、彼女のこれからの人生を考えるなら、こんな身体の俺に縛りつける訳にはいかない。
「フェット……俺はもうこんな身体だ。そんな俺に執着せずに……」
「うるさい黙っとき」
「はい、すみません」
俺は何をどう話せば良いのか分からなくなった。
俺は包帯の上から潰れた右目を撫でる。
失った左手を見つめながら。
フェットは大きく深呼吸をすると身を乗り出してきて、そんな俺の両手を掴んだ。
あっフェットさん、乱暴なのは嫌よ優しくしてね(はぁと)
そんな馬鹿な考えの俺に構わず、フェットは手を離すと俺の身体を力強く抱き締める。
気がつくとフェットは小さく震えていた。
見ると再び目尻から涙が流れ落ちている。
俺は愚かな考えの自分を呪った。
そうだ。聞けばフェットがこの世界に来たのは、つい最近だそうじゃないか。
俺は、まだ自分がこの世界に来たばかりの頃の気持ちを思い出す。
気丈な彼女とはいえ、たった一人でどれほど心細かっただろう。
俺はフェットの背中に右手を這わせた。
「ごめんフェット。君の気持ちを考えずに馬鹿な事を言ったよ」
フェットは静かに首を振る。
そして身体を少し離すと、俺の目をじっと覗き込んだ。
「ショウ……。全てを一人で抱え込もうとしないで。私にも背負わせて」
そう言うとフェットは、俺の唇に自分の唇を合わせた。
そして唇を離すと、彼女は再び俺の額と自分の額を合わせる。
閉じた眦からは大粒の涙が溢れて零れ続け、頬をつたう。
「私は貴方の妻です。例えどんなに離れた時間があろうが、それは変わりません。病める時も健やかなる時も、そして貴方が手と目を失ったとしても」
フェットは身体を離すと、俺の右手を手に取り、自分の頬に当てた。
俺達が実質的に初めて会った、あの木の下でのことが思い出される。
そうだ。彼女は生まれて初めて本当の意味で、俺の話を正面からまともに聞いてくれた女性じゃないか。
彼女の話を、いま俺が聞かないでどうする。
フェットは、自分の頬にあてられている俺の手に自分の手を重ねた。
そして涙が止まらぬ目で俺の目を見据え、優しい笑顔でハッキリと言った。
「二人で力を合わせて、どう償うべきか考えていきましょう。そしていつか、いつの日か二人で胸を張って歩いていきましょう。
私は、フェットチーネ・ペンネリガーテは貴方と共に生きます」
最高にくだらない事が起こった。
俺も泣き出していた。