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第10話 ─ 人生は上々だ ─ …ある男の独白

「ちょっと待ってくれよ、リッシュさん」


「ん、どした。報酬は少し余分に渡しただろ、まだ少なくて不満か? なら、お前もようやく欲深さを身に付けられたか」


 ガハハと笑って酒を飲むパーティーリーダーのリッシュ・クライヌさんに、俺は(あわ)てて言った。


「逆ですよ、逆! もらい過ぎです! 何で一番新入りの、俺達二人の報酬の分け前が一番多いんですか」


「あん? そろそろ王都に腰を落ち着けるんだろ? ボロ家でも買うとなったら元手がかかるぞ。いいから取っとけ」


 その言葉に、他のパーティーのメンツもウンウンと(うなず)く。

 俺ら二人以外で相談済みかよ!


「でも、人間関係のトラブルって金銭絡みが多いですし、やはりきちんとしておかないと……」


「ほら、嫁も! 財布を握るのはアンタなんだから、もっとガメつくぐらいで丁度良いのよ!」


 すっかり「嫁」で呼び名が定着してしまったフェットも戸惑い気味に意見を述べるが、索敵(さくてき)斥候(せっこう)担当のキャンティさんが()ぐに却下。

 まだ結婚してないんだけどな。プロポーズ込みで家の購入は提案したけど……。

 シカシナゼバレタ。


「今のところ俺達は金に困ってないし、金で買える欲しいモンはある程度手に入れた。あとは好奇心を冒険で満たして美味い酒を飲むぐらいだ。遠慮するぐらいなら仕事で返せ。いいな」


 だめだ、やっぱりこの人達には勝てないや。

 そう思いながら俺は、故郷の村を出る時にお世話になった恩人達から、涙が(こぼ)れそうになる顔を伏せた。



 噂に聞こえた、王都の上位パーティーの一つがリッシュさん達の事だとは、再会するまで全く知らなかった。

 向こうの世界は情報伝達がまだ発達してなかったからな。それも仕方がない事だったんだけど。

 俺もこちらに来て、スマートフォンやインターネットの概念(がいねん)を理解した時には、腰を抜かしそうになったもんだ。



 彼等と再会したのは、王都に辿り着いた初期も初期、冒険者ギルドに顔を出した初日だった。

 元の世界での冒険者ギルドは、都市ごとに半ば独立した組織だったので、ホームグラウンドを変えたらその都市ごとに登録し直さなければならなかった。

 そこで俺達が登録した時に偶然、ギルド併設の酒場で派手に打ち上げの酒盛りをしていたのが彼等だった。


 たまたまというか、半分職業病というべきか。

 受付職員が俺とフェットの名前を呼んだのを聞きつけたキャンティさんが、あれもしかしてアンタ、って声をかけてきてくれたのが再会のキッカケ。


「こんにゃろコイツ随分と(たくま)しくなりやがって! しかもえらい性格良さそうな美人連れてやがって! 嫁か!? 嫁だな!? 嫁なんだろ!?」


 そう言うこの人は、前衛の一人だったパーティーで一番体格の良い巨漢。

 ベッコフさんが俺の頭をヘッドロックして、拳骨で頭頂部をグリグリしながら言ったこの言葉。

 これがフェットの呼び名が「嫁」に固定された瞬間である。最初からじゃねーか。


 とは言っても、その時はまだパンチェッタを失った痛手が生々しい時期だったのもあって、複雑な気持ちで微妙な反応しか返せなかった。


「……どうやら訳ありだな。詳しい事はいずれ……気持ちの整理か状況の整理か分からんが……それが出来たら、また話してくれ」


 と、俺の様子を鋭く汲み取った治癒師のジビエさんが控え目な話し方で助け舟。

 その後に彼等と一緒に酒を飲みながら思い出話。


 王都に来ることになった一連の出来事は、まだどう話せばいいか、ジビエさんの言う通り整理ができてなかった。

 なので、俺が冒険者になってからの話は当たり障り無く……になってしまった。

 そうすると俺の故郷の村での過去がさんざん彼等の酒の(さかな)になる。

 しかし宿に帰った次の日に、彼等が当たり前のように俺達二人を冒険に誘いに来たのには、目が点になるしかなかった。


 彼等と共に必死に依頼をこなす事で、気持ちがまぎれて多少はマシになったのかもしれない。

 気持ちが整理できたからというよりも、気持ちを整理するために、ポツリポツリとパンチェッタの事、王都に来ることになった事、……そして弟のミトラの事などを彼等に話すようになった。



