第110話 すれ違う虚空の扉
「街まで自分自身で作ったのか」
「あの頃を忘れられない人間の末路だ。こうやって、昔に縋って過去に留まろうとしてしまうんだよ」
「だから、黒板も昔の年代のまま……」
黒板も街も全てが小学生の頃のままだった。まるでタイムスリップしたようだった。
あの頃はあった公園や店。昔から良く遊んだ数々の場所など、悠斗らにとっては全ての思い出が詰まった街。
「あの頃は楽しかったな。俺もお前も将呉も毎日仲良く笑っていた。3人でいる時が、一番楽しくて、一番俺が俺らしくいれた。お前達が、友達の在り方を教えてくれた」
「お前と仲良くなって俺らも本当に楽しい毎日だった。それ俺らは強くてクールで一匹狼なお前にとても憧れていた。いつも一歩先を歩いているお前を俺らは追いかけていた」
「それは逆だ。俺はお前らの前に立ちながらも、常にお前の背中を追っていた。周りの奴らのように普通に喋り、普通に遊び、普通に生きる。そんな簡単な事を俺は望んでいた。だけど俺みたいな心を閉ざしていた人間には簡単に普通と言う扉は開く事は出来なかった。だから、扉の向こうにいるお前を永遠を追い続けた。無理な事だったが一緒な空間にいる為に、お前の前にいると思い続けて強い俺を演じ続けていた。同じ空間に入れず、みんなと離れるのが怖かったんだろう。お前らに頼られたい、頼られればずっと同じ空間に居られる。みんなが認めれば、俺は居場所を見つけられる」
「……俺達はお前が前にいると思い込んでいた。だけど、お前は俺達を追い続けていた。食い違い、それがお互いに発生して、お互いに気づく事は出来なかった」
「そうだ。お互いに気づかなかった。所詮は人間。家族だろうと友だろうとも本当の個人の心の中は誰一人分からない。でも、自分自身も到達出来なかった。本当の自分自身を、自分らしさを」
「気づかなかった俺も悪い。でも、お前自身心の深層まで到達出来なかったんじゃないだろ。到達する気が無かったんじゃいのか?前にも後ろにも硬く閉ざした扉を置き、自分を自分で扉の壁を作り、どこの扉に進んでも同じ場所に戻り無限に続く扉と扉を行き来しているだけだ」
「だから、俺はこの虚無から永遠に抜け出せない。どれだけ進んでも、扉の向こうは闇。虚空の気持ちが俺の渇いた心を激しく鼓動させる事は出来ない」
すると、隼は街へと指を指した。
悠斗がその先を見つめると、誰もいないはずの街に三人のランドセルを背負った少年らが走っていた。
「あれは……まさか」
「そうだ。これも俺の記憶が作り出した虚像達だ」
「昔の俺達……」
3人の少年は悠斗、隼、将呉の3人であり、横に一列になって楽しそうに話しながら歩いていた。
「あの頃の俺らは皆同じ場所を、同じ空間を走り続けていた。何も考えず、ただ真っ直ぐに走っていた。だが、徐々に空間から離れて行き、お前は真っ直ぐと離れて行った」
少年らが横断歩道に差し掛かると、悠斗と将呉は信号が赤になる前に渡り切った。隼はそんな悠斗らに手を振って別れを告げていた。その顔は満足している満面の笑みであった。
「俺はお前らとは別の地区の人間だ。地区がお前達とは反対方向にあっても、俺は毎日お前らと一緒に帰った。どんな遠くても、お前らと1秒でも多くいる事が、楽しかったからだ」
「だから昔、お前の家の方面から帰ろうと言った時……」
「あぁ、俺は断った。すぐに楽しみが消えてしまうから」
悠斗達が横断歩道を渡り終えてもなお、隼は手を振り続けた。
交通信号機が青になり、車が行き来し始めて二人の姿が見えなくなった。それでも隼を手を振った。
そして交通信号機が赤になり、車が止まり出した時、対面の道路を見るともう悠斗らの姿はいなくなっていた。
隼の姿は笑顔から一転して、暗く落ち込んだ顔へと変わった。
