第二十話 朝食
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
ティータイムのあと、入浴することが出来、アキラは緊張の連続だった精神を休めた。
「ああ、落ち着くな……」
貴族用の風呂らしく、バラのような香りの香料が使われているようで、ほんのりと花の香りがするお湯である。
与えられた部屋でミチアと会うと、ミチアからは柑橘系の香りがしたので、男湯と女湯では香りを変えているんだということがわかる。
「だからか、ハンドクリームとリップクリームへの反応がよかったな」
「王女殿下、興味津々でしたね」
「そうだな。しかし……」
アキラとしては、貴族という特権階級だけでなく、一般庶民も気兼ねなく使えるようなものにしたいと思っているのだ。
「それが結局、巡り巡って生産性を高め、国力も高まることになると思うんだよな」
「アキラさんのお考えは深遠ですね」
ミチアが素直な感想を述べた。
「そうかな?」
場当たり的な政策ではうまく行かない、という前例を嫌というほど見てきたアキラであり、短期的な計画だけではなく、長期的な計画も立てねばならない、という意識を持っていたのである。
「私は、政治のことはわかりませんが、確かに庶民の暮らしがよくなれば、納める税も増えるだろうということくらいはわかります。そして、人口が増えれば、同じく税収も増える。つまり、国を富ませるにはどうすればいいか、その答えの1つをアキラさんが示された、ということですよね」
「そこまでたいしたことを言っているわけじゃないんだけどな」
だが、基本的なことだからこそ軽視されたり、見落とされたりするのは歴史を顧みればわかること。
アキラは、この世界でもまた、人間は『過ち』を繰り返しかねない危うさをはらんでいることを感じた。
(でも、それを正せるような政治力は俺にはないし)
自分には自分にしかできない方法でこの世界に貢献していくしかないと、改めてアキラは自覚したのであった。
* * *
夕食は、アキラの予想に反して、部屋に運ばれてきた。
ずっとお偉いさんと接していたので疲弊していたアキラは、『助かった』と思った。
これは前侯爵の進言によるもので、こうした会議に慣れていないであろうアキラを労るための計らいであった。
高級なワインも一瓶添えられていて、待遇のよさがわかる。
「しかし、こうしてみますと、アキラさんの知識って凄まじいですね……」
向かい合わせに座っているミチアがしみじみした声で言った。
「向こうで一緒に仕事していた時は、忙しかったからか、一つ一つ用意されてきたからか、あまり感じませんでしたけど、こうして一気にお披露目すると、聞く側が面食らうのもわかります」
「そうは言ってもなあ……俺が1人で考えたものじゃないからな」
アキラは苦笑した。
「俺の世界の先達……というのか、先駆者というのか。それこそ何百年もの工夫の積み重ねだからな」
自分はそれを使わせてもらっているだけだ、とアキラは言った。
「でも、それをこちらの世界で再現したのはアキラさんですから」
「いや、それこそ協力してくれるみんながいなきゃできなかったさ」
そういう意味で、フィルマン前侯爵領に来られたことは本当に運がよかった、とアキラは言った。
「ミチアとも出会えたしな」
「え、あ、は、はい、そうですね」
いきなりの言葉に慌てるミチア。
「うう、アキラさん、唐突すぎます……」
「え?」
わかってない顔のアキラ。
「もう……いいです」
天然気味のアキラに、ミチアは溜め息を1つ。そして話を戻す。
「……アキラさんの世界って、どうしてそんなに知識が溢れているんですか?」
ミチアにしてみれば不思議なことらしい、とアキラは感じ、どう説明すべきかをしばし考えた。
そして、自分なりに分析した意見を口にする。
「俺の意見になるけど……まず1つ、俺の世界には魔法がない。だから工夫しないと解決できない問題が多くあったんだ」
と話し出す。
「それから、多分だけど、俺の世界の方が古い。というか、人間の歴史が長いと思うんだ」
だからその分積み重ねも多くなる、とアキラは説明した。
「ああ、なんとなくわかる気がします」
ミチアも、そう説明されると理解してくれたようだ。
「もう少し詳しく言うと……といっても俺の推測だけど、魔法の存在が技術の発展を阻害していることはあると思う」
単純に言って、着火、という作業にしても、魔法でできるために、マッチやライターといった道具が開発されず、その過程での酸素や燐の発見など、科学的な事柄が未熟になっている、とアキラは己の分析を述べた。
「ああ、そういうことですね」
「そうなんだ。魔法というものは、いうなれば面倒な手続きをすっ飛ばして結果に辿り着いてしまえるんだ」
便利な反面、進歩がなくなる、とアキラは言った。
「だけど、俺の世界の技術を組み合わせると大きな効果が出るのはミチアも知っているとおりだが」
「そうですね、確かに。……だとするとですよ、アキラさんはこの国……いえ、この世界において、かなりの重要人物ということになります」
「そ、そうなのかな?」
今度はアキラが慌てる番だった。
「そうですよ。……王女殿下にも、お気にいられたみたいですし」
心なしか、ミチアの口調がきつくなっている。
「……そうかな? 殿下は、『異邦人』が珍しいから興味を持っているだけだとおもうけど」
「それでも、です。……お綺麗で、身分も高くて……あんな方に好かれて嫌な殿方なんていないでしょう?」
「そうでもないと思うぞ」
「えっ?」
「俺のいた世界は……というか国は、基本的に身分の差がなかったから、逆に身分の高い人となると気後れしてしまって、どう接していいかわからないしさ」
「そう……なん……ですか?」
「ああ。それに、『異邦人』という目で見られてもあんまり嬉しくないなあ。俺、『ムラタアキラ』の本質を見てくれないと……」
「わ、私はアキラさんのこと、『異邦人』だから好きなんじゃないですよ!」
「え?」
「えっ? ……え、ええと」
少しミチアの頬が赤いのは、ワインの酔いか、それとも羞恥だったか。
その夜のアキラは、いつもよりぐっすりと眠れたようだった。
* * *
翌日、アキラは気持ちよく目覚めることができた。
「頭も痛くないな」
ワインを飲み過ぎなかったので二日酔いもない。
「今日もまた説明会だろうからな……」
口をすすぎ、顔を洗って着替えたアキラは、ソファに座って、この日行う予定の説明をどうするか、頭の中でシミュレーションをはじめた。
(……やっぱりコンパスだろうな。となると、まずは電気の話か、それとも地磁気の話か……)
発電機の実演もしなくてはならないが、どの段階で行うべきか、等々、考えていく。
そうこうするうち、ミチアが朝食を運んできた。
「いないと思ったら……」
「ええ、早くに目が覚めてしまったので、厨房へお邪魔しまして、アキラさんの好みの味つけに調えてもらいました」
「お、それは有り難いな」
正直、こっちに来てからというもの、ちょっと甘いな、と思っていたのだ。
塩気が足りないという意味ではなく、砂糖などの甘味料が多く入れられている、という意味で。
元々、『蔦屋敷』での食事の味つけは、出汁を除いて、だいたいアキラの好みだったのである。
「召し上がってみてください」
「有り難くいただくよ」
アキラはスープを一口。
「うん、美味い」
その言葉に、ミチアは微笑んだのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月12日(土)午前10時の予定です。
20190105 修正
(誤)(でも、それを正せるようは政治力は俺にはないし)
(正)(でも、それを正せるような政治力は俺にはないし)




