第二十二話 授与
アキラが予定していた説明はひととおり終了した。
「不慣れなもので、至らない点が多々あったかと思います。ご質問はございますでしょうか?」
その言葉に早速、
「それでは、1ついいかな?」
魔法技術大臣のジェルマン・デュペーが挙手をした。
「あ、はい、どうぞ」
「うむ。……先程、『磁石』を作るために『発電機』を使うと説明されたが、話によれば『雷魔法』も、その『電気』というではないか。つまり、『雷魔法』で『磁石』を作れるのではないのかな?」
「鋭いですね。はい、可能です。というよりも、発電機に使うための磁石は、そうやって作りました」
アキラは、フィルマン前侯爵の雷魔法『《トネール》tonnerre』を使用した、と説明した。
「ですが、準備に時間が掛かりますし、電圧が高すぎて1度使うと銅線が溶けてしまいかねません」
「なるほど、使い勝手があまりよくないのか」
「はい。室内では使えませんしね」
「そのとおりだな。……いや、『コンパス』を持たずに道に迷った時に、簡単に作れないかと思ったのだ」
なるほど、とアキラは感心した。同時に、魔法で簡易的な『コンパス』を作れないかと考えてみる。
「ええと、縫い針を磁石にすることができれば、それを木の葉とか紙切れに刺して水に浮かべることで、簡易的な『コンパス』を作ることができますが……」
縫い針のような小さい物を雷魔法でピンポイントで狙って磁石にできるとはちょっと思えない。
ヴィクトル・スゴー近衛騎士団長が口を開き、
「……それくらいなら『コンパス』を1人1つ持たせる、などの方がよさそうですな」
と言った。それを聞いたジェルマン・デュペーも頷いたのである。
「ええと、他にはございませんか?」
「では、いいかな?」
今度挙手したのは宰相のパスカル・ラウル・ド・サルトル。
「『病原体』について、もう少し詳しく聞きたいのだが」
「わかりました」
アキラは少し考えてから、説明を始めた。
「『病原体』はいろいろありますね。知る限りでもウイルス、細菌、寄生菌、原虫……でしょうか」
医学に関しては一般的な知識しかないアキラでは、このあたりが限界であった。
もしかするとミチアは『携通』の情報を書き写す際にもっと多くの病原体についての記述を目にしているかも、と思ったが、彼女が口を挟むことはなかった。
「それを目で見る方法はあるのかね?」
「ええと、最も小さい物は特殊な装置があれば見えますが、その装置を作るのは困難です」
ウイルスを見るには、『電子顕微鏡』が必要だった気がする、と思い返しながらアキラは答えた。
「ふむ。……ということは、『病原体』のうち、大きい物は目で見える、ということかね?」
「……そういうことになりますね」
「そんな道具は作れないのだろうか? ……例えば『虫眼鏡』では?」
あ、虫眼鏡はあるんだ、とアキラは少し驚いたが、
凸レンズは、グラスに入れた水に光が当たった、などで偶然発見されることもあるだろうし、過去の『異邦人』が紹介したかもしれない、と思い至る。
「虫眼鏡では……多分無理ですね。最低でも、50倍から100倍くらいの倍率がないと」
「なんと! それほどか……」
宰相は肩を落とした。
そんな時、ミチアが目配せをしてきたので、
「ええ、助手のミチアから説明をしてもらいます」
と言って、任せることにした。
ミチアは席を立って一礼し、
「アキラ様の助手を務めておりますミチアと申します。未熟ながら、ご説明させていただきます」
と、名乗ってから説明を開始した。
「そのような道具は『顕微鏡』と言われております。特殊なレンズがあれば、作ることも不可能ではございません」
「おお」
「ええと、アキラ様の世界では『レーウェンフックの顕微鏡』と言われております、最も簡単な顕微鏡がございます」
それを聞いたアキラも思い出した。
ペットボトルの蓋にガラスビーズをはめ込んで作る、小学生がよくやる理科工作だ。
