第111話 ─ 言えずに隠してた辛い過去も ─…ある男の独白
「この我をここまで……。何者だ貴様!」
「ただの通りすがりのダーティーエルフさ」
そう言いながら俺は、紅乙女を右手で振るってソイツを切り捨てる。
この私立学園に出没していた性質の悪い地縛霊は、その一太刀で浄化されてしまった。
紅乙女は少女の姿に変わって俺に話す。
「楽勝でしたね、ご主人様!」
「ご苦労様、マロニー。バルバレスコさんも報酬もう少しオマケしてくれへんかなぁ」
そう言ったのはブランだ。
今は殿木部蘭と名乗っているんだったか。
「でんき」って何だ、と聞くと内緒と答えるブラン。まあ良いか。
「彼女には、バルバには借りがあるし、仕方無い」
「“借りがある”なんてカッコつけてるけど、要は借金やろ? あのタンカーと飛行機を手配してもらった」
「そうですスミマセン」
“本当、あん時は無茶をし過ぎだったぜ相棒”
「うるせえよ、マロニー」
「あ〜。まーた『本当の』マロニーと話してる。やめてよね、ウチには聞こえへんねんから」
相棒が表に出てきてブランに抗議をする。
「何だよその言い方。俺様に出てきてもらっちゃ困るってか?」
「もう、そんな事言ってへんやんか。被害妄想やめーな」
そこへ紅乙女が俺の……相棒の身体に手を置いて、ニパッと笑って言った。
「大丈夫、マロニーが一番ブランちゃんを心配してたの、ご主人様の内側から声が聞こえてたから知ってますよ!」
相棒が顔を真っ赤にして紅乙女に抗議。
「な……ば、馬鹿言ってんじゃねーよ!」
「あらぁー? そうやったんや、マロニー」
「ちっ……う、うるせーよ」
そう駄弁りながら、俺達は私立学園を後にした。
*****
あれから一年。俺達は日本に居た。
さすがに少額とはいえ賞金首となり犯罪者となった俺が、ステイツに居るのは憚られたからだ。
一応、潜伏の為にカンサイの地に身を置いている。
時々、ビッグママやバルバレスコから、紅乙女の退魔の力を見込んで、魔物退治の仕事が入る。
そしてその報酬のウワマエを彼女達にはねられるのだ。借金のカタに。
一度、バルバに……バルバレスコに訊ねた事がある。確か日本にも魔物を退治できる連中が居るんじゃ無いか? と。
バルバの返答は簡潔だった。
「お前さんに頼めば、陰陽師共に依頼する金が節約出来るじゃないかえ」
俺達は薄暗いボロアパートに戻ってきた。
部屋の灯りをつけてブランと床に座り、スーパーの閉店間際の、値段が割引された弁当を広げる。
「いただきます」
そうブランは手を合わせて言うが早いか、弁当を食べ始める。
今までの“騎士団”でのクセから、食前の祈りをしようとした俺は苦笑した。
そうだな、俺はもう“騎士団”でもないし、ステイツにもいないんだ。
俺もまた、ブランに倣って「いただきます」とだけ言って弁当に手をつけた。
この一年で、箸はちゃんと使えるようになったんだからな!
「ねえマロニー」
「なんだ?」
「後悔してへん?」
ブランが俺の左手を見ながら言う。
あれからの彼女の口癖みたいなものだ。
胡座をかいて右太腿に弁当を乗せ、包帯を巻いた切り株状の左手で弁当を押さえながら食べていた俺は、手を止めて言った。
「ミトラを消した代償だ。そう考えたら安いもんだ。ほら、俺のオカズやるよ」
「あ、それ好きなヤツや、ありがとうマロニー。……莫大な借金を抱えてこんな生活しとっても?」
そう言いながら俺の弁当とボロアパートの部屋を見渡す。
俺は強がりを諦めて少し本音を漏らした。
「……正直、ほんのちょっぴり後悔してる」
*****
駅前で着ぐるみを着てポケットティッシュを配っていた俺とブランの前に、ビッグママが現れた。
いつもの赤いドレスてはなく、目立たない地味な服とズボンを着ている。
日差しを避けるサンバイザーににサングラス。茶色の半袖シャツ。
九月の頭だからか、まだ暑さはそれほど和らいじゃいない。
「ティッシュ配りはもう中止でいい。仕事だよ。飯も食わせてやるから付いてきな」
「バルバは?」
「ステイツに戻った。これから暫くはアタシが面倒見る」
俺達は餃子を売り文句にしている全国チェーンの中華料理店に入った。たしか将棋の駒の名前がついていたはず。
値段の安さが素敵な店だ。
