第54話 理解する気持ち(3)
イルカショーを楽しんだ後、2人は館内の熱帯魚コーナーに置いてあるベンチに座った。
暗い館内の中に、一際目立つ巨大な水槽。その中に多種多様で色とりどりの魚達が縦横無尽に泳いでいた。悠斗と灯は距離を詰めて静かに見ていた。
「ねぇ」
「うん?」
「悠斗君は、何を生き甲斐にしているの?」
「えっ?……いきなりそんな事、言われてもな……う〜ん」
いきなりの変わった質問に戸惑うが、悠斗は何も嫌がるそぶりなどは見せず、じっくり考え始めた。
「う〜ん……今は骸帝を倒す事かな」
「それまでは?」
「……」
少し躊躇うが悠斗は思い切って言った。
「……友達と仲直りをする事かな」
「友達?Syo君以外の?」
「あぁ、色々とあって友達の方から離れて行って、それ以降喋ってない。俺も謝りたいが、謝る勇気が出てこないんだ。それにあっちから避けているようで……」
俯きながら淡々と語る悠斗。元気がなく、灯にも何か深刻な問題だと分かった。
「友達……喧嘩か……私もそんな青春を楽しみたかったな……」
「ん?どうゆう事?」
悠斗の話を聞き、灯もゆっくりと口を開けた。
「私のお父さんはよく仕事で転勤が決まる事が多くて、10年前から色んな場所に引っ越してあんまり友達がいないんだ。そんな事が続いて私1人でいる事が多くなって、私を見たお母さんがお父さんと話していく内にどんどん喧嘩へと繋がって、結局離婚しちゃった」
「……」
灯の父さ温厚で優しかった。母も優しく夫婦仲も良かった。だが、子供の事も考えてと母に言われてからは、毎日のように怒鳴り散らして喧嘩が絶えず、優しかった父の面影は失っていた。そして灯が最後に父を見たのは、家から出て行く背中だった。
「それで私とお母さんの2人で、この東京で暮らす事になったの。でも、やっぱり女1つで私を養うのは、遅くまで仕事したりして見る見るうちに元気がなくなり、段々やつれていくのが目に見えていたの」
2人で住み始めた初めの頃は、よく母も笑っていた。だけど、日に日に元気がなくなり、仕事も休むようになった。
「去年の夏頃、私はお母さんの為に何かしようと、AlterFrontierのアイドルオーディションに参加した。もし合格すれば、AlterFrontier内でアイドルとして活躍して、それ相応の報酬も貰えるって聞いて。私は元々お母さん達の前だけで歌っていた事があって他人の前で歌うのは初めだったの。恥ずかしい……でも、お母さんの為に頑張ろうとしたの」
歌唱力が重要視されており、写真審査などは無かった。そして会場には灯と同じくらいの歳の女の子が一杯居て、部屋に一人一人入り、おじさん数名が審査すると形式だった。
灯はとても緊張していた。周りの女の子は、みんな冷静にボイストレーニングをして緊張している様子はなかった。灯はとにかく合格してアイドルになって一杯お金を稼ぐ。そしてらお母さんに笑顔が戻ると思った。
「それで君は合格したんだ」
悠斗がそう言うと灯は顔を赤くして更に語った。
「うん……恥ずかしさなんて捨てて思い切って歌った。歌う事は恥ずかしくない、みんなに聞かせて1人でも喜んでくれる。そんな歌を歌うって考えながら歌った。そして1週間後に合格通知が届いて今の私アルが出来たの」
「夢が叶って良かったじゃん」
悠斗が軽く微笑み、喜びを分かち合いながら言う。だが、灯の表情は暗くなった。
「私がアイドルになって歌った。自分で言うのもあれだけど、予想以上に話題になってライブを開けば満員。その度に私の家には大金が入って来る。そのお金があればお母さんと幸せに暮らせてお父さんも戻ってくると思った……」
「え……?」
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お金は私とお母さんの2人で生活するには十分すぎる程入った。初めてお金が入った時、お母さんもびっくりする反面と涙を流しながら私に抱きついた。
「……灯にまで苦労掛けてごめんね……」
「いいよお母さん……お母さんが頑張った分、今度は私が頑張るから……」
「本当にありがとうね……灯」
これで良い……これで昔のように毎日笑って生活出来ると。
予想以上のお金が入ってから、母は仕事やらアルバイトなどを全て辞めて私のそばにいてサポートや応援に徹してくれた。
「今回のライブとっても良かったよ灯‼︎」
「ありがとうお母さん‼︎」
「たまには外に食べに行きましょう‼︎」
「うん‼︎」
幸せだった。お母さんも私も笑顔になり、自分が生きていると言う感覚に陥った。
生活が一転し、貧乏から裕福へと変わった。それに伴い、母の服も靴もバックも高級品へと変わった。私はアイドル活動に一生懸命でそれどころじゃなかった。
