第十五話 王都
ついにやって来た王都。
アキラは、初めて見る異国の首都に興味津々である。
「どうかな、アキラ殿、この都市は?」
アキラの様子を見て、フィルマン前侯爵が少し誇らしげに尋ねた。
「ええ、立派な町ですね」
アキラも、写真やTVなどでヨーロッパの古い町を見たことはあったが、ここは『現役』の町なのだ。
過去に作られたのではなく、今も作られ、修理され、使われている町なのである。
馬車の窓から見る人々の顔には活気が溢れていた。
「1つ欠点を挙げるとすれば」
フィルマン前侯爵が呟いた。アキラも聞き耳を立てる。
「……物価が高いことかな」
「それは……」
経済音痴と言われても仕方のないアキラではあったが、需要と供給のうち、需要が多ければ物価は上がり、供給が多くなれば物価は下がる、くらいは理解していた。
この町、王都パリュは、他の町に比べ、人口が桁違いに多く、それゆえ需要も多いのだろう、と想像した。
アキラたちを乗せた馬車は、中央通りを進んでいく。
「……あれは?」
行く手に、巨大なアーチが見えたのだ。
「200年ほど前に作られた『勝利の門』だ。対ゲルマンス帝国戦で勝利した記念に造られたものだ」
「ははあ……」
凱旋門みたいなものかな、とアキラはその巨大な門をくぐる際、馬車の中から見上げたのである。
『勝利の門』をくぐった後の通りは、両脇がスイセンの花盛りであった。
「四季折々の花が植えられておるのだ」
と、前侯爵。
「先代国王陛下が花を愛でることを推奨されてな。町の至る所に花壇が造られたのだよ」
「これもまた似合っていますね」
「ふむ、アキラ殿の世界でも、町中に花を植える習慣はあったのか?」
「ええ。道路脇や、各家庭や、公園、遊園地などに。一面の花を売りにしている観光地もありましたし」
「ほう、それは……。やはり、戦争と無縁な、平和な国らしい。羨ましいのう」
ガラガラと馬車は進んでいく。道に咲くスイセンは白から黄色に変わった。
「春になればそれこそ百花繚乱なのだが」
「綺麗でしょうね」
「うむ。花を愛でる余裕ができたのも平和ゆえだ。やはり戦争はいかん」
文化が花開くのも、平和が続いた後になるであろう、と前侯爵は言った。
アキラも、地球の歴史を思い出す。確かに、戦乱の世では文化が発展する余裕がない。
(確か、古代中国の唐で最も栄えたのは玄宗皇帝の頃……と聞いた気がする)
同時に、皇帝は政治をないがしろにしたため安禄山の乱を招いたという。
(ほどほどがいい、ってことだよな)
珍しくアキラの頭の中は、技術的なことではなく、文化・文明のことで占められていた。
少しずつ近付いてくる王城。
そこもまた、頑丈そうな石造りの壁に囲まれていた。
「あの壁の向こうが王城だ」
騎士隊に先導されているので、誰何されることもなく馬車は進んでいく。
それでも、城門の手前で一旦停止し、乗員の確認と荷物の簡単なチェックが行われた。当然の処置である。
「これは最後から2番目のチェックだな」
と、前侯爵。
「最終は、真の王城に足を踏み入れる際に行われるだろう」
城門をくぐった先は小広くなった前庭であった。
「慣例どおりなら、このまま迎賓館に向かうはずだ」
前侯爵のその言葉どおり、先導の騎士隊は右に折れて、城内にある迎賓館へと向かったのである。
* * *
幾つかの手続きの後、アキラは迎賓館の一室に落ち着いていた。
秘書待遇のミチアも同室である。寝室は別々だが。
「ああ、やっと着いたな……」
心底ほっとしたアキラは、思わずそんなセリフを口にした。
「ふふ、お疲れ様でした、アキラさん」
お茶を淹れながら、ミチアはアキラを労った。
「ミチアは王都に来たことってあるのかい?」
「いえ、ありません」
「そうか……やっぱり見るもの聞くもの珍しかったりするのかな?」
「そうですね。私は田舎育ちですから」
茶葉を蒸らし終わったミチアは、カップにお茶を注ぎながら言った。
「ミチアも一緒に飲もう」
カップのお茶が1杯分しかないことを見て、アキラが言った。
「いいんですか?」
「もちろんさ」
その時アキラは、フィルマン前侯爵に言われたことを思い出していた。アキラを囲い込むためのハニートラップの話と、ミチアが没落した子爵家の生まれだということを。
貴族という者がいない世界で生まれ育ったアキラとしては、元子爵家令嬢というのがどういう立場なのか今一つ……いや、今三つくらい理解できていないので、もっぱら気になるのはハニートラップの方だ。
「……かといって、ここまで来て養蚕をはじめとした技術の話をしないというのはないしな」
「アキラさん?」
うっかり口に出してしまったため、ミチアが聞きとがめた。
「今の、どういう意味ですか? 何か心配事でも?」
「あー……」
どう説明したものか、アキラは言い淀んだ。
だが、場合によってはミチアにも協力してもらう必要があるので、正直に話すことにした。
「……………………ということなんだ」
「ハ、ハニートラップですか!?」
アキラの説明を聞いたミチアは、少し頬を赤らめた。
「……わかりました。頑張ります」
「な、何を!?」
ミチアがおかしな気合いの入れ方をしたので、思わずアキラは尋ね返してしまった。
「何をって……アキラさんの助手を、です」
「そうだよな。……だけど、ミチアだって気を付けてもらわないと」
「何をですか?」
「優秀だとわかったら、ミチアを引き抜こうという奴だって現れないとも限らないからさ」
「ふふ、そうしたらアキラさんが守ってくれます?」
「もちろんだ」
「えっ」
「ミチアにいなくなられたら困るからな」
「そ、そうですか」
「……何を言い合っているのだ、お前らは」
「お、大旦那様!」
「閣下!」
「明日の打ち合わせをしようと思って覗いてみればいちゃつきおって……」
「す、済みません!」
と言いながらも前侯爵は笑っていたが。
フィルマン前侯爵は、資料が置いてあるアキラの部屋で打ち合わせをしようと、訪問してきたらしい。
するとそこには甘ったるい空気を作り出す二人がいたというわけだ。
「まあ、仲が悪いよりはずっといいがな。……さあ、明日の謁見に備えて打ち合わせをするぞ」
「は、はい!」
いよいよ明日、国王への謁見である。
お読みいただきありがとうございます。
いろいろありまして、次回更新は12月1日(土)10:00の予定です。m(_ _)m
20181202 修正
(誤)ミチアがおかしな気合いの入れ方をしたので、思わずアキラは訪ね返してしまった。
(正)ミチアがおかしな気合いの入れ方をしたので、思わずアキラは尋ね返してしまった。
20190106 修正
(誤)幾つかの手続きの後、アキラは迎賓館に一室に落ち着いていた。
(正)幾つかの手続きの後、アキラは迎賓館の一室に落ち着いていた。




