第8話 白く染まりし髪
「女だからと言って手加減して殴るって訳にもいかねぇいいのか」
「えぇ……今はアイドルとしてのアルじゃなくて戦う者としてのアルと見てちょうだい!!」
「そう言ってくれるとやりやすい!!」
その言葉と共にシーカーは拳を強く握りしめて、楽しげな表情でアルに突っ込んだ。ボードを波打つように激しく右と左に揺らしながら牽制する、そして腰を軽く右に曲げ、右腕を下げた。
少し身構えたアルにそのままの状態で暴走機関車の如く猛スピードで急接近し、目の前で殴る事はせず真隣を通過した。
「何っ⁉︎」
シーカーの予想と反して横切ったアル。
横切った時に発生した風で、一瞬髪が少し跳ね上がり、そして一瞬で髪がふんわりと戻った。その1秒の膠着の後にすぐに後ろを振り向いた。するとシーカーは水面ギリギリで水しぶきを上げながら華麗なUターンを軽々と決める。そのまま一切のスピードを落とすことなく、狙いを完全に定めたミサイルのようにアルに特攻する。アルもすぐに回避しようと動いたが、猛スピードで動いているシーカーと、今動こうとするアルのスピードの差は歴然である。
アルは上へ移動したものの、その時には目の前に拳を自分に向けて振り上げているシーカーの姿があった。
「くっ……(回避が間に合わない!!)」
すぐに腕を交差して防御体勢を取り、シーカーの攻撃を防御する。拳はアルの防御している右腕に骨と骨がぶつかる音が聞こえると共に当たった。防御こそは崩れなかったものの、シーカーのロケットのようなスピードを加えたパンチはアルの腕はもちろん、身体全体に広範囲なダメージを与え、パンチの衝撃で後方へと飛んで行った。
「うっ……何てパンチなの!?」
「逃すか!!」
追撃し、飛んで行くアルを射た矢の如く直線に追う。
アルは身体の力を入れて1度空中で一回転し、水面ギリギリでエアーを強くして水に触れる前に体勢を整えた。腕の痛みが身体全体に響くものの、その顔は何処か嬉しそうな顔をしていた。
「今のパンチは良かったわよ……でも私も!!」
アルも迫って来るシーカー目掛けて同じく射た矢の如く直線に突撃する。
シーカーも避けようとせず、拳を握りしめた。お互いは拳を構え頭から突っ込む。2人は喉の奥から全力で声を出し、そして正面からぶつかり合うつもりのようだ。
「はあぁぁぁぁ!!」
「うおぉぉぉぉ!!」
お互いに右拳を振り、拳と拳が空を裂くような音を立ててぶつかり合った。衝撃により半径5m以内の海面が半分の球体のような穴が出来た。そしてお互いに一旦1mほど後方に下がり、再び急接近しパンチとキックの攻防が始まった。シーカーは主にパンチで応戦し、アルはパンチとキックを交互に繰り出しながら応戦する。だがお互いに攻撃を1発1発確実に防御し、そんな壮絶な戦いをしている中、目を合わせてニヤリと笑いながら攻撃と防御の応戦を繰り広げていた。
「こんなに楽しいのは初めてかもしれないわ!!」
「俺もこんなに強い奴は昨日以来だぜ!!」
「昨日?……私も舐められたものね!!もっと楽しませてあげるわ!!」
そう話しながら攻防を続けると、三度海面から黒い影が迫ってきた。それはメガロドンが迫る合図。だがお互いに近づいてくるのは分かっているはずだが、一切逃げようとはせずにまだパンチとキックの攻防を続ける。
「さぁ……どっちが早くが早く逃げるかのチキンレースだ!!」
「いいわよ!!チキンレースは私も好きよ!!」
簡単に言うと度胸試しだが、二人はこのチキンレースを楽しんでいるようにも見える。
この戦いを見ているSyoは口を半開けし、唖然としながらさらっと呟いた。
「こんなに楽しそうなアルちゃん、ライブでも見た事ないよ……」
徐々に迫ってくるメガロドンの影──どちらが先に動くかの読み合い。だがこの状況で2人の顔から恐怖という感情はなく、純粋のこのチキンレースと攻防を楽しんでいる。
