第95話 集結前夜(2)
更に数時間が立っても眠れない悠斗はむくっと起き、灯を起こさないようにして部屋から出て行こうとした。緊張していても立ったも居られず、一旦コンビニに行こうと考えた。
暗く足元が見えないが物音を立てないように、ゆっくりと忍足でドアへと向かう。
「……!?」
何かにつまずいた。それは灯のリュックであり、転倒しそうになった。下手に音を立てるのはまずいと、悠斗は地面に倒れこむ瞬間に手をつけて音を立てずに両手を床につけて、ギリギリで耐えた。
「助かった……」
冷や汗が出て、汗を拭き取った。そしてゆっくりとドアを開けると──
「悠斗君何してるの?」
「え?」
悠斗の足が止まった。そして、後ろを振り向く。
灯が眠そうに目を擦りながら、あくびもしていた。起きてしまったのだ。
「何処かに行くの?」
「いや、コンビニにでも行こうかなって……」
そう言うと灯の目がパッチリと開き、眠気が吹き飛んだように答えた。
「コンビニ?私も行こうかな!」
「え?」
「行きましょ、行きましょう!」
「……うん」
*
悠斗と灯は服を着替えてコンビニへと向かった。
その道中に灯は優しく笑いながら言う。
「いきなりコンビニに行くなんてびっくり。一体どうしたの?」
「いや、中々眠れなくて。色々と緊張して……」
色々には明日の事も大いにあるが、灯との事も大いにあるのだ。
そう言うと灯は悠斗へと聞き返した。
「貴方って緊張したり、ワクワクしたりすると寝れないタイプ?」
「……んまぁ、そうっちゃそうかな?」
「でも、私も同じだな。その気持ち」
「そうなの?」
「えぇ、明日が遠足だったり旅行だったりしたら楽しみじゃない。明日の自分がどんなにその事で楽しんでいるか想像すると、ワクワクが止まらなくなって寝れなくなるのよ。昔はね……」
「昔か……」
灯の弱くなっていく声に、悠斗も昔の事が思い浮かんだ。
灯も父が生きていた頃は旅行などの前日は眠れなくてなるほど、楽しみであっただろう。だが、今はそんな楽しみはなくなっていた。悠斗も隼と将呉と3人でalterfrontierをする前日もこんなワクワク感があった事を。
「でも最近は寝られない日が増えたの」
「え?」
「貴方に会おうと思った時や、昨日とか。久しぶりに自分がワクワクしているんだって思うと何か変な感じがする。こんな大変な時だけど。でも、それが今の私の心の支えになっている」
「……」
「誰かに本当の気持ちを言える事がこんなにも気分が良いなんて、思わなかったもん。貴方のお陰で」
優しく微笑む可愛らしい姿に悠斗は顔が赤面になり、思わず顔を背けてしまった。
「どうしたの?」
「い、いや……あっ、コンビニだ」
悠斗は恥ずかしくなり話題を逸らした。そうこう内に2人はコンビニへと着いていた。
コンビニの入り口で悠斗は足を止めた。
「せっかくだから、俺が少し奢ってあげるよ」
灯は悠斗の手を両手で包み込むように握り、笑顔で感謝の意をあらわした。
「本当!?やっさしい〜!」
「お、俺も男だ。こんくらいの気前の良さはあるさ」
「なら、お言葉に甘えて」
2人はコンビニに入店した。入ると灯は嬉しそうにカゴを持ってスイーツコーナーへと真っ先に向かった。向かうとすぐに色々なスイーツを目を輝かせて物色していた。そして何個もスイーツをカゴに入れていた。
悠斗の元に行くと、悠斗は財布を見ており、灯を見た瞬間慌てて隠した。
「お、買うもの決まったか?」
「えぇ。ちょっと多いけどね」
「そんなに買う気?」
焦りを見せる悠斗の言葉に灯も照れながら笑って言い返した。
「あ、あははは。いつもは太る事を気にして買わないけど、今日は特別よ。特別」
「特別ね……」
悠斗の見下すような目に灯も頬を膨らませて悠斗を指して軽く怒りを表す。
