第120話 「うっどあいらいとぅゆー(嘘なんて言わないわ)」…えんじょい☆ざ『異世界日本』編
※116話の続きになります。
ミトラのざまぁ開始。
主人公の生存報告。
「反対や。わざわざ狼の口の中へ、自分から突っ込んで行くようなモノですやん」
フェットチーネさんが、そう私を引き止める。
私は軽い調子でそれを流す。
「せやから大丈夫ですって。心配性やなぁフェットチーネさんは。それよりほら、この動画を見ません? モッフモフのワンコがいっぱい出てくんの」
「そんな事で誤魔化そうたって駄目やで! だいたいミトラは──」
「あ、ほら。ハスキー犬のお腹に赤ちゃんが埋まって気持ち良さそうにしてる。可愛いな〜!」
「くっ……! そ、そんなモンに私が屈する思とったら……」
「あー! このフリフリの服着たちっちゃい女の子、ええなー! 頬ずりしたいなー!」
「うぐ……ぐぅ。そ、そんな誘惑に私は負けへん……! クラムさんを止める為に……」
そう言いながら、無意識に手元のコップのコーヒーを飲むフェットチーネさん。
「そんな事より、ほらこの動画も可愛いで、フェットチーネさん」
「あああ! アカンアカン! 話を逸らしたらアカンやろ! クラムさんの安全が……!」
数分後、コーヒーに入れた睡眠薬が回って寝てしまったフェットチーネさん。
私はフェットチーネさんに向かって声をかけた。聞こえてないだろうけど。
「ごめんな、フェットチーネさん。やっぱ私、どうしてもミトラさんの所へ行かんとあかんねん」
*****
「お待たせ、ミトラさん」
「来たか、クラムチャウダー」
夜の駅前は、明るく華やかな照明で昼間と見紛うばかりだ。
行き交うたくさんの人々も、今日は嬉しそうな顔の人が多いように思える。
待ち合わせ場所にいたミトラさんは、黒いズボンにライトグレイのセーター、そしてチェスターコートっていうんだっけ? ブラウンのロングコートを着ている。
首には赤地に黒のチェックのマフラー。
なかなか決まっているように見える。
……ちょっと広告の見本みたいだけど。
あ、でも例の剣が入ったゴルフバッグはしっかり持って来てるのね。まぁいいか。
「お前のリクエストになんとか応えられたと思うがな。良い店が見つかった」
「ワガママ言ってごめんねー」
「構わん。誘ったのは俺だからな」
この日の前に、私はミトラさんにちょっと条件を付けた。
土地勘が無いから、大きな駅の近くが良い。キョウト駅かオオサカ駅が良いな。
エルフだから魚貝類が苦手。出来たらそういうのを抜いてくれる店が良い。
この二つの条件では相当店選びは難しかったと思う。
そもそもコース料理で魚貝類が入ってない料理ばかりってのが珍しいだろうしね。
「出来たら夜景の綺麗な店が良かったが、それは残念ながら見送らざるを得なかった」
「ううん、私のワガママに真摯に向き合って探してくれたのが嬉しい」
そういう私もブランちゃんから借りた、よそ行きのコーディネートでやってきた。
白の服にデニムのズボン、黒いハーフコート。その下には赤いカーディガン。
ブランちゃんがママの組織のメンバーから貰った昔のおさがり服らしいから、ちょっと野暮ったいかなあ。
高さは低いけど、なんとか頑張ってハイヒールだって履いてきた。
「多分、気に入ると思うぜ」
オオサカ駅で待ち合わせた私達は、二人連れ立って歩き始めた。
ミトラさんのエスコートで。
表通りから一本入った繁華街の、少し入った所。目立たない感じながらも落ち着いた雰囲気の店があった。
店に入ると、お店の店主さんらしき人が待ち構えていて、私達の外套を受け取ろうとしてくれる。
ミトラさんは少し横柄な感じで店主さんにコートを渡した。ちょっと堂に入っている。
どうやらこの店を貸し切りにしたらしい。
私達以外には誰も客が居ない。
私達二人は窓際の席に座った。
座った私達に、店主さんは何かのメニューを渡す。どうやら飲み物の一覧みたいだ。
ミトラさんはそれを開くと、店主さんに言った。
「コイツだ。この一番高いワインをくれ」
「お客様、ご予約されたコースでしたら、よろしければこちらのワインの方が合うかと当方はお勧めしますが──」
「聞こえなかったのか? 俺はコイツをくれと言ったんだ。客は神様だぞ。神様に文句をつけるな」
店主さんは黙って奥に引っ込んだ。
私はミトラさんに感嘆の声をかける。
「凄い。なんかミトラさん、こういう店にとても慣れていらっしゃるんですね」
「何だその言葉遣い。いつも通りで行けよ」
「え、えー……あはは。なんかこういうの初めてなもんで、緊張しちゃうんですよ」
「まぁ小さくてパッとしない店だが、料理食ってワイン飲めばそれなりに楽しめるだろ」
「あ、はい。ありがとうございます」
そして私達の席に届けられるワイングラスとワインの瓶。
店主さんが自ら、グラスにワインを注いでくれる。
まずは私に。トクトクと良い音を奏でながら注がれていくワイン。
グラスからまるで花のような香りが立ち昇った。他にも枯れ葉のようなのや紅茶のような香りも混じっている。
わ、凄い複雑な香りだけど面白い!
