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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第一話 帰郷

 吹く風に、冷たさはもうない。

 世界は春の息吹に包まれていた。

 そんな中を行くガラガラ、ゴロゴロという馬車の振動は、心地よい眠りを誘う。

「ああ、もうすぐだな」

「そうですね……」


 今、アキラ、ミチア、そしてフィルマン前侯爵の一行は、リオン地方への帰路にあった。

 暖かいがなんとなく澱んだような南方の空気が、冷たくきりりとした北方の空気に移り変わっていくのを感じながらの北上である。

「賑やかになりましたね」

「そうだなあ……」


 行きに比べ、帰りは馬車の台数が増えた。

 その一部は、アキラがもらった褒賞である。『シルクマスター』であるアキラは、準貴族として認められ、それに相応しい服や、身の回りを調えるためのお金や金銀宝石なども下賜されたのである。

 が、残りの馬車……こちらが大多数を占める……は、王都から派遣された養蚕技術者候補生である。

 『蔦屋敷』での研修期間は1年。

 1人で全ての技術を修めるのは無理があると判断されたため、『養蚕』2名、『紡績』2名、『その他技術』2名ということで、6名が新たに加わっての旅路であった。

 それぞれの2名は必ず男女で構成されている。

 ちなみに、紡績を担当する2人は夫婦であった。養蚕担当の2人は婚約者同士だそうだ。そして技術担当の2人は兄妹だという。

 一応、男女関係の揉め事が起きにくい人選をしてくれたということなのだろう、とアキラは思った。

(まあ、兄妹は微妙だけどな)

 馬車はガラガラ、ゴロゴロと進んでいった。


*   *   *


「よし、休憩だ」

 予定どおりに旅は進み、ド・ルミエ侯爵領のモントーバンの町を過ぎた。

 チェル集落を過ぎ、パミエ村に到着し、ここで休憩兼昼食だ。

 あと半日でアルビ村、そこから1日で蔦屋敷のあるブリゾン村に着く。

 もう一息だ、とアキラは旅の終わりが近いことを感じていた。


 行きと違い、『シルクマスター』であるアキラもフィルマン前侯爵、執事のマシューらと共に村長を交えて昼食を摂ることになった。ミチアももちろんアキラと一緒だ。

「ほう、そうですか。こちらが今後我らが地方に繁栄をもたらしてくださるアキラ・ムラタ様でいらっしゃいますか」

「よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」


 こうしたやり取りは、ド・ルミエ侯爵領に入ってから3度目だった。

 1度目はモントーバンの町で、改めて現侯爵のレオナール・マレク・ド・ルミエと。

 2度目はチェル集落の長と。

 そしてここパミエ村、ということになる。

「こうした地道な積み重ねが、今後の活動に効いてくるはずだ」

 とは、フィルマン前侯爵の言葉。

 だからアキラもそれを素直に聞き入れ、顔つなぎを行っているのだった。


*   *   *


 パミエ村での滞在は少し予定時間を超過してしまったが、行きと違って今は春、日が長くなっているので問題にはならないだろうと判断された。

 そしてさしたる問題も起きず、暗くなる前に一行は今宵の宿、アルビ村に到着したのであった。


「ようこそお帰りくださいました、フィルマン様」

 アルビ村の村長、エンゾが一行を出迎えた。茶色の髪の毛に白いものが混じり始めた中年の男で、小柄だががっちりした体格をしている。

 アキラがあとで聞いたところによると、なかなかやり手なのだそうだ。


 その日は村長宅に泊まった。

 夕食は村長宅の大食堂で、2回に分けての食事となる。大所帯だから致し方ない。

 アキラとミチアは2度目の食事となった。

 こちらがメインとなるため、フィルマン前侯爵も2度目の食事。ゆっくりと寛ぎながらの食事ができる。

「ほう、この方が『シルクマスター』のアキラ・ムラタ様ですか」

「うむ。その称号は、陛下御自ら授けられたものでな。これからこのリオン地方はゆっくりではあろうが、発展していくことになろう」

「それは楽しみでございますね」

「そうであろう。……だからエンゾよ、協力を頼むぞ」

「承りましてございまする」


 養蚕には、広い桑畑と人手が必要になる。

 こうした根回しは、近い将来、必ず役立つだろうことが、そっち方面には鈍いアキラにもよくわかった。

「さすがだな、フィルマン様は」

「ええ、大旦那様はこうした人心掌握に長けてらっしゃいます」


*   *   *


 ガラガラ、ゴロゴロと馬車は進む。

 日が傾いた頃、懐かしい風景が見えてきた。

 言わずと知れた『蔦屋敷』のシルエットだ。

「ああ、帰ってきたなあ」

「はい、帰ってきましたね」

 アキラとミチアは、馬車の窓から顔を出して、『蔦屋敷』を見つめた。

「あ、みんなが迎えに出てますよ」


 馬車が『蔦屋敷』に近付くにつれ、彼らの声が大きくなった。

「アキラの旦那ー!」

「ミチアー! アキラさーん!」

 アキラの配下たちや、ミチアの同僚たちが『蔦屋敷』の門の前にずらりと並んでいた。

 30分ほど前に先触れが一足先に出ていたので、彼らの到着を今か今かと待っていたのだろう。

 馬車は、そんな彼らの間を通って門を通過していく。


 そして馬車は『蔦屋敷』の玄関前で停止。

 もちろん、家宰のセヴランがあるじ、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵を迎えた。

「大旦那様、無事のお帰り、お喜び申し上げます」

「うむ、出迎えご苦労。そして留守居、大儀であった」

「有り難きお言葉」

 やや堅苦しいが、定型となっているやり取りらしい。

 前侯爵が『蔦屋敷』に入った後、アキラたち従者も馬車から降りた。


「アキラ! お帰り!」

「お帰り、ミチア」

 ハルトヴィヒとリーゼロッテだった。

「ただいま」

「ただいま帰りました」

 明日からまた、共に苦労を分かち合う4人の仲間は握手をかわしたのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は2月16日(土)10:00を予定しております。


 20190209 修正

(誤)これからこのリオン地方はゆっくりではあろうが、発展していることになろう」

(正)これからこのリオン地方はゆっくりではあろうが、発展していくことになろう」


 20190708 修正

(旧)こちらがメインとなるため、フィルマン前侯爵も2度目の食事。こちらゆっくりと寛ぎながらの食事ができる。

(新)こちらがメインとなるため、フィルマン前侯爵も2度目の食事。ゆっくりと寛ぎながらの食事ができる。

(旧)「ほう、こちらが『シルクマスター』のアキラ・ド・ムラタ様ですか」

(新)「ほう、この方が『シルクマスター』のアキラ・ド・ムラタ様ですか」


 20200502 修正

(旧)アキラ・ド・ムラタ

(新)アキラ・ムラタ

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