とはいえ、上手く作れば100倍くらいの倍率が得られるのだ。
「必要な物は……」
ミチアが、記憶を辿りながら説明していく。
こちらはペットボトルではなく、元となった『レーウェンフックの顕微鏡』に近い形式のものだ。
2センチ×6センチくらいの薄い板に、直径2ミリくらいのガラス玉をはめ込んで作るものである。
この時、ガラス玉の直径が小さいほど、視野は狭いが倍率は高くなる。大きくすると視野は広くなるが倍率が小さくなるので要注意だ。
「ふむ……」
宰相は、ミチアが皮紙に描いた略図を見て考え込んだ。
「問題はこのガラス玉か」
直径2ミリのガラス玉、これがなかなか手に入りにくいらしい。
「それでも、こんな簡単に……その『顕微鏡』ができるのかね」
「はい。これは最も簡単な顕微鏡になります」
ここでアキラが断言するように返事をした。
それにより、宰相は、ミチアの言葉と説明を完全に信じたのである。
この後、宰相は細工師に命じ、『レーウェンフックの顕微鏡』を再現することに成功するのだが、それはもう少し先のことである。
「ええと、宰相閣下、よろしければ次の質問をしたいのですが」
農林大臣のブリアック・リュノー・ド・メゾンが宰相に声を掛けた。
「うむ、構わぬぞ」
「……そうですか。それでは。……アキラ殿、桑畑の規模についてお聞きしたい。この『絹』で服を仕立てると仮定し、1着の服を仕立てるためにはどのくらいの桑の木が必要となるだろうか?」
農林大臣は、将来を見据え、今から桑畑を用意して行きたい、と言った。
「桑の木はそうそうすぐに大きくなるものではありませんからな」
それはそのとおりなので、誰からも異議は出ない。
「そうですね……」
アキラは記憶を手繰った。
——和服の場合、一着仕上げるために1反の布が必要になる。
1反の布を織るために、繭が2600個から3000個必要になる。
桑の葉はおよそ100キログラム。面積にして約200平方メートル。
3000匹の蚕の命を犠牲にして作られる着物。
だからこそ先人は『お蚕さま』と呼んで、あだやおろそかには扱わなかったのだ。——
研究室の教授から言われた言葉が耳に蘇った。
それをそのまま伝えることにする。
「うむ。……なるほど。アキラ殿の国では、そうした文化があるのだな」
ユーグ・ド・ガーリア王が、真っ先に理解を示す言葉を掛けてくれたことは、アキラにとって大きな喜びだった。
「はい。ですので、こちらの服を仕立てるにしても、だいたい同じ目安でいけるかと思います」
「うむ。……ブリアック、どうだ?」
「は、陛下。桑の葉100キログラム、200平方メートル。それがわかれば十分です」
「うむ、全て任せる。頼むぞ」
この英断により、ガーリアは、『絹産業』において、この世界でのリーダーとしての地位を100年以上保ち続けることとなる。
それからも幾つかの質問が出、アキラはそれに答えていった。
そしてそれらが全て済んだ後、ガーリア王は威儀を正し、
「アキラ・ムラタ。そなたが我が国に与えてくれた恩恵を評価し、本日ただいまより『シルクマスター』の称号を与えるものである」
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月26日(土)10時を予定しております。
20190120 修正
(誤)医学に関しては一般的な知識化しかないアキラでは、このあたりが限界であった。
(正)医学に関しては一般的な知識しかないアキラでは、このあたりが限界であった。
20190622 修正
(旧)桑の葉はおよそ100キログラム。面積にして約500平方メートル。
(新)桑の葉はおよそ100キログラム。面積にして約200平方メートル。
(旧)「は、陛下。桑の葉100キログラム、500平方メートル。それがわかれば十分です」
(新)「は、陛下。桑の葉100キログラム、200平方メートル。それがわかれば十分です」