「さぁ早く退いた方がいいんじゃないのか!!」
「そっちこそ逆にびびって動けないんじゃないの?」
そう話しいると、いきなり海中よりメガロドンが飛び出てきた。
「来た!!」
「どっちが先に……!?」
メガロドンが海面から出て来た直後、2人はほぼ同時に動き、メガロドンの攻撃を紙一重で避けた。
そして2人とも空中に戻り、またニヤリと笑った。
「貴方の勝ちのようね」
「あぁ……そのようだな第2ラウンドは俺の勝ちだ……」
見ているSyoにはどっちが早く動いたかさっぱりわからなかった。
「よく2人とも分かったな今の……」
このチキンレース、先に動いたのはアルだった。ほんのコンマ1秒の差でアルの方が早くメガロドンから離れていた。
「なら次でファイナルラウンドね……」
「そうだな、次で最後だ‼︎」
「ちょっと準備させてもらうわ」
するとアルは両手を軽く広げて、目を瞑りだした。この状態にSyoは咄嗟に気付いた。
「これはまさか⁉︎」
「どうしたんだ?」
「あのポーズ……噂では聞いていたが、本当にあるなんて……」
「だからどうしたんだよ!!」
ちょっとSyoに怒り気味のシーカーに対し、アルの身体に異変が起き始めた。
左右に分かれた白黒の髪の黒部分が徐々に白へと染まっていき、目も緩やかなぱっちりとした目から、凛とした鋭い目に変貌し、可愛らしいアイドルのイメージから大人に雰囲気をだしたアイドルへと変化した。
「さぁ本気タイムよ」
「つまり俺は舐めプをされてたって訳か……」
だがシーカーはワクワクした顔を抑えられない。そしてアルは頭からシーカーへと向かっていった。
「行くわよ!!」
「あんたも本当を出すぜ!!」
そう言うと上を向き右拳を空に掲げ、正面を向いて拳を胸を当てて、まさに特撮ヒーローのようなポージングしながらカッコよく決めセリフを叫んだ。
「炎の刻印解放だ!!……ってあれ?」
「隙あり!!」
「グヘッ!!」
炎の刻印は発動せず、そして突撃してきたアルに頰を殴れるは踏んだり蹴ったりだ。先程よりもパンチの威力は格段に上がっており、かなりのスピードで後方に飛んで行った。
「まだよ!!」
アルは飛んで行くシーカーに対し、追撃を行うべくその場から消えた。それはシーカーが飛んで来る場所に見えない程のスピードで先回りし、タイミングよく回し蹴りを食らわした。蹴りは横腹に見事に当たり先程とは比べ物にならないほど想像を超える痛みを襲ってくる。
「ぐわ……っ!!」
「まだまだ!!」
シーカーは上を向いた状態で上空へと蹴り飛ばされ、アルはまたその場から消えて先回りした。そして右足を体操選手のように器用に足を上げ、シーカーが来た瞬間その足を全力で振り落とし、足はシーカーの腹に直撃した。
「ぐあっ……!!」
そのままスピードを落とすこと無く、海に水しぶきを上げなら落下した。
「ふぅ〜私の勝ち……かしら?」
勝ったと確信するアル。すると海面から
新鮮な小魚を口に加えてシーカーが、ボードに乗りながら浮上して来た。
「あら?まだ大丈夫?諦める?」
「ぺっ、まだだ!!こっから本番、炎の刻印!!解放だぁぁ!!……?」
小魚を口から吐き飛ばし海に戻した。そして再び拳を胸に当てて叫んだが、何も起きなかった。
「どうしたの?本番を見せてよ貴方の!!ー
「へへ……こ、これもパフォーマンスの一種なんだよ!!」
余裕そうに表情なシーカーだが、その裏では額から多量の冷や汗を流れてきている。そして内心でもかなりの焦りを見せている。
(嘘だろぉ〜!!刻印って自由に発動しないのかぁ!?)
Syoも不安そうに戦いを見ている。
「おいおい自分のスキルくらいちゃんと把握しとけよぉ……」
「は、発動してくれ!!」




