第60話 侵食する世界
ピンク色の空に染まった世界。
クッキーで出来た屋根と壁と板チョコのドア、茶色いチョコレートの池。
クッキー出来た小さなお菓子の住人が、飴のたっぷり入った籠を持ちながらそこら中を歩いており、クッキーで出来たお菓子の住人達がケーキやホットケーキなどを笑顔で作って楽しくダンスを踊っている幸せの空間。
ここは、アルターフロンティア1の優しい空間。"スイーツ・ワールド"。敵などはおらず、このフィールドに入るとお菓子の住人がお菓子を持ってもてなしてくれる。
他にも長いグミをレールとして作られたお菓子のジェットコースターや、生クリームのスライダー、飴のプールなどの幸せたっぷりのフィールドなのである。
空には柔らかい綿菓子の雲やジェリービーンズがプカプカと10mほど浮いている。そのジェリービーンズの上に乗って、横たわりながら古臭い携帯ゲーム機のパズルゲームを不満そうにプレイしている奴がいた。
「あ〜あ!!人間のゲームつまんない!!もっと他のゲーム持ってきて!!」
黒いシルクハット、それは骸帝の側近の1人である凰姫だった。口の中には大量の飴を含んでおり、飴が入っていたであろう袋のゴミがジェリービーンズの真下に落ちていた。
そしてその地上には赤い仮面、仮面の男が腕を組んでいた。その周りをお菓子の住人4匹がクルクルとダンスしながら囲んでいた。
「お前の脳じゃそれくらいのゲームは簡単か」
「ここは美味しいお菓子があるから良いけど、気分は良くないわね。ところで、約束通り連れてきた?」
「あぁ強くなりたいかって聞いたらホイホイとついて来やがった……昔の俺のようにな」
「まっ……戦闘データを取りたいだけから仮面男さんだけでも良いけど、せっかくだから楽しみながらデータを取りたいからね」
凰姫はジェリービーンズから飛び降り、仮面の男の前にふんわりと降りてきた。
「あらぁ〜可愛いお菓子の住人さん、こんにちは」
ダンスしているお菓子の住人はカゴから飴玉を取り出し凰姫に渡そうとした瞬間、お菓子の住人の首を片手で掴み、そのまま顔に持っていき、悪魔のような笑みを浮かべながら首から思いっきりかじりつき食べた。
そして動かなくなった首から下が無くなったお菓子の住人を投げ捨てて、満足そうに口の周りを妖艶に舐め回し軽く腹をさすった。
「ご馳走さま」
その悪魔のような笑みを見て、お菓子の住人達が笑顔のまま逃げ出した。
「あらあら〜逃げちゃった」
そんな凰姫に対して仮面の男は問いただした。
「それで連れてきた奴らをどうする気だ」
「言ったでしょ戦闘データを取る為って……それとも何か不満でもあるの?」
「強さ問わずに何人か連れてこい、それで戦闘データを取りたい……か」
「つまり今から行う事は、それだけ凄い事なのよ。雑魚い方でも、とんでもな強さになる。私流のやり方よ。私は戦うのは好きじゃないのよね〜」
「ふん、ならとりあえず今からここに転送する……」
そして仮面の男は不審がりながらメサを操作して連れてくるプレイヤー達をここに転送を始めた。
「そのデータを使って骸帝に送り込むって事か?」
「えぇその複数の戦闘データを元に、骸帝様の根本的な戦闘プログラムを形成し、その戦闘データの統合を測って、確実なるデータを元に刻印を持っている戦士達を倒す」
「ふん、刻印を倒す……か」
「私達の一番の脅威だからねぇ」
仮面の男が凰姫へとさらりと話した。
「炎の刻印を持つ男……シーカーを俺が倒す」
「ふん、好きになさいよ。敵が減るのは良い事だからねぇ」
そして唇の下に指を当てて、不気味に笑う凰姫。低音で多少ドスの効いた声で小さく呟いた。
「さぁ……戦闘データ収集実験始めるわよ」
「来るぞ」
転送されて来たのは、一般のプレイヤー3人で全員ランク戦でも成績は普通で、特徴もないプレイヤー達だった。
全員に周りを見渡し、どうして良いか分からない。仮面の男も何も言わずに突っ立ってプレイヤー達は完全に困り果てていた。
