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第106話 “召喚”…偽りのダークヒーロー編

 それは、ミトラと兄が戦いを始める二、三日前の話。



 子供は、気がつけば見知らぬ建物の中にいた。

 周囲は全て金属で構成されており、金属の筒が複雑に絡み合いながら壁面を構成している。

 まるで、木の根で出来た魔女の建物みたいだ、と子供は思った。


 その建物は、ゴウンゴウンとまるで生き物のように、重く低い音を響かせ続ける。

 子供は怖くて仕方がなかったが、じっとしていても何も状況は好転しない。

 勇気を振り絞って建物の中を探検する事にした。


 階段や梯子(はしご)を登ったり降りたり。

 この建物を見回る人間を見かけた時は物陰に隠れてやり過ごし。

 一番下に降りた時には、この建物? 生き物? の心臓を見かけたり。

 心臓の音は、(うるさ)くけたたましかった。

 子供は、ここには二度と来るまいと決意して逃げ去る。


 今度は一番上まで登ってみる事にした。

 とにかく上に。上に上に。

 登った果ては、だだっ広い外の空間。真っ平な地面に強い風。

 そして見渡す限りの、水、水、水。

 これが巨大な船だと初めて子供は知った。


 船を隅々(すみずみ)まで調べ尽くした子供は、やがて空腹で動けなくなった。

 人間がほとんど乗っていないこの船には、食糧もほとんど積載(せきさい)されていない。

 子供は、物陰に隠れながらじっと(うずくま)っているしかなくなった。



 ある時、コートを着た男が通りかかった。

 よく見かける、内部を巡回している人間とは少々雰囲気が違う。

 子供はいつも通り物陰に身を隠したが、運悪く男が一番近づいた時にお腹の虫が鳴ってしまった。


 その音を聞き、怪訝(けげん)な顔で立ち止まる男。

 空腹で動けなくなった子供は、ただ(ちぢ)こまる事しか出来なかった。

 子供が隠れている物陰を(のぞ)き込む男。

 (おび)えた顔で見上げる子供。


 男は子供を見る。その痩せこけた手足を。

 男は、子供の目の前に座ると優しげな目で右手を差し出す。

 子供はしばらくその手を眺めていたが、やがて躊躇(ためら)いながらも、自分も手を差し出しその右手に触れた。

 男はニッコリ笑うと、右手で子供の頭を優しく撫でた。


 その後、男は自分のコートのポケットを(まさぐ)ると、とても小さな密閉された袋を二個取り出す。

 袋の一つを破って中身を自分の口に入れると、男はもう一つの袋も破って中身を子供に差し出した。

 子供はそれをひったくるように取ると口に入れる。

 口内に、涙が出るほど甘い味が広がった。



 男は子供の手を引きながら船内を歩くと、内部を巡回していた人間の所まで子供を連れて行った。

 怯えて男の後ろに隠れる子供。相変わらず優しく子供の頭を撫でる男。

 男が巡回していた人間達に何か説明すると、彼等の雰囲気が柔らかくなった。

 彼等は優しい声音で子供に何かを話しかける。


 連れてきてくれた男は、子供の頭をもう一度優しく撫でると、その場に背を向ける。

 その時、初めて子供は男の耳が長く尖っている事に気が付いた。

 ()()()()()()()()()()()



 嵐が近づいていた。

 血相を変えた船員と男が話し合っている。

 やがて子供は船員に連れられ、彼等と共に救命艇に乗せられた。

 あの耳の長い男は乗り込む気配が無い。

 やがて男は船員に会釈(えしゃく)する。船員も男に会釈を返す。

 男は彼等に背を向けて、船の奥に去っていった。

 その背中に、ただならぬ決意を(みなぎ)らせて。


 あの男は何か危険な事に身を投じるのだ。

 そう感じた子供は、自分が何か(たま)らない気持ちに襲われた事に気がつく。

 止まらなかった。



 子供は、救命艇が船を離れる瞬間に救命艇を飛び出し、船に戻った。

 背中に船員達の叫び声が聞こえる。

 だがそれにも構わず、子供は男を追いかけて船の奥へ消えていった。



*****



 兄は素早くミトラの背後に回ると、思い切り背中を()り付けた。先程のお返しとばかりに回し蹴りで。

 そのままミトラの様子を確認もせずに、子供の元へ駆け寄る。


 左手で子供を()きかかえようとした。

 その時に初めて、自分の左手の先が消滅している事に気がつく。

 振り向くと、ミトラの前に小さな肌色の物体が、甲板に血を()き散らして落ちていた。


 しかしすぐに子供の胴を左腕で抱えると、ミトラから大きく距離を開ける。

 その間、兄は自分自身にずっと問い続けていた。


──俺は一体、いま何をした!?


