第82話 一人の戦い
凰姫の元にファルコンが戻されて来た。未だ苦しんでいるファルコンに対して、凰姫はわざとらしく心配する演技をしながら話かけて来た。
「あらあら大丈夫ぅ?力の使い過ぎじゃないー?」
「う、うるさい……少し休めばこのくらい……」
まだ喋れる元気をあると分かると、態度をころっと変えて話を変えた。
「ふ〜ん、それならいいんだけど。それより、もうすぐで骸帝様が復活するわよ。戦う準備を整えないとね」
「もうすぐだと……」
「えぇ、数日後に蘇るわ。その時には体力は戻しておきなさいよ。すごい祭りになるわよぉ〜」
ニッコリと笑う凰姫の顔はとても不気味であった。ファルコンも鳥肌が立つほどであった。不気味に思いながら、ファルコンはログアウトした。
1人残った凰姫は手の平にナイフを出して、ナイフの先端を悪魔的な笑いをしながら舐め始めた。
「本当に楽しみ……身体中がゾクゾクと快感が押し寄せてきちゃうわ。早く骸帝様、復活なさって下さいねぇ〜」
甘えた声が暗い空間に静かに響き渡った。
*
次の日──学校では悠斗と隼の二人は休んでいた。将呉はしんぱして連絡を入るが、返信されず電話にも出なかった。
その頃悠斗は一人でAlterFrontierにいた。全員との連絡を断ち、一人で天空草原ウラノスにいた。
雲ひとつない世界にある空高く浮かんでいる無数の島。一番上にある島から流れ出ている川の水は下の島の川に流れ落ち、落ちていく水は無限に続いていた。ここには無数の大きな円状の虹が空に浮かんでおり、その円を抜けると良い事が起きると言われているパワースポットである。
シーカーはこの一番上にある島で寝転んで、一人で虹の円を眺めていた。でもその顔は何処か悲しく、この空間にはとても違和感が感じられる雰囲気だった。
昨日の事が頭に過ぎって、何もやる気が起きず学校を休んでしまった。一人空を眺めていると、一人シーカーを覗き込む青年がいた。青年に気付いたシーカーは顔を背けてやる気のない声で話した。
「誰だ、今は取り込み中だ」
「君、シーカーだろ?最近ちょくちょくと話を聞くから、一度は会ったみたいと思っていたんだけど、何か元気がなさそうだね」
元気の良い若者の声だった。威勢が良さそうな声に更にやる気をなくすシーカーは手で適当に追い返す。
「俺だって元気がない時だったあるんだよ。帰ってくれよ」
「元気がないなら僕と戦ってよね」
「戦うだと?面倒くさい事言うなよ」
「元気がないから戦うだよ。ゲームの中までその元気のなさを引っ張りのかい?」
一丁前に言う青年の顔を覗こうと身体を起こすと、青年は手を差し伸ばしてくれていた。
綺麗に整った茶髪、腰には獣の皮が巻かれており、動きやすい半袖半ズボンな服を着ている。背中には西洋の刀を背負っている。でも、どれも簡単に手に入る装備ばかりであった。そして青年は優しい目をしており、常にニコニコしており、何処か信用出来る顔であった。
でも、シーカーは先日の事が気にかかりやる気はまだ出なかった。
「元気がないから戦うんじゃないさ。元気があったもこの気分じゃな」
「だから戦おうよ。何も考えずに自分の知恵と力を振り絞って戦う。僕がしたいのはランキングでも何でもないシンプルな戦いだ」
「シンプルな戦い……か」
青年はシーカーの横に座り、更に話をした。
「自己紹介してなかったね。僕はバーンズ、チルトリン・バーンズだ。よろしく」
「バーンズ、質問をしていいか」
「何でもどうぞ」
「お前はいつからAlterFrontier始めた?」
「つい最近かな?やっと小遣い貯めて買ったから、まだまだ初心者さ」
「だからと言って、俺と戦いたいと言うのか?」
「当たり前だよ。強い人と戦ってそこから戦術や戦略を学ぶのは当然の事さ。今話題のシーカーだからね」