すると凰姫が満面の笑みで可愛らしい女の子のように小走りで前に出てきた。
「皆さぁ〜ん!!ようこそぉ!!私のスイーツワールドにぃ」
「あ、あのここは本当に強くなるためのトレーニングが出来る場所……ですよね」
1人が心細そうに質問すると、凰姫は両手を叩き笑顔で答えた。
「そうですよ!!貴方達はこの強化トレーニングのモニターとして数ある何百万といるプレイヤーの中から選ばれたんでぇす!!もっともっと盛り上がってよ!!」
「あ、ははは……」
「そんな畏まらないで、もっと笑って笑って!!」
無理にプレイヤーを笑わせている茶番を見せられている仮面の男はメサを操作し始めた。
「あら?仮面さん、もうお帰り?」
「くだらん茶番を見せられるのは勘弁でな、じゃあな」
そう言って仮面の男はログアウトした。プレイヤーと凰姫を含む全員が静まり返った。だが、凰姫は気を取り直してプレイヤー達に詰め寄った。
「まっいっか……じゃあ皆さん!!今からとっておきのトレーニングを始めるわよ……」
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「トレーニング!?」
「えぇ私ももっと強くなりたいの!!アモレちゃんの戦いっぷりを見て、もっともっと強くなろうと思って!!」
シーカーとアル。ここはとある廃れた都市。空は曇り、寒い風が軽く吹き荒れている。人の気配もなく、修行にはもってこいだと、アルに連れてこられた。
今2人がいる場所は廃ビルの5階。コンクリートも剥がされておりあまり壁がなく、寒い風の通り道と化している。電気などもなく、ビルの中はとても薄暗い。
だがアルはとてもノリノリで、シーカーもその修行に付き合う事にした。
「俺は別に良いけどお前は大丈夫なのか?活動とか」
「今日は休み。だから、とことん修行に付き合ってもらうわよ!!」
「俺は前回の戦った時のオーガスターと同じ、手加減はしないぞ」
「えぇ!!こちらこそ手加減は要らないわよ!!」
あの時、アルが見た戦い。オーガスターとシーカーの戦い。自分には到底渡り合える世界じゃない。そしてメルクリはそんなオーガスターやシーカーですら骸帝には及ばないと言っていた。
そして直接悠斗と会って、自分の事を打ち明けて、心の奥に突っかかっていた何かが取れ、スッキリしていた。
だから、今度は悠斗を助けたい。そして自分も足手まといにならないように強くなる。厳しくても良い、少しでもシーカー達に追いつく。それが今のアルの目標である。
「さぁ!!いつでも来ていいわよ!!」
「なら遠慮なく行かせてもらうぜ!!」
2人は戦闘態勢に入り、お互いに真剣な表情になり戦闘する時の厳しい目つきへと変わり睨みあった。シーカーの顔はあの時、アルと始めて戦った顔とは違い戦士の顔。真剣な表情で戦おうとするシーカーに息を飲んだ。
そしてシーカーが一歩足を前に踏み、一気に距離を詰めようとした瞬間シーカーの足が止まった。
「どうしたの?」
「何か気配を感じた……」
「Syo君かしら?」
「Syoなら今マッキーと一緒にいるはずだ。それに用があったらメサで連絡入れてくるはずだ」
「じゃあ……誰?」
すると、外からシーカー達がいるビルの階へと何処からともなく大きな揺れが起きた。地震とも違い、何か重く速い足音と共に急速に迫って来る。
「な、何だ!?」
シーカーが後ろを振り向くと、上半身裸で薄い白髪、そして白目をむいた普通の人間とはかけ離れた筋肉質な大男が現れた。シーカーよりも遥かに高く2m50cmほどもある。
「ふぅ……ふぅ……」
小さくもあり大きくでもある強弱がはっきりする息を吐きながらシーカーを睨みつける。
「誰なの……」
「さぁな……まともなプレイヤーには見えないがな」
普通のプレイヤーとは違って異様な雰囲気を醸し出し、不気味がっているアルの前に出て警戒するシーカーであった。




