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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第四話 ジュース

 初夏を迎え、先行していたゴドノフたちの蚕は全て繭となった。

 アキラは、それらを全て絹糸を取るための処理をするように命じた。その様子を、王都からの技術者たちにも見学させる。

「つまり、『殺蛹さつよう』といって、羽化しないよう中のさなぎを殺す必要があるんだ」

 ここでアキラは、以前ゴドノフたちに説明した時の資料を引っ張り出し、説明を始めた。


1.繭の周りにあるふわふわした毛羽を取り除く。

2.その繭を鍋などで煮る。

3.沸騰したら火を止め、水を注いで温度を下げる。

 ※ 温度が下がると繭の中の空気が急に冷え、 体積が小さくなって繭の中に水が入るため糸が繰りやすくなるから。

4.繭をブラシで優しくこすると、糸の端が出てくる。

5.3個から7個の繭から出てきた糸の端をまとめて糸巻きに巻き取っていく。

6.巻き取った糸を糸車に掛けてりを与え、絹糸とする。


「……と、こういうことになる」

「なるほど、手間が掛かるんですねえ」

 紡績を中心とした技術担当の、ローマン・ド・プレとジャンヌ・ド・プレの若夫婦が感心したように呟いた。

「実際の作業は、慣れもあるから、まずは職人たちの作業を見学していてくれ」

「わかりました」

 こうして『先輩』作業者の作業を見せることで、身分差に関係なく、技術を習得してほしいとアキラは願っていたのである。


「そして、この取り出したサナギは、肥料にしたり、家畜のエサにしたりできるんだよ」

 その他にもサナギ粉といって釣りのエサにも使われる。

「何度も言っているが、我々のエゴで糸を使わせてもらうんだから、感謝して作業を行ってほしい」

 こうしたアキラの心情は、王都からの面々にも十分に伝わったようだった。


*   *   *


 そしてその、王都からの面々が育てていた蚕も、無事に繭を作った。

「これが回転蔟かいてんまぶしだ」

 まぶしとは蚕が繭を作るための枠である。

「ははあ、高い場所に繭を作る蚕の性質を反映させ、偏りすぎると回転して上下が入れ替わるんですねえ」

 技術担当のローマン・ド・プレとジャンヌ・ド・プレが感心している。


「こっちの繭は、全部羽化させて卵を産ませるからな」

「わかりました」


 一方、ゴドノフたちの作業との差ができないように、空いていた蚕室さんしつを使い、同じタイミングで『夏蚕なつご』を育て始めている。

 王都からの技術者たちにとって2度目の作業となるので、『催青さいせい』も全て彼ら自身にやらせていた。

「年に4回、育てることができるが、問題はやはり餌となる桑の葉の確保だな」

「そうですね。まさか、これほどの量を食べるとは思いませんでしたよ」

 100匹の蚕が一生のうちに食べる桑の葉はおよそ3.3キロ。

 しかも新鮮なものしか食べない。枯れた葉では育てられないのだ。

「幸いにして保存が利くから助かっているよ」

 桑の木を植栽することは継続して行われているが、軌道に乗る、つまり桑の葉を定期的に採取できるようになるまではまだ3年ほど掛かるだろう。

 それまでは山中を歩いて、桑の葉を採取してくる作業も欠かせないのである。


「お蚕さんを育てている間は、1日たりとも休めないからな」

 蚕という昆虫は、人間に依存しなければ生きていけない。そんな命を預かっているのだから、怠けるわけにはいかないのだ、とアキラ。

「でも、そうは言っても人間も休まなくては生きていけない。だからこその仲間であり、部下だな」

「なるほど、そうですね」

 世話の合間に、そうした心構えも教育していくアキラ。すっかり養蚕のベテランとなっている。


*   *   *


 もちろん、養蚕以外にも覚えてもらうことは幾つもある。

 それは、基本的な科学知識である。

「ははあ……人間の身体というものはこうなっているのですか……」

 小学生レベルの科学知識、その中から必要と思われるものをピックアップして教えている。

 人体の構造や病気について。内臓の働き、必須栄養素、病原体など。

 力学の初歩。滑車、斜面、摩擦など。

 化学の初歩の初歩。物質の三態、水溶液、化学反応など。


「覚えることが多いですね……」

 だが王都からの6人は、新しい知識をどんどんと吸収していった。

 もちろん蚕もどんどん育っていく。今は4齢。食べ盛りである。

 季節は初夏から夏になる頃、桑の実や木イチゴの実も熟れる頃だ。


「アキラさん、一口いかがですか?」

 ミチアが自家製の桑の実ジュースを持ってきてくれた。

「ありがとう。……うん、美味いな!」

「ふふ、よかった。……それ、果汁は50パーセントなんです」

 水で薄め、砂糖を加えて飲みやすくした、とミチアは言った。それを冷蔵庫で冷やしたのだそうだ。

「うん、これなら特産品になるかもしれない」

「そう思います?」

「うん、思う」

「あと、木イチゴでも同じように作ってみてます」

「そうか。……そうだ、王都からの連中に味見させてみよう」

「あ、いいですね」

 王都という文化の中心地にいたのだから、貴重な意見が聞けるだろうと思われた。


「……この桑の実ジュースはいいと思います。似たようなものはありませんから。ですが、木イチゴの方は似たようなものがありますね」

 完全に同じではないが、木イチゴはやはりポピュラーな果実だったようだ。

 だが桑の方はまだまだ一般的ではないため、珍しがられるだろうということだった。

「いずれ、王都周辺でも桑畑が増えれば一般化しそうだが、まだ数年は大丈夫だろうな」

 ということで、この『桑の実ジュース』をこの地方の特産品とすることを前侯爵に進言したアキラであった。


「おお、これはいいな」

「原液を殺菌しておけば日持ちすると思います。それを出荷先で希釈し、砂糖を加えれば、運ぶ重さも半分で済みます」

「おお、確かにな。うむ、検討させよう。アキラ殿、ミチア、ご苦労だった」

 特産品が増えれば、領地が豊かになる。フィルマン前侯爵は上機嫌であった。


 そして季節は真夏となり、蚕は無事に繭を作った。

「この繭も全て『殺蛹さつよう』する」

 アキラとしては、年内に少なくとも男性用の服を2着、女性用の服を2着、仕立てられるだけの繭を確保したいと思っていたのだ。


「和服なら1反で3000個。洋服も同じとすれば12000個だな」

 今の人員なら、1回で3000匹の蚕を飼うことができる。年4回育てられるので間に合うはずであった。

「卵は王都からの連中の分を確保するとして、問題は桑の葉か……」

 蚕の数が増えれば、桑の葉も大量に必要になる。

 当面の問題は、『秋蚕あきご』と『晩秋蚕ばんしゅうご』に食べさせる桑の葉の確保であった。

 最近は、かなりの山奥にまで行かないと桑の葉が手に入らなくなってきていたのである。

 畑に植えた桑はまだ小さく、全部の葉を取ってしまえば枯れてしまうおそれもあり、天然の桑の木に頼らなければ賄いきれない状況だった。

「さて、どうするか……」

 リーダーであるアキラの悩みは尽きなかった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は3月9日(土)10:00の予定です。


 20220106 修正

(誤)殺蛹さっけん

(正)殺蛹さつよう

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