そこの座敷に俺達は座っていた。
目の前には色々な料理が並んでいる。
餃子、ニラレバ炒め、唐揚げ、炒飯……。
ブランが料理を遠慮気味に食べていたが、ビッグママから「アンタは食べて身体を作るのが一番の仕事だよ!」の一喝で慌ててガッつき始めた。
あれだけ痩せていたのに。
女の子だなんて気付かないぐらいにガリガリだったのに。
上手く成長期とタイミングが合ったのか。
あれからブランは、食べ物を食べると見る間に成長していった。
この一年で今や十五、六の女の子ぐらいに身体が成長したと思う。
あとはきちんとした教育を与えてやりたいところだな。言葉に関してだけはママ達が教えてくれたが。
「今回は浮気調査だ。日本人と結婚したエルフが、旦那の浮気の証拠を押さえて欲しいと泣きついてきてね」
ビッグママがそう仕事の話を切り出した。
俺はとりあえず確認を兼ねて言う。
「そいつは私立探偵の領分じゃないか?」
「金が無いんだとさ。昔ここに居たよしみでなんとかしてくれとね」
「金にならない仕事はそちらにも迷惑だろ」
「まぁね。人件費を抑えたいからお前さんに頼む、て側面も正直大きいのは認める」
「その女は切った方が良いな。裏の社会は舐められたら終わりだろう。そいつ、この組織を舐め過ぎだ」
「マロニーかっこいい」
ごはん粒を頬に付けたブランが、俺への賛同も兼ねてそう言ってくれる。
だがママもさるもの、俺の動かし方はちゃんと心得ている。
ママは、金額を書いた紙を俺に提示しながら言う。
「今回は報酬のピンハネ無し。額そのものは少ないが、普段のお前さんからしたら大金じゃないかい?」
「謹んで仕事をお受けし、粉骨砕身お勤めを果たさせて頂きます」
俺は即座に土下座して平伏しママに返答。
ブランは醒めた目で呟く。
「マロニーかっこ悪い」
お黙り! 先立つものは必要なのよ!!
ほら、相棒だって俺の奥で深く同意してるじゃないの!!
“いや、俺様の同意はブランにゃ分からねえだろ”
*****
結論から言えば、ビッグママは一枚も二枚も上手だった。
ママに言われた旦那の浮気先に調査に行ったら、その旦那の浮気相手もまたエルフだったのだ。
この男はエルフ的な女が好みなのかと思っていた。
エルフ女も耳隠しの魔法をかけてたから、偶然なのかと思っていたのだが。
「ほい、今回の報酬。これでブランに良い物食べさせてやりな。服はお下がりで良けりゃ、また組織のメンバーの家族から寄付してもらうから」
「まぁ、あの女への手切れ金と考えたら格安で終われたって事だな」
「まあね。お前さんが言っていたように、あの女はアタシ等を舐め過ぎた。命を獲らなかっただけ有り難く思って欲しいぐらいさ」
そう、旦那の浮気相手だと思っていたエルフ女こそが、今回の依頼人だったのだ。
全ては計画的に離婚して慰謝料を踏んだくる為。
ハニートラップ紛いの雇われ女を旦那に会わせ、現場を俺達が押さえる形にする目論見だったらしい。
そして本当に浮気をしていたのは自分自身だったという事。
最初からそれをママに見抜かれ、自分の浮気現場の方を逆に押さえられたのだから、世話はない。
そしてママはそれをネタに、舐めたエルフ女を切り捨てた、という事だった。
その帰り道。ブランが俺に言った。
「ホームセンターに行きたいんでしょ、マロニー。ウチのことは気にせんでええよ」
「どうしたんだ急に」
「本当は死んだって思ってへんのやろ、弟のミトラの事」
俺は思わずブランを見る。
ブランも寂しげな目で俺を見ていた。
「知ってんねん。時々ホームセンターとか工務店とかに行ったりして、大量の釘とか圧力鍋とかを買ったりしてんの」
俺はブランの視線に耐えきれなくなって目を逸らす。
そしてそのまま、何処を見るともなしに俺は空を見上げた。
「──ああそうさ、感じるんだ。アイツが、ミトラが生きているのを。兄弟だからかな。……こんな時だけ、アイツと俺が兄弟である事を思い知るってのも皮肉なもんさ」
「ウチに手伝える事があるならバンバン言うてや。マロニーに助けられてから、ウチはマロニーの左手代わりになるって決めてんねんからな」
「それを言うなら俺の右腕になってくれよ」
「そんなん、言われんでも当たり前やんか」
ブランは俺の左側に寄り添うように並んで立つとそう言った。