「もしかしたら、弟くんが生まれた羅睺が何かの鍵となるかもしれない」


 パーティーの知恵袋の魔法師、ラディッシュさんが、そう推測を述べる。


「まぁそれは検証材料が少な過ぎるから、今後の研究次第になるけどね。まずは現時点で可能性が高そうな事を確認しておこう」


 それはとある依頼を果たした帰途途中の野営地での事だった。

 念の為に、街中のように人目がある場所でなく、敢えて道中で。先ずは信頼の置ける仲間うちだけでという事だった。


「少なくとも弟くんの“力”は、対人においては初見殺し的な側面が強い可能性が高い。逆に言えば、知識と心構えが有れば飲み込まれないと思うよ」


 俺はその言葉に希望を持ちそうになる。

 リッシュさん達と行動を共にし始めて、それも心配の一つだった。

 彼等が弟に取り込まれて、ヤツの為だけに動くようになるのは嫌だった。


 本当にラディッシュさんの言葉を信じて良いのか?

 俺の不安と不信を感じ取ったのか、フェットが俺の手に自分の手を重ねて握ってくれる。


「推測材料は、村の神父さんだね。君は覚えてないって言ってたけど、恐らく君は、最初は弟を連れずに彼と会ってる。そうでないと、彼の行動が説明つかないのさ」


 数少ない材料から、俺自身も覚えていない過去を探り当てるラディッシュさん。

 すげえよ、ラディッシュさんは。


「そもそも彼は何故、ボク達を君に引き合わせたんだい? 聞いた話から判断する限り、彼は弟くんの“力”の影響下にいないとおかしい。であるならば、彼はむしろ村に帰って母親に従う事を、君に(さと)すんじゃないのかな」


 ラディッシュさんの興が乗ってきた。

 立て板に水を流すように、ラディッシュさんは話し続ける。


「だから、そのことから推測できるのは、先に君と会って弟の話を聞いていたからこそ、神父は弟くんの影響に対抗できていた。

 まあその前提となる知識と心構えを持つ事が難しいからこそ、強力な初見殺しの“力”なんだけどね」


 しかし、整然とした話し方が流石(さすが)だ。

 ラディッシュさんの明快な話し方に、話の内容に、俺は少し不信が和らいだ。

不安も随分と減った。

 いや、不安は減ったんじゃない。不安を感じてる余裕が無くなったんだ。


「え〜と、フェット……さん?」


 ちょっとちょっとフェットさん。

 いつの間にか後ろに回って、俺の頭に自分の胸を乗っけて、俺の頬を手でスリスリするんじゃありません!

 気持ち良いから!


「やっぱり、さすがは嫁だ。お前の不安な気持ちを敏感に察してやがる。俺にもやって欲しいモンだぜ、(うらや)ましい」


 と、ニヤニヤ笑ってベッコフさん。

 ラディッシュさん以外の他の人達の視線も痛いデス。

 あれは暖かい目ではなく、良い玩具(オモチャ)を見つけた時の子供の目デスヨ!

 あ、よく見たらラディッシュさんも口の端をピクピクさせて、必死に笑いを堪えている。コノウラギリモノー!


 祝え、全世界の神々よ! フェットチーネ・ペンネリガーテが「嫁」の呼称を強化した瞬間である!


「こ……これは貴方にしかやらない事ですから……」


 真っ赤な顔をして、消え入りそうな小さな声でそう呟くと、フェットは慌てて俺の隣に座り、両手で顔を覆ってしまった。


 クッソカワエエ。

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