「お前らと別れた後は、常に明日を待っていた。家にいても楽しくない。だけど、明日になって悠斗らと会うのが楽しみだった。だから、家にいても俺は一人だった」
隼は指を鳴らした。
すると、街全体が姿を消して、真っ暗な空間に姿を変えた。それと共にウェルズの姿は消えて、悠斗は暗闇の世界に落ちた。
だが、高さはそこまでなく、すぐに地面に着地した。
「暗い世界……?」
当たりを見渡すも真っ暗だった。
だが、背後から聞こえてくる子供の泣く声。それは隼であり、一人暗い部屋の隅で顔を埋めて泣いていた。そこは隼の部屋であった。
「隼……」
「両親揃って俺に勉強を押し付けた。良い学校に行かせようとしたみたいだ。俺はみんなとの付き合いをしながら、必死を勉強をした」
隼の机には大量のドリルが積まれており、中には中学生の参考書までも置いてあった。
「小学生の勉強で精一杯だった。それに加えて中学生の勉強もして体力的にも、精神的にもとてもキツかった」
『隼、今日のテストはどうだった?』
悠斗の背後から突如として現れた隼の父。悠斗はあんまり会った事はなく、ぼんやりと覚えている程度であった。
「隼の父さん……」
隼の父はニコニコしており、その父に向かって目の前からテストを持って、嬉しそうに走ってくる小学生の隼。
だが、父がそのテストを見ると、顔は一変した。激しく手は振動し、笑顔から無機質な顔になった。
『89点……』
『勉強して頑張ったよ!先生も褒めていたよ!』
『そのくらいでか?』
『え?』
いきなり父はテストを破り、ボールのように丸く固めてゴミ箱に投げ捨てた。
「90点以下だと父や母は笑顔を見せず、俺との会話を拒んだ。俺は良い点数を取って親の笑顔を見たかった。だから、無理をしてまで毎日頑張った。家でも外でも、自分の居場所を失うのが怖くて、お前達の前では苦しい顔を見せる事なんて出来なかった。家に帰るのも嫌だったから、お前達と遊んでいた。学校や友達と勉強していると嘘をついて」
親に隠して遊びと勉強を無理して両立させていた隼。小学生は遊びたい年頃であり、どうしても遊びに偏ってしまい、勉強が頭に入らなくなって来た。そのせいか、テストの点数がどんどん下がってしまった。
『何故だ!何故、点数が上がらないんだ!』
『ご、ごめんなさいお父さん』
『父さんのようにエリートになれ!なるんだ!社会で生きてくにはエリートでなければならないんだ!エリート以外は屑だ!エリートこそが生きれる者!エリートになるなら、他者を蹴り落とせ!自分だけが、良ければそれでいいんだ!』
隼は小学生ながら、精神が限界に達して学校を休む事が度々あった。
だから、部屋に閉じ込められて勉強をしていた。いつしか聞こえもしない父の声が頭の中を占拠するようになった。
『お前なんかいらない』
『お前なんか息子じゃない』
『お前なんか居なければ良かった……』
『お前なんか死ねば──』
その声は悠斗の頭の中にも響き、悠斗は耐えきれなくなった。
「やめろ!やめるんだ!」
「分かるか、親からそんな事を言われ続けて、小学生ながら精神の崩壊は時間の問題だった。でも、友人の存在が崩壊を堰き止めていた。お前らと話すと心が癒された。時間が経つと、俺のことで両親は毎晩喧嘩を続けて俺が中学になると、父は帰って来なくなった。その時に分かった。俺は捨てられたんだと。それから母は俺に勉強を強要する事はなくなり、俺は解放された」
暗闇の中、ただ一人ぽつんと佇む中学生の隼。
だけど、その中から悠斗と将呉が現れて、隼の手を引っ張って来た。暗闇から抜け出した中学生の隼と共に、空間は暗闇から再び悠斗達の街へと戻った。
悠斗ら3人は自転車に乗って何処かへと楽しそうに向かって行った。