「わー! 凄い良い匂い!!」
「一番高いワインだからな」
次に店主さんはさりげなく瓶をくるりと回して、ミトラさんのグラスに注ぐ。
注ぎ終わると、静かに瓶をテーブルに置いて頭を下げた。
「おい、そういう余計な仕草はいいから、さっさと料理持って来いよ。ったく気が効かねえ野郎だな。だから流行らねえんだよ」
ミトラさんがそう言うと、慌てて店主さんは厨房へ戻って、料理を持って来る。
私達二人の前にそれぞれ皿を置くと、改めて頭を下げて厨房に戻った。
「ふん、まあ良い。じゃあ乾杯するか」
「はい」
お互いワイングラスの足を持って掲げる。
私はミトラさんの瞳を見つめ、ミトラさんも私の目を見つめる。
「何に乾杯するんですか?」
「そうだな、君と俺との運命の出会いに……かな」
「ありがとう」
そしてワイングラスを軽く打ち合わせ、チンと小さい澄んだ音をたてる。
それからお互いグラスの縁に唇をつけて、軽く口に含んだ。
ふーん、ワインは以前に飲んだ事があるから、渋みは気にならないな。
だけどなんだろう。こう、まだ完成しきってない感じがする。
美味しいのは美味しいんだけど。
もう数年置いておけば、熟成されたんじゃないかなぁ。ちょっと勿体無い。
だけど、わざわざせっかくこの店に連れて来てくれたんだ。黙っておこう。
「凄く美味しいです」
「値段の割にはまあまあだな」
私はミトラさんをチラリとみた後、顔を俯かせる。
そしてしばらくモジモジしてから、上目使いにミトラさんを見つめた。
「私、急にこの世界に飛ばされてビックリしました。知らない人に囲まれて、とても心細かった。でもそんな時に、ミトラさんは来てくれたんです。とても嬉しかった」
ミトラさんも、私をしばらく見つめてから言った。
相変わらずの、イヤらしくも魅力的だと思わせるだろう笑いを貼りつけて。
「大丈夫、君が俺の役に立ってくれたら、これからも俺は君の傍にいる。安心しろ」
ミトラさんはそう言って、グラスを傾けてワインを呷る。
そして再び私を見つめて続ける。
「君と俺とが運命の出会いを果たしたんだ。これは必ず意味がある。君が俺のモノになってくれるなら」
「ミトラさん……」
私は顔を上げてミトラさんを見た。
アルコールが回って、少し顔が赤くなった目の前のエルフの男を。
そして静かにキッパリ言った。
「思い上がるのも大概にしとけや、この勘違いエルフ。アンタの女になるなんて、金輪際ゴメンやわ」
「何!?」
そう叫んで立ち上がったミトラさんは──ミトラは、崩れるように床に倒れた。
*****
床に倒れたミトラは、自分の手を目の前に持ってくる。
薬を盛られた手はブルブルと震えていた。
信じられないものを見るかのように、私を見上げるミトラ。
私はミトラに冷たく告げた。
「この世界に長く居過ぎて、私達エルフ女の好みを忘れたんか? ああ、ミトラさんは“転生者”やったっけ」
“転生者”と言われて、目を見開くミトラ。
私はミトラを冷たく見下げて続けた。
「“転生者”やったら、最初から知らんかったんかな。エルフ女はドワーフみたいな太めの体型の男が好みやって。少なくとも私達が居た世界やったらな」
そして私はミトラに唾を吐き捨てた。
ありったけの嫌悪を込めて言ってやった。
「はん、さっきから調子乗ってるんとちゃうぞ、このキモガリ男が! 私を口説こうなんざ百年早いわ!!」
ああ、さっぱりした。
コイツに歯の浮くセリフを言われて、何度も背中に悪寒がゾクゾク走るわ、胸に吐き気がこみ上げるから必死で堪えて、それで胸がドキドキするわで大変だったわ。
その時、店に人間がなだれ込んできた。
よく見たらエルフが多い。
まぁまぁ予定通りかな。
最後に赤いドレスを着た、太った女の人が入って来る。ビッグママだ。
それを見て私はミトラに続ける。
「来たな。そういや以前アンタが言ってたセリフ、そっくりそのまま返したる。今夜はきっとアンタにとって忘れられん夜になる。約束したるわ」
そして私は、最後にミトラに「とある人物」からの伝言を告げた。
それを聞いたミトラが、驚愕の表情を浮かべる。
「あーそれと最後に、アンタのお兄さんから伝言を預かってます。
『“主人公属性”を失ったお前が、自分の能力だけでどこまで出来るか見ててやるよ』
やってさ。まぁせいぜい頑張りや〜」