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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第3章 王都篇
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第十七話 説明

「……生殺しだ」

 一旦部屋に戻ったアキラは、ソファの背にもたれ、ぐったりしていた。

「大丈夫ですか、アキラさん?」

 片やミチアはけろっとしている。

「ミチア、元気だな……俺は気疲れしたよ」

 現代日本で王侯貴族とは縁のない生活をしていたアキラは、国王に会うという一大イベントに打ちひしがれていた。

「大旦那様の時は平気でしたのに」

 とミチアに言われるが、

「前侯爵は気さくな方だったし、あの時は俺もかなり気が動転していたしな……」

 と答えざるを得ない。

「そういうものですか?」

「そういうものだ」

「……」

「……」

 しかし、いつまでもそうしてもいられないので、アキラはのろのろと身体を起こした。

「午後から、もっと大勢のお偉いさんの前で説明するんだろう? ああ、気が重いな……」

「わ、私もお手伝いしますから、頑張りましょう!」

「うん、頼りにしてるよ」


 そんなこんなで、昼食時間も過ぎ、午後1時。

 フィルマン前侯爵、アキラ、ミチアは王城の2階にある小会議室にいた。

 出席者はアキラたち3人、そして国王の他に、6人の人物が出席している。

 1人目はもちろん宰相のパスカル・ラウル・ド・サルトル。

 2人目以降は……。

「農林大臣のブリアック・リュノー・ド・メゾンです」

 年配の男性、茶色の髪でヒゲはない。

「産業大臣のジャン・ポール・ド・マジノだ」

 国王と同年代くらい、茶色の髪でちょびひげを生やしている。

「魔法技術大臣のジェルマン・デュペーじゃ」

 白髪白髯はくはつはくぜんの痩せた小柄な老人である。

「ヴィクトル・スゴーだ。近衛騎士団長を務めている」

 武人らしく、短く刈り込んだ赤毛のがっしりした大男である。


 ここまでは国王が指定した人物であるが、最後の1人というのが……。

「シャルロット・ド・ガーリアですわ。アキラ様、お見知りおきくださいませ」

 聞くところによると第2王女なのだという。

 暗めの金髪、青緑色の瞳は国王にまったく似ておらず、母親似なのだろうなとアキラは思った。


 付け加えるなら、彼らとは別に書記官が1人国王の横にいた。


*   *   *


「さて、全員揃ったようだな。……では、宰相、始めてくれ」

「はっ。……皆さん、お集まりいただいたのは他でもない。一昨年フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵の領地、リオン地方北部に『異邦人エトランゼ』がやって来ました。その者の名はアキラ・ムラタ殿。以降、フィルマン殿が保護されて今に至ります」

 ここまではご存じですな、と念を押す宰相。否、と答える者はいなかった。


「よろしい。では続けます。……アキラ殿は指導的技術者でした。その知識は、リオン地方に多大な利益をもたらしたと言うことです」

 ここで宰相は言葉を切った。が、誰も口を挟む者はいない。

「およそ1年半以上の期間、彼はリオン地方にいて、様々な成果を上げております。そして本日午前、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ卿が彼の後見人となりました」

 ここで初めて、列席者がざわついた。が、すぐに静まる。

「……その主な技術は『養蚕』と申しまして、『蚕』という虫が吐く糸を利用する技術です」

 ここでアキラは、出席者に用意したパンフレットを配った。

「おお……!」

「これは綺麗な冊子ですな」

 などの反応がある。

「この簡易印刷技術もまた、アキラ殿がもたらしたものだということです。……そうでしたな、前侯爵?」

「いかにも」

 このやり取りを聞いた面々は、驚いた顔になった。

「そうした技術につきましては順に説明しましょう。まずは養蚕ですな。……ではアキラ殿、説明をお願い致す」

「わかりました。……アキラ・ムラタと申します。『異邦人エトランゼ』であるということです。『日本』という国から、一昨年こちらにやって参りました」

 簡単な挨拶と自己紹介をしたあと、アキラは説明を開始する。

 『蚕』という昆虫について、その飼育方法について、そして繭について。

「この『繭』が、『絹糸』と呼ぶ天然繊維の元になります。絹糸で織られた『絹製品』がどんなに優れた布であるかは、こちらをご覧ください」

 ここでアキラは、ミチアに手伝ってもらって用意した絹のハンカチを配る。

 国王には献上済みなので、まずは王女に王家の紋章を紫色で刺繍した白いハンカチを。

 宰相にはガーリア王国の紋章を黒で刺繍した白いハンカチを、農林大臣、産業大臣、魔法技術大臣、近衛騎士団長には無地の白いハンカチを。

「こ、これが絹ですか……!」

「なんという柔らかな手触り、それにこの光沢!」

 皆一様に、その質感に驚いてくれた。だがなんと言っても、

「ああ、このハンカチ、なんて素敵なんでしょう! アキラ様、ありがとうございます!」

 と、輝くような笑顔で喜びを表現してくれたシャルロット王女の言葉に尽きるであろう。


「さて、絹がどれだけ素晴らしい布地であるか、わかっていただけたかと思います」

「うむ」

「確かに素晴らしい」

 誰一人異議はないようだ。

「ですが、高品質であると同時に、手間暇が掛かります。先程ご説明致しましたように、蚕の飼育には桑の木が必要であり、また世話をする人手が必要になります。さらに、絹糸・絹織物にするための職人も必要なのです」

 だが、これについての反応は淡泊だった。

「うむ、もっともであるな」

「左様。これだけの品質なのであるから、むしろ当然であろう」

 このあたりは貴族という特権階級であるがゆえの反応なので、一般庶民であるアキラには理解できなかったのだ。


「およそ1年掛けて、そうした職人を育成しております。また、蚕を増やすための卵も、相当数確保できておりますぞ」

 フィルマン前侯爵が補足してくれた。

「私どもは、この『絹』が、リオン地方のみならず、我がガーリア王国の特産物となればいいと考えておるのです」


「うむ、誠にそのとおり」

「さすがフィルマン閣下ですな」

「是非、進めましょう!」

 前侯爵の提案に反対する者は誰一人としていない。それほどまでに絹の魅力はガーリア王国の重鎮たちの嗜好に一致し、その心を掴んだのである。


「絹産業を興すには、他にもやるべきこと、やったほうがよいことがあります。その1つが『染め』です」

 アキラは説明を再開した。

「陛下に献上致しましたハンカチはただ2枚のみ、『紫』で染めさせていただきました」

「うむ、美しい色である」

 他のハンカチは白なのでその色合いはより目立っていた。

「様々な染料の研究と開発は、さらに付加価値を高めてくれるでしょう」

 アキラの説明に、皆納得して頷く。

「確かに、これだけ鮮やかに染まるのでしたら、いろいろな色を見てみたいですな」

「そして、それで仕立てた服もまた素晴らしいでしょう」


 出席者は皆、絹がもたらす新しい世界に思いを馳せたのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 年末の諸々もあり、次回更新は12月15日(土)10:00の予定です。


 20200410 修正

(誤)昨年フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵の領地、リオン地方北部に

(正)一昨年フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵の領地、リオン地方北部に

(誤)以降、フィルマン殿が保護されで今に至ります」

(正)以降、フィルマン殿が保護されて今に至ります」

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