第十九話 驚愕
「さて、次ですが……」
アキラが次の説明をしようとした時。
「待て、アキラ」
ユーグ・ド・ガーリア王から制止の声が発せられた。
「お前、いや貴殿が我が国にもたらしてくれたものが素晴らしいことはよくわかった。そして、それが貴殿の持つ知識のほんの一部であることも」
「は、はい」
「……見よ、我が臣下たちを」
そう言われて、アキラは周囲を見回す余裕ができた。なんとなくげっそりしているようにも見える。
「皆、貴殿の成したことを見せつけられて圧倒され、疲弊しておる。続きはまた明日、聞かせてくれ。……宰相、よいな?」
宰相、パスカル・ラウル・ド・サルトルは王へ向かって深く頭を下げた。
「はっ。ご慧眼、畏れ入ります。……アキラ殿、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ卿、本日の所はこれで終了とさせていただきたい。よろしいな?」
「はい、仰せのままに」
「……申し訳ございません、あと1つだけ、進言することをお許しください。事は陛下のお身体に関わることですので」
「む、そういうことなら聞こうではないか」
「ありがとうございます」
そしてアキラはワインに含まれる『鉛毒』の説明を行った。
「なんと!」
「むむ……気を付けねば……」
「アキラ殿、感謝しますぞ。今後、ワインの取扱いには注意せねば」
ここまでのアキラの話から、『鉛毒』についてもすぐに信じてくれたようである。
……そういうわけで、報告会は翌日へと持ち越されたのであった。
* * *
一同は、そのまま2つ隣にある小応接室へ移動し、ティータイムとなった。王だけは参加せず、執務に戻る。
だが。
「アキラ様! 異世界のお話を聞かせてください!」
シャルロット王女はアキラの向かい側の席に座り、身を乗り出すようにして話をせがんだ。
「姫様」
さすがに呆れたお付きの侍女が窘める。
「あ、ごめんなさい。でも、『異邦人』の方とお会いできて、こうしてお話を聞けるなんて夢みたいですもの」
そうまで言われては、アキラも無下にはできない。
「ええと、どんな話をお望みですか?」
「アキラ様の世界の、教育についてお伺いしたいです!」
この答えに、アキラは内心驚いた。もっと他の、服とか食べ物とか娯楽とか、そういったことを知りたいといわれると思っていたのだ。
「教育ですか、そうですね……」
アキラはゆっくりと語り出した。
「自分の国では、『義務教育』というものがありまして、国民は誰でも、7歳から15歳まで、等しく教育を受けることが出来ます」
「まあ!」
「なんと!」
まあ、身分制度のある国でこれを言うと驚かれるよな、とアキラは内心で思っていた。
(日本だって、江戸時代にこの話をしたら驚かれるだろうし)
そして説明を続ける。
「6年間は小学校、3年間は中学校といいます。その上に、義務教育ではなくなります高校があり、さらにその上に大学があって、大学を順当に卒業するのは23歳になる年ということになりますね」
「そ、そうしますと、16年間も学ぶ期間があるということですわね? その間、働かなくていいということですか?」
「はい」
場がざわついた。落ち着いているのは事前に聞いていた前侯爵とミチアくらいである。
「ううむ……」
身分制度がある世界では、一般的に言って、下の者が知識を付けることを嫌う。
彼らもまた、その危険性を感じ取っているようだ。
アキラはフォローすることにした、
「身分制度や教育、国の政治体系、文化などが大きく異なりますから、こうした部分的な相違だけに注目されない方がよろしいかと」
「うむ、もっともだな」
宰相が頷き、他の重鎮たちもまた頷いたのであった。
「……そ、そう致しますと、アキラ様は16年間も学んで来られたのですか?」
「あ、いえ、自分はまだ卒業していませんので14年とちょっとですね」
「それでも凄いです!」
シャルロット王女は身を乗り出そうとして、侍女に押し止められる。
「……こほん。そうすると、アキラ殿は技術者として学んでいたわけかな?」
わざとらしく1つ咳払いをして、宰相が質問してきた。
