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第116話 「恋人たちへの距離(でぃすたんす)?」…えんじょい☆ざ『異世界日本』編

※109話の続きになります。

「クラムさん。クラムチャウダーさん。(なん)も無かったですか? ミトラなんかに心奪われたりしてへん?」


「大丈夫ですよう。フェットチーネさん心配しすぎ」


「アイツの性質(たち)の悪さを甘く見とったらアカンよ、ほんま。(みんな)分かっててもあの“力”にやられてしまうんやから」


「もう、本当に大丈夫やって。それじゃフェットチーネさん、学校行ってきますね〜」


 あれからフェットチーネさんは毎日のように私達の部屋に来て、私のことを心配してくれます。

 有り難いのは有り難いんだけど、ちょっと重いかなぁ〜……。



 いやでも本当、ミトラさんがそうやとは思わへんかったなあ。まだ実感()かないわぁ。

 フェットチーネさんの旦那の弟で、性格最低なDV男だなんて信じられへん。

 というか、ブランちゃんも知らへんかったんやろか、ミトラさんのお兄さんがフェットチーネさんの旦那さんやったって。




「どうしたクラムチャウダー。俺の顔に何か付いてるのか?」


 ついマジマジとミトラさんの顔を私は見てしまう。

 そしてそんな私を(いぶか)しんで、ミトラさんは私に(たず)ねる。

 私は慌てて照れ隠しを(よそお)って答えた。


「え? ああいや何でも無いねん。相変わらずミトラさんはエエ男やなあって」


「フッ……。おだてたって何も出ねェぞ?」


「はいはい」


 最近は住んでるアパートから少し離れた場所でミトラさんと落ち合っていたのは、ママからの依頼がバレないのには好都合だ。

 そういえばもうすぐ期末テストやなあ。

 昼と夜のダブルスクールやから大変や。

 そうボンヤリと考えながら道を歩く。


 ミトラさんは例の黒い剣を、私が作ったゴルフバッグに入れて肩に担いでいる。

 一度、私が興味深げに観察しようと近づいたら、凄い剣幕(けんまく)で怒られたっけ。

 これは魔法の剣で危ないシロモノなんだーって。


「そういえばもうすぐクリスマスだな」


「へ? クリスマスって何でしたっけ?」


「……あー。何というかアレだ。クリスマスなんてのは正直どうでも良いんだ。まぁ深い意味は無いんだが、たまには食事でも一緒にどうかな、とな」


 私は小首を傾げてしばし黙考(もっこう)

 そしてポン、と左の手の平を右のゲンコツで叩いた。

 それから右の人差し指を立てて口元に持っていき、悪戯(いたずら)っぽくデュフフと笑う。


「もしかして、デートのお誘いってヤツですかあ?」


 ミトラさんは表情を出さずに、真剣な目つきでこちらを見つめた。

 朝の光がキラキラと光って、雰囲気はそれなりに割り増しになっている。


「まあ、お前と会えたのも何か運命的なモノを感じるしな。それに学校の勉強も頑張ってる。だからたまには、だ。たまにはな。食事でも一緒にして慰労(いろう)でもした方が良いかと、な」


 『運命』そうミトラさんに言われた時に、ゾクりと背中を走るものがあった。

 そして胸に込み上げる何か。


「ふーん」


 私は短くそう言うと、人差し指をそのまま(ほほ)に当てて、視線を上にしながら思案する。

 しばらくそうしながら歩いて、とりあえずは無難な返事。


「ん〜。学校とかブランちゃんの予定とかを確認してからやないとな〜。まぁでも、すぐには返事出来ひんけど、前向きに検討させて(もら)いますね」



*****



「『“彼”から、クリスマスデートのお誘いあり』、と」


 専門学校の休憩時間に、そうSNSでメッセージを打つ。

 すぐにブランちゃんから、返事が返ってきた。早っ!


──ヤバない?