「俺はただ、安息を求めていた。幸せなんて、薄くても良い。ただ、自分が生きてる実感と安らぎを求めていた。父のように捨てられたくないと思った俺は、お前達にも捨てられるんじゃないかって恐怖が襲って来た。必死になってお前らに頼られる存在になりたかった」
自由になった隼はスポーツを学び、運動神経も学年でトップレベルの実力となっていた。
「あの日が来るまで、こうなるなんて思っていなかった。ああやって裏の自分を隠して、やり通せばずっと安泰だと思っていた」
「人は裏の顔だってあっていいさ。でも、時には裏を表に出して欲しい時だってある。本当の自分を曝け出す覚悟だって必要さ」
「本当の自分が分からない。見てみろ、自分の後ろを」
悠斗が振り向くと、そこには小学生・中学生・高校生の隼が不気味に笑って悠斗の前に佇んでいた。
そして一人ずつ口を開き始めた。
『ねぇ、僕の事を嫌いにならないで。悠斗君の宿題もしてあげるから、荷物持つから』
『なぁ、悠斗。親父のように俺を捨てないでくれよ。お前に頼られる友として、ずっと居たいから』
『お前や将呉に頼られたいさ。一人になる自分が怖いから。どんな事を犯しても、お前らに頼られたい』
3人の隼は悠斗の腕を引っ張り始めて、3人の背後にある扉の中へと引もこうとし始めた。
「違う、これはお前じゃない!これが本当のお前じゃない!」
「本当の俺さ。どんな事してでも、友情を崩したくなかった。お前が知っている隼は偽りだと言う事だ」
3人の隼が引っ張る力は強まり、悠斗の力ではどうにもならなかった。
本物の隼の手の甲を見ると風の文字じゃなく、黒くドス黒い闇の文字が刻まれていた。
「お前の本心を狂わせているのは、その闇の文字……闇の刻印の仕業なのか」
『ねぇ』
『早く』
『遊ぼう』
「俺は……どんな性格だろうとも、嫌がる事はない!それに、本当のお前を教えてくれて感謝している!隼は隼だ、誰でもない。たった一人の隼なんだ!」
力を込めて、3人の隼の腕を引き離した。
その時3人の隼の顔は変貌し、隼の父のように無機質な顔へと変わった。
『僕を嫌いになるの?僕の何が悪いの?僕を捨てるの?』
『俺を捨てないでくれ。あいつみたいに』
『友情が壊れるのが怖い。俺は捨てられるんだ』
「違う!お前は俺の友達だ!翔呉だって、待っている!お前だけが、一人で悩みを抱えている訳じゃない!俺の仲間だってみんな心に何かしらの暗い部分がある。でもみんな、それを曝け出してみんなにその気持ちを分かち合った!隼!お前だって分かるはずだ!苦しいからって一人で悩みを持ち越す事がどれだけ辛いかを!」
その言葉に3人の隼は無言で扉の中へと入って行った。
「まだ少し純粋だった昔に戻りたいさ。昔を思い出すと心が痛くなるからな。この気持ちは大人になるとより痛くなるんだろうな。あの頃に戻りたい気持ちが……」
「お前がそんなに過去に囚われるなら……こうしてやるさ」
悠斗は突如炎を拳に纏い、獄炎を街に向かって放ち始めた。
建物は破壊されて、火事まで巻き起こした。何度も、何度も放ち、街は一気に焼け野原と化した。
悠斗は燃え盛る街を見つめて、隼に語りかけた。
「これでたった一つしかない過去にはもう戻れない。現実と言う無限に枝分かれする道だけが俺達の前にある!お前はその分岐点にずっといる。俺はそのどこに到達するかも分からん道を歩き、今目指す事、骸帝と倒して、お前をも助ける!」
「……大雑把な考えは変わらんな」
「あぁ、俺も将呉も何も変わらずずっと馬鹿やってるさ。お前とまた遊びたい気持ちも」
「……だが俺は引き下がれない。俺は俺の意思がある。前も後ろももう道は閉ざされた。なら、もう終わらせるんだよ。この気持ちから解放される為に、世界の未来を閉ざす。生命の終着点を見届ける。そして俺もこの命を断つ」
「そうはさせないと言ったはずだ!まだ、終わりはない!俺達は囚われた過去じゃなく、前しかない未来を歩む!」