「……」
寝転んでいたシーカーは立ち上がり、服についた草を振り払った。そのニコニコしているバーンズの顔を思わず顔を背けてしまった。
「何なら課金でもして、強い武器や防具を手に入れればいいんじゃないか」
「そんなお金があったら、最初っからこんな服で歩いてないさ。金を稼ぐには強くないといけない。だから、君みたいな強い人と戦ったりして、少しでも強くなる方法を知りたいんだ……」
ニコニコしていた顔から浮かない顔になるバーンズを見て、一度ため息を吐き、腕を組んで何秒か悩んだ。
「しょうがない……一回だけ戦ってやるよ。その代わり全力で来い」
「分かってるさ。僕の全身全霊の力を出す」
「決闘モードにシフト、ここはもうバトルフィールドだ」
メサを慣れた手つきで操作し、辺り一帯はバトルフィールドと変化し、二人は一定の距離を取った。シーカーはバーンズの構えや姿勢を確認して、行動を予測していた。気づけば真剣な戦いの顔になり、バーンズも思わず身体が膠着してしまった。
バーンズはまだ初心者なのか、構えてはいるが、何処か慣れていない構えであった。手が震えて戦い慣れていないのが、丸わかりであった。
「大丈夫か?手が震えてるぞ」
「だ、大丈夫!さぁ、全力で行くよ!」
「あぁ、来い」
バーンズは拳を構えて真っ直ぐと直線に走ってきた。シーカーは分かっていた。無策で突っ込んできている事を。
ゆっくりな右ストレートなパンチを仕掛けてきた。シーカーは攻撃を軽く避けた。今のシーカーにとって、この攻撃はスロー再生のように見えた。そして避けたすぐに、バーンズの腹に一撃、拳を軽く加えた。
「ぐっ……!」
軽い一撃だが、バーンズにはとても重く痛いダメージが入った。そのまま後ろに下がって膝をついて倒れた。
「う、うぅ……」
「だ、大丈夫か?」
シーカーは強く攻撃し過ぎたと、思わず心配して駆け寄った。するとバーンズは手を突きつけて、腹を押さえながらゆっくりと立ち上がった。
「僕は大丈夫だ……まだ戦えるから」
「あ、あぁ」
立ち上がって再び拳を構え始めた。シーカーは何歩か下がり、拳を構えた。
「行くよ……」
「……」
先程よりも勢いはないが、再び無謀にも突っ込んできた。そして
右ストレートのパンチを仕掛けてきた。シーカーは軽く体を捻り、避けた。バーンズは更にパンチと蹴りの連続攻撃を仕掛けて車シーカーは表情一つ変えず、全ての攻撃を避けた。回し蹴りを片手で受け止め、そのまま足の付け根を持って投げ飛ばした。
「ぐはっ……」
「もういいだろ。諦めろよ」
「まだまだ……体力がある限り、僕は戦うぞ」
バーンズは三度立ち上がり、今度は背中から剣を取り出した。両手で持ち、また正面から剣を突き出しながら突っ込んできた。向かってくるバーンズにシーカーも刀を取り出し、正面まで来た瞬間、刀を強く握りしめて思いっきり振り上げた。バーンズの刀は空高く弾き飛ばされて、真後ろの地面に突き刺さった。その攻撃の速さはバーンズの目には見えなかった。
「は、早い……」
「初心者のお前が俺に勝てる訳ないだろ」
思わず膠着したバーンズに、頬に一撃思いっきり殴りつけて、10m以上吹き飛んで行った。
「諦めろ。もうちょっと修行してから来い……」
「初心者だって上級者に勝てないとは限らないでしょ……」
「ん?」
赤くなった頬を一度触って、刀を拾い、立ち上がった。そして苦笑いをしながら、シーカーに向けて刀を向けて言い放った。
「僕だって強くなりたいんだ、君みたいに。その刻印ってスキル使って僕を倒してみせてよ。初心者でも、君を倒してみせるさ……」
「何で諦めないんだ?」
「何度も言わせないでよシーカー。強くなりたい──それだけだ」