そしてお金が増えて行くにつれてお母さんの金遣いが荒くなり、毎日高級店へと外食、化粧品や服も毎日ように買い、私が歌の稽古中に少しでも歌詞を間違えると怒るようになった。
「そんなんじゃ、アイドル1位になれないわよ‼︎」
「ご、ごめんなさい……お母さん」
「アイドルは歌って踊ってなんぼよ‼︎さぁもう一度練習よ‼︎」
その怒鳴る様には、周りの人も引くほどだった。でも、私が頑張ればまた優しい母に戻ると信じていた。
でも、優しかったお母さんが徐々に消えていった。段々、稽古について来る事も減り、家にいる事が多くなった。
「ただいま」
「……おかえり」
帰ってくるとリビング以外は電気が消え、お母さんがずっと1本何万円もするであろう高級ワインを何本も飲んでいた。
「お母さん……」
「灯ぃ、ワイン取って……」
「……」
「早く‼︎」
「はい……」
私の頑張りは、逆に親子関係を悪化させた。お母さんのこんな無残な姿を見て、お父さんは戻って来ないと決め、現在別の人と再婚を前提に付き合っているからお父さんのもとに来いと言ってきた。
でも、私はお母さんを見捨てる事が出来なかった。頑張った育ててくれたお母さんの元に戻ると決めた。
こんな現実から目を背ける為に、私はAlterFrontierに行って半分現実逃避を図っていた。そんな時にあいつにあった。
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「あいつって?」
「ふっ……シーカー、あんたの事だよ」
「お、俺⁉︎」
「あの時の私はアイドルの疲れや家でのストレスで荒れていたの、だから戦うアイドルとしてずっとストレス発散の為に戦った。そんな時、貴方が現れた。戦った時、なんか変だった。いつもただアイドルの私と接したいのかわざと負ける人がほとんどな中、貴方は本気で戦ってくれた……」
「俺は純粋に戦いを楽しみたかっただけだよ」
「でも楽しかった。そんな何も考えずに戦ってくれる相手がいて。私はファンとの交流以外じゃそんなに戦ってはいけないって決まりがあった。でも、貴方との戦いでファンとのしてではなく、戦う者として見てくれた貴方がとてもありがたかった。貴方とのいれば少しは自分を変えられると思った。お陰で多くの友達が出来て嬉しかった。本当にありがとう」
あの時の灯にとって悠斗いやシーカーはまさに天からの救いのようだった。あの日以来シーカー達と接し、アモレやオーガスターらと出会い、そして助けられた。そんなみんなに感謝していた。
「俺だって辛い事はある。それを1人で閉じ込めれば更に辛くなる。幸い俺には友達がいる。だからこうして笑っていられる。辛い事があればいつでもみんなに言ってくれ。絶対に相談に乗ってくれだろうよ」
そして灯はヒョイと軽くステップを決めながら立ち上がった。その顔は笑顔でスッキリした顔になっていた。
「やっぱり簡単に言えない事を言うと、色々とスッキリするなぁ。でも私ばっかり話してごめんね。明るいと思ってた貴方にも、そんな悩むところがあるなんて思わなかった」
「俺もゲームの中だからって理由で本当に面と面を向かっているとは違うからあんなにイキっていられるんだ。現実は女の子に上がっちゃう少年なんだよ」
「ゲームの中とは言え、私を助けてくれたあの時の顔は本当の顔だったわ」
「助けるのはお互い様だよ」
「まぁね、これからもお世話になるよ……シーカー」
「あぁこちらこそ頼りにさせてもらうよ」
そう言いながら2人は微笑みながら強く握手を交わした。
そして2人は水族館を出た。灯は両手を後ろに組み、笑顔で悠斗を見つめた。オレンジ色の夕日に照らされた灯の笑顔に悠斗は顔を赤らめたが、目をしっかりと合わせた。
「今日はありがとう。また会えるかしら」
「う、うんいいよ。時間がある時なら」
「本当にありがとね。ゲームの中でもよろしくね」
「あぁ」
2人が話していると、遠くからか細い声が悠斗達を呼んだ。
「お〜い……悠斗ぉ」
「将吾⁉︎」
2人の前に現れたのは何故か少し窶れている将吾だった。そんな将吾は悠斗の前で疲れ果てたマラソン選手のように倒れた。
灯は将吾の名前と声からSyoとすぐに分かった。
「き、君がSyo君⁉︎」
「あ、アルちゃんの中の人……」
「そんな事より、何があったんだ?」
「お前らを追いかけていたら、ストーカーと間違われて尋問を……」
その事を聞くと2人は呆れながらも、その窶れた妖怪にも近い顔の将吾を見て大きく笑った。
「はははは‼︎」
「あははは‼︎変な顔ね、貴方‼︎」
「……初対面なのに、笑われる俺って一体……」
顔を上げて2人に訴えるが、再び力尽きてうつ伏せに倒れる将吾であった。
笑う2人からは、1人の男女、まさにカップルのような仲睦まじい姿に見えたのであった。