「はい、そうなります。最終的に専攻していたのは『養蚕』、つまり蚕を飼って絹を作る技術です」
「ほう、なるほど……」
宰相は感心したように頷いた。
「つまり、専攻するものを決めるまでは、さまざまな分野について学んだというわけですな?」
「そういうことになります。その上で自分のやりたいことを選ぶ、ということになりますね」
ここで再び場がざわめいた。
「なんと!? 最も適した分野ではなく、やりたいことを選べるというのですかな?」
「そうです。そのあたりは自由ですね」
「うむむ……」
再びアキラはフォローする。
「ですがほとんど、やりたいことがイコール適した分野ですよ。『好きこそものの上手なれ』ということわざもありましてですね」
これは説得力があったようだ。あえて『下手の横好き』の方は言わないでおく。
「なるほど」
「好きこそものの上手なれ、ですか。確かに」
産業大臣、農林大臣もその言葉には納得したようだ。
「無理矢理やらされた仕事というものには熱が入らないからな……」
宰相もそんな言葉を呟き、それを聞いたシャルロット王女は侍女を顧みて、
「そうですよね! ミザリ、聞きましたか? お稽古事というのは……」
と、なにやら言いかけたが、
「姫様、熱が入ろうと入るまいと、やらなければならないことはあるのですよ」
と言われてシュンとなっている。
「なるほど、その学ぶ過程でいろいろな技術や知識を身に着けたのか」
「そういうことになります」
しょげた姫様はそっとしておいて、宰相がアキラに話し掛ける。
「前侯爵、素晴らしい人材を保護してくれたな、改めて礼を言う」
「いやいや、運がよかっただけです。私も、アキラ殿も」
その後の歓談で、過去の『異邦人』には、剣士らしき人や商人らしき人もいたそうだが、剣士はこの世界のものより弱く、商人はまるで話が通じなかったらしい。
「ゲルマンス帝国にも、過去『異邦人』がいたというが、伝聞ではあるがそれほど優秀な者ではなかったらしい」
「……技術者といってもいろいろいますしね。『スペシャリスト』というような『専門家』は、自分の専門外のことに疎いことが往々にしてありますから」
「おお、確かに、そのスペ……とか何とかと言っていたらしいぞ」
アキラの推測は当たっていたようだ。
例えば原子炉や宇宙ロケットの専門家がこの世界に来たとしても、その専門知識の大半は生かせずに終わるだろうからな……と、アキラは考えていた。
「その点、アキラ様はその、……がくせい? でいらっしゃったので、広い知識をお持ちなのですね!」
「ああ、いや……そう……なのかな?」
この世界的には広く浅い知識、の方がいろいろと応用が利くのかもしれないな、とアキラも認めた。
(そのおかげで、俺も居場所ができたわけだし)
なんの役にも立たなかったら、今頃どうなっていたのか、想像も付かないが、今よりましと言うことだけは絶対になさそうである。
それからも、雑談を交えてのティータイムは続いたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
2018年の更新はこれで終わります。
次回更新は2019年1月5日(土)10:00の予定です。
今年1年間、ご愛読ありがとうございました。
来る年もよろしくお願いいたします。
20190605 修正
(旧)「おお、確かに、そのスペ……とか何とか言っていたらしいぞ」
(新)「おお、確かに、そのスペ……とか何とかと言っていたらしいぞ」
20231110 修正
(旧)
「はい、仰せのままに」
(新)
「はい、仰せのままに」
「……申し訳ございません、あと1つだけ、進言することをお許しください。事は陛下のお身体に関わることですので」
「む、そういうことなら聞こうではないか」
「ありがとうございます」
そしてアキラはワインに含まれる『鉛毒』の説明を行った。
「なんと!」
「むむ……気を付けねば……」
「アキラ殿、感謝しますぞ。今後、ワインの取扱いには注意せねば」
ここまでのアキラの話から、『鉛毒』についてもすぐに信じてくれたようである。