──ミトラを倒す絶好の好機だったじゃないか! あんな子供など見捨てて、子供ごと攻撃したら良かったじゃないか!!


──その為に、ずっと攻撃を受け続けて、ミトラが(しび)れを切らすのをじっと待っていたんだろう!? 蹴られた時にも自ら後ろに飛んで、派手に吹き飛んだように見せかけて!!


 だが時間は巻き戻らない。

 兄は唇を噛み切りそうな強さで()んだ。

 空はいつの間にか真っ黒な雲に覆われて、雨が降り始めた。風も強くなっている。

 やがては嵐に包まれるのだろう。



 ミトラと距離を取った兄は、子供を左腕に抱えたまま宿敵を(にら)み付ける。

 子供の服に、左手首から()れ出る血が染み広がっていく。

 子供は自分の服の血の染みに気がつくと、兄の顔と自分の服を交互に見つめる。

 そして自分のした行為の結果を理解して、パニックを起こして暴れる。

 だが兄が厳しい表情で睨み付けると、一瞬で静かになった。


 その時、兄の服の内ポケットからアラーム音がけたたましく鳴り響く。

 兄は舌打ちをすると、(ひと)()ちる。


「チッ……。世の中、何事も全てが上手く噛み合う訳じゃねえけど……な」


 ミトラが起き上がる。地面に落ちている手首を見つめ、すぐに振り返って兄を見た。

 兄は紅乙女を一旦戻して右手を開けると、スマホを取り出しアラームを止める。

 ミトラは、血塗(ちまみ)れの兄の手首と子供の服に気がつくと、ニンマリと(さげす)んだ笑みを浮かべる。さっきの『鎧』は消えていた。

 兄は更に片手でスマホを操作して、アプリを呼び出し実行。内臓スピーカーから早回しの呪文が流れ始める。


 ミトラはやがて、狂ったように哄笑をあげて叫んだ。

 アプリの悪魔召喚の呪文が終わると、兄は高らかに叫んだ。


「はははははは! 最初で最後の一生モンの絶好の機会を逃しやがった馬鹿め!!!!」


「来おおおおおい!! コリーヴレッカアアァァンっっっ!!!!」


 兄の背後に馬鹿デカい輝く(サークル)が現れ、それが激しく明滅する。

 そこから凄まじく巨大な『モノ(グレートシング)』が飛び出してきた。



*****



 ()()は使い魔というにはあまりにも大きすぎた。

 大きく。

 幅広く。

 重く。

 そして武装が大雑把(おおざっぱ)過ぎた。

 それはまさに、岩塊で武装したマッコウクジラだった。


 その身体の各部を岩塊の鎧で武装したクジラは、いかなる理由によるものか、空中を悠々(ゆうゆう)と漂う。

 そしてその巨体の比率からすると小さく見える目で、彼等を見つめる。

 その瞳には凶暴なものが宿っていた。


 兄は子供を一旦下ろすと、左手を高く差し伸べた。

 そして短く(つぶや)く。


「コリーヴレッカン」


「……御意(ぎょい)


 クジラの鼻先から小さな雷が放たれ、兄の左手首に当たる。

 兄の顔が苦痛に歪んだ。

 左手の切断面が雷で焼け焦げている。

 強引で荒っぽいが、ひとまずの止血なのだろう。

 正式に傷口を縫合(ほうごう)しないと、また血が漏れ出てくるだろうが。


「コリーヴレッカン。俺の事は気にせず、全力で奴を叩け。お前の攻撃は、俺が勝手に()ける」


「……御意」



 本当なら、最初からコリーヴレッカンを呼び出しての総力戦で挑む計画だった。

 だが予定外の嵐が来た為に、タンカーの船員を早めに下船させる必要があった。

 乗組員の安全な帰還も、タンカーを持ち出す際の契約の内だったからだ。


 そして、乗組員の下船行為をミトラに気付かせない目的もあって、予定より早くミトラの前に姿を現した。

 コリーヴレッカンを呼び出すのに適した地点に着く前に、始める必要があった。

 まさに兄が自ら漏らしたように、世の中、何事も全てが上手く噛み合う訳では無い。



 ミトラに攻撃を仕掛ける前に、兄はコリーヴレッカンに言う。


「……コリーヴレッカン」


「何でござりまするか?」


「本当に攻撃を俺に当てて、殺しても良いんだぞ?」


「……人を撃っても良いのは撃たれる覚悟がある者だけ、という言葉がありまするな」


 兄は再び子供を左腕に抱えると、右手に紅乙女を呼び戻す。

 そしてじっとミトラを睨んでコリーヴレッカンの言葉を聞いていた。


「私に殺される覚悟を持って、あの街で事を起こしたのならば、今は何も言いますまい。ただ今は、目の前の敵を打ち滅ぼす事に専念するのみでする。盟友ロングモーン殿の無念を晴らす為にも!!」

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