 フェットチーネさんもそうやけど、ブランちゃんも心配症やなぁ。

 そう苦笑いしながら、こちらも返信。


『大丈夫だってば。あんなんに引っかかる女と違うよ、私』


──ホンマに気ぃつけや。


『了解』


 最後にブランちゃんにそう返信を打って、私は次の専門学校の授業の準備を始めた。

 今朝のミトラさんを思い出す。

 背中に走るゾクゾクしたものと、胸に込み上げる何か。


 私は思わずため息をついた。

 いややわぁ。



*****



「あ〜しんどいわ〜〜〜〜」


 今日も今日とて混み合った電車で帰るのツラたんよ。次に止まる駅で、座席が空かないかしら。

 そう疲れた思考と共に、溜め息をつきながら独り言ちる。

 隣を見ると、相変わらずムスっとした表情で吊革を持つミトラさん。


 私はこっそりその横顔を(のぞ)き見る。

 まぁ、人間基準ならかなりのイケメンではあるわよね。

 実際、電車に乗ってる女の人は、大抵がミトラさんにチラチラと視線を送っている。

 大体の女性が、口元を(ゆる)めてもいる。顔を赤らめている人も居る。

 私の様子に気が付いたミトラさんが、怪訝(けげん)な様子で私に訊ねた。


「どうした、俺の顔をジロジロ見て」


「え? ああ、いやあ。やっぱりミトラさんってイケメンやなぁって」


「ふーん」


「エルフなんを差し引いても、かなりイケてる思いますよ。女の人に不自由した事無いんと違います?」


「さぁな。どうでも良いだろ、そんな事。面白(おもし)れェこと言う女だな、お前」


 ゾクっ。

 咄嗟(とっさ)に私は表情の変化を悟られないように、ミトラさんから視線を()らした。

 更に正面を向いて表情を抑える。


「そ……そそそそそそそう? 気のせいとちゃう?」


 視線だけをもう一度ミトラさんに向ける。

 ミトラさんはイヤらしい視線を向けながらニヤニヤと笑っている。

 女の人を捕食する時の表情なんだと、頭の中の冷静な部分では理解出来る。

 普通の男の人なら、女性に生理的嫌悪感を与える表情だ。

 でもミトラさんならそんな表情さえも、人間の女性には魅力的なイケメンオーラを感じさせるものになるのだろう。

 そして本人もそれを、自信たっぷり十二分に理解している顔だ。


 それが証拠に、ミトラさんをチラチラ見てる女の人が私に向ける視線の刺々(とげとげ)しい事!

 いややわぁ。



 それから私達二人は、何も言わずに黙りこくったまま、電車に揺られ続けた。



*****



アパートの近く、朝に合流している地点まで来た。

 今日ばかりはすぐに別れの挨拶(あいさつ)を言わず、その場に私は立ち尽くす。

 ミトラさんも黙って私を見つめている。

 やがて私は意を決して話を切り出した。

 なけなしの勇気を振り絞って。


「あー……えっと……その……。み……みみみみみみミトラさん、あのそのっ!」


 ミトラさんは黙って私を見ている。

 ニタニタとイヤらしいのに、魅力的に感じさせると自分で確信している、その笑顔で。

 私の背筋にゾクゾクを与えて、胸に込み上げるものでドキドキさせる、その態度で。


「あ……朝のお誘いですけど、その……予定空いてるので、よろしくお願いしますっ!」


 それを聞いたミトラさんが、勝利を確信した顔をした。

 そして、今まで見た事無いほどの機嫌の良い笑顔を浮かべて言い放った。


「はははははは! 任しとけ! きっと忘れられない夜にしてやるぜ! 約束する!!」


 私はすぐにミトラさんに背を向けて、自分のアパートに向かって駆け出した。

 ゾクゾクとドキドキが止まらない。

 最後のミトラさんの表情を思い出す。

 私をモノに出来たとの確信に満ちた、自信に(あふ)れた肉食獣のような笑顔を。


 

 私も、全てがガッチリと噛み合い組み込まれたような感覚を覚えながら、ドキドキしながら部屋に駆け込んだ。


 いややわぁ。

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