「悠斗君こそ、そのお菓子は何よ」
「え?これは……」
悠斗のカゴの中には大きめの袋に入ったスナック菓子が何個も持っていた。
「悠斗君がいっぱい買うならおあいこよ」
「はいはい」
「なら──」
そう言うと灯は悠斗のカゴを奪い取り、悠斗の手の平に何かを渡した。
「ん?これって金?」
それは灯自身のスイーツ分のお金であった。
「そうよ。全額奢ってもらうのは流石に悪いと思ってね」
「いやいや。お、俺が払うって」
「いいのよ、いいのよ。さっき財布の中を悩みながらずっと見てたでしょ」
「うっ……」
お金がない悠斗にとって、いっぱい買われる事は大変困る事であった。でも、男のメンツにかけて奢ろうと思ったが、財布を見て困り果てていたところを見られていた。なんとも情けない瞬間になり、表情も固まり、その場に石像の如く静かになった。
*
お菓子を買った2人。その帰り道──男として情けないところを見せて、テンションが落ちた悠斗。恥ずかしくなったのか、何も喋らず無言の空間が続いた。
そんな悠斗を見かねて、灯が元気を出してもらおうと話を切り出した。
「このまま家に帰るのもアレだし、何処か悠斗君のおすすめの場所ってない?そこで買ったお菓子食いましょうよ」
「おすすめか……あそこなら」
「あそこ?」
そう言って悠斗が灯を連れて行った場所とは、街を一望出来る山の上にある公園であった。切れかけの電灯が何本か立っており、夜に来ると怖い空気に包まれていた。
その反面見晴らしが良く、駅方面のネオン街がキラキラと輝いて見える。
この光景には灯もまたも目を光らせて眺めていた。その眺めに虜になったのか、街を無言で見つめていた。
「こんないい光景が家の近くなるなんて羨ましいわ」
「夜に来るのは初めてだけど、眺めは昼と変わらずいい眺めだな」
「ここには、結構な頻度で来るの?」
「友達とよく来てる、というか来てたというか」
「……そうゆう事か」
灯も以前に隼の事を聞いていたので、ここに来ていたのは隼だと一瞬で理解した。
「でも、今でも嫌な気持ちの時に来ると、気分が少しは晴れるんだ。この眺めを見て」
「こんな良い眺め、現実だから見れるのよね」
そう言って灯はブランコに座り、買ったプリンを頬張り始めた。その美味しさか、顔を赤らめて喜びの表情を表した。
「あぁ〜このプリン最高!この眺めで見る街は最高ね!」
「そ、そうなの?」
悠斗も隣のブランコに座り、軽く漕ぎ始めた。
プリンを軽々と食い終わった灯は次のスイーツに手を出した。次のスイーツは羊羹であり、それも頬張り始めた。
「あっ、これも良い〜!!」
「……」
「どうしたの?悠斗君も何か食べないの?」
「いや、俺は今はいいかな」
「そう?」
そして何個か買ったスイーツを全て平らげた灯は満足気な顔になっていた。
だが、悠斗は少し不安そうな顔をしてブランコを漕ぎ、街を眺めていた。
その顔を見た灯も悠斗と同じくブランコを漕ぎ始めた。
「どうしたの、そんな浮かない顔をして」
「少々不安でな、みんなと会うのが」
「私だって同じよ。でも私と悠斗君だってお互いに目と目を見合って話したから、お互いをよく知ることが出来た。だから、今度も絶対に成功させるのよ。人と人が繋がるゲームで私達は繋がった。国なんて関係ない。繋がる心があれば、絶対に超えられるのよ!」
「あぁ、その通りかもや。みんなと手と手を繋いで行こう」
「うん!」
そう言って2人はお互いの手を強めに握りしめた。その温もりはこの現実だからこそ感じ取れる生きた証でもある。2人はこの温もりを忘れないように、絶対に負けない事を決心した。
2人はそのまま無言で帰り、静かに就寝した。悠斗も灯との絆を深めたのか、緊張する事なくぐっすりと寝れた。
